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MELTYKISS … Part3

  この作品は、籠龍の作品「REDMOON」と世界観を共にした作品です。
一応こっちのほうが本編となってますがそっちの方も見ると世界観が上手く補完できると思います。

Part3.a flame sorceress

Vere side

 ルーナは旅支度をするために自室に入る。突然の出立だというのになんとも落ち着いたことだ。
 することもないので、少し外の空気を吸ってみたくなった。常に街に住んでいたために、こんな自然に囲まれた土地はほとんど初めての経験だった。
「俺って、結構温室育ちなのか…?」
 ふっとそんなことを思いながらも、玄関を見つけてそのまま扉を開ける。目の前に広がるのは思ったとおりの緑に包まれた空間だ。木々がところどころに生えており、なんとなく道が数本伸びているような気もするが、それでも舗装され尽くして、天然の自然などないような街を思い出すと、今の光景が大変気持ちいい。
 少し歩いてみると木々が開けたところに出る。ここだけ何か不思議な力が働いているのか、雑草一本すら生えていない。
「なんだここ…? 不思議な感じの場所だな」
 力がわきあがるような気分なのか、それとも落ち着かない気分なのだろうか。なんとも形容しがたい気持ちを覚える。
『アナタが人狼?』
 びくり、と音が出てくるほどにびっくりした。おそらく心臓も数瞬だけだろうが、止まったかもしれない。
『ちょっと、ここですよ? ここ! そうやって無視しないでくれますか?』
「誰…だ?」
 振り向くと、そこには小さな火の玉が浮かんでいる。その火の玉がわずかに揺れながら声を発しているのだ。
『やっとわかりましたか。人狼。でも、この火の玉を見ても動じないことだけは少し評価します』
 そのまま火の玉はゆっくりと人の形を作っていく。凛とした声に、そのまま炎を映したかのような長い髪。燃え上がるような真っ赤な色のワンピースを着た女性が、ほとんどボール大の状態で浮いている。
 女性の言葉に、確かに自分はやけに冷静だなと感じる。さすがに聖騎士の時でも、本物の人狼とでくわすとなるとある程度の緊張は持っていたはずだ。おそらく自分自身も人狼になったことといい、異端の存在にあてられすぎたために感覚が麻痺しているのかもしれない。
「お前、魔女だな」
『鋭いですね。私のあなたへの評価を更に上げておきましょう。それともあの風の魔女に何か吹き込まれましたか?』
 見るからに怪しい。聖騎士としての歴戦の経験か、はたまた人狼としての新しい血が騒ぐのか、この魔女は危険だと感じる。
『ま、どっちらでもいいんですけどね。私は貴方を拘束しにきました、新たな醜き魔術の獣よ。大人しくしているのなら気概は加えませんが、下手に暴れられると傷つけざるを得なくなりますよ』
 そういって、炎から生まれた女性はこちらを睨む。視線はやけに挑発的で、まるでこちらが暴れることを待っているような眼だ。こちらは聖騎士としての経験からわかる。罠を仕掛けている。
 しかしだからといってここで退くのも無理だろう。魔女の行動速度は先ほど聞いている。人狼の力もろくに引き出せないような自分では、馬と老婆くらい速度が違うだろう。ここは、罠だとはわかっていても、立ち向かうしかないだろう。わざわざ俺を拘束するといって挑発してきているのだ。敵としてとらえるのが必然である。
「さて、と。しかし剣やらはルーナの家に置いてきたからな」
 武装もない。丸腰で魔女に挑むというのはなんとも頼りないことだ。いくら考えてみても勝算はない。
 俺の体勢を見て、相手も戦うことを理解したのだろう。いや、むしろ最初からそのつもりだったのだろうか。
『まあ、そうでしょうね? 予測の範囲内ですから大丈夫です。もとより人狼と魔女が戦いもなく友達ごっこなんて、反吐が出るくらいですしね…』
 なにやら個人的な感情も上乗せされているようだ。しかし、彼女をどうにかしないといけないことには変わりはない。しかし、何度考えてみても解決策がわかない。魔法という分野に対して、自分は無知すぎるのだ。
『名前くらいは言ってあげましょう、私は爆炎のアレス。見てもわかるように、炎を扱う魔女です』
 彼女――アレスの唇がにやり、と三日月のような形を作る。次の瞬間、俺はひどい頭痛に襲われる。吐き気がするような感覚が襲い、そのまま闇に沈んでしまいそうになる。なんとかこらえて持ちこたえると、アレスを睨む。彼女はそのまま目を閉じ、また開ける。その一瞬の間に彼女の瞳は黒から紅色へと染まっていた。
『私が命ず、炎よその男を焼き払えっ!』
 瞬間、熱さと冷たさが同時に身体を包む。咄嗟に両手を身体の前に出して防御姿勢をとったが、何しろあっちの魔法は言葉を発するだけでいいらしい。速度の問題どころではない。
言葉と同時に腕が閃光に包まれ、一気に熱くなる。一瞬にして絶叫が辺りを包む。痛みと熱に苦しみ、叫んでいるのに、考えている頭は自然と落ち着いていた。顔や身体、腕以外の全てがまるで氷にでも包まれているように冷たく感じる。これも腕の熱さの反動なのだろうか、と呑気なことを考えるが、そんな場合ではない。
慌てて腕を抱えて地面を転がる。土にこすりつけながら、ごろごろと消火させていく。なんとも情けない姿だろう。
『あらあら、獣が地面で転がってるわ』
 言い返せない。痛みで呻き声が先に出てくる。どうなったんだろうか。腕を焼かれたときの閃光で目が眩んでいるようだ。
『どうですか?それで両腕も使えないでしょうし、さすがに諦めたらいいんじゃないですか?』
 声の調子は、まったくもって挑発的だ。今の言葉を直訳するならば、『どうしたクソ犬、もう一回立ち上がって噛み付いてこい、また今みたいに燃やしてやる』あたりが順当だろうか。
「炎…か?」
『言ったでしょう。私は爆炎のアレス、炎を使うって』
 今のが炎だと。信じられない。
 声に出そうとするが、口を動かすだけでも腕に激痛が走る。まるで溶岩の塊に腕を突っ込んでいるかのようだ。
『でも、困りましたね…今のを両腕で受け止めてしまうなんて。全身火傷くらいはしてもらうつもりの火力だったんですけど』
 薄目で彼女を睨むと、品定めしているようにこちらを見る。
『さすがは人狼、タフさだけはどんな生物よりも高いってことですね』
 そんなわけあるか。
 もう口も動かさない。ただ心の中で叫ぶ。
地面に横になっている俺に、アレスが近づいてくる。ふわりふわりと浮かんでいるそれは、まるで人形のようにも見えるが、その表情に浮かんでいる悪意に満ちた微笑みは紛れもなく命の宿ったものだった。
『いいでしょう。次は多少本気でお相手します』
 再びアレスが瞳を紅く染める。
 その瞬間に、どくん、と胸が大きく揺れるような感覚を覚える。一回、二回と、その鼓動はゆっくりとではあるが身体全体を打ち鳴らすようにして響いていく。その鼓動が響くたびに、意識はかすれ、狂気のような、殺意のようなものがこみ上げる。
意識が暗闇に落ちないようにと必死に抗うも、底なし沼のように無意味な抵抗だった。ずぶりずぶりと深みにはまっていく。
完全に暗闇に落ちる前に、俺は新しい足音に気づく。しかし、もはや確認のしようもなく、完全に視界は暗転した。

Luna side

 旅支度をしている最中に、突然轟音のような叫び声が森全体を支配する。ヴェアの叫びだ。
「しまった…一人にしたのがまずかったか」
 ある程度予想はできたことだった。彼ら人狼たちが持つ魔力の貯蔵量は底知れない。そのために、自分の魔力の足しにしようと思う者だっているし、なにかの実験のために使う魔女だっているだろうに。そこに気づくことが出来なかった自分を叱ってやりたくなり、またヴェアが人狼であることへの反応が早すぎではないだろうか、という問いも浮かんでいた。
 しかし今はそんなことを考えている暇はない。とりあえあずヴェアのもとへ行かなければ。組んで早々ピンチになるとは、なんともハプニングを呼び起こすパートナーとなりそうだ。もっとも、自分も他人のことを言えない身ではあるのだが。
 外に出ると、すぐに周囲の空気を感知する。一瞬ではあるが、瞳が翡翠色へと変わる。
「妾が命ず、風よ我が足となれ」
 そう呟くと、私の足を渦のような風が舞う。そのまま一歩踏み出すと、まるで滑るようにして森の中を進んでいく。移動を早くさせる基礎の魔法なので、それほどの速度は出ないが、ヴェアの歩く速度から考えてもそれほど離れてはいないだろう。
 そのまま森をすーっと進んでいくと、異質な魔力の固まりが前方にあることに気づく。
「む、かなり上級の魔女か…もしくは大きさからして使い魔か? なんにせよヴェアが相手するにはヤバい相手だねぇ」
木々の間を進んでいく。なにやら焦げ臭い匂いとともに、少し広い場所に出る。ここは、よく薬草が取れたいい場所だったのに。
 ついそんなことを思ってしまう。
 目の前には倒れたヴェアに、焼かれた草花、それを満足そうにして見下す赤い、人形のような魔女。
 ヴェアは両手が焼けただれており、その痛みにうめきながら気絶したような状態だ。ショック死や、痛みで死ななかったのはさすが人狼と思ってしまう。
「ここ、薬草の採取場所なんだけど」
『誰ですか? 見たところ魔女みたいですけど…そんなに小さい魔力で私に命令しないでくれますか』
 早速喧嘩を売られたようだ。かちんとくるが、さすがに私とて外見は子供だろうとそこまで気が短いわけではない。ここは、紳士的な対応と大人の器量で対応するのが無難なところだろうか。
「さっさとこの森から出てけこの火の玉魔女。勝手に人の敷地に入ってんじゃねえばーか」
『…どうやら、口の利き方がなってないようですわね。私を爆炎のアレスと知っていてそんなことを言うんですか?』
 どうやら平和的解決は望めないようだ。私としては最大限譲歩したつもりだったのだが、なんとも言葉の通じない魔女だった。
「爆炎ね。噂は聞いてるよ…なんでも、今の世界ではかなり積極的に人間狩りを楽しんでる魔女の一人だって話だけど」
『あれはただの趣味の延長です。本当の私の目的は人間を持ち帰っていろいろな実験をすることですよ。よく燃えたり消し飛んだりして、実験材料がもろすぎるのが悩みどころですけどね』
趣味の悪いことだ。だからこそ生命力の高い人狼を使ってもっと様々な実験を楽しみたいのだろう。どんな実験かだなんて聞く気もしないが。
「でも、あいにくその人狼には先約がいてね。悪いんだけど帰ってくれないかな。基本的に魔女同士は不干渉でしょ?」
『魔女は己の欲望に正直に、でもあるけど? 私はどうしてもその人狼が欲しいのよね。もうただの人間じゃ飽きちゃったわ。科学者として、未知の領域を研究したいの』
 アレスが瞳を紅く染めていく。やばい、さすがに今の私では太刀打ちできないだろう。喧嘩売るだけ売ったが、さすがに彼女は噂になるほどの強力な魔女だ。どうするか、考えなくては。
「うう、う…」
「ヴェア?」
 突然、ヴェアが動き出す。ゆっくりと確認するようにして手を伸ばしていく。完全に炎に焼かれたはずなのに、何も感じないかのように軽々と腕を動かしている。
「おおおお、俺は…」
 ゆっくりと、髪が体毛と同化していく。そのまま動物のようなとんがった耳が生え、後ろ髪は法衣のように足まで伸び放題になる。段々と顔も目つきが険しくなり、犬歯が猛獣のそれになっていく。
『な、なんですか…これは』
 アレスは事情がわかっていないようだ。人狼の知識もろくにもっていないエセ科学者め。軽く舌打ちしながらヴェアに視線を向ける。なおも人狼化は進んでいく。じきに半獣人のような姿になり、どうにかして理性を引き出さない限り、その衝動に任せて行動する殺戮人形になりかねない。
「魔力に反応したな…おい爆炎の魔女!こいつにデカい魔法ぶっ放そうとしただろ!」
『そ、それがなんですか!なかなか大人しくならなかったから少し強めの魔法を当ててやろうと…』
「じゃあ覚えとけ!人狼の初期型ってのは肥大した魔力に反応して暴走するんだ!」
 言うが早いか、アレスと私は一斉に吹き飛ぶ。狼独特の咆哮(ほうこう)とともに、衝撃波が二人を襲ったのだ。私はそのまま背後の大木に叩きつけられてしまう。
 頭の上で星が回っているが、いつまでものびているわけにはいかない。頭を二、三回振ってから再びヴェアを見る。半獣人となった彼は、まるで黒いローブを纏った死神のようでもある。
 アレスは私よりも遠くに飛ばされていたが、特に痛みを感じた様子もなくまたふわりと浮いてこちらに寄ってくる。やはり彼女はただの人形だ。どこかにあの小さな人形を操作している本体がいるに違いない。
『まさか…人狼ってのは生命力が高い人間じゃないの?』
「本当にバカじゃないの?魔女のくせに人狼の起源も知らないような奴が、爆炎なんてたいそうな名前名乗るんじゃないよ」
 私の罵倒に、今度こそあちらも頭にきたようだ。私とアレス、そして人狼化したヴェア。唐突に三つ巴の構図となってしまったようだ。
 どうにかしてまずアレスをここから退場させなければいけない。ヴェアを元に戻す方法は、禁術でもある。こんな好奇心だけのエセ科学者めいた魔女にいたずらに見せるわけには行かない。
 精神を集中する。ふわりと髪が浮き、じわりと自分の瞳が翡翠色に染まっていくのがわかる。ヴェアが人狼化してしまったので、もはや魔力に気を使うこともない。
 こちらの臨戦態勢を読み取ったのか、アレスもまた瞳を紅く染めてこちらを睨みつける。
「まずは私たちのバトルってことでオッケー?」
『そうですね、勝ったほうがこの人狼を預かるということで』
 魔女同士の戦いなんてそうそうあるものではない。お互い、ただ疲れるだけだということを、世の魔女たちはよく知っているのだ。
 沈黙は数秒と持たなかった。練り上げた精神をそのまま言葉にして吐き出す。
『私が命ず、炎よ其の魔女を貫け!』
「妾が命ず、風よ炎を吹き飛ばせ!」
 一拍ほど遅れて私は言葉を発した。彼女が炎であるなら私はそれを押し返すことに徹する。空気とは、本来それほど戦闘に用いられるものではない。炎や雷なんかは、それそのものが破壊に繋がるような性質を持っているために殺傷力の高い性質を持っているが、空気や水はそれらとは違う。
 しかし、彼女の炎は、私の追い風に吹かれて跳ね返っていく。炎はそのままアレスの方へと向かっていくが、アレスがまばたきした瞬間にその炎はぱっと霧散してしまう。
『ふん、姑息な真似をしますね。私の炎を使って攻撃するなんて』
「あいにくと、アンタみたいにただ燃やすだけが能じゃないんでね。こっちは魔法をちゃんと研究してるの」
『ふ、ふうん…いいでしょう。なら、こちらも本気を出してあなたを焼き尽くしてあげましょう…』
 扱いやすい。しっかりと挑発に喰いついてくる辺り、ただの直情タイプだろう。沸点が低いのは炎の魔女だからだろうか。
 ともかく、次の炎こそは完璧にお返ししてあげよう。そろそろ魔力を維持するのも疲れた。本気を出さなくて良かったのはいいが、風の魔法で戦闘をするのは難しい。
 しかし、アレスの攻撃に身構えようとしたとき、後ろから凶悪な殺気を感じて飛び退く。そこには横なぎの一撃を入れているヴェアが立っている。もしすぐに飛び上がっていなければ、あの横なぎで身体が吹き飛んでいたかもしれない。
 そのまま一撃は大木を巻き込み、轟音とともに大木がなぎ倒される。純粋にただのパンチなのだろうが、破壊力は半端ではない。下手に魔法を唱えるよりも、彼のパンチ一発で帝国の騎士団を壊滅させられそうだ。
「ちょっとヴェア!いきなり何すんの!」
「ううう…あぁ…」
 どうやら言葉は通じていないらしい。もう既に暴走状態だったのか。
面倒くさいことになりそうだなあと思いながら、ヴェアを見る。目をぎらぎらと光らせて、こちらを見たり、アレスを見たりしている。どうやら彼自身に魔力を感知するセンサーのようなものがついているらしい。
「うかつに魔法使えないね、っと!」
 言いながら、ヴェアの次の一撃を避ける。彼自身が元聖騎士であったり、人狼化したことで感覚全体が研ぎ澄まされていたりするために攻撃の一発一発が洗練されている。まったく無駄のない動きには、感服するしかない。
「…って、感心してる場合じゃないや」
『あははっ、飼い犬に手を噛まれてますね!いい気味!』
 奥ではアレスが笑いながらこちらを見ている。
「別に飼い犬じゃないけどね!こいつがアンタの方にいったら即効でやられるでしょうが!」
『なんですって――』
 そこからの言葉は途切れてしまった。ヴェアが振り向きざまに腕を振ったのだ。空を切るほどの速度で振り払った腕からは、斬撃にもかまいたちにも似たようなものがアレスに届き、彼女を形成していた人形は真っ二つに切り裂かれてしまった。
 アレスだった人形はそのまま燃え盛り、ゆっくりと空気にとけていく。やはりあれを操る本体は別にいたのだろう。
「わかった?アンタに人狼は抱えきれないよ。知識が違うんだ」
『くっ…貴女、名前はなんというんですか…』
 悔しそうな表情を見せながら、その人形はゆっくりと消えていく。
「そよ風のルーナ」
 私の名を告げるころには、彼女は既に消え去っていた。聞こえていただろうか。できればもう疲れるから相手にしたくないのだが。
「あああああぁぁぁ!」
「おっと、一瞬忘れてたよ。それじゃあ部外者もいなくなったし元に戻してやりますか」
 ヴェアは腕を振り回しながら暴れている。人が一生懸命育ててきた薬草の庭を踏み荒らしているのは大変許せないが、まあそれも不可抗力として見逃そう。
 そのまま目を閉じて精神を統一させる。ヴェアと私の間に、風が舞い降りる。私の瞳は翡翠色へと染まっていき、同時に私の瞳を睨んだヴェアが縛られたように固まる。
「妾が命ず、悪しき力よ妾の糧となれ」
 メルティキス。それは、大昔に私自身が生み出した禁忌の魔法だった。もともと魔力をどんどん消費していく魔女に対して、それほど魔力を使わずに燃費の良い戦闘をこなせる人狼から魔力を吸収するための秘儀。本来は魔力吸収という目的のための魔法なのだが、人狼状態から魔力を奪うことで元の人間に戻すことが出来るという副産物の方でも効果的な魔法である。
 ゆっくりと顔をヴェアに近づける。彼の目はどこを見ているかもわからない。しかし、私が近づくにつれてその表情からは苦しさが消えていく。彼の身体からはゆっくりと淡い光が漏れていき、そのまま私の口へと流れていく。魔力を食べるようにして私の中に溜まっていく。そして、ヴェアはそれにつれてゆっくりと人である本来の姿へと戻っていく。
「これで…安心っ、だね…」
 少し息が上がっている。高度な魔法を使ったことにより、精神的な疲れが肉体をも蝕んできたのだろう。
「しかし、あの爆炎の魔女め。にわか知識で人狼を相手にしようだなんて、命知らずもいいとこだよ」
 人狼のことをほとんど知らない魔女など、私が知っている高名な魔女たちの中にはいなかった。人狼と魔女とはその存在を対にするものでありお互い歩み寄らない、という魔女の掟がどういうわけか違う方向に解釈されているらしい。
「う、痛てて…」
 足元で声がする。視線を下げるとヴェアがゆっくりと身体を起こしている。どうやらすぐに目を覚ますことが出来たようだ。
 先ほど焼かれた両腕は今や何事も起きなかったかのようにぴんぴんしている。どうやら人狼の生命力か、もしくは強靭な魔力がいい方向に作用してくれたようだ。
 姿勢を低くして、ヴェアを見る。痛みに顔をゆがめているも、私のことを見ると少し安心したように大きく息を吐く。
「また、助けられたのか」
「そうだね。貸しが二つだね」
「くそっ、魔女は全員あんなに異常な強さなのかよ」
「そうでもないよ。ただヴェアの運が悪いだけだと思う。正直傷つけはしても、一撃で相手を瀕死に追いやるほどの魔女はそんなに多くないはずだし」
 嘘ではない。正直なところ、なぜあの爆炎の魔女がこんな辺境にまで来ているかもわからないのだ。彼女ほどの魔女はそうそういないだろう。いたとしても、全ての魔女のほんの二割程度のはずだ。
「…たまにお前のその能天気な物言いが羨ましくなるよ」
 ヴェアは無理やり笑い顔をつくる。しかし、その仮面のような薄い表情の裏には、静かに悔しさが炎を巻き上げていた。
「動じないで、冷静にいることは必要だよ。んで、動じないためにはどんな時でも切り抜けられるような強さが必要だしね」
 私の言葉は届くだろうか。魔女に大敗した元聖騎士の異端者。
 絶望するには十分すぎる素材だろう。いくら力の強い人狼とはいえ、精神力がなくなってしまえばただの人間とさほど変わらなくなってしまうだろう。
 しかし、彼は私の思いに反発するように立ち上がり、近くの木を一発殴る。鈍重な音が森に響くが、さきほどの人狼状態の時とは違って大木はびくともしていない。
「くそ…、自分がここまで弱いなんて知らなかったよ。異端者を狩るための聖騎士なんて、馬鹿馬鹿しい」
「たぶん、また来るよ」
 自然と言葉が出ていた。無常に、冷徹に。
「あの爆炎の魔女、名前も知られてないような私に負かされて頭にきてるだろうし、人狼にしつこくこだわってるみたいだしね」
「でも、ルーナは追い払ったんだろ?それなら…」
「あれは相手の技を利用したからこそできる芸当だよ。それにあの人形に止めを刺したのはヴェアだよ。しかも暴走した状態のね。次来られたら、ちょっと厳しいかも」
 今の私の力で正面勝負をしても勝てるはずがない。時間は稼げるかもしれないけど、所詮その程度だ。なんとかしてヴェアに人狼化をコントロールできるようになってもらわないと話にならない。
「できるだけ早くここを離れて…追いつかれたら戦うしかないのか。マジかよ、分の悪い勝負だな」
「ヴェア次第だよ。あの爆炎を倒せるとしたら、人狼化したヴェアしかいないわけだしね」
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