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RED・MOON~2つ名狩りの魔女~ 第二十章:戦いの痕

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RED・MOON~2つ名狩りの魔女~  第十九章:火竜狩り

 {初めに…
 この作品は東風の作品「MELTY KISS」の人狼側からの話です。
 よって、その作品と世界観が同じはずですが、稀に違うところもあるかもしれません。その時は温かい目で見過ごしてください…

 終わった~!
 長かった。《アンナマリア》編・完。
 抜けないトンネルは無い。始まりがある物は終わりがあるんだな~。


第二十章:戦いの痕



 激しい戦闘が終わった翌日。その日は雲一つ出ていない晴天となった。
 昨晩の死闘は嘘か幻であるかのように、晴れ渡り澄み切った青空である。
 戦闘に勝利という形となったアルタニス。人狼側は大神オリスによりエンシャロムよりグレーランドを越えた地点に一時避難をしていたが、オリスがシャシャと連れ帰り、さらにオリスの力で移動していた。
 ある者は傷の手当をして、ある者は体を休め、そしてある者は休む間もなく次の仕事に取り掛かるべく仲間の元を去っていった。
 取り敢えず、どうでもいい者達から終わらせておく。

「いや~。まさか、俺達が生き残るとはな~。奇跡だぜ」
「そうだな~。何せ、俺達は愛されているからな」
 澄み切った空を見ながら腕を組み並んで立つのは、自称〝番犬三人衆〟のカットとトッポである。ダニアとの戦いで負った傷も大したことなくすでにピンピンしていた。
「おい! いつまでそんなとこでチンタラしてんだよ!」
 黄昏る二人に強い口調で言うのは、共にダニア戦を生きぬいたエアーズである。
「なんで、俺がお前らと組まなきゃいけねぇんだよ」
 愚痴るエアーズに二人は駆け寄り体当たりする。
「んだよ。臨時新メンバー」
「俺達は三人一組が基本なんだよ!」
 二人にぶつかられて小柄のエアーズは転がる。
「何すんだい! お前ら、ぶっ飛ばすぞ!」
「アルが帰ってくるまでの臨時要員エアーズ。よろしくな」
「お前も、もう番犬三人衆だ」
「勝手に決めんな!」
 飛び上がる様に起き上がり二人に向かってにじり寄るエアーズ。
「だいたい、そのアルって奴が戻ってきたらどうすんだよ! 四人衆になんのか?」
「そん時は、お前が抜けるんだよ」
「うん。お前が」
「勝手に入れられて、勝手に除外されるとか心外だわ!」
「フン。まぁ、お前は我らの中で最も弱い存在だ……うぁー!」
 格好を付けながら言うトッポとその隣に立っているカットがエアーズの風に吹き飛ばされた。
「誰が一番弱いだと! お前らより強いわ!」
「何すんだ! このチビ」
「いい度胸してるじゃねェか!」
 起き上がるカットとトッポはズカズカと近づき、エアーズといがみ合う。
「何してるんだよ」
 その声に三人が振り向くと、ルックが立っていた。
「なんか用ですか?」
 カットはキョトンとしながら言うと、ルックは近づいてくる。
「うん。マーブルさんから言われてきたんだが……ちょっと、お前ら三人でジャンバルキアの方に行ってきて。大魔女に関することらしい」
 ルックの言葉に三人の目が点になった。
「今からですか?」
「今から」
「ちょっと、休もうかなぁ~って思うんですけど……」
「そうか、残念だったな」
「歩いてですか?」
「歩いて」
 カット、トッポ、エアーズが未だ目が点になるのを余所にルックは去ろうとするので、三人は必死で引きとめた。
「ジャンバルキアって、なんか魔女がいたような~」
「もう、殺してるから大丈夫だ」
「う、は、腹が。俺はもうダメだカット……」
「しっかりしろトッポ。すいませんけど、カットがこの様なんで。エアーズ。お湯だ。お湯を用意しろ!」
「任せろ、カット。お湯か、お湯だな~。あぁ、残念だな。水だったらすぐ用意ができるんだけどな~。お湯じゃ、時間がかかるな~。ルックさんのその任務やりたかったな~。いやマジで」
 トッポを支えるように去っていこうとする三人。ルックは素早くカットの肩に手を置いた。
「やるよな」
「「「やります」」」
 カットとトッポ、エアーズはが百八十度踵を返して戻ってきた。
「「「そんな危険な任務ができるのは……俺達だけです」」」
 半分泣きながら三人は元気よく言った。
 ルックは満足そうに頷くと、任務について詳細を説明し始める。

★   ☆   ★

「いや、違う違う違う。だから、青が消毒液で、赤が防腐液だって言ってるでしょ!」
「だぁー! もううるさいな。お前がすることはややこしいんだよ。グラン」
「何がややこしいんだよ! ドラン。塩と砂糖の見分け方みたいに簡単だよ」
「二つを同じバックに入れるのがまずややこしいんだよ!」
 大怪我をした父親ガルボの処置の途中で口喧嘩を始める二子。あまりの大声にガルボもおちおち寝てもいられない。
「ここは他と比べても特に賑やかだ」
 そんな様子を見に顔を出すのはマーブルであった。マーブルは包帯でてきとうにグルグル巻きにされているガルボの姿を見て小さく笑った。
「酷くやられたな。そう見えるだけかな?」
「お互い様だろ」
 マーブルの皮肉に、力なくも鼻を鳴らし小さくガルボは呟く。すでに意識があるのはさすがガルボと言えるだろう。
「マーブル様。どうなされたんですか?」
「マーブル様。腕の具合は大丈夫ですか?」
 マーブルの来訪にドランとグランは弾かれたように彼の元へ駆け寄り抱き着く。マーブルはあまりに勢いよく飛びつかれたので、思わず失った左腕を庇った。
「こら。ドラン。グラン。マーブルも怪我をしているのだぞ」
 当のマーブルは飛びついてくる二子に笑顔を向けているが、父親であるガルボがピシャリと言うと二子はすぐに引き下がる。
 マーブルはガルボのそばまでやってくると、腰を下ろす。まだ片腕が無くなったことでバランス感覚に難があるようで、動きづらそうだった。
「すごい、戦いだったな」
「あぁ」
 しみじみと昨晩のことを思い返しながらマーブルが言った。ガルボも元気に走る二子の姿を見ながら頷く。
「多くの仲間を失った」
「それが戦いだ」
「惜しんでも、惜しみきれない逸材達も死んでいった」
「そうだな」
「ダースも命を落とした」
 マーブルの言葉にガルボはすぐには答えを返さなかった。ダースはアポロの弟だ。自分達とも近しい存在だった。だが、気になるのはそこよりは……
「アポロはどんな様子だ?」
「何も変わらんよ。何も、いつも通りさ。いつも通りに飄々としている」
「また仮面を付けてしまったか」
「そうだな」
「あいつはいつだって本心は言わない。俺達にだって、ずっと隠してきた。今までも、これからも。決して大事なことは言っちゃくれないのさ。それだけ俺達には距離があるんだ」
「あぁ」
 少し寂しそうに語るガルボに、マーブルも同じトーンで頷いた。そして「だが」と続ける。
「別に話してくれなくたって、俺達にはわかってただろ? あいつがどれだけ隠そうとしたって、何を言いたいのか理解していた。それは今までも、そしてこれからも変わらない。俺達は俺達のままさ」
「そうだな。俺達は俺達のまま変わらん。進展もなければ、後退もない。か」
 しばらくの沈黙が二人の間に流れた。だがそれは決して居心地の悪い沈黙ではなく、それ以上は何も語らずとも理解しあえた二人には逆に心地よい間であった。
「私はしばらく寝るぞ。あの子らが騒ぐおかげで、休めもしない」
 そう言ってガルボは目を閉じる。
 マーブルも立ち上がり、二子を引き連れて歩いた。するとルックが現れる。
「マーブルさん。三人衆への任務を伝えてきました」
 近づいてくるルックは二子を確認すると手を上げて挨拶する。二子も手を上げて挨拶するが、いつもルックと一緒にいたダースがいないことに気付いて少し寂しげな表情をしてすぐに目を伏せてしまった。
「ご苦労だったな。どうだった彼らは」
「そりゃもう……嬉々として引き受けてくれましたよ。俺達がやらないで、誰がやるんだとまで言う意気込みようで」
 ルックは左手で頭を掻こうとして、左手が戦闘で失ったことに気付き、右手で頭を掻く。
「そう言えば、エアロさんと、ヴィップの姿が見えませんが……」
 ルックがマーブルに聞いたのは、ルディアナに扮したエアロと《アンナマリア》でグリフォスと呼ばれていた若い人狼の事だ。
「あぁ、あの二人にはもう西へ向かってもらった」
「西? しかし、ジャンバルキアには三人衆を向かわせましたけど……別ですか?」
「うむ。彼らはさらに西。帝国領の外に行かせた」
「「帝国の外があるんですか~?」」
 驚いたルックが何か言う前に、ジッと話を聞いていた二子が目を丸くしてマーブルに訊ねた。この幼き子らにはバグラチオン帝国領こそが世界なのだ。マーブルは二人を愛おしげに眼を細め、彼らの視線の高さまでしゃがんだ。
「そうだよ。世界は広いんだ。お前達の知らないことや物がたくさんあるんだよ」
 優しく語るマーブルが立ち上がるのを待ってルックは口を開く。
「帝国の外と言うと…しかし、どうしてそんな」
 ルックの発言にマーブルがジッと見ていると、彼は気付いて言葉を切る。別に自分が知らなくてもよいことまで知ろうとしていることを知り、彼は頭を下げた。
「いいんだ。ルック。自ら考えることを忘れてはならない。まぁ、エアロ達は、簡単に言えばある人物に会い、それと同時に世を乱しに行ったのだ」
 笑みを浮かべて答えるマーブルはそれ以上は語らない。ルックもそれ以上は深く聞こうとはしなかった。そんな中で話題を変えたのは二子である。彼らはマーブルの裾を引っ張っていた。
「ねぇねぇ。マーブル様。エアロ様の本当の姿ってどんなんなんですか?」
「声からすると父様達と同じぐらいの歳のような感じもしますけど、僕ら、エアロ様が本当の姿になっている所見たことないんです」
 興味津々で聞いてくる二子にマーブルは困ったような顔をする。正直、隣にいるルックも興味があったのでいらぬことは言わず耳を澄ました。
「うむ。どうなのだろうな~。実の所、俺もエアロの姿を見たことがないのだ」
 ニヤリと若いながらマーブルは言って歩いていった。
「嘘だな」「あぁ、嘘だ」「間違いなく嘘だ」
 続けざまにマーブルの背中を見ながらドラン、グラン、ルックが呟いた。結局、エアロは謎のままモヤモヤと彼らの中に残った。
 後に、ドランはエアロについてよく知るようになるのだが、それはもっともっと後の話になってからである。

★   ☆   ★

 アポロは独りで無防備に居眠りをしていた。
 そんな彼のそばにやってくる一人の影。ポポロンである。
「アポロさん」
 近づいても起きないのでオズオズと話しかけてみると、アポロは慌てふためいて飛び起きた。
「ぅうわっ! ビックリした~。なんだよ! いるならいるって言えよ」
 目をパチクリさせながらポポロンを見るアポロはいつもと何も変わらない。昨晩の彼が嘘であるかのように、いつも通りの頼りないアポロに戻っていた。
「んだよ。ポポロン。そんな辛気臭い顔すんなよ。カビが生えちまうぞ」
 浮かない顔をしているポポロンを見て、豪快に笑うアポロ。
「アポロさん。俺を鍛えてください!」
 ポポロンが思い切って言った言葉に、アポロは目を白黒させる。
「な~にを寝ぼけたこと言ってるんだよ。お前は十分強いぜ」
「俺は、ホルンさんのこの目をもっとしっかりと扱えるようになりたいんです」
 意志の強い目で言うポポロンに、アポロは困ったような情けない顔を見せる。
「扱えるようになりたいんですって言われてもな~。俺は何も教えられないぜ。そう言うことはマーブルあたりに言ったら、結構的確な指示をくれると思うけど……」
「俺はアポロさんに修行してもらいたいんです。俺はあなたみたいになりたいんです! あなたのように強く」
 そんなことをあまり言われないアポロは戸惑う。
 確かに、アポロは強い。と言うよりも強すぎる。今回の戦いで怪我一つせずに帰還したのは大神オリスとアポロのみであった。(オリスに傷を癒して帰ってきたシャシャを省けば)
 いつものアポロしか知らない者達にとってみれば、またアポロは逃げてばかりいたんだろうと噂されているのが事実である。腰抜けアポロとはよく言われたものだ。だが、ポポロンは違う。彼はアポロの強さを知っている。そして昨晩もこの目でアポロの凄さを見た。(見えなかったから、正確には感じたが近い)アポロはあらゆるものを撥ね退けた。あらゆるものの進行を阻止した。
 今や、ポポロンの中ではアポロは半分神格化されたような存在なのだ。崇拝にも似た感情を持っている。
 とは言っても、アポロ自身そんなことは全く毛ほども感じない男だ。そんな感情を持たれても困るとばかりにゴロンとまた寝転がった。
 ポポロンも引き下がらない。アポロに詰め寄り何とか稽古を付けてくれるように縋り付いた。初めこそ相手にしないアポロだったが、次第にポポロンの熱意に押され終いには折れた。
 彼は溜息をつきながら起き上がる。
「しゃーねぇな~。じゃ、少しだけだぞ」
 その言葉にポポロンの顔が輝いた。その顔を見ながらアポロは溜息交じりに笑い。「まぁ、気を紛らせるにはちょうどいいか」と呟くがポポロンの耳には入らない。
「ポポロン。初めに言っとくが、手加減して鍛えないからな」
「はい!」
「俺の稽古の付け方は厳しいぞ」
「はい」
「毎回、半殺しぐらいは覚悟しとけよ」
「は……い」
「ポポロン。ぶちのめされるの覚悟で挑むのには度胸がいるぞ」
「……大丈夫です。心の準備はできてます」
 ポポロンはアポロの目を見てはっきり答える。それを聞いたアポロは立ち上がる。
「じゃぁ、早速お前をボコボコにする。抵抗しろ」
「え? ……あっ! 十秒、待ってください」
 こうしてポポロンのアポロによる特訓が始まった。

★   ☆   ★

 シャシャが目覚めた時には、オリスは自分の空間に入り姿は無かった。
 昨日の傷もまるで無かったかのように消えている。嬉しかったのは髪まで元のサラサラの黒髪に戻っていたこと。チリチリに焦げてパーマみたいになっていたら羞恥の炎で死んでしまう所だった。
 シャシャは腹を抱えて笑っていた。
 ずっと、笑い続けている。気が狂ったかのように笑い続ける彼女には誰一人として近づいてこようとは思わない。奇行だけではなく、昨晩の戦いの一部始終を見てしまった人狼達にとっては彼女の恐ろしさが身に染みたのだ。
彼女は独り笑う。
彼らがいる場所からも見える。エンシャロムがあったはずの場所を見ながら。跡形もなく消してしまったことに笑う。おかしすぎて腹がよじきれそうだった。
オリスと同じ真っ赤な瞳に涙を溜めて喜ぶ。
自分のしてのけた偉業、大業に。
 今は世界に対して中指を突き立ててやった気分だ。
 どうだ、見たか。お前達が見下し、罵り、蔑んだ者の力を。お前達などゴミクズ同然であることを思い知ったか。私はお前らとは存在する場すら違う生命なのだ。
「アハハハ……ははは。世界の端を一つ潰してやった」
 彼女はのたうち回りながら笑う。歓喜に、これほど喜んだのはオリスと出会った次ぐらいだろう。
「ついに、ついに手に入れてやった。〝火竜〟の二つ名。今日から私が火竜だ。誰でもないこの私が。この私こそが最強の魔女なのだ」
 そう、この私が。
 寝そべり空を見上げたシャシャの笑いが止まり、彼女の顔から表情が消えた。
 オリスの隣に座るのは誰あろう、私にこそ相応しい。シャシャは思う。オリスにシャシャの事しか見えないようにするためには、邪魔な者はみんな殺す。シャシャがオリスの物になったように、オリスが自分の物になってくれるためならなんだってやってのけよう。そう今回のように、山だって、いやもっと大きな物だって消してやる。
「そう、あと一人だ。あと一つ。欲しい。最後に取っておいてとっておきの二つ名。それを手にいててば私こそが唯一無二」
 思わず彼女の顔がニヤリと歪む。今から考えただけでも鼓動は高鳴り、気持ちは高揚し、口元より熱い吐息が漏れた。彼女にとってはそれは王冠にも等しい意味を持っているのだ。
「もうすぐ私の物となる〝大魔女〟の二つ名」
 彼女はまた気が狂ったかのように笑い出す。その笑い声は、澄んだ空が全て飲み込んでいった。

★   ☆   ★

 一方。《アンナマリア》の魔女達も避難を終えていた。
 被害は大きい。
昨晩の戦闘に参加しなかったパルアス組を除き、この戦いで約百の教師と約五百の生徒達が校内で戦った。
 だが、今こうして無事に避難できた者はごく僅かな者ばかり。
 それだけでも彼女らの精神に大きな傷を残したのに、決定的だったのは自分達が崇拝していると言っても過言ではないアンナマリアの死だ。彼女らの心は完全に折れてしまった。
 誰一人として顔を上げるのもなどいない。戦意を喪失し、目から光が失われていた。幼いパルアスの生徒達だけでない、多くの生徒達の泣き声がそこここから聞こえてくる状況だ。
 そんな中でも、教師達だけは何とか凛としていた。生徒の前ということもあったのだろう。少ない生徒達を何とか束ね、励まし、なだめる姿が逆に痛々しく見える。
《アンナマリア》勢は絶望的であった。
 地べたに直接腰を下ろし膝を抱え俯く生徒達の間を歩くシャローンは、マーブルとの戦闘で失った左腕のせいかぎこちなく歩いていた。彼女の顔にはいつものように優しげな笑みを浮かべてはいるが、やはり疲労や精神的なショックが拭いきれずどこか影があった。
それでも彼女は全員をまとめるために翻弄する。アンナマリアとダニアが死んだ今となっては彼女がまとめ役にならねばならなかった。
「クロエ先生~。どういった状況ですか~?」
 ミイラのような姿(細いから余計そう見える)のクロエがフラフラしながらシャローンに近づいてくる。さすがにこの状況では彼女の口の悪さも勢いがなかった。
「まったく、見てわからないんですか? これがハッピーにでも見えるのならば、あなたの頭を私は疑いますね……正直、最悪。
 結局、あの戦闘から戻ったのは教師が十人、生徒は六十一人。あなたが最後、校内を見回ったおかげで助かった生徒がほとんどね」
「その数が多いのか少ないのか、私には測りかねますね~」
「もう、生徒達は限界です。肉体的なことではありません、心が折れてしまっている。多くの姉妹を失っただけでも辛いのに、ダニアやアンナマリアまでもが敗れるとは。幼い彼女らには重すぎました」
「あなたは大丈夫なんですか~? ゲッソリしているように見えますが」
 シャローンの心配に、クロエは空元気ではあったが鼻で笑い飛ばした。
「私は元から細いから。これ以上、細くなったら消滅しちゃうわ。私は大丈夫。生徒達の倍は生きてきたんだから。ただ悔やまれるのは、もっと多くの生徒を救ってやりたかった……私は自分だけ生き延びてしまった」
 自分の不甲斐なさに歯噛みするように言うクロエは、手で目元を覆う。シャローンはクロエの肩に手を置く。しっかりと力を込めて掴んだ。そこから彼女の意志や思いが伝わるかのように。
「私達はこんな所では挫けませんよ~。だって、私達は《アンナマリア》の魔女なのですからね~」
「私達は《アンナマリア》の誓いにかけて、今後はあなたに付従います。シャローン先生」
 肩に置かれた手を握り返し、クロエはシャローンの前に膝を折った。シャローンはその光景を複雑な感情をこめて頷いていると、耳を塞ぎたくなるような叫び声と共に生徒達はざわめきに揺れる。


 叫び声を上げ意識を取り戻し起き上がろうとするレントに、周囲の看病をしていた魔女達が慌てて止めた。
「あぁわ。ダメですよ。動いちゃ」
「そんな大怪我で動いたら、死んじゃいますよ」
 全身に包帯を巻かれ右の顔などは全く見えない。僅かに左側の顔が隙間から見えるのと、所々から見える金髪がレントであることを教えた。どちらにしても変わり果てた姿であった。痛々しく、弱弱しい姿だ。
 全身には大小無数の傷があり、あちこちの骨は砕け、半身は炎に包まれ大火傷を負ったのだ。しかし、痛みは感じない。魔女達の薬などのおかげか、レントの痛覚が麻痺しているのか。おそらくどちらもだろう。
 何とか寝かせよとする魔女達を、レントは何か喚きながら力ずくで押し退ける。よろけながら立ち上がるレントをなだめるために近づこうとする魔女達だったが、レントの視線に足がすくみあがり立ち止まる。彼の目はこの戦いで抱いた激情が溢れんばかりに出ていた。彼も憎悪の炎が上がりそうなほどに。彼の姿を見る魔女達の目にも怯えが浮かんでいる。それだけ、レントの怒りのオーラは外に溢れていた。触れた者は容赦なくその怒りに命を落としてしまいそうだ。
「パ、パラミシア先生!」
 魔女達が助けを求めるが、当のパラミシアは体力の限界とばかりにいつもの水銀の体温計を咥え、額にひんやりシートを貼り付けながら横になっていた。生徒達の助けの声に「無理無理」と手を振るだけ。
 レントはまるで死人のようにゆらゆらと歩き始めた。その目は焦点が合っておらず、常にギョロギョロと何かを探すように動く。彼の前には自然と道ができた。それは以前の彼のような神々しさが成すものではない。彼の悪魔的なオーラによる恐れが成したことだった。誰もかれもが、怯えた眼差しをレントから外すことができなくなった。張り付いてしまったかのように。
「殺してやる。皆殺しだ。根絶やしにしてやる。どいつもこいつも」
 呪詛のように吐かれる彼の言葉に、周囲の者達はさらに震え上がる。それはいつもの彼の人懐っこい声ではなく、地の底より聞こえるかのような声だったからだ。
 握られた拳からまた血が滴り落ち、噛み締められる唇からは血が溢れる。
「レント。レント。ダメだよ!」
「大人しくしてて! 大怪我なんだよ」
 静まり返り誰も動かなかった中で初めて動いたのが、レイアとクルタナであった。胸に縋り付くように必死で抑える彼女らだが、その声など届いていないかのようにレントは彼女らに一瞥すると、「どけ」と一言いって強引に押し退ける。二人は地面に倒れた。
「レント……っ!」
 レイアが咄嗟に懇願するようにレントを呼び止めようとしたが、レントの眼差しに声が詰まる。声だけではない息すらも詰まり苦しくなった。
「レント。ここを離れて、どこに行こうというんですか~」
 その声にレントはレイアから視線を逸らす。レイアは何かに解放されたかのように呼吸が楽になり、涙しながら噎せ返る。
 視線はネスティマを持ったシャローン向けられる。レントはネスティマを見ると、まるで憑りつかれたかのように歩み寄ってくる。そしてシャローンの手から乱暴に剣をひったくると、またフラフラと歩きはじめた。
「どうされるおつもりですか~?」
「人狼を、人狼を殺す。全員。この地に住まう人狼共を根絶やしにしてやる!」
 シャローンの問いかけに、レントは振り返り怒りと憎しみを籠めた顔を見せた。レイアやクルタナは思わず身を固めた。しかし、シャローンは動じることなく、笑みを浮かべながら優しく問い続ける。
「どこに行かれるおつもりですか~?」
「決まっている。聖都セリスタルに戻る。戻ってどいつもこいつも掻き集めて人狼達を狩るんだ」
「いいですか、レント~。聞きなさい。例え人間が千人集まろうと~、あの人狼達には勝てないんですよ~」
「だったら、俺が万の人間を集めてやるさ! 何人だって構わない! どれだけの数が犠牲になろうとも、奴らを殺して殺して殺しつくしてやる!」
 もはやレントの瞳は正気ではなかった。あの戦いが彼の何かを壊してしまったのかもしれない。それは治るかもしれないし、もう治らないのかもしれないが、シャローンは母親のように諭す。
「あなたは守る側の人間なのではなかったのですか~? そんな考え方では、誰も救えませんよ~」
 レントは一瞬だけ戸惑ったかのように言葉に詰まるが、すぐに関係ないとばかりの態度を示して彼女に背を向けて歩き出した。
 それを見てシャローンは呆れた感じで首を振って彼を呼び止める。
「セリスタルに戻っても、人は集まりませんよ~。ましてや、聖女ジャンヌは今回の戦いを静観するはずですからね~」
 レントは足を止めた。
「あなたにもわかっているのではないですか~?」
「っるせーな。仕方ねぇだろうが、縋るところが他にねぇんだから。俺だけじゃ、勝てねぇんだから」
 口惜しそうにレントがぼやく。
「ダメだ。無理だよ。あの差は……あの差はどうやっても埋まらねぇよ」
 背中を見せるレントが鼻を啜りながら、ポツリポツリと力なく洩らす。その背中は、誰よりも小さく見えた。
「あなたが対抗できるだけの力を得られるかもしれない。と言ったら、どうしましょね~」
 急な発言にレントはシャローンの顔を見た。
「どういう意味だ?」
「そうですね~。私も、よくわかっていないんですよ~。でも、なんかそんな気がするんですよね~。しかし、あなた次第ではあなたに力を授けてくれる可能性が場所があると言えば~、ある」
「どこにそんな都合のいい所があるんだよ」
「私達がこれから行こうと思う場所ならば、可能かもしれませんね~」
「魔女が逃げる場所?」
「一緒に行きますか~?」
 シャローンの申し出にレントはしばらく剣呑な目つきで見ていたが、諦めたように膝から力なく落ちた。
「連れてけよ。どこにでも。そこで力が手に入るんならな」
「話は決まりましたね~。では善は急げです」
「で? どこなんだ」
 レントの問いに、シャローンは含みのある笑みを見せた。
「そこはあなたもご存知の場所。いえ、誰しもが耳にしたことのある地。遥か彼方にあると言われる伝説の都市。不滅の女王が治める都市国家。
 人はそこを魔都・ヴァルキアと呼びます」

 その地は、お伽噺の中の舞台。
 勇者バリスタンスが聖剣を手に、暗黒王に戦いを挑んだ場所。
 子供が夜に聞かされる夢物語。

 お伽噺に迷い込んだような錯覚にさいなまれるレントは、死にかけた時に現れた大きな梟の啼き声と羽音が聞こえたような気がした。


(二つ名狩りの魔女:完)
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