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RED・MOON~2つ名狩りの魔女~  第十九章:火竜狩り

  {初めに…
 この作品は東風の作品「MELTY KISS」の人狼側からの話です。
 よって、その作品と世界観が同じはずですが、稀に違うところもあるかもしれません。その時は温かい目で見過ごしてください…

 ついにここまで来た~!
 ようやくサブタイトルにもある主人公が登場ですよ。
 残す所、あと1章。

第十九章:火竜狩り



 今宵、大勢の魔女が死んだ。大勢の人狼が死んだ。
 だが、それは所詮、大して価値のない戦いの中で死んだ者達。
 そう。
 この二人の勝敗の前では、今夜死んでいった者達の命は無に等しいだろう。
 なぜなら、この二人の戦いの結果が今夜の勝敗と言っても過言ではないのだから。
学校《アンナマリア》の名の由来となる魔女。学校の校長にして、炎を操る者達にとっては最強とも言われる存在。火竜の二つ名を持ちエンシャロムに住まう竜。
 アンナマリア。
 対するは、大神を心酔し、大神に忠誠を誓い、大神のために戦い、数多くの魔女や人狼。格上と言われえてきた者達を打倒してきた。二つ名狩りの異名を持つ魔女。大神への愛が彼女の支え。世界全てへの憎悪が彼女の力。憎炎の魔女。
 シャシャ・ランディ。
 アンナマリアは大魔女が大神より奪い取った核の守護者にして保持者。大神の力を持つと言っても過言ではない。そんな彼女が勝利すれば、核が大神に戻ることもなく、今夜の戦いでは魔女の勝利となるだろう。ただシャシャがアンナマリアを降すことがあれば、核は大神へ戻り、ついに大神は自身の力の復活に大いに近づく。大神が以前のような偉大なる力を取り戻すのは時間の問題となるのだ。
 シャシャにとっては、圧倒的な格上との戦い。
 同じ炎を使う者として不利な戦いである。
 しかし、シャシャの目には不利など一切感じさせなかった。

★   ☆   ★

 どれほど戦っているだろうか……
 正直、シャシャにはわからなかった。そのようなことを考えているような暇がなかったのだ。大神の姿が無いことにも気づかなかったほどだ。おそらく大神は完全に高みの見物ということで、シャシャの気が散らぬよう別の場所から見ているのだろう。しかし目前のアンナマリアという魔女。確かに今まで戦ってきた者とは比べようがなかった。魔法の練度、スピード、破壊力。どれをとっても桁外れだ。認めたくはないが、シャシャが上回っている所は無いだろう。
「荒れ狂う嫌悪(ペルム・オディウム)!」
 灼熱の炎のう渦がアンナマリアを襲う。だが、彼女は真っ赤に燃え上がっている自らの(すでにその髪を髪の毛と言っていいものであるのなら)長髪を払い除けると、手をかざす。
「火喰(ペルノティア)」
 彼女の差し出される手に炎が飲み込まれていく。シャシャは舌打ちをする。すでに何度も見ている技だ。子供と戯れるかのように自分の技がこうも簡単に対処されるのは癪に障った。
「殺す。殺す殺す」
 ブツブツと呟くシャシャ。ジワリジワリと彼女の憎悪や烈火の如き怒気が増すにつれ彼女の魔法は強くなっていく。
「あなたの魔法はまだまだ未熟なのですよ」
「うるさい! ババァ」
 口うるさく罵りながら炎を放つも、アンナマリアの炎がそれを相殺する。
「身の程をわきまえなさい。
 炎尾(フルガウラ)」
「甘き焦燥(ドゥリシス・クピディタス)」
 アンナマリアの放った鋭い炎をシャシャの炎の壁が弾き返す。一瞬、炎により互いに姿が見えなくなった途端に、シャシャは走り出し炎を突き破ってアンナマリアの目前に踊り出る。
「お前が身の程を知れ。
 咲き乱れる我が愛(ヴォシス・メイ・アモル)」
 殴りかかる様に差し出された拳より炎が上がりアンナマリアを襲うが、彼女の炎の髪が彼女を守り同時にシャシャの炎を弾き飛ばす。
「炎痕(フラムマトリック)」
「火喰(ペルノティア)!」
 アンナマリアより波打つように放たれた紅蓮の炎は、シャシャが差し出した掌に吸い込まれ消えていった。
「火竜の使う魔法って言っても、案外楽勝ね」
 得意げな顔に見下した目つきでシャシャは言う。アンナマリアは少し驚いた顔を見せるが、彼女のその表情を見てすぐに消した。
「傲慢ですね。あなたはどこまでも傲慢。まったくもって虚栄心も甚だしい。確かに、あなたの才は認めなくてはなりません。天才。とでも言うのでしょうね。天賦の才能の持ち主です。数回しか見たことのない魔法を自分の技へと昇華させる適応力に、応用力。それも実戦で失敗を許されない場での使用。相手の虚を突くには申し分のない思いっきりの良さです。あなたを見ていれば、今までどのような戦いをしてきたのかが分かります。そして実戦でこそあなたは強くなってきたんでしょうね。そして、常にどうにかなってきた」
 アンナマリアの目は憐れみと蔑むを混ぜ合わせたような微妙なものになった。
「それがあなたを傲慢にさせたのでしょうね。今回だって大神に任せておけばいいものを、あなたはあえて火に飛び込んできた。
あなたは獣だ。それも未熟で、幼い歯の生えたての獣。自身の力に酔いしれ、恐れを知らぬ幼子です。餌を見れば周囲などお構いなしに飛び掛かる。しかし、そろそろ覚える頃ではありませんか? 餌だと思って飛びついたそれは、実はあなたの方が餌になる物もあるということをね」
 薄らと笑うアンナマリアにシャシャは吐き気を覚える。彼女の目つきは嫌いだ。話し方ももちろん嫌いだが、それ以上に彼女を見るその目つきがどうしても許せない。今まで殺してきた奴らと同じ目をしているのだ。シャシャは魔法により赤より変色をしているどす黒い瞳でアンナマリアを睨む付ける。メラメラと燃える赤ではなく、ドロドロと激情が融けきらず蠢いているようなその瞳で。
「私をそんな目で見るな! 私にそん目付きを向ける奴は許さない! 
私はお前よりも強い。
私はお前を殺して火竜の二つ名を得る。
私は大魔女になる魔女なんだ!
私は……私こそがオリスの伴侶となるのに相応しい女だ!
誰にも文句は言わせない! 誰にも邪魔はさせない! 誰も彼も、どこもかしこも、どれもこれも全部、そう全てを焦土にしてやる。地獄の底など生ぬるい。
 オリスや私を裏切った奴ら、罵った奴ら、蔑んだ奴ら、刃向う奴ら。憎い。憎い、憎い。私はもう何一つ貴様らになどくれてやるものか。これからは私が奪うんだ。全てを!」
 シャシャの爆発する激情は彼女の周囲の炎に勢いをつける。まるで周囲は地獄絵図の如く。呼吸を吸うだけで肺が焼け落ちるような熱気に包まれている。
「消え失せろ。お前も、この学校も、全て!
 陶酔の憎悪(ナルシズ・オディー)」
 シャシャのかかげる手の上に炎が集まっていき巨大な火の玉が出来上がる。それは以前、ジャンバルキアの三姉妹と戦った時に見せた湖を消した技であった。
 アンナマリアの表情からも笑みが消えた。
 熱量が今までの技とは桁外れに違うのだ。彼女はアンナマリアをこの学校ごと消し飛ばす気でいたのだ。中にいる魔女はともかく、人狼達のことなどすでに眼中にない。彼らの命などは彼女にとっては燃えカスにも思っていない。大事なのは大神・オリスのみ。あとはおまけなのだ。いざとなれば平気で殺して見せるだろう。今のように。今まで共に暮らしてきた者達であっても、良心の呵責など彼女には無い。彼女の頭の中には大神の事しか無いのだから。オリスに「勝て」と言われたことしかないのだ。自分のために勝ってこいと言われ任されたことは何よりも大切なことだ。むろん自分の命よりも。
「歪んでいますよ。あなたの心は」
「歪んでる? 狂ってるって言って!」
 舌打ちするように言うアンナマリアにシャシャは手を振り下ろす。巨大な火の玉は容赦なくアンナマリアを襲った。彼女は避けることなく正面より受けて立った。
「罪をも焼き尽くす炎王(ペクトラン・カェス・フレムペラート)」
 アンナマリアより出る炎は一瞬、巨大な生物のような形を成したかに見えるとシャシャの火の玉と衝突した。
 ぶつかり合った衝撃により、目が眩むような光に、蒸発してしまいそうな熱。耳が無くなったかと思うほどの音により自身の体が消滅したかのような錯覚に囚われる。見えず、聞こえず、感じない。自身が叫んでいるのか黙っているのか、立っているのか寝ているのか、目を開けているのか閉じているのかも分からない。シャシャは途方もない恐怖に襲われ意識が飛びそうになったが、渾身の力を込めて意識を集中させた。
 自分はどうなっているのか? 相手はどうしているのか? 周囲は? 少しでも把握しようと全神経を集中させ、波を感じ取るためにアンテナを張る。できそうなことは全て行う。どんに細かなことだろうと試す。で、なければすぐに恐怖が彼女を飲み込もうとするからだ。冷静さを保つためには懸命に考え、まるで乳飲み子のように何もできず震えるこの状況を打破しなければならないのだ。
すると、彼女の行いが功を奏したのかはわからないが、次第に失っていた感覚が戻ってきた。


 最初に見たのは満天の星空と満月。
 そう、空が見えたのだ。彼女は仰向けに倒れていた。ゆっくりと仰向けのまま手足を動かす。問題ない。四肢は動いた。
 彼女は起き上がり周囲を見てみると今までいた本校舎は跡形もなく消えていた。だが、本校舎だけではなくここら周辺を焦土へと変えるつもりだったシャシャの考えに反し、破壊されていたのは本校舎だけであった。残りの本校を囲むようにして立つの塔は建っていた。両側の《守護》《治癒》の塔は半壊程度はしていたが、奥の《加護》の塔だけは無傷であった。アンナマリアが意図して守ったとしか思えないが、守ろうとして守れるほどに余裕があるのは癪な話である。
 シャシャは盛大に舌打ちしながら起き上がる。着ているワンピースは破れ襤褸のように彼女の体に纏わりついている状態だった。
 立ち上がり周囲を見てみるがアンナマリアらしき影はない。満月に加え周囲の炎のおかげで暗いイメージは無い。むしろ夜の割には明るいとさえ感じる。正面のローライズ山脈、最高峰の山・エンシャロムの頂すら見える。
 山間の風に吹かれ寒ささえ感じながらシャシャは警戒する。アンナマリアを打ち取ったとは思っていなかったのだ。彼女のとっては最高の魔法をアンナマリアの魔法が弾いた。被害がこの程度に済んだのはそのせいだろう。そんなことをやってのけるアンナマリアが、死ぬわけがない。シャシャの心の中ではそう言っているのだ。
 しかし、先ほどの魔法でほとんど力を使ってしまった。あの魔法が彼女にとってのとっておきとも言えるのだが……
 シャシャは決して暑さのせいではない額の汗を拭い、切れかけている息を整える。膝が笑いそうなのを抑え歩き出した。ここまでくると彼女の並みはずれた気力が彼女を支えていた。
「どこに目を付けているのですか?」
 その声は頭上から聞こえてきた。
 見上げればアンナマリアが宙に浮かんでいる。まるで重さをどこかに忘れてしまったかのようにフワフワと。
「私の家を壊してくれましたね。まったく。これだから不躾な方を家に招待するのは嫌だというのです」
「宙に浮かべ、攻撃が当たらないと思ってるわけ?」
 アンナマリアの独り言のような言葉など無視し、牙を剥くように笑みを見せるシャシャ。そんな彼女にアンナマリアは冷ややかに一瞥すると、視線を空へ向け目を閉じる。
「あぁ、そうですか。すでに生徒達は外に……それはよかった」
「何をブツブツ言ってんだ!
 狂おしき嫉妬(アイヴィー・インヴィディア)」
 彼女の放った魔法はあっけなくアンナマリアに取り込まれ、逆に何倍もの炎となって彼女に降ってきた。
「恋しき虚栄(アマティス・インプセマ)」
 シャシャは降りしきる炎を熱風と飛ばし弾き飛ばした。弾かれた炎は今までの炎とは少し違う。地面に落ちる炎は纏わりつくように、まるでネットリとした炎。炎の持つ熱も先ほどまでよりも高い。
「私がなぜ浮いているかを聞きましたね。簡単ですよ。ここからならばあなたがよく見えるでしょう? 今から使う魔法は、視界が悪くなるのでね。
 湧き上がる大地の怒り(アヴァンドゥ・エザフォ・スィモズ)」
 途端にシャシャの足元の地面より炎が湧きあがり高々と火柱が起こる。彼女が避けることができたのは、ガルボとの試練で血反吐を吐きながら訓練した波の感知のおかげであった。目では到底、その火柱を避けることはできない。確認した時にはすでに火達磨になっているだろう。
「よく避けましたね。誇っていいですよ。
では……生徒達もどうやら避難が済んだようですし、家も無くなってしまいましたからね。もう加減する必要もないでしょう」
 そう言うとアンナマリアは次々と火柱を上げる。シャシャの視界はほとんど炎で覆われる。縺れる足で何とか回避していくシャシャ。
 地鳴りと共に湧き上がる炎が容赦なく彼女の手を焼き、足を焼き、髪を焼き、肌を焼いていく。シャシャも同じような魔法を持っているが、それとは桁外れの炎である。シャシャは僅かな波の変化を感じ取り地面を蹴ると、そこから炎が上がる。
 彼女は両手を別々の火柱に突っ込む。自身の血肉が焦げる匂いを感じ、焼ける痛みが脳天を突く。
「火喰(ペルノティア)!
 んで、
 陶酔の憎悪(ナルシズ・オディー)!」
 言葉通りに身を削りながら炎を吸収したシャシャは、そのまま吸収した炎を集め火の玉を築き投げつける。
 いきなりの反撃に、それも想像以上に強力な魔法にアンナマリアの顔にも焦りが見えた。彼女は初めて一喝を入れて、両手で押さえつけながら軌道を逸らす。
 シャシャの火の玉は無傷であった《アンナマリア》の《加護》の塔を消し、そのままエンシャロムの山肌を縫って上空へ飛び去り大爆発を起こした。
 一瞬、昼間のように明るくなり遅れてくる爆風が周囲の炎を消していく。
 もはや立っているのも限界といった感じに肩で息をするシャシャは、痛々しく火傷をした両手をダラリと下げながら立っている。だが、アンナマリアを見るその目はまだ怨嗟と憎悪の昏い冥い炎を燃やし続ける。いや、さらに勢いを増していた。アンナマリアと戦えば戦うほどに、油を注ぐが如く火の勢いは増す。
 同じく両手を火傷したアンナマリアは、信じられないものを見るかのようにシャシャを見ている。すでに何度死んでいてもおかしくない敵、すでに力を枯渇していてもおかしくない敵がまだ立ち向かってくるのだ。認識を改めなければならない。目前のシャシャ・ランディはただの魔女ではない。大神への病的な愛と使命感が彼女に不可能と言えることを可能にしている。まったく根拠も信憑性もないことだが、アンナマリアは認めざる得ない。でなければ目前の状況を説明できない。
 この魔女は危険だ。
 未だ諦めを知らぬシャシャの笑み。緩く吊り上げられた口より獣の如く涎が垂れながらも狂気の目をランランと輝かせてアンナマリアを見上げる笑みを見ながら、彼女は今日初めて人間らしい寒気をその背に感じた。
「どうすれば、そのような笑みが出るのです? どうすればそこまで狂えるんです? どうすればそこまでの憎悪を身に宿せるのです?
 いいでしょう。ならばこの私がその笑みごと、その狂気ごと、その憎悪ごとあなたを灰に変えて差し上げる。この火竜の名によりてね」
 彼女は高々と手を上げると大地が激しく揺れ、大地は悲鳴を上げるかのように轟音を鳴らす。それはしばらく続き、何物も立っていることを許さない揺れにまでなっていた。
 永遠に揺れ続けるのではないかと思うほどに勢いを増していた地震、そして地鳴りだが、そしてそれは急に止んだ。今までの揺れなど無かったかのように、音など無いかのように、揺れは止まり静寂に包まれる。逆に静けさが耳に痛いと感じるほどに。
「星喰(アヴィステラ)」
 呟くようにアンナマリアが口にした瞬間だった。彼女の背にするエンシャロムが爆発した。噴火である。エンシャロムの頂より上がる巨大な火柱は世界を飲み込まんとするかのように大空を埋め尽くす。赤々と世界中を照らしたその溶岩、炎は形を成し、一匹の生き物のような姿に。それは一見すればトカゲのような顔に手足。しかしそれは六つの瞳に四枚の羽根を持ち、それを広げれば羽根が視界を埋め尽くす。空想上の竜というよりも、本当にトカゲに羽根の生えたのがイメージに合う。あの巨大なエンシャロムが、子供の作る砂山のように見えた。
 それが首を振る仕草を見せれば、無数の溶岩の塊が大地に降り注ぎ焼き尽くす。それが一度口を開き声を出せば、向けられた方向の空は赤々と照らされた。
 あまりの光景に、シャシャは開いた口が塞がらなかった。目の前の幻想的かつ圧倒的な火の塊に感動すら覚えてしまった。
 これがアンナマリアである。エンシャロムの覇者と言われた魔女の実力。噂通りの、否、噂以上の化け物である。炎の怪物もその名に恥じぬほどの迫力。神話時代より以前に我が物顔で世界を闊歩した怪獣。まさしく星すら飲み込んでしまいそうな規格外のデカさであった。
 その火の怪獣がシャシャを見ると、大口を開け啼く。すると、その口より発せられた声が炎となって一帯を舐める。世界全てを焼き尽くすかのような業火にシャシャは飲み込まれるも自らの炎で身を守る。怪獣の炎はシャシャの炎に比べて色鮮やかで澄んでいる。まるで聖なる炎とでも言うかのようなそんな色だった。
シャシャの憎悪に塗れたどす黒い炎が怪獣の炎を押し返す。すると怪獣は前足の爪で地面を抉るように突き立てる。と、シャシャの足元、否その一帯全ての地面よりマグマのような火柱が上がった。
逃げようがなかった。どこへ逃げても攻撃の範囲内なのだから。浄化の炎により姿が見えなくなったシャシャの方を満足げに見るアンナマリア。彼女の顔より笑みがこぼれた。
その時である。地の底より響き渡るような雄叫びと共にその火柱を強引に引き裂いてシャシャが飛び出してきた。吹き上げられた炎を利用し、上空にいたアンナマリアと同じ視線まで来たのだ。
「咲き乱れる我が愛(ヴォシス・メイ・アモル)」
 アンナマリアに突き出される拳より発せられる炎。しかし、それが届く前にアンナマリアの怪獣を尾がシャシャを叩き落とす。
 尾による衝撃も、地面に衝突する衝撃も彼女は無意識のレベルで魔法を放ち緩和したのだろう。シャシャにはまだ息があった。ただ、それでも満身創痍。全身より痛々しく煙が上がり、火傷を負い、意識も朦朧。呼吸も弱弱しく体のあちこちが小刻みに痙攣を起こしていた。
「執念とはかくも恐ろしい」
 アンナマリアは彼女の行動にゾッとしながらも冷たく言った。しかし、ここまで粘ったシャシャですら、すでに風前の灯火。息も絶え絶えで動くことすらできずに横たわっている。
 それでもアンナマリアは油断しなかった。まるで格上と戦っているかのように慎重に、不用意に近づくことはしない。彼女の怪獣は喉を鳴らし、シャシャに止めとなる炎を吐き出した。全てを飲み込む近くの熱気ですら人を灰にできる業火。
 シャシャの視界にぼんやりと迫りくる炎が見えた。
 この時シャシャは自分の負けを思い知る。苦痛はすでに無い。恐怖も無い。ただ彼女にあるのは敗北の悔しさ。自分の力に対する落胆。敗北を許す自分に対する憎悪であった。
こんな所で負けるわけがない。あんな、女に負けるわけがない。
そんな思いが彼女の中に黒く渦を巻きはじめる。
 アンナマリアが憎い。アンナマリアの怪獣が憎い。アンナマリアに勝てない自分が憎い。爬虫類の出来損ないのような怪獣に負けることが憎い。
 憎い憎い憎い――……
 男も女も、子供も老人も、魔女も人狼も、犬も猫も、虫も花も、この世界の全てが憎たらしい。同じ場に立ち存在していることが赦せない。塗り潰せ。自身の中も外も、全てを塗り潰してしまえ。自身の怨嗟と憎悪に冥い世界にしてしまえ。
 こんな壊れた世界は黒い炎で埋め尽くしてやる……
 一瞬、シャシャの体が激しく痙攣したかと思うと、シャシャは体を持ち上げ唸り声を上げる。握られた拳からは黒い血が出ていた。彼女は嘔吐する。胃の中には何もないので胃液と自身の血液を枯れるまで吐き出す。
 その頃には、彼女の闇のような冥い瞳は完全に正気を失い、闇が涙のタールとなって溢れるかのように彼女は黒い涙を流す。
「この私が負けるなど、この私が赦さん!」
 すでに言葉になっているかすら怪しい金切り声を上げた瞬間。シャシャの全身から黒い炎が吹き上がった。今までのような炎ではない。もっと粘りがあり、色も黒々して、まるで炎ではないかのような。邪悪な炎。それを飲み込むようにアンナマリアの怪獣の炎が襲いかかったが、変化が現れるのはすぐのこと。
 美しい真紅の炎はみるみる間に黒く変色し、最後には真っ黒になり消えていく。黒い炎がアンナマリアの炎を喰らった。
 シャシャより出る炎は止めどなく溢れ、世界を赤く染めた怪獣の光を暗い炎で覆い尽くさんばかりに肥大していた。
「なんということ……」
 アンナマリアは血の気が引いていくのを感じながら呻いた。シャシャの炎は今までに見たことがない。他の炎を喰らい尽くす炎。墨をぶちまけたような色の炎は何とも禍々しく、気色の悪い瘴気を放つ。
「今まで、多くの魔法を見てきました。どんなに奇抜な魔法も、どれほど危険な禁忌にも目を通りてきたつもりですが、このような炎を見るのは初めてです。何と、禍々しく、なんておぞましい。これが……これは人が出せる炎ですか? 一体どのようになれば、こんな物を世に出せるのです?
 魔女と戦うのならば、相手になりましょう。人狼とも、相手になりましょう。例え神であっても負けるつもりはありません。ですが、相手が未知の悪魔となれば話は別です」
 初めてアンナマリアが弱音を吐いた。
 シャシャの黒い炎は触れた物を構わず飲み込み燃やしていった。
「燃えろ燃えろ燃えろ。全て燃えろ」
 すでにどこまで認識しているのか不明なほどに、シャシャ自身が黒い炎に塗れている。黒い涙を流し嬉々として飛び回る様に笑い、叫ぶ。
「そう、話は別です。が、私はあなたを殺しましょう。いえ、ここであなたは死ななければならない。あなたをここより生きて返せば、世界に大いなる災いをもたらす存在となるから」
 シャシャはアンナマリアの言葉に気が狂ったかのように笑いだす。
「火竜ぅぅぅ……今日からは私が名乗る。星喰よぅ。その名の通りか試してやるぅぅ。この私の世界を喰らい尽くしてみろぅ」
 アンナマリアにはすでにシャシャが人には見えなかった。
「塵も残ることは許しません。私の全力であなたを殺します」
 アンナマリアの声と共に怪獣がシャシャに襲いかかる。それを見て彼女は喜んだ。
「キィウィィ……私の憎悪の深さに恐怖しろ。
熱き淫らなこの世界(カルベルス・マルデ・オリス)」
 シャシャの魔法で今まで散々と散っていた黒い炎たちが一カ所に集まり始め巨大な塊となる。それは決してアンナマリアの怪獣に引けを取ることはない大きさだ。その姿やまさに……
「大神……」
 アンナマリアの口から洩れた。
 その黒い炎は一匹の牙剥く獣の姿となる。黒い体に赤い瞳の大きな獣。彼女が心酔してやまぬ。心焦がれてやまぬ存在。大神・オリス。彼女にとっては世界とはオリスただ一人なのだ。
 もはやシャシャに人の言葉を発する理性など残ってはいなかった。声にならない雄叫びと共に、巨大な黒い炎はアンナマリアの怪獣とぶつかり合い、牙を剥き合い、引き裂き合い、燃やし合う。

 その光景は遥か彼方、グレーランドを越えた地点。別々の場所に避難した《アンナマリア》の魔女達にも、オリスによって避難した人狼達からも見ることができた。彼らは何が起こるにしろ、自分達が歴史に残るであろう戦いを見ているのだと悟った。決して話しても信じてはもらえぬ壮絶な戦いの生き証人なのだと。
 そして人狼達は歓喜し、魔女達は嘆いた。
 黒き獣が赤き怪獣を押し返し燃やし尽くしていく。徐々に徐々に。
 誰もが(信じられないことだが)、誰もが確信したのだ。
 あの火竜が落ちた。
 あのアンナマリアが二つ名狩りの魔女に殺されたのだと。

★   ☆   ★

 シャシャの獣がアンナマリアの怪獣を飲み込んでいく中、シャシャの腕がアンナマリアの胸部を抉っていた。
 息が詰まるアンナマリアの顔に顔を近づけるシャシャの笑みは邪悪そのものである。そのまま引き抜こうとするとアンナマリアがそれを掴み遮る。
「あなはこれが大神の手に戻った時の危険性を理解していない!」
「知るかよ。死ねよ」
 無情に言い放つシャシャは一気に引き抜く。アンナマリアの中より出てくる大神の核。それに伴い、アンナマリアは燃えそのまま消えていった。
 この戦いはシャシャの勝利となった。
 歓喜に震えるシャシャだったが、大神の核が輝き始めシャシャに力を送り込み始めた。それはドンドンドンドン増えていき、彼女が抑えきれなくなるほどに。
「や、やめて! いらない」
 次から次へと流れ込む莫大なエネルギーに彼女の黒い憎悪の炎を抑えがきかなくなった。シャシャの体から堰を切ったかのようにさらに溢れ出す。嗚咽しながら嘔吐すれば、口からタールのような黒い液体が出てきてそれが炎になる。止めどなく口から溢れはじめる。
 まさに彼女は自身の憎悪の炎で焼かれて死にかけていた。
 そんな時、黒い炎が裂けた。
「我が核よ。心臓よ。主が戻った。我が元に来い」
 重い声が聞こえてきた。シャシャはその声が聞こえただけで安心し、プツリと意識を無くし倒れる。その間も垂れ流される炎を気にすることなく歩み寄るのは、黒い毛並に赤い瞳の大狼である。
 シャシャの手にあった核はブルブル震えはじめると、オリスの元へ飛んできて彼の体の中に納まる。
 そして彼の中で鼓動を打ち始めたのだ。
「あぁ、まさに生き返った気分だ」
 愛おしそうに自身の中より響く鼓動に耳を傾けながらオリスは呟くと、倒れ炎に塗れるシャシャに息を吹きかける。すると嘘のように黒い炎が消えていく。
「よくやってくれたな。シャシャ。愛しい子よ。よくやったぞ」
 オリスが再度、彼女に息を吹きかけると彼女の全身に受けた傷が癒え消えていく。気付けば白い肌の生娘がそこに眠っているようにしか見えなかった。
「ゆっくりと休むがいい。これだけのことをやってのけたのだ。さぞかし、疲れただろう」
 沈みゆき満月を見ながら、オリスはシャシャを担いで呟く。
 彼の視線の先、そこにはエンシャロムと呼ばれる山があった。しかし、その山は姿形のない空想の産物のように消えていた。根こそぎ山は抉り取られていた。
 シャシャの黒い炎は大陸最高峰と言われたエンシャロムすら食らい尽くしたのだ。
 オリスはその光景に微かに笑いながら、踵を返すと消えていった。
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