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レンラル日誌~馬車を出たら雪国でした編~

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レンラル日誌~馬車を出たら雪国でした編~

 {初めに…
 この作品は東風の作品「MELTY KISS」。また「RED・MOON」の派生です。
 しかし、世界観は若干に変えてある「新説」を元としますので、ん? と思うところも出てきます。
 まぁ、それも愛嬌で。エヘヘ。


レンラル日誌~馬車を出たら雪国でした編~




バグラチオン帝国。
そこは武と宗教により大陸に覇を唱える国であった。
その宗教の総本山でもある聖都・セリスタル。都市全体が聖域とされ、多くの信徒がこの地を巡業に訪れる。道を歩けば荘厳でありながら首都・バグラチアのように絢爛さは感じさせず、優艶で心洗われるような建築物が多く建ち並ぶ。聖女・ジャンヌのおわす場。そしてこの地にはもう一つ、人を引き付けやまない物がある。それが、ジャンヌ信仰の花形とも言える聖騎士達であるだろう。聖騎士は艶やかでありながら、その実は武の国、バグラチオンといえども二人といない逸材を集めたとも言われるほどに腕に立つ者達の集団なのだ。各地に派遣される彼らだが、ここは彼ら聖騎士にとっても本拠点となる地でもあった。白銀の甲冑に身を纏うその姿は、人々の心をひきつけ尊敬し、そして聖なる使徒と恐れるのだ。
で、物語はそのセリスタル。しかも聖騎士の拠点より始まる。
「あぁ~? なんでだよ! 難しいこと並べてはぐらかそうとしてるんだろう。コラ!」
 いかに聖騎士と言えど様々な地へ派遣されるわけで、それなりの組織化されており先立つ物。つまりお金は重要になってくる。ここはそんな彼らの申し入れを認可し、受理し、手配などを行う部署であった。
 そしてこの眼鏡をかけたまだ若いおかっぱ頭の少年の胸ぐらを掴んでいる男。彼こそがこの話の主人公、レントであった。
 白い緩やかな服を着ている彼を一言で言い表すのならば、絶世。おそらく彼を見た者でその言葉は、彼以外には使えなくなるであろうほどに、レントという男は美しかった。金の生糸でできているかのような滑らかな金髪に、それと同色の瞳。白い肌は透き通るような肌理細やかだ。整っているのは顔だけではない。均等のとれた体。しなやかですらりと伸びる手足。無駄な所など一切ない完璧である。
 部署にいる者達は自分の仕事の手を止めて、彼に見惚れていた。
 怒鳴られている少年ですら、頬を赤らめている。
 だが、正直そんなことはどうだっていいレント本人は、釈然としない少年をさらに締め上げる。
「で、ですから、上からの命でレント様方の物は受理するなと……」
「っざけんな! こちとらどんだけ順番待ちしたと思ってんだ! こんだけ待たせて無理の一言で済まされてたまるか~!」
 ブンブンと理不尽に振り回される少年についに救いの手が。
「おいおい、レント。遅いと思ったら、何してるんだよ! まだ子供だ。可愛そうだろ」
 現れたのは癖のある黒い髪に、オリーブ色の瞳、浅黒い肌。レントほどではないが整った顔立ちの男だ。レントよりも少し年上だろう。彼の名はラルドックである。
 ラルドックは胸ぐらを掴むレントをなだめ、少年を自由にする。
「何があった?」
「だってこいつが~」
「何度も説明している通り、あなた方の実費報告書だけはどのような理由があっても受理をしない様に命じられておりますので」
「んだと! 何で、俺らの報告書は受理されねぇんだよ! えぇ~!」
 今度はラルドックが少年の胸ぐらを掴んだ。今度はレントが慌ててラルドックをなだめる側についた。
 少し落ち着いて。
 少年を座らせ、レント、ラルドックが彼の前に二王立ちして見下ろしている。
「どういうことだ? おい。お前らの仕事はなんだ?」
「報告書や手配書に記入漏れがないことを確かめ、受理や認可の手配をすることです」
 シュンとしながら少年はラルドックの問いに答える。
「俺らの報告書に記入漏れがあるのか?」
「ないです」
「何か不備でもあったか?」
「ないです」
「何か不正でも見つかったのかぁ?」
「ないです」 
「だったら、受理しろや!」
 もう半泣きの少年は、しどろもどろに説明する。
「ですから~。あなた方の浪費や、出費は他の方々よりも輪をかけて多いことや、近頃の任務放棄などの検討した結果、上の方々が怠慢と判断してあなた方の行動で発生した金銭は経費では落とさないと決まったそうなんですよ~」
「「知るか~!」」
 理不尽な一喝。
 そんな時に、間の悪いことに彼らに用がある者が、オズオズやってくる。
「あの~。レント様、ラルドック様。両方に指令状をお持ちしました」
 ラルドックが見て、次にレントが見る。もちろんふてくされた顔だ。
「俺達には経費が落ちねぇのに、働かせる気かよ」
 整った顔を膨らませるレントに、少年が慌てて補足する。
「で、でも、今後の働き次第では撤回もありえるとの報告がありました」
「「本当だろうな?」」
「いや、私ごときでは確かなことは……」
「まぁ、しゃあねぇな。行くか」
「行くか」
 ラルドックとレントは溜息をつくと、踵を返して去っていく。ようやく解放された少年は安堵のため息をついた。
 部署の者達もすでに二人の行いには慣れたようで、仕方がないとばかりに首を振った。
 この二人。言うまでもなく聖騎士。
 第二班と言われながらも、他の班と異なりたった二人しかいない特殊な班。そしてその特殊な班の生い立ちの原因となっているこのレントという男が、また特殊な男であることはすでに説明するまでも無いだろう。
 とにもかくにも、この二人の聖騎士はセリスタルより旅立った。


 レントとラルドックは乗合馬車に一緒に乗せてもらい北へと向かっていた。
 中には彼らと同じように北へ向かう者達がちらほらと見えるが決して多くはない。彼らは全身を包むマントに深々とフードを被り、あたかも敬虔な信徒の巡業を装っていた。
 顔を隠すのはラルドックはともかくレントは目立ちすぎるからである。セリスタルの町中をレントが素顔で歩こうものならば、それこそ大変な騒ぎになっていた。彼の歩くために道が開かれ左右と言わず、至る所からレントを見るために男女問わず人々が集まるのだ。集まってレントの一挙手一投足を見逃すまいと目を皿にしながらついてくる。熱狂的でありながらも、誰も彼に近づこうとはしない。あたかも近づけば自分が消えてしまうかのように一定の距離から近づかず、また離れもしないのだ。
 まぁ、そんなことは気にも留めないレントは平気で昼間に買い物や、食事をとりに出るのだから大変なのだ。そして彼の人懐っこい性格であることがなお悪い。彼は平気で見知らぬ人に近づくし、気さくに話しかける。彼がそれをする度にどれだけ騒ぎになるかも知らずに。
 そのようなこともあり、ラルドックはレントにフードを被せたのだ。
 全身を隠すのはただ単純にレントが、むやみに自分達が聖騎士であることを知られるのを嫌うからである。
 静かに馬車に揺られる中で、多くの者は毛布に包まり眠っている。ラルドックの隣のレントもマントに包まって膝を抱え丸くなって眠っていた。フードの淵から彼の美しい髪が見え隠れする。
全身をマントで隠し、すやすやと寝息を立てる彼をこの馬車の者達は一体どれくらい男と認識しているのだろうか。おそらく誰一人として彼を男と思っている者はいないだろう。この馬車に乗ってからだいたい話すのはラルドックであり、彼は一言も口をきいていないし、腰に帯びた剣もうまくマントに隠しているのだ。それにこれまでの道中、皆がレントを女として扱っている。まぁ、彼自身がそのように身を振る舞っているのも確かだ。
大抵旅をする時はこうするのだ。この方がいろいろ都合がいい。敬虔な信徒の男女が二人で巡業している。別に変ったことではないし、むしろよくある。そして男は護衛のために腰に剣を帯びることは珍しいことではない。仮に何かの拍子にレントのフードがとれたとしても、彼を男と判断することは不可能だろう。
つまり彼の変装は完璧なのだ。
眠るレントがカッと言いながら、頭が床に落ちそうになるのを慌ててラルドックが受け止め、周囲を見ながらちゃんと寝かせる。
時々見せる雑な彼の素行が出る以外は完璧なのだ。
しかし……
 と、ラルドックは眠気が来ないのをいいことに馬車の天井を見ながら考える。セリスタルでは文句を言ったが、確かにあのような処遇をされる覚えがないことはない。だいたいはレントの思いつきや行動が原因なのだが、捕縛対象者を逃がしたり、殺害を命じられていた対象を殺したことにして報告したり(後々にばれたが)。酷い時は受けた指令を何もすることなく、そのまま「完了」と印を押して送った。(あれは怒られた……)レントは直感で動くのだ。彼は自分の直感が命じられている指令に反したことであっても、それを優先する。それで相棒のラルドックが誰だけ迷惑をこうむったかは、数えるのもうんざりしたのでやめた。数多くの処罰も受けてきた。そしてその処罰すら無視してきたものだ。にも関わらず、レントは聖騎士としてまだいる。
 一体、どうしてなのだろうか?
 そこまでして彼をセリスタルの聖騎士として繋ぎ留めておきたい理由は、一体どこにあるのだろうか? 確かにレントは特別だ。誰しもが憧れ、聖騎士になるために過酷な試験を受ける。ラルドックだってその一人である。まぁ、入ってみてイメージと違うと思う奴も少なくはないらしいが。
だが、レントは違う。唯一なのかは知らないが、ラルドックの知る限り唯一、彼は聖女・ジャンヌが指名してなったのだ。ジャンヌがバグラチオンの国境付近を訪れていた時、その帰りに連れて帰ってきたのだ。連れてこられた時は誰もが囚人かと思った。何せ彼は粗末な馬車に乗せられ手や足に枷を付けられ鎖で繋がれていたのだから。だがしばらくして、新たな第二班が結成されることが決まり、レントが聖騎士となった。それに伴い第一班に編入が決まっていたラルドックは急遽、二班に回されたのだ。そして今に至る。今となっては不満は無い。確かに組まされたばかりの時は不満しかなかったが、今は楽しくやっている。
 一時期はレントの容姿である。聖女・ジャンヌとの並々ならぬ関係を噂されたが、レントのジャンヌ嫌いを間近で見るラルドックにはそれは皆無であると思った。一度、レントに聖騎士を続ける理由を聞いたことがあるが、珍しく歯切れの悪い言葉と共にはぐらかされた。ただわかったのは、何かから守ってもらう約束をしたとかしなかったとか。
 まるで兎の穴に落ちてしまったかのように考えに転げ落ちていたラルドックは、気付けば馬車は目的の地についていた。
 ガタンと一旦大きく揺れて馬車は停車する。
開かれる扉から冷たい冷気が流れ込み、乗客達は各々に用意して出ていった。最後まで残っていたラルドックは隣のレントを小突いて起こした。彼は大きく伸びをして欠伸をすると、ノロノロと起き上がる。
「もう着いた? ……さっび~。俺のネスティマ暖か~い」
 マントの中で彼は自分の愛剣を抱きしめる。彼の剣は特別な物で、レントの感情や心境の変化で熱を持つのだ。とはいえ自分の剣を懐炉代わりに使う剣士は世界広しと言えどこの男だけだろう。
「早く起きて出ろ」
 レントの気の抜けた返事を背中で聞きながら、ラルドックは自分とレントの荷物を持って先に降りた。馬車の外は突き刺すような寒さだ。思わず身震いした。白くなる呼吸に、それ以上に白いのは周囲の景色。一面が雪で覆われ、白銀の世界であった。
「雪だ~!」
 雪の降らない南方・ラリアス地方で生まれ育ったラルドックが景色に圧巻されて呆けていると、馬車から降りてきたレントが嬉しそうに子供のような声を上げる。
「さぶっ!」
 そして第二声がそれであった。馬車の中に戻ろうとするレントを引っ張りながらラルドックは町へと入った。


 ついた町はこの辺りでも大きい町だ。だが、ラルドック達はさらに北にある小さな町を目指す。ラルドック達は取り敢えず、店に入り食事をとることにした。
「何にいたしますか?」
「「かき氷」」
 注文を取りに来た女性の目が点になる。
「俺、イチゴ」
「俺は……メロン」
「「練乳多めで」」
 気違いを見る目をされた。正気か? と顔に書いてあるが聞きはしなかった。女性は足速に去っていく。
「まぁ、ここで必要な物を買っておくか。どうも俺らが行く町は、町って言っても店らしきもんはあまりないみたいだからな」
「辺境の町ってのはどこも、閉鎖的だからな」
 何を買うかリストを作るラルドックの前で、運ばれてきたかき氷のイチゴをパクパクと頬張るレントは言う。悪くない味だ。
「しかし、魔女の断罪とはね。ホントにこんなとこにいるのかね」
「さぁな。どうせ噂とかが情報源だろ。一応、調査だけしとくか。んで、見つけたら…」
 レントは嫌そうな顔をしながらラルドックの言葉を聞いた。そして話はどうでもいいような雑談になっていく。
「そう言えば、第四班の奴らまたなんかしくじったらしいぞ」
「第四班ってことは、ジークのとこか……またか、バッカで~い。そういうとこ抜けてるよな。あいつらって」
「そうそう、第三班に新しい奴が入ったって知ってるか?」
「あぁ、俺も聞いたな~。なんか野菜みたいな名前の奴だろ?」
「野菜?」
「たまねぎっぽくなかった? なんか小さい奴でそんな名前だったような気がしたから、新玉だな~とか思った気がするんだよな」
「そうだっけ? あ、お姉さん! オニオンスープちょうだい」
「俺も!」
「そうだ、第一班なんだけど……」
「奴らの事は話したくない! あのジャンヌの犬ども。マジで腹立つんだけど」
 聖騎士の内々に話を愚痴り笑う二人。まったく自分達が他の班からどのように言われているのかなど棚に上げ、好き勝手言っていた。
 さんざん話した後、ラルドック達は手分けして必要な物を購入し、町を出る。目的地は遠くはなかった。(別に近くもなかったが)幸運にも天気は悪くなかったので来れたぐらいの距離だ。
 彼らの予想通りまではいかなかったが、それでもやはり閉鎖的な雰囲気は拭いきれない。それでも決して悪いと言うわけでもなかった。
「よし、取り敢えず、宿と魔女の情報を探るか」
 周りを見ながらラルドックは言った。
「よし。じゃ、ラルは宿と情報を、俺は温もりを」
「よし、任せろ! ……って、おぉい! そのテンポで言われたら、うっかり「よし」って言ってしまうやろ」
「寒いんだよ」
「かき氷食ったからだよ! 俺だって寒いよ。お腹、さっきからグルグル言ってるよ」
「わかったよ! なら、俺は真心を」
「それだよ。それ。まったく……ちゃうちゃうちゃうちゃ~う!」
「何? 犬?」
「違う! 俺は情報を集めてくるから、お前は宿でも探してろ。で、その部屋から出てくるな。いいな。約束な!」
 何を怒っているのか、ラルドックはプンプンと怒って歩き去った。レントは彼の後ろ姿を見ながら、楽しそうに笑い宿を探すことにした。

 夜。宿でラルドックが調べてきた情報を頼りに二人は地図を開いていた。
「まぁ、魔女の噂は少なかったなぁ。そっちの方はお前の方が詳しいんじゃないか?」
 ジトーと非難するような目を向けるラルドック。彼が言うのは、彼が宿にやって来た時に、レントが若い女性達と仲良く世間話をしていたことだ。少なからず伝承や噂を聞いていたのだから、あからさまに責めることはできないが、それでも自分は寒い中を走り回っていたことを考えればどうも釈然としない。
 ラルドックはそんな考えを振り払い、話を続ける。
「だが、どうにもこの辺りに幻の城ってのがあるみたいだな」
「幻の城?」
 レントが聞き返す。
「ある時間帯になると姿を現すが、いざ探すとモヤのように消えてしまう」
「幻の城ねぇ~。取り敢えず、そこから調べるか。でも、消えるとなると探しようがないな」
「消えるって言っても、実際に消えるわけがない。魔女お得意の魔法だろう。うまくカモフラージュしているか……実際は別の場所にあって、そう見せているか」
「蜃気楼みたいに?」
 ゴロンとベッドに横になるレントに、ラルドックは頷いた。
「取り敢えず、明日は目撃場所周辺を調べてみるか」
 そうだな~。と、気のない返事をするレントはそのまま眠りそうだ。ラルドックもベッドに寝そべり明日に備えることにした。
 しかし……
「しかし、何でベッドが一つの部屋を取った?」
「一番、安かった」
 ムニャムニャとすでに半分夢心地のレントを尻目に、狭いベッドで狭そうにレントに背を向けて眠るラルドックであった。きっと明日、目が覚める時は固い床で寝ていることになるのだろうなと思いながら目を瞑った。


 翌日は雪が降っていた。吹雪いているということはないは、それでも気温はグッと下がり凍える寒さだった。
 レントは温かい食事をとりながら、不機嫌なラルドックを見る。彼はブスッをしながらレントと同じ物を黙々と口に運んでいた。
「だから、謝ってるだろ?」
 レントの謝罪も聞こえないふりをした。
 案の定、ラルドックは床で寝ることになったのだ。昨晩はレントに何度、ベッドから蹴り落とされたか。毛布も全てレントが掴んで離さなかったので彼は持ってきたマントに包まって固く冷たい床で寝る羽目になったのだ。若干、まだ彼の顔に床の木目の跡がついている。
「今度は、お前がベッドに寝ていいからさ~。機嫌治せよ」
「いいよ。別に。もう慣れてるから」
 レントは溜息をつきながら、それからは黙って食事を済ませた。

 雪山へ入った彼らは静まり返った白い世界に迷い込んだようだった。先頭を歩くラルドックは地図を片手に進むが、しばらく行くたびに「んん?」とか、「あぁん?」などの不安になる声を出していた。
「迷った?」
「迷ってねぇよ」
「迷った奴って絶対そう言うよな」
「迷ってねぇって。この地図が曖昧だからわかりにくいだけだ」
「地図のせいにして……」
「事実だよ。これだから辺境の地図は嫌いなんだ」
 ブツブツと文句を言いながらも先に進む二人。
 しかし、本当に周りは静かであった。生命の欠片も感じさせない。全ての物は滅んだか、眠りについているかのように動きが無く、音も立てない。雪が降り積もる音がやけに大きく聞こえ、降り積もる雪を踏みしめる彼らの足跡が唯一の生の証といった感じであった。変化のない進行に互いに口数も減っていく。
 すると、木々で囲まれていた視界が急に開ける。
「川だ。凍ってるよ」
 レントが呟くと、凍りついた川の上に立った。
「ラル! 見てみろ。川が凍ってるぜ。スッゲー! 乗っても大丈夫だ」
 氷の上で「ほらほら」と言って、飛び跳ねて見せるレントにラルドックは慌てて止めにかかった。
「バカ。危ない。危ないからやめろ。割れたらどうすんだ!」
「割れないって。結構、厚いみたいだ」
 構わずに飛び跳ねているレント。確かに氷は厚いようだが、そのように飛び跳ねれば明らかに氷が軋む音が聞こえてくる。
「いいから、止めろ! 氷、ギシギシいってるから! 新婚初夜の寝台並みに音鳴らしてるからやめろ!」
 ラルドックに叱られて、口を尖らせながらもやめるレント。しかし、目的の場所にはここを通るしか無いようだ。
 と、言うことで。
 ラルドックはロープをレントと自分に結び付け、棒を持って氷の厚さを確かめながらゆっくりと進むことにした。
「こうやって、氷の厚さを確かめて進めば落ちることはない。俺の通った所をちゃんと通ってこいよ」
 へ~い。と後ろからレントの返事がする。
 レントも前のラルドックを見よう見まねで棒で氷を叩いて厚さを確かめながら進む。
「なるほどね。スリルはなくなるが、確実だな……フガッ」
「スリルなんて求めなくていいんだよ。だいたい、こんな所で水にでも濡れてみろ。体の体温を奪われてお陀仏だぜ。だから、お前は特に気を付けて……あれ?」
 振り返るとレントの姿は無かった。
 そばに割れた氷と棒が転がり、ラルドックに結ばれたロープの先は割れた川の中に。
「うおぉぉぉ! レントォ! 言ってるそばから落ちるな! 今、助けてやるからな~」
 ロープを引っ張り上げずぶ濡れのレントを救出。
「しっかりしろ~!」
「ラル。俺はもうダメだ。妻と息子達に愛してるって伝えてくれ」
「お前は未婚だ! しっかりしろ~」
「あれ? そうだっけ……じゃぁ、何だろう。こんなにハッキリと彼女達の顔が思い浮かぶのは、未来を見ているのか? 短めの黒髪に、小柄な体。笑うと八重歯が特徴的で、白のシャツに、茶色の腰当を付けてて、緑がかったスカート」
「子供は、黒と白の髪の双子じゃなかったか?」
「あれ? お前にも見えてる?」
「それは昨日、町で話した親子や! 勝手に自分の家族にするな」
「あぁ、それで……じゃぁ、誰に言い残せばいいんだ? 俺は孤独だ」
「死ぬ前提で話すな!」
 ラルドックに助けられながらも急いで対岸まで来たはいいが、雪や風を凌げる場所が無い。仕方なくその場に火を焚きレントはそれに温まる。
「いいか、レント。俺は少しこの辺を探して、休める所がないか探してみる。運が良ければ狩猟の時のための小屋があるかも。いいか、絶対に火を消すなよ。そして動くなよ」
 自分の剣・ネスティマを抱きしめ火に当たるレントに釘をさすように言うと、ラルドックは急いで周辺を捜索に向かう。
 マントに包まっても、火に当たってもちっとも暖かくならない。体の芯から冷えてしまっているのだ。手足を動かし血を巡らしているが気休めだ。
「仮にお前が、動けっつってもゼッテーにこの火の周りから動かねぇっつーの!」
 震えながら火にあたる。火の偉大さを感じる。
「まるで、この炎は俺の命の灯のようだ~。ハックション!」
 彼が盛大にクシャミをした瞬間、木に積もっていた雪が塊となって焚き火を消した。
「うう、ううわー! 俺の灯が消えた~! え? 嘘や! このタイミングで?」
 もう、後半部分は「えぇー」としか、言えてなかった。
 アタフタするレント。だが、火は再び燃え上がることはなかった。凍える手ではうまく火をつけることができない。レントはネスティマを抱きしめながらマントに包まり、ラルドックを捜すことにした。

 ラルドックが返ってきたのはレントが消えて、しばらく経った頃だ。吉報とばかりに顔を輝かせてやってくる。
「よかったな。レント。俺の睨んだとおりにそう遠くない所に、小屋があった。今は誰も使ってないだが……」
 誰もいないのを見てラルドックは硬直した。
「え? あれ?」
 ラルドックは顎に手をやりながら一旦、来た道を少し戻ってから再度、その場に戻ってくる。が、結果は変わるわけではない。
「レントは……いやいやいやいや。おかしいおかしいぞ」
 ラルドックは混乱する頭の整理するのに時間がかかった。だが、レントが消えているのは事実であった。頭では、まさかレントとはいえ、あの状態で(甲冑はおろか濡れた服まで置いてある)動くとは。と頭で思っていても、実際いないのだ。
「レントー! どこ行った? レントォ!」
 ラルドックは急いで周囲を探し回り、彼の名を叫ぶ声だけが静まり返った雪山に木霊していた。
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