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RED・MOON~2つ名狩りの魔女~第2章:エンシャロムの来訪者

  {初めに…
 この作品は東風の作品「MELTY KISS」の人狼側からの話です。
 よって、その作品と世界観が同じはずですが、稀に違うところもあるかもしれません。その時は温かい目で見過ごしてください…

 ……では、始まり始まり……

第二章:エンシャロムの来訪者



 ここは挟間。この世とあの世の境界線のような場所。
 そこをオリスは根城にしている。そして彼に集いしアルタニスの面々もまたここに住まう。アルタニスと言ってもそこには百五十年前のように雌雄共にというわけではない。いるのは人狼(男)ばかりであった。
「大変だったらしいな。アポロ」
 アルタニスの一人・黒の短髪に優しげな瞳をしたマーブルがアポロに声をかけた。彼の言っているのはもちろん先日のジャンバルキアの魔女討伐であった。
「ほんっとだよ。たまったもんじゃねぇっつうの。途中で小娘がいなくなった時はマジでビビったよ」
「あの娘は自由が多すぎるからな」
「フン。主はなぜあんな魔女風情を仲間にするのか理解できんな」
 アポロとマーブルの会話に入ってきたのは鋭い黄色の目をしたガルボである。
「主には考えがあるのだ。それにあの娘の力は確かに凄まじい」
「確かに。今回も湖一つなくなっちまったんだ。たまげたぜ」
「その信用が足元をすくわれないといいな。あいつは所詮魔女、俺らが殺すべき相手なんだから」
 ガルボは忌々しそうに吐き捨てると去っていく。
「ガルボはいつも小娘のことになると人が変わるな」
「許してやれ。不安なのだよ。あいつは、まだあの子達は幼すぎるからな。あの娘が裏切らないのはわかっていても、どうしても信じられない。そういう生き方を俺達はしてきたんだ」
ガルボが小さな双子の頭を撫でているのを見ながら、二人は少し寂しげに言う。
「ただ、我らは確かに信用しすぎているのかもしれん。それに下の者たちも、あの娘を快く思っているものばかりではないからな」
「悲しい事だな。同じメシを食ってる奴を無条件で信頼できないなんて…」
「ああ。だが、最初にそうしたのは人間の方だ。魔女の方なのだ。一度壊れた盃にもとの酒が戻ることはない」
 マーブルは冷たく言った。それはアポロに、というよりは自分自身に言い聞かせるような口調であった。
「アポロ。受け入れねばならないこともある。私は主にエアロのことを報告してくる」
 軽く肩を叩くとマーブルは背を向ける。
「エアロから報告があったのか? ってことはもうすぐ?」
「もう少しかかるが、遠くない。お前は皆にそう伝えてきてくれ」
 人狼となっていなかったが、まるで獣が牙を剥くかのように笑うマーブル。少し間をおいて、アポロも同様に笑みを浮かべた。
「そんなことより、アポロ。あの娘を見放してていいのか?」
「あぁ、また魔女を追って走ってるよ。今はダースに任せてる」
 アポロが少しため息交じりにゲッソリするのを、マーブルは先ほどとは違う笑みを浮かべると去っていく。


 もっとも深い場所。そこはいつもオリスが眠り、元の力を取り戻していた。
「主。お話があります」
 マーブルが声を落して言う。そこは木々の生い茂る森のような場所であった。オリスはその中心。木々が避けるように空間を作っている場所にいた。月光に照らされたその場所でオリスは元の姿(大神)で様々な動物達に囲まれて眠っている。人間を影から見守るための黒い体は、今では幾千、幾万の憎悪により暗黒よりも黒い、闇に紛れる漆黒の黒い毛並みに変わってしまった。誰もを優しく見守る太陽のような赤い瞳。今では誰もが恐怖に震えだす血のように濃い赤い瞳へと変わっている。
 しかし、周りの動物達を見る彼の瞳は、昔と変わらぬ優しげな目をしていた。
「エンシャロムへ向かったエアロからの連絡が?」
 マーブルが来たことで逃げて行った動物達を見送りながら、優しくオリスはマーブルに言った。
「はい。主の予想通りに…」
 オリスに多くの言葉はいらない。
「では、おって連絡を待て」
「はい。準備ができ次第、報告します」
 マーブルは深く頭を下げると踵を返し戻っていく。マーブルが去っていくと同時に、小動物達がオリスの周りに集まってきた。


 大陸の東に連なる山脈。“ローライズ山脈”
 そこは昔から熾烈な環境下により、人を寄せ付けない場所の一つでもあった。その一番高く聳え立つ山。それを人はエンシャロムと呼び、そこには昔より“火竜”が住まう山から“火竜山”とも呼ばれてきた。そして畏敬の念を込められてきたのだ。つまりは神聖な場としてあがめられてきたのである。
人が避け、開拓の手を伸ばさないのにはもう一つの理由があった。ローライズ山脈のほとんどが活火山であり、どこかしこが常に噴火をしていた。よって年中、山脈の周りは噴き上がった火山灰により太陽が遮られ木々すらも生えない暗闇と灰色の世界が支配する場所。生命の死する場所。“グレーランド”が、さらに人を遠ざけていた。
そんな生命を拒絶し続ける場所に二人の男が歩いていた。コンコンと降り続ける灰を吸いこまないための布を口と鼻を隠すように巻き、汚れに汚れてしまっているフード付きのマントを羽織っている。深くフードを被り、目にはゴーグルと付けている二人は黙々とグレーランドを歩き続ける。大抵ここに足を踏み入れる者は自殺志願者であると相場は決まっていたが、彼らの積っている灰をブーツが踏み躙り、しっかりとしたその足取りは決して自殺志願者の歩き方ではない。
そんな彼らの正体はマントの隙間から時折見せる白い。そして銀で縁取りされている鎧に歩き度に聞こえる金属の擦れる音、そして彼らが腰に帯びている仰々しいまでの大剣が明かしてくれる。
この男達は“聖騎士”と呼ばれる異端者を追う者達である。
「おい…おい! レント。お前。こっちでホントにあっているのか?」
 黙々と歩いていた男達の後ろにいた方が相棒に怒鳴った。口元の布が邪魔でうまく話せないようだ。レントと呼ばれた方は、気付いて足を止め振り返る。
「ラルドック? なんだよ。あったり前だろうが。俺の仕入れた情報じゃ、グレーランドを越えた先。火竜山(エンシャロム)には異端者共の巣窟があるらしい」
 レントはそういうと、立ち止まっている時間が勿体ないと言わんばかりに前に振り返り歩き始める。ラルドックは首を振り、レントの後を追いかけて行く。
 聖騎士は基本的には異端警察とは違い、集団で行動することはない。が、各々の力は異端警察の比にあらず。帝国と呼ばれるこの地域一帯を支配しているこの国でも、僅かな豪傑達のみが聖騎士の称号を得ることができるのだ。
 このレントとラルドックもその一人である。
 この二人は聖騎士に入って出会ったのだが、育った地域が南部のラリアス地方と近いことから親しくなり、今では調査、討伐を二人で行っていた。それで付いたあだ名が〝ラリアスの二つ首獣(オルトロス)〟であった。別段、気に入っているわけでもないが有名になることは損なことでもないので二人も、そのあだ名を使わせてもらっている。
「しかし、行けども行けども灰しか見えなぇ。だいたい、グレーランドに境なんてあるのか? このままじゃ、俺ら化石になっちまう」
 早足でレントに追い付きながら忌々しそうに肩の灰を落としてラルドックが言った。
 実際、持って来た食糧や水は三日分である。人よりは頑丈に鍛えている彼らですら、この灰塗れの荒野は予想以上に辛い物があったのだ。加えて、この絶えず降り続けてくる灰のせいでろくに休憩できる場所はないのだ。食糧どころか、水分すら補給するのに難しい。かといって布を取ってしまったらたちどころに灰を吸いこみ呼吸困難。こんな所で適切な処置ができるわけもないのを考えれば、死を意味している。
「安心しろって」
 不安を懸命に隠しているラルドックに引き換え、何とも今の状況を理解してないように能天気な声でレントは答えるのであった。
「よくそんな呑気でいられるな。大体、お前の情報源は本当に確かなものなんだろうな」
 出てくる前に胸を張って、百%間違いないと豪語していたのでつい聞き忘れていた。
「あったりめーよ! 俺の夢のお告げじゃ、あと半日も歩けば、グレーランドが終わって…」
「え? ちょっと待って?」
 意気揚々と話し続けるレントにラルドックは背中に寒い物を感じながら遮った。
「お、お前。もしかして。情報源って…夢?」
「言ってなかったけ? こないだピーンと来たんだ」
 親指を突き立てるレントの姿に、足が止まっていることも忘れ、聞いた事を後悔し、ラルドックは神を呪う言葉を無意識に吐き捨てていた。止まった彼にレントも気付き陽気に応える。
「大~丈夫だって。俺の夢は結構当たるんだぜ!」
 陰気な場所でもまるで彼の場所だけは太陽が当たっているかのように眩しかった。いっそのことその光に掻き消されてしまいたいと思うラルドックであった。
「な~に。もし違っても、俺たちならなんとかなるだろう」
 豪胆に笑う姿にラルドックは泣きたくなった。これで何度目か忘れてしまったが、今回の件が終わったらコンビ解散をしようと心に決めたラルドック。まぁ、なんだかんだで結局解散はしないのだが……それを自身で知っているラルドックは自分自身に溜め息をついた。
「お前って奴は…俺はお前になりたいよ」
 未だに笑い続けているレントを置いて、一人歩き始めるラルドック。その後を急いでレントは追ってきた。
 幾時か歩いた頃。それは急にやってきた。
 二人は光に包まれた。それは人工的なものではない温もりのある太陽の光。今まで、分厚い灰の雲により遮られてきた太陽がいきなり顔を出したのだ。
「なんだ? どうなってんだ?」
 急に開けた視界にラルドックはフードを脱ぎ、空を見上げる。
「一周して外に出ちまったのか?」
「いや…ここが、グレーランドの終りだ」
 落ち着いた様子でレントは言ったが、ラルドックは正直信じることができないかのように「そんなバカな」と呟きながら周囲を見渡す。しかし、確かにそこは自分達が入ってきた場所ではなかった。それに何よりも、今までに見た事ないほどに彼らを見下ろすかのように聳え立つエンシャロムが、グレーランドの終焉があることを意味している。
 まるで夢でも見ているようである。そこは木々が生い茂る緑あふれる場所だ。
「まるで…線でも引かれたように…」
 ラルドックは呆然としながらも今まで自分達が歩いてきたグレーランドの方を見やり、その境界線を見る。あたかもそこに壁があるかのようにここは一切の灰を遮断していた。
「なんなんだここは? こんなことがあり得るか? まるで…まるで結界を張ったみたいに…今までグレーランドはローライズ山脈全土を覆っている物だとばかり思われてきた。だからそこには生物は存在できないと…しかしこれは…では我々が思ってきたグレーランドはフェイク? 近づけないための…って、おい! お前も考えろ!」
 一人で周囲を見渡しながら思案していたラルドックが視線をレントに戻すと、彼は呑気に荷物をおろして草むらに寝転がっていた。
「ああ。そんなに堅いこと言うなよ。俺の夢は正しかったんだし。これからさらに忙しくなるかもしれねぇ。飲まず食わず、あの灰の中を二日は歩き続けたんだぜ。もうヘトヘトだ」
 レントの言いたいことも理解できた。と言うよりもラルドック自身も疲労困憊でベッドがあったら一瞬で眠れる自信があった。
 ラルドックも草むらに腰をおろすと、ゴーグルを剥ぎ取り脇に置く。ラリアス地方特有の浅黒い肌にオリーブを連想させる黄緑の瞳に癖のある黒髪。それがラルドックである。歳は二十三をまわったばかりであったが、その落ち着いた顔つきや身のこなしからは歳以上の貫禄のような物があった。
 ラルドックがレントに視線を向ければ、レントはフードもゴーグルも外すこともなく、いびきをかいて無防備に眠っている。
 ラルドックは再度大きなため息をつくと、荷物から干したベリーを取り出して時間をかけて噛みながら食べ、水筒から水分を補給した。
「まったく。無防備にも程があるぞ。よくこんな得体のしれない場所で、そうやって眠れる」
 誰も聞いてはいない呟きを大の字に寝ているレントを見ながら言うラルドックは「俺だって、眠りたいんだぞ」と最後にさらに小さく付けくわえて、周囲の警戒をするのであった。


 エンシャロムの前には湖がある。その麓に壮観にして、壮大な城に近い建物があった。山を削り作られたそこは、大昔から存在した。いい陽気に緑あふれるそこは、いかなる生物も包み込むような場所。ここはエンシャロムの城。主の名をとり“アンリマリア”と名付けられている。そして別名が“火竜殿”であった。
 そんな広大なアンナマリアの中庭。花壇が並ぶ所に一人の女が水をまいていた。大きな丸い眼鏡が印象的な歳の頃は三十半ばの女性だ。
「シャローン先生! シャローン先生! 大変です」
 そこへ若い女の子が走ってくる。シャローンはカボチャの水やりに手を止めると、声のした方を向き眼鏡を押し上げて「なんですか?」とでも言うように首をかしげた。
「先生。教室に戻ってください! リアナ達がまた喧嘩をしてます」
「あらあら…またですか~」
 のんびりとした彼女の言葉は決して人に不快感や苛立ちを抱かせるものではなく、聞き手を落ち着かせ安堵させる物があった。また彼女の少し垂れ目がちな目や、平均よりかは少しポッチャリとした体格からあふれ出てくる温和なオーラが、彼女のゆったりとした感じを一層増させていた。
「困りましたねぇ~」
「そんな呑気に言ってないで早く止めてください!」
 来た少女はシャローンを急かす。
「はいはいはい。わかりましたよ~。今、いきますからね~」
「先生。はい。は一回で良いです」
「はい。わかっていますよ~」
 少女の少し意地悪な言葉に、クスクスと微笑みながら彼女は少女の後を歩いて建物の中へと入っていった。
 ここ〝アンナマリア〟は何を隠そう魔女達のための学校であった。


《アンナマリア》は年齢、能力に応じて三つのクラスに分かれている。十代後半以上の者や力のある者は“マグアス組”に、十以上の者やそれの準ずる力の持つ者は“ミディアス組”に、そしてそれ以下の者達は“パルアス組”へと編入することになっている。
 と言っても、飛び級と言うものはここではほとんどなく、また技術がないから下にさがることもない。また、ここに来る魔女達のほとんどが十代の未熟な者達が集まっていることから、ここのほとんどの生徒達は真ん中のランクであるミディアス組であった。
 アンナマリアのミディアス組。
「この無能者(ナティスリエル)! 私達を殺そうとでも言うの? 魔法もろくに使えない上に、調合もろくにできないなんて、あんたって、本当に外界のオーム以下なんじゃないの?」
 まだ煙と鼻を突く臭いが残る調合室から自分達の宿舎のホールに戻りながら先の調合学の時間に起こったことを口を尖らせ言うのは、美しいブロンドの髪に突き刺すような目をしたカテリーナ・ブラッシェ・ワーズワースである。その標的はぞろぞろと帰ってくるクラスメイト達の一人だ。歳は十五であるにもかかわらず、外見は十を超えているようには見えない。短く切られたブラウンの髪に翡翠色の大きな瞳をしたルディアナ・リースであった。
 周りの者もルディアナを非難の目で見ている。その幼い少女は恐縮そうに首をすくめ、普通にしていても小さいのにさらに小さくなって大粒の涙を目に浮かべていた。
「あなたのような人と一緒にいるだけで虫唾が走るわ!」
 何も反応をしないルディアナを見て、カテリーナは鋭い目つきをさらにきつくして、追い打ちをかけるように、あえて嫌味を隠すことのないように言う。
「ちょっと! 黙って聞いてれば。失敗ぐらい何よ! 誰でもあることだわ。それをネチネチと。そんなに人の失敗をネタに苛めて面白いの?」
 突然、カテリーナに食ってかかったのは言われている本人のルディアナではない。同じように調合室から帰ってきた一人がルディアナの前に立っていた。
 リアナ・マックリーン。キッと意志の強そうな瞳に、後ろで束ねられた黒髪。実験や室内にいるよりも、外に出て運動をしている方が好きそうな〝活発〟という言葉が似合う子であった。
「リアナさん。そうは言っても、その子の失敗は毎日ではないですの? 今日だって簡単な調合失敗で部屋中煙だらけ。おまけに私達の着ているローブにカギライの葉の臭いが、未だに落ちませんのよ」
 また出てきた。とでも言うようにカテリーナはリアナの顔を見てしかめながらも言った。初めてこの二人を見てさえも、確実にこの二人はお世辞にも仲良しではない事がわかるだろう。
 カテリーナとリアナはお互いに距離を詰め挑むように睨みあう。今にも掴みかかって喧嘩を始めてしまいそうなほどである。喧嘩の原因の張本人であるルディアナは既に蚊帳の外に置かれてしまい、険悪な二人の姿にオロオロとするしかなかった。。
その他の生徒達はまた始まったと、呆れ気味にその様子をうかがったり、慣れた感じに急いで先生を呼びに走った。それくらいにこの二人、しいてはルディアナを含めるこの三角関係の図は日常茶飯事なのだ。時には本当に手を出して喧嘩することもある。ちなみに、この学校内では生徒同士の喧嘩などでの魔法は禁止されているため、魔法での決闘はない。
「リアナ、リアナ。もういいよ…」
 おずおずとルディアナはリアナの袖を引っ張る。
「ルディー。いいのよ。この女にはガツンと言わなきゃわかんないのよ。自分の最低加減を今日、しっかりとわからせてやる」
 ルディアナを押し返してリアナは袖を巻きあげる。その様子にカテリーナはわざとらしく両頬に手を置きながら軽蔑の眼差しを向ける。
「まぁ、野蛮な。野性味あふれるリアナさんには控えめな魔法よりも、人狼の方がお似合いなのではなくて?」
「この…」
 カテリーナの侮辱でリアナは顔を紅くしてついに飛びかかった。それに受けて立ち、カテリーナもリアナを掴み互いに倒れる。周囲から悲鳴が聞こえ、二人を割って入ろうとするが止めることができない。既に二人は周りが見えておらず、制止の声すらも聞こえていない。ただ目の前の相手の髪を引っ張り、爪でひっかき、痛めつけてやろうという感情のみである。
 そうなってしまっては事の張本人のルディアナには本当に何もできない。ついに一人で泣き出してしまった。それでも二人を止めることはできない。
「まったく。何をしている!」
 そんな時に、ピシリと良く通る声が生徒達の間を通り抜ける。すると何も聞こえないように喧嘩していた二人の動きも止まった。
 全員の視線が声の主へと向けられる。そこにはスラリと背の高い、リアナ達よりも少し年上の女性がいた。どちらかと言うとリアナに近い活発そうなその光のある瞳には、少し苛立ちが籠っている。
「「アムネリス室長」」
 リアナ達も手を止めアムネリスに目をやり、名前を呼ぶや否や、アムネリスは飛ぶようにすぐさま近づくと、頭を掴み、ジリジリとその挑発的な瞳を睫毛が振れそうなほどに近づけ「今は先・生よ」と短く短気そうに言った。あまりの迫力に、先ほどまでの勢いが一気に殺がれてしまったリアナとカテリーナはただ人形のように首を縦に振っている。
 アムネリスは少し前までマグアス組に籍を置き、そしてリアナ達生徒の宿舎の室長を務めていたが、今では生徒を卒業しここの教師をしている。
「アムネリス先…生…何の用ですか?」
 まったく言いなれない言葉に半笑いのリアナが言うと、ようやくアムネリスは二人から顔を話し立ち上がると、ここに来た用事を思い出したかのように周囲を見渡し始めた。
「あらあら。もう喧嘩は終わってしまったのですか? 仲裁に来たのですけどねぇ~」
 そんな中に呑気な声でシャローンが現れた。
「またあなた達が喧嘩をしていると聞きましたよ。今日は一体、何が原因ですか~?」
 シャローンは掴みあったまま停止している二人の前でしゃがみ込んで尋ねる。そしてリアナとカテリーナは同時にことの経緯を話し始めた。それをシャローンは器用に同時に聞き、把握すると「困った事ですね~」と言わんばかりに頬を摩っていた。
「カテリーナさん。確かに苛立つのはわかりますが、失敗は誰にもあることですよ~。それをそのように卑下するのはあまり感心できることではありませんよ~。ましてや、あなたは優秀な魔女なのですから、これからはみんなをフォローするようにしましょうね」
「……はい」
「それからリアナさん。ルディアナさんを守ろうとしたことはとても素晴らしいことです。しかし、あなたはいつも熱くなりすぎて根本を見失ってしまいますね~。腹が立っても手を上げてはいけませんよ~」
「……はい」
 シャローンはニコリと笑いながら二人の手を取る。彼女の口調、雰囲気で言われると腹が立ちそうなことでも悪い気がしないのだ。逆にその通りであるとさえ思えてしまう。素直に謝れてしまうのだ。生徒達の間ではシャローンの声には何か特殊な魔法が発生していて、催眠状態に陥ってしまっているのではないかとさえ言われていた。
 シャローンは牙の抜けおちたリアナとカテリーナを満足そうに見ると、最後に隅っこで丸くなっているルディアナを呼び寄せる。
「ルディアナさん。また失敗してしまったんですね~。でも焦ることはありませんよ。あなたはあなたの速度で学んでいけばいいのですからね。失敗は成功の母です。私達の魔法だって失敗の上に成り立つ存在でもあります。早く覚えられることが大切だとは限りませんよ。じっくりとその真意を見ることも大切です。あなたはその能力に長けています。それを失わないでくださいね」
 コクリと頷くルディアナを満足そうに微笑んでから、ようやく気がついたかのようにアムネリスの方に目をやった。
「アムネリスさん。どうしたんですか?」
 丸い眼鏡を押し上げて少し首をかしげながら尋ねる。そんな様子に、シャローンに対して少しボーっとしていたアムネリスが、気付いたようにシャキッと背筋を伸ばした。
「はい。先生。アンナマリアがお呼びです」
 いかにも真面目そうな、クラスの代表のようなハキハキした話し方に、シャローンは少し愉快そうな目を向けた。
「おやおや、アムネリスさん。もう私達は先生と生徒ではないんですよ~。そんなにかしこまらなくても」
 クスクスとシャローンが笑うと、周りにいた生徒達も笑い始めた。アムネリスはそんな彼女らにバツが悪そうに上目づかいで見ながら苦笑いをする。教員試験に合格してままならないアムネリスなのだ。生徒の時の習慣、もっぱら室長であった時の習慣が抜けきらないのだ。
「まぁ、それは置いておくことにしまして、アンナマリアが私を?」
「はい。急いで来てくれとおっしゃってました」
 笑みを消し、少し考え込むように手を顎にやるシャローンだったが、それはほんの数瞬で、すぐに顔を上げると「では急いでゆきましょうか」とアムネリスと一緒に出て行った。
 それを見送ったリアナとカテリーナはじめ生徒達。リアナとカテリーナは一瞬顔を見るが、すぐにそっぽを向き、カテリーナは取り巻きを、リアナはルディアナや友人達と一緒に、別々の方へ歩いて行った。


学校〈アンナマリア〉の創設者であるアンナマリアは、日中はいつも城のような学校の天辺にあるサンルーフにいた。そこで様々な植物を育て、日光浴をしているのだ。
 シャローン達が来た時も、彼女はそこで車椅子に乗りながら植物に水を与えていた。
「何か御用でしょうか?」
 シャローンが戸を開きアンナマリアに言うと、彼女は振り返り眼鏡を外して車椅子をこちらに向ける。まっ白な長い髪に青い瞳。皺だらけの手、同じくらい老いて皺のある顔。しかし、どこか若々しくそして神々しくさえ見え、優しげな瞳は相手を落ち着かせる力を秘めていた。老婆であったが、彼女の本当の歳を知る者はいなかった。噂では大神と大魔女が戦った、《禍の月》の頃から生きていると言う噂もあるが、定かではない。
「よく、来てくれましたね」
 不思議と澄んだ声がシャローンとアムネリスを包む。
「あなたを呼んだのは少し調べてもらいたいことがあるの」
 黙って聞いている二人にアンナマリアは続ける。「調べる?」と言いたげにシャローンが首をかしげていると、答えが返ってきた。しかしそれはアンナマリアからではない。
「先ほど、グレーランドを越えて何者かがやってきたらしいのです」
 テラスの奥から現れ、アンナマリアの車椅子の後ろに立つのは五十を超えているだろうと見える女だ。黒い髪の所々が白くなっていた。半月型の眼鏡を押し上げながら向けられる彼女の目は、アンナマリアとは異なりどこか厳しさを備えた光があった。
「教頭先生」
「グレーランドを越えてきた方がいらしたのですか…珍しいですね~。それで、その越えてきた方について私達が…というところですか? ダニア」
 いきなり現れた教頭・ダニアに面喰い背筋を伸ばすアムネリスと異なり、シャローンはのんびりと検討して彼女に言った。ダニアはコクリと頷く。
「ただのオームならいいのですが、特別室にいる彼の事もありますから。用心しておきたいのです」
 ダニアは静かに言った。
 オームとは、人狼でも、魔女でもない人間達を示す言葉である。
「ただのオームがグレーランドを越えてきますか?」
 少し慣れてきたアムネリスがいつものような挑発の光のある目を向けて言った。
「だからこそ。ですよ。調査した上で、越えてきた方々の処遇はあなた達にお任せしますよ」
 アンナマリア本人の言葉に、シャローンとアムネリスは首肯し踵を返して部屋を出て行った。
「嵐が…来るんでしょうかね?」
 よく晴れた陽気を見上げながら、少し悲しそうにアンナマリアは呟いた。ダニアはそれを答えるには自分では、未熟過ぎると言わんばかりに目を伏せ黙って車椅子に手を置くだけだった。


 一方、そのグレーランドを越えてきた侵入者達である。
 聖騎士、レントとラルドックである。
 未だレントは大きく寝息を立てながら眠っていた。軽く食事と水分補給を済ませたラルドックは、傾いていく太陽を見ながら周囲を警戒している。
 異端者狩りに来た彼らである。レントの夢であろうがなんでも、異端者がいるかもしれないこの場所で迂闊に火を使い場所を知らせるのは得策ではない。加えて、ここにいったいどんな生物がいるかもしれないので、まったく火を使わないのも危険であった。だから早く移動し安全な場所を探す必要があった。それでなくても今この二人がいる所は見渡しが良過ぎた。
「まったく、いつまで眠ってるつもりだ? このままここで野宿は危険だ。早く移動を…」
 レントの方を見ながら一人で言ってはみるが、途中で起きる男ではない事はわかっている。こういった仕事は危険が付きものである。少しの物音でも、例え眠っている時でさえ、聞こえれば体が反応するようになっている。ラルドックがそうなのだ。しかしレントは違う。小さいことには動じない鋼鉄の精神の持ち主。そう言えば聞こえはいいがただ単に図太い、鈍感なのだ。何度、夜襲を受けた時にレントを担いで走ったことか…そう思いながら自然とラルドックの口から溜め息が出る。苦労ばかりかけられるがレントにはどこか憎めない所があった。またラルドックの方が歳も上であることから世話のかかる弟のように思えて仕方がないのであった。
「はぁ~。腕はいいんだよな~。腕は…」
 再度ラルドックは溜め息をついた時だった。
「ふんぬぅ!」
 レントがいきなり刺されたかのように体を起こし、目を覚ましたのである。いきなりの事でラルドックはコップにうつしていた葡萄酒をこぼしてしまった。
「んだよ? いきなり。悪い夢でも見たのか?」
 ボーっとしているレントを覗き込むようにしてラルドックが尋ねると、レントはゴーグルとずらしてまだ開ききらない目をこすりながら一言いった。
「土と氷が来る…」
「はぁ? 寝ぼけてんのか? んなことより、さっさと移動を…」
 またコクリコクリと頭が舟を漕ぎ始めるレントの頭を叩きながら言ったラルドックの言葉は途中で止まった。同時に腰に帯びた大剣の柄を掴み振り返る。
「…女?」
 ラルドックの口から洩れた。そこには鍔の広い三角形の帽子を深々と被ったローブに身を纏う女が二人立っていた。
「おいおい。冗談だろ? どっから湧いてきたんだ?」
 ラルドックの背中に冷たく嫌な汗が流れた。それはこの女達の気配が全くしなかったからである。周囲に気を配り接近する者を感じ取れなかったことなど一度もなかった。
ラルドックはジリジリと目前の二人を見ながら、背後の涎を垂らして眠りそうなレントに気を配っていた。
「オームですね~」
「オームですね。先生。どうします?」
 鍔を押し上げながら女二人はラルドック達に視線を向ける。平均的な体格に比べると少し肉付きがいい部類に入るだろう、柔和な大きな丸眼鏡をかけた女に、ほっそりとした挑発的な目付きの若い女。
「そうですね~。取り敢えず…なんでいらしたんですか?」
 丸眼鏡の女の発言は対する若い女ではなくラルドックに向けられていた。
「お前らはなんだ?」
 ラルドックは質問に答えず、質問を返した。
「ちょっと、質問に質問で返すなって学校で教わらなかったの?」
 若い女の方が少しイラついた様子で言ったが、もう一人が制止して帽子をとるとお辞儀をした。まるで帽子で抑えつけられていたかのようにふんわりとした彼女の髪の毛が出るのと同時に、彼女の柔和な雰囲気が増したようであった。
「失礼いたしました。来客は珍しいものでしてね~。私、エンシャロムの学校。アンナマリアで教鞭を執っております。シャローンと言います。こちらの子も同じように教鞭を執るアムネリスさんです」
 妙にのんびりとした言い方にラルドックは気を改めて引き締めた。どうも気を緩めると彼女の放つ、穏やかなオーラに飲まれてしまいそうだからである。
「アンナマリア? 学校? こんな所で?」
「はい。私達はここで魔法を教えてるんですよ~」
 〝魔法〟その言葉は異端のリストにドストライクの発言であった。が同時に面喰う。こうもやすやすと自分が異端者ですと言う者を見たのは初めてであった。と言うよりも、本物の魔女などにあったことなどないのだ。その全員が、魔女と思しき女達。人間の持つ疑心暗鬼が生み出した憐れな犠牲者達である。故に、自ら魔女と称する者など気狂いぐらいしか知らない。
 だが、この前にいる女達はやすやすと“魔法”と言った。教えていると。
「おいおいおい。こいつはとびっきりの大物かもしれねぇな」
 このような辺境の地、奇妙な格好の女達、魔法。どれも面白いほどに説得力のある繋がりであった。ラルドックは人知れず武者ぶるいすると、心の底でレントの夢とやらに敬意の言葉を贈る。
「それで? あなたは何をなさるためにここにいたしたのですか?」
 シャローンと名乗った女は首をかしげている。そんな姿にラルドックは沈めていた身を伸ばし、どこかの貴族のようにお辞儀をした。
「俺の名はラルドック。ラルドック・アルゴラ・ノウマンズ。聖騎士にしてラリアスの二つ頭獣(オルトロス)の一頭。
 なぜかような地に、来たか? という問いにはこう答えよう。我々聖騎士の役割と果たしに来たと」
 浅黒い肌にオリーブを連想させる黄緑の瞳のラルドックのその気品あふれる振る舞いに、若いアムネリスはウットリとした目で見ていたが、シャローンは少し厳しい目をして彼を見ていた。シャローンは聖騎士を知っているのだ。
「では、私達を狩りに? 少し興味深いですね。どのようにして私達の存在を知ったのですか?」
 興味ありげにシャローンは少し口調を強めて言った。その声に目が覚めたようにアムネリスも目元をきつくしている。
「お前ら異端者に言う筋合いはない」
 本当の事を言えばまったくラルドックは知らない。彼女らが現れたのにも、それ以前にエンシャロムの周辺にこんな場所があること自体が驚いているのだから。だが、そんなことは一切、顔に出すようなことはラルドックはない。相手から少しでも情報を聞き出すためである。
「そうですか。ではあなた方には一度、〈アンナマリア〉に招待する必要がありそうですね。そこでゆっくりと、あなた方がここに来る経緯を私達に話してもらうことにしましょう」
 まるで大勢いることを示唆するような言い方であった。
 なるほど学校だったな。とラルドックは心の中で納得する。
「何、招待されることはない。俺達は言われなくても行くからな。まずはお前らを狩って。
 おい。レント。寝てる場合じゃ…ねぇぞ!」
 片足を上げたラルドックはそのまま後ろにウトウトしているレントの顔面を蹴りつけると同時に剣を引き抜き、魔女二人に向けて勢いよく前に出た。
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