総合創作サークルBIT

地獄暮らし

最終更新:

bitbit

- view
メンバー限定 登録/ログイン
地獄暮らし




口寂しくなって煙草を求めた。
頭を引っ込めると、抗弾ジャケットの胸ポケットから皮のシガレットケースを取り出し、中から太巻きの煙草を一本抜き出す。
シガレットケースの裏に挟んでおいたブックマッチを片手で擦った。

火を点ける。

煙草の火が、昼の内にせっせと掘った、たこ壷の中を仄かに照らした。

煙が昇る。

ゆっくりと昇った煙はやがて夜空へと溶けて消えていく。まるで紫煙が集まったかのように夜空は曇っていた。
暫く、そのまま夜空を眺める。
夜の十一時を回った頃に、短く鋭い超音波警笛の音をシールドマシンのように耳の穴ん中へ捻じ込まれたイアホンが感知した。
脇に立てかけていた十七式軽機関銃を手に取る。
まるで骨組みだけのようなこの軽機関銃はとてもじゃないが頼もしい代物ではなかった。
第一、重量が無い為に幾ら小口径高速弾だからと言っても連射時の反動は馬鹿にならない。

十七式軽機関銃の機関部、その上部にあるフィード・カバーを開いた。
四角いボックス・ケースに収められたベルト・リンクで連なる弾丸をフィード・トレイにセットしてフィード・カバーを閉じる。
コッキング・レバーを引いて射撃準備を整えた。
たこ壷から這い出ると、仲間達も同じように各々のたこ壷から這い出していた。麻袋と抗弾プレートで作った簡単なバリケードへと前進して行く。
そのバリケードの内側には、ガキの頃に体育で使ったマットを思い起こさせる、抗弾マットがずらりと並んでいた。
バリケードの上に十七式軽機関銃を載せ、照準の代わりに備え付けられている不可視光線のポインターを起動させる。
ヘルメットに括り付けていたスコープを外して目の前に持ってくる。
ヘルメットの縁に固定して目を凝らすと、緑に彩られた視界の中で照準代わりの光線ポインターが仲間のも含め、赤く、幾筋も見えた。
バリケードの正面には森が広がっていて、その森を囲うようにバリケードは配置されている。
構えたまま、暫し待機した。

風に乗って次第に近づいてくる。
葉が擦れる音。土を蹴る音。
茂みが揺れる。
自然と指に力が込められて、徐々に徐々に引き金の遊びを殺していった。
唇を舐める。

茂みから、突撃銃を抱えた兵士が飛び出すと同時に、一斉に十七式軽機関銃の銃声が響いた。

激しい振動で跳ね上がろうとする銃身を左手でバリケードの上へと抑え付けながら、掃射する。
次々と飛び出してくる兵士を口径五・六七mmの弾丸が群れをなして突き刺さり、兵士によっては部位毎にバラバラに解体されて倒れた。
左のバリケードで篭った爆発音が響く。それが合図だったかのように、次々と茂みからバリケードへと手榴弾が投げ込まれて来た。
俺の隣にも転がる。
すぐさま、バリケードに立てかけてあった抗弾マットを倒して、手榴弾の上に被せた。

直後、篭った手榴弾の爆発音と共に抗弾マットが少し浮き上がり、隙間から土煙が広がる。
爆発と共に撒き散らされる破片は抗弾マットに完全に吸収されていた。

俺は安心して、十七式軽機関銃の射撃に戻る。
手榴弾を投げ込まれた事により怒りが沸いたのか、十七式軽機関銃の猛射が森や茂みを薙ぎ払った。
隠れていただろう兵士達の叫びだけが聞こえてくる。
誰が持ちだしたのか、三脚を立てた撮影器具に似た、榴弾機関銃までもが射撃に加わっていた。
榴弾が茂みや木の幹を破壊し、遮蔽物と共に兵士を吹き飛ばす。

どれ程の時間が経ったかは解らないが、唐突に射撃中止の超音波警笛が鳴らされた。
だが暫く銃声は止まなかった。
というより、止むに止まれなかったというべきか。
白熱しすぎた所為で、銃身交換などの十七式軽機関銃を冷却するのをすっかり忘れていたのだ。
ほぼ全員が熱で弾丸が自然発火する暴発状態になってしまっている。

〝コックオフ〟状態に陥った全員の弾丸が尽きるまでの間、銃声は響き続けた。




森の中に作られた塹壕は、まるで干乾びた川の跡のようだった。
最近はその塹壕の中で、ほぼ一日を過ごしている。
僕にとって、これが初めての任務。緊張を隠せない。
でも、一ヶ月ではあるが訓練で学んだ事を精一杯生かすつもりだった。
支給された一式突撃銃を抱くようにして、身を縮めて寝る。
昔から、小さく縮こまって寝るのが癖になっていたのもあるし、家では抱き枕を愛用していた名残だろうか。
それとも恐怖からか、一式突撃銃は常に抱きかかえるようにしていた。

塹壕の夜は長く感じる。
日の光が当たり難い所為で何時でも薄暗いし、雨が降った日は真っ暗でじめじめとした湿気も困りモノだった。
泥が塹壕の中に流れ込み、泥の川が酷い時は腰の辺りまで浸した。
しかし、最近は珍しく連日晴天が続いたから、今日も少しはマシな夢が観れそうで気分が良かった。。



目が覚める。

銃声が響いていた。慌てて身を起こす。ヘルメットを被って振るえる手で一式突撃銃の安全装置を外し、塹壕から顔を出した。
耳を澄ます。
まだ幾分遠くの防衛ラインからの銃声だろうと推測した。安堵する。
ふと、隣に視線をやると、同じ班で一緒に訓練をした鈴木が僕と同じように顔を塹壕から出して耳を澄ませていた。視線が合う。
まだ遠いな、と僕が言うと、

「ああ。まだ遠い」

お互い、確認するようにそう言うと苦笑した。
怯えの色を表情から消し、ゆっくりと頭を塹壕の中に引っ込めることで少しでも先ほどのプライドの無さを取り替えそうとした。
僕と同期だった鈴木は僕に小声で話しかけた。

「お前もここに配置されたんだな」

僕が配置されたのは三週間前だと答えると、鈴木は「じゃ、ここじゃ先輩か」。そう言った。
僕らは顔を見合わせると声を殺して笑う。緊張が程良く抜ける。
訓練の頃、厳しくもどこかボーイスカウトに参加した時のような共同作業に打ち込んだ楽しさを思い出していた。



「第一防衛ラインが突破されたらしい」

「担当していた第一守備隊は再編成も出来ないくらい崩壊したんだってよ」

鈴木と共に缶詰を開け、パスタ風に味付けされた春雨を食べているとそういった噂が聞こえてきた。

「昨日のアレか」

そう呟く鈴木と僕は頷き合った。
これで、第五防衛ラインも突破された訳だ。僕がそう言うと、鈴木が口元に一指し指を立てて、

「第一、だ。間違えたらいかん」

と忠告した。僕は慌てて頷くと、鈴木と共に黙々とプラスチック製のフォークを動かした。
僕が言った事は、間違いではない。確かに、昨日突破されたのは第五防衛ラインだった。
だが、国民を不安という敵からも守るべく、大体一年程前から情報統制が行なわれている。
だから、恐らくは現在、旧第六防衛ラインが第一防衛ラインとして名を改められている筈だ。
つまり、今尚、第一防衛ラインを敵は突破できていない事になる。
公的には。

そして、

「遂にここが第一防衛ラインか」

顔を合わせず春雨を咀嚼しながら鈴木がボソリと呟いた。




支給された最新型の二式突撃銃を抱いて壁にもたれる。
ここが第一防衛ラインとなったのは三日前。
そして、今日、僕はトーチカでの不寝番をしなければならなかった。
榴弾機関銃の銃口が長方形に開いた窓から外を窺っている。
同じく当直の兵士は八人おり、内二人は十七式軽機関銃で武装していた。
後は、榴弾機関銃手が二人で、残りは二式突撃銃を手にしている。
静かな夜だ。虫の鳴く声が辺りに響いている。時折吹く風が、木々を揺らした。

「静かだな」

同じく当直だった鈴木が僕の隣に座った。三式突撃銃を壁に立てかける。
僕は頷いて、最前線とは思えないな、と返した。
鈴木は苦笑しながら双眼鏡を取り出して外を見る。見ながら、呟く。

「今日は来ないんじゃないか?」

ああ。そうだ。きっと来ない。僕は祈るように呟き返した。
窓の方へ視線を向けると、突然飛んできた飛沫に顔を背けた。
誰かが寝ぼけて小便を掛けてきたのだろうか。塹壕で寝ていると、たまにそういう目に遭った事がある。
僕は慌てて右手で顔にべったり貼りついた液体を拭おうとした。
砂袋を落としたような重い音がトーチカ内に響く。

榴弾機関銃手が僕の目の前で倒れた。ぱっくりと開いた喉の傷口から血と空気が漏れて溢れ出した。

「敵襲!」

誰かが叫んだ。
僕は反射的に二式突撃銃の安全装置を外して構える。
その間に十七式軽機関銃の連射音がしたかと思うと、ものの数秒で鳴り止んだ。
軽機関銃を撃った一人の顔面に、4本の溝のような傷が走る。
ギャという短い悲鳴も僅かに喉笛を噛み千切られて倒れた。
もう一人は軽機関銃を撃つ前に心臓を爪で串刺しにされている。
二式突撃銃を構えた二人が単射で数発撃った。
1匹が腹からドス黒い血を吹き出しながら倒れたが、天井に張り付いていた1匹に背中へ飛び乗られてしまう。
そいつは飛び付いたうなじへ噛みつき、しがみ付くように両の爪を前へ回して胸を捌いた。
もう一人は銃口の下へと潜り込まれ、腹部を八つ裂きにされるとそこから千切れた内臓と血を吐出して倒れた。

「拳銃だ!」と誰かが叫ぶ。

狭い室内で、長物である二式突撃銃を振り回すのは無理があった。
鈴木は既に拳銃を引き抜いて、敵へ向けて連射していた。
僕も腰のホルスターから拳銃を引き抜き、安全装置を外してスライドを引く。
射撃準備を終える頃には、鈴木が3匹に襲われて地面に倒れた。
奴らは、鈴木の肩を何度も噛み、太腿にかぶり付く。
股間に爪を立てて腹まで引き裂くと頭を中に突っ込んで滅茶苦茶に噛み荒らす。
目玉は舌で抉り出され、顎を下へ裂かれて舌ベラを食べられた。
頭に噛み付いた1匹が頭皮を破り剥ぎ、白い頭蓋骨に牙を立てる。
耳は小さく食い千切られ、指は何時の間にか一本も無くなっており、

そして脳が




僕は、森の中をひたすら走っていた。

遠くで銃声が聞こえては止んでいた。
鈴木の死に様が瞼の裏に焼きついて離れない。
瞬きをする度にあの映像が見える。
振るえる手で二式突撃銃を握り締めた。
ただ、ただ恐ろしかった。
あんな風に死にたくなかった。
周囲で、音がする。
荒い呼吸の音。譫言の音。葉が擦れる音。土を蹴る音。
逃げる音。
茂みを掻き分ける。

そして、開いた場所に飛び出した。










 たこ壷の中から顔を出す。
 周囲に掘られた、たこ壷の中から紫煙が幾筋にも立ち昇っていた。
 口寂しくなって煙草を求めた



目安箱バナー