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RED・MOON~2つ名狩りの魔女~第3章:狼(アルタニス)

  {初めに…
 この作品は東風の作品「MELTY KISS」の人狼側からの話です。
 よって、その作品と世界観が同じはずですが、稀に違うところもあるかもしれません。その時は温かい目で見過ごしてください…

 ……では、始まり始まり……

第3章:狼(アルタニス)



「フギャー!」
 顔面を蹴られたレントの惨めな悲鳴が背中にぶつかったが、ラルドックはまったく気にすることもなく前へ踏み出した。ラルドックは一気にシャローンとアムネリスの前に飛び出す。その並はずれた跳躍力にシャローンもアムネリスも目を見開いて驚く。というよりはそのくらいしか反応できなかった。
 殺った。と実感しラルドックの刃が一閃する。まるで無駄な動き、ブレのないスムーズな剣捌きは一種の芸術であり、見惚れてしまうほどであった。その精密にして緻密な剣筋はレント曰く、「帝国一と歌われる料理人がお前の剣を見たら、ぜひお前に包丁捌きを学ばせてくれと言うだろうさ」だそうだ。いちいちズレテいるのがレントなので、この発言が一種の皮肉ではなく、彼なりに最高の褒め言葉であることは知っていた。
「私が命じます。土さん土さん。私達を運んでください」
 シャローンのそういった間延びした声が聞こえたかと思うと、的確に標的を認識し襲いかかっていたラルドックの刃が空を切った。今度、目を見開いたのはラルドックの番である。目前にいたシャローン達が、急に剣の届かない場所まで移動していたのだ。
 何が起こったのかは分からなかった。が、驚き身を固めたのは一瞬である。ラルドックはサッと身を低くし、先ほど見せたような爆発的な脚力に加えフェイントを乗せて近づく。タイミングは完ぺきだ。剣での戦闘には全く慣れていないど素人には、洗練されたラルドックの素早い動きについてくるのは不可能に近かった。
「もうどこにも行くなよ、な!」
 降り下げる剣。しかし再度、それは目標を失う。今度は背後に移動していた。そして聞こえる。それはシャローンではなく、アムネリスであった。
「我、命じる。大気よ。氷と成りて、汝の枷となれ」
 咄嗟に飛びのくのと、周囲の空気が冷え上がり寒気を覚えたのはほぼ同時。しかし今回はラルドックの危機回避能力が、アムネリスの魔法を少し勝った。
 先ほどまでいた所に大きな氷の塊ができていた。もしそのままいたら彼は今頃、この氷の中で冬眠する羽目になっていただろう。
 ラルドックは背中に冷たい物を感じ距離を置く。果たして距離を置くのは得策なのか。そんなことはラルドックにはわからなかった。こういったケースは初めてなのだ。だが、今は自分の今までに培ってきた戦闘時の本能的な物を頼ることにする。
「凄いですね~。ビックリしました」
「ちょっと。今の避けないでよ。大人しくして」
 ニコリと笑いながら拍手するシャローンと、今の攻撃を避けられたことで少し怒っているアムネリスにラルドックは舌打ちする。
「なんだってんだ? まいったぞこいつは。なかなか興味深いことしてくれる。一体どういう理屈であんなことができるんだよ……だいたい。今の食らったら死んでただろ。多分」
 最後の方は完全に理不尽なアムネリスの怒りに対する愚痴であったが、ラルドックは初めての体験に困惑しながらも、ゾクゾクと今までとは違う震えを背中に感じた。
 そして、少し笑い、忘れていた相棒に目をやっ……
「うぉい! 気絶してんじゃねぇよ」
 レントは先ほどの蹴りで伸びあがっていた。目を覚まさせるつもりの一撃で撃沈だ。どうりで助太刀に来ないと思った。
 レントはそんなラルドックの叫びを聞いてかはわからないが、いきなり跳ね上がった。
「金色輝く光の騎士、レント・エルドラ・シュバリエ。ただ今復活!」
 その大声の登場にシャローンはまるで役者が出てくる劇でも見るかのように拍手を送り、アムネリスはいきなりの事でおののいて驚いていた。
 レントは被っていたフードとゴーグルをかなぐり捨てる。すると、恐らくアムネリスであるだろうが、あっと驚嘆の声が聞こえた。
 混じりけのない純金でできているような髪、それと同色の瞳は誰の目にも驚きと憧れを抱かせた。それはある種の嫉妬を抱かせるような物ではなく、それを遙か飛び越えた先の神々しさを帯びていた。またラルドックとは違う透き通るような白い肌が、彼の持つ色を強調している。顔もまるで女性のように線の細く繊細な作りで、高貴な空気を持っている。女性ですらここまで美しい顔を持つ者は少ないだろうと思えるほどである。もし髪を長くしていれば、どこかの公女と間違われ、求婚相手が朝夕問わず列をなすだろう。
 そんな気品あふれる彼は今、片手を腰に、もう片手を天高く上げ「ただ今、見参!」などと、まるで子供のお遊戯のように立っているのだ。見方によれば夕日に照らされた彼の姿は聖堂に飾られた勇者の絵のように見えるだろう。しかし、彼の目にはおちゃめさを兼ね揃えた子供的な物があり、その上、ラルドックに蹴られたことで顔を泥で汚し、目の周りにはゴーグルの跡がクッキリと残っているのだ。
「カッコ悪」
 アムネリスがププと笑いながら言った。その意見に一番同調したいのは他ならぬラルドックであった。
「レント! バカやってねぇで。剣を抜け! こいつら、本物の魔女だ。油断するな」
「何? 魔女。ほ~ら。俺の言ったことは本当だったろ」
 厳しいラルドックの言葉に、目前の二人の女、シャローンとアムネリスを見てから、レントはドーンと胸を張り、どんなもんだい! と言った感じに言った。まるで自分の言ったことが正しいのを親に自慢する子供のようだ。
「わかった。わかったから。真面目にやってくれ」
「そうだ! 思い出したぜ。さっき誰かに顔を蹴られたんだ」
 思い出したように顔を摩りながらレントは言った。
「……そ、そうだ。あいつらが蹴ったんだ。うん」
 不味いと思い、ラルドックは完全に目を合わせようともせず、妙に棒読みになりながらシャローン達を指差した。
「俺の百万ランの顔に泥を塗ったな。許せん! さてはこの俺を正面切って戦ったら勝ち目がないと思い、不意打ちをしてきたな。だが、甘かったな。俺はあんなやわな攻撃じゃ屁でもねえんだ。お前らも運がなかったぜ。俺に…」
 レントは一人話し続けていた。
「先生。なんだか私達のせいにされてますよ。あのラルドックって人が今私達に手を合わせているのは、『頼む。そういうことにしてくれ』って言ってるんですかね?」
「そうでしょうね~。なんだか面白い人達ですね。変な人達ですが、殺さずには済みそうです。とてもよかった」
 まるで戦場とは思えないノホホンとした空気が流れていた。それもつかの間である。ラルドックはレントが戻ったことで、戦闘の目に戻った。そして持っていた大剣を地面に突き刺す。その行動に首をかしげる二人にラルドックはニヤリと笑った。
「どうも大剣ってのは俺向きではなくてね。レントも起きたし、お前らの魔法って奴も見せてもらった。今度は俺が見せてやろう」
 ラルドックは両手を腰の後ろに持っていく。
 彼とシャローン達の距離はいかなる武器の間合いでも外れている。飛び道具以外だが。
「これが俺の得物だ…」
 振り抜く両腕は彼の体の前で交差するその先にはザラついた鈍く、そして獰猛に輝く物が、まるで生き物のようにぎらついた。
 その物体に反応できたのはシャローンだけ。彼女は隣のアムネリスを掴みと共に伏せた。倒れる瞬間に二人が被っていた帽子が弾け飛び、地に落ちる時には無残に切り刻まれていた。
「切ないねぇ~。俺の初撃を躱すなんてさ」
 彼はその言葉の内容とは全くあっていない、むしろ歓喜している色さえ見せる声色で言う。オリーブのような瞳は先にもましてキラキラと輝きを増す。
「はやはや。危なかったですね~。危うく私達の首が挽肉の荒引きになる所でした。私は嫌ですよ。その挽肉で作られたハンバーグを食べるのは…」
「先生。この帽子。経費で落ちますよね。新しい帽子自腹とかじゃないですよね」
 何とも今さっき死にかけた二人とは思えないほどに、的を外れた呑気なもの言いをしながら、二人はズタズタの帽子…それを帽子と呼ぶにも今は原形をとどめてはいないが…をさも、それはポリシーだと言わんばかりに頭にのっけた。その様子にラルドックは苛立ちよりも先に嬉しさが湧きあがってきた。なんだか殺し合いと言うよりも、遊戯をしているような感じがしたのだ。楽しい楽しい遊びだ。彼女らの行為や言葉が全て『さぁ、一緒に遊ぼうよ』とさえ聞こえてきそうだ。
 ラルドックは交差された腕を直し、手に持つ物を元に戻してから、改めて紳士的に立ち、彼女らを見た。そして彼女らに負けないくらい場違いに、そして優雅に得物を見せながら口を開く。
「そう言えば、こいつらを名乗らずに出してしまった。非礼を赦してほしい。こいつ(右手)が絶対領域支配剣(テリトリー)、こいつ(左手)が完全領域浸食剣(フィールド)。以後、お見知りおきを」
 彼が見せたのは剣。片手で持てるほどの長さの剣、双剣である。複数の独立した刃で構成された剣で、その一枚一枚が鱗のようであった。良く見ればそれらの柄部分にはいくつかのトリガーがあり、それらを引くと内部に仕込まれた仕掛けが作動し、刃が緩み、操ることができる仕組みである。
 ちなみに右のテリトリーが白銀、左のフィールドが黒曜であった。
「では踊れ。俺の手の中で」
 ラルドックはテリトリーのトリガーを引くと、今まで剣状であったそれはダラリと力を失い鞭のようになり、彼はそれを振るうテリトリーは地を這うように伸びてく。まるでそれ単体が意思を持っているかのように。シャローンとアムネリスは「わおっ」などと言いながら、縄跳びを飛ぶようにジャンプし、その下をムカデのようなテリトリーが通過する。
 空中にいる二人をラルドックは見逃さない。左のフィールドが間髪入れることもなく下から流れる。シャローンは咄嗟に隣のアムネリスを蹴飛ばし空中で、その襲撃を回避し地面に落ちた。奇麗に着地したシャローンも倒れ落ちたアムネリスもろくに体勢を整える時間は与えられない。ラルドックの双剣の猛攻は治まることがなかったからだ。あたかもダンスするかのように、音楽の指揮者かのように優雅に振られる彼の両手から放たれるそれは、冷酷なほどに彼女らに血肉に飢えているかのように襲いかかる。今では、離れてしまったシャローンとアムネリスは再度、集まろうともしたがそんな余裕は与えてはくれない。
「よし、レント、今だ! 見せてやれ。お前とネスティマの力を…って、うぉい! 本日三回目…」
 思わず手を止めてしまったラルドック、双剣達は指示を失い、シュルシュルと元の形に戻っていく。シャローン達もラルドックの向ける視線の方へ向ける。そこには準備をするレントがいた。
「おま…バカなの? 何やってんの?」
 切に感情の籠ったラルドックの言葉に、荷物から出したシーツの上に座りサンドウィッチを作る準備をしているレントは振り向く。
「ん? まず腹越しらえからだろ? 腹が減ってはと言うからな」
「え、あ、うぅぅ。お前…異端者が前にいるんだぞ……っていうか、俺の剣でチーズ切ってるんじゃねぇよ」
「汚れるし」
「俺の剣が汚れるだろ! あああ。もう。タイム!」
「認めます」
 ラルドックはこの言いようもない感情をどこにぶつかればいいのかわからず、手を上げ言った発言に、シャローンはノローンと言った。
 呑気に食事を取るレントに、大きくため息をつきそして、大きく深呼吸をするラルドック。
「シャー! おっぱじめるかい!」
 食べ終わったレントが口元を子供のように汚しながら、腰の剣を抜き、同じく休憩にお茶を飲んでいたシャローンに向ける。
「もう、満足しましたか?」
「腹三分目ぐらいだが、お前らを討伐するにはいいハンデだぜ」
 威勢よく言うレントは細やかな装飾の施された、それでいて一切の装飾品のようには感じさせない剣を振りまわす。
「ラルドック。こいつは久々に本気が出せそうだな」
 先ほどとは打って変わって、その目にはギラギラと狩人の目になっていた。
シャローン達が立ちあがるのを待ってレントは動いた。
「ウゥラァー!」
 彼は持っていた大剣を投げつける。シャローンとアムネリスはサッと左右に分かれて躱す。
 レントは剣と腕を繋げる鎖を引っ張り、剣を引き寄せるとアムネリスの方へ、そして息の合った感じに、ラルドックは反対のシャローンに向かった。
 こうして本当の意味で戦闘が始まった。


「我、命じる。大気の水よ。礫(つぶて)となり、汝を撃て」
 アムネリスは人差し指と中指を立てピッとレントに向けると、彼女の周囲の大気が白くなり凝結してできた拳大ぐらいの氷塊が飛ぶ。
 それをレントはまるで一匹のネコ科の獣のようなしなやかな動きで避けていく。背後の木々が、岩が抉れ砕けていく音が、その威力を物語っている。
「まだまだ」
 アムネリスの言葉と同時に、次々と氷塊はでき、その数はさらに増す。流石にレントの顔から甘い笑みは消え、嫌な汗が出る。いくつかヒヤリとさせられる物があった。しかしついに躱しきれない物が現れた。気付けば目前。レントはマントを脱ぐと、前に突き出し、うまく軌道を変えさせながら飛び退いた。マントはズタズタに引き裂かれる。体勢を崩しかけるレント。アムネリスはこれ見よがしに氷塊を作り、放ってくる。
「なんの! こ・れ・し・き~」
 強引に体勢を立て直したレントは剣を肩に担ぎ、片足を上げる。
「見よ~! これが~! 愛と誠と友情と~。血と涙の千本ノック!」
 勢いよく飛んでくる氷塊をレントは人間離れした動きで次々と打ち返していく。
「だら! だら! だらぁ! だらだらだらだらだらだらだら…」
「うそぉん!」
 ビックリしたのは言うまでもなくアムネリスである。即座に氷の壁を作り上げそれに隠れて防ぐ。その壁越しに、レントが突き進んでくるのが見えた。振り上げる彼の剣。彼女の氷塊すら弾き返す氷の壁だ。安全だと思いながらもアムネリスの体は、ほぼ無意識に飛び去っていた。それは紛れもなく正解だっただろう。
「私の氷を斬った?」
 レントの大剣は一切の抵抗を見せずアムネリスの作りあげた壁を斬り伏せる。
「いい判断だぜ」
 飛び退いたアムネリスにレントは視線を向けて言う。しかし彼女の目は彼ではなく、彼の剣に向けられていた。彼の剣が赤くなり、熱を帯び始めたかのように湯気を上げていた。レントはその視線に気づいて、剣を残った氷の壁に押し付けると、氷がみるみる解けていく。
「すげーだろ? こいつはネスティマってんだ。どういった仕組みかはわかんねぇが、俺の感情に応じてくれる炎の剣さ」
「ネスティマ? ……魔剣? 初めて見た~…」
 珍しい物に少し目を奪われたアムネリスだったが、頭を振り立ちあがると構える。それを見て、レントも構えた。


「気に入らねぇな」
「何がですか?」
 ラルドックの言葉に、シャローンは何の悪意もない笑みを向けて言う。
「あんたの余裕が。だよ」
「そうですか~。でも私は実は困ってるんです?」
「何が?」
 今度は、ラルドックが片眉を上げ、問いかける。
「あなた達の様子を見ていたら、楽しくてね~。あまり戦うことに気が進まないのですよ~」
「また、その余裕か!」
 振り抜くと同時に、双剣が鞭になりうねりを上げ、襲いかかる。
「私が命じます。土さん土さん。私を運んでください」
 シャローンは双剣の渦を難なく避けていく。まるで、双剣の方が避けているかのように。一切の動く動作をしてないシャローンがどのように動いているのか、ラルドックにはまったく理解できなかった。
「鬱陶しい。どんな魔法なのかはしらねぇが、この俺に捕らえられない物は、無い!」
 絡まることもなく蠢く双剣が、ついにシャローンを捕らえた。回り込み、逃げ場をなくす。
 殺った! ラルドックは心の中でそう確信した。
「私が命じます。土さん土さん。私を逃がしてください」
 双剣がシャローンの体に巻きつく寸前。シャローンは姿を消した。空を斬る双剣は空しくラルドックの手の中へ。
「危なかったですねぇ~」
 間延びした声は少し離れた所からだった。
「モグラか? 地中を移動できるなんてな」
 少し忌々しげに、そしてそれ以上の感心の声を上げた。ラルドックにとって、魔法はとても興味深く、どれも目新しい物だった。
「大人しく、ついてきてもらえませんか?」
 ラルドックにシャローンは優しげに言う。正直、ラルドックには彼女が自分に攻撃の意思がないのに気付いていた。そして同時に、もし仮に彼女が本気で力づくで自分達に向かい合ったら、恐らく自分の力量では勝つことができないだろうことも、短い間に感じ取っていた。ラルドックはレントと違い突進のみという性格ではない、ある程度の力量を見る力も持っている。故に、今自分達はとんでもない化け物と向かい合っていることはわかる。
 間違えた。顔には出さない焦りがラルドックの中で囁く。動きを見れば、シャローンよりもアムネリスの方が劣っているのはわかっていた。にもかかわらず、レントにアムネリスを任せてしまったのはどう考えても誤りだった。
 だが、今、後悔しても仕方ない。何とか隙を作って、レントと交代するのが一番であろう。ラルドックは即座に考え直し、双剣を構える。断じて降伏はしない。
 その様子にシャローンは溜め息をついた。
 ラルドックはどうにか交代できるように彼に視線を向けると、ちょうど彼のネスティマも目を覚ましはじめたようだった。いける。微かな希望がラルドックの心に湧いた。
 注意深く様子を見ると、アムネリスが魔法を使う。
「我、命ずる。大地の水よ。凍りつけ!」
 アムネリスの言葉通り、レントの足元が凍りつき動きを封じられた。
 彼女はつづけて唱える。
「我が、熱き氷達よ。湧き上がれ!」
 足元の氷達がレントの体を飲み込むように上がり、柱となった。アムネリスの顔にしてやったり! と言った表情が現れたが、それは一瞬。逆に凍りついた。
「無駄だぜ。お前の矛盾な氷ごときで! 俺の熱き魂までは冷え切らねぇぞぉ!」
「もう! 信じらんな~い!」
 レントの暑苦しい言葉と共に、壁が一瞬で湯気を上げ気化する。まるで煙幕でも敷かれたようだ。その光景に両手をアムネリスは両手を頬に押し付けて言った。
「しめた。おい! レント。交代…あれ?」
 今の内に俺と相手を代わってくれ。と言おうと振りむくラルドックはその異変に気付く。
「蒸された…」
 レントがグッタリと倒れていた。どうやら自分が気化させた水蒸気にやられたらしい。自分の熱い魂にやられたのだ。要するに自滅であった。ラルドック。空いた口が塞がらないとはこのことだろう。
「余所見ですか?」
 愕然とするラルドックは緩やかな声なシャローンの声に我に帰る。「け、計算通り!」と何が何だか分からないアムネリスになど意識すら向けない。
 ラルドックは双剣を振ろうとしたが、遅かった。
 ラルドックの足元の地面が沈んだかと思うと、まるで底なし沼のようにラルドックを飲み込んでいく。そして上げた手と首だけが外に出る状態まで沈む。
「まいったぜ。チックショー。降参だ」
 こうなってしまっては何もできない。ラルドックは前にしゃがみこんでいるシャローンを見上げながら、諦めたように溜め息交じりに言った。


 シャシャは炎をウットリと見ていた。燃えているのを見ると落ち着いた。彼女が体操座りで見ている目前で燃えている物。
 それはついさっきまで小さな村だった物だ。一切の例外なく彼女が燃やしたのだ。家を燃やした。彼を燃やした。彼女を燃やした。大人を燃やした。子供を燃やした。家畜を燃やした。犬を燃やした。全て、跡形と残らぬように火を付けた。
「世界が焦土と化すのも、お前がいたら時間の問題だな」
 燃え盛る炎を見ているシャシャに隣に立つ若い男が言った。
「最高の褒め言葉として受け取っておくわ。ダース」
 シャシャは視線をダースに向ける。肩まであるブラウンの髪を後ろで束ねている男で、青年と呼ぶのにふさわしい歳であった。
「しかし、村一つ潰す理由があったか?」
「あいつは私に唾を吐きかけた」
 ダースの言葉に素っ気なく答える。魔女を捜しにこの村に来たシャシャだったが、彼女の赤い目はあまりにも非難の対象となるのだ。たちどころに「呪われている」とか、「禍々しい」などと罵声を浴び、しまいには、大きな男が現れ出て行けと豪語しながら彼女に唾を吐きつけたのである。それがこの村の最後であった。
「兄貴が聞いたら怒るだろうな~」
 ダースは少し顔を歪めながら言う。
「私はもっと強くなってやる私はもっと強くなってやる私はもっと強くなってやる私はもっと強くなってやる…」
 ダースの言葉は耳には入らず、彼女は炎を見ながらブツブツと一人で言う。その姿は奇妙であった。
「なぁ、なんで…そんなに強くなりたいんだ?」
 彼の質問で彼女の突き刺すような視線は、ダースに向けられる。
「なんで? 私達は戦ってるのよ? その敵を打ち負かすには力が必要なの。絶対的に、絶命的に、敵を圧倒する力が…だから私はもっともっともっと…そして私こそが唯一無二となる…」
 最後の言葉はダースには聞こえなかった。シャシャ自身が自分に言い聞かせるように呟いたのだ。
「そういうあんたはじゃぁ、なんで戦ってるのよ」
 シャシャは視線を上げ、ダースに問い返す。ダースは少し戸惑ってから、口を開く。
「俺は別に人間が憎いわけでも、魔女が憎いわけでもない。親父も別に何も言ってなかったし…そうだな。今俺がここにいるのは義務だからかな」
 まるで幼い子供のように牙を見せニカッと笑うダース。
「ひっくり返った奴らは知らねぇけど、俺ら見たく純性なアルタニスは根っからの戦士だ。生まれながらの超戦士。だから昔、親父や兄貴によく言われたよ。
アルタニスはベッドで最期を迎えるのは恥ずべき行為であると。戦場で責務を全うしてこそ、真に我らは栄光の地へ導かれる。もし戦地以外で命を落としたり、目的を果たせず無念の内に死んだ者は、その約束された栄光の地には行けず、痛みが消えることもなく、未来永劫この地に鎖で繋がれ離れることができないそうだ」
「アホくさ」
 シャシャの興味を失ったような発言にダースは少し笑う。
「だいだい。死んだ後の話なんて死んだ奴しか分かんないじゃない。んでもって、死んだ奴が話すかって言われれば、話すわけもない。だから死んだあと、どうなるのかなんてわかるわけないじゃない。死んだら、死んだ。そこでお終い」
「お前はホントに恐れを知らないな。人狼である俺ですら、お前が恐ろしいよ」
 バカにした感じに言うシャシャに、怒った素振りも見せることなくダースは返した。
「でもな。俺はそれを信じてるんだ。先の大乱。〝禍の月〟で死んでいった先達たちの魂が今もこの地に繋がれているように思える。俺が戦う理由は、獣、化け物と蔑まれ死んでいった先達達の魂の無念を晴らし、解放する」
「そう言えばオリス、たまに妙に寂しそうに悲しい目をする時があるのよね」
「見えているのかもな。主には…鎖に繋がれ踠く魂達が」
 シンミリとした空気が流れる。どこか重苦しい、息に詰まる空気だ。一体、どのような光景なのだろう。無数のアルタニスが痛みに苦しみ、動くこともできず、自分に救いを求めるのは…そんなことを思うシャシャには少しオリスが遠くに感じ顔を顰める。一方のダースは改めて自らの戦う理由を再確認したことで、先に死んでいった同胞達に黙祷を捧げていた。
「帰るわよ」
 大きくため息をついたシャシャが立ちあがり、短く言った。ダースはその後ろをついてくる。


 グレーランド付近、荒野の小さな村。そこは地図にすら恐らく載っていないだろう。外からの旅人などほとんどないこの村に、珍しく二人の男がその地を踏みしめる。
 その一人は、黒の短髪に優しげな目をした男。アルタニスのマーブルである。もう一人は、ほっそりとした体に不健康そうな顔色をした黒の髪の毛をボサボサにした少年を抜けきらない歳の子供であった。
 二人は宿屋にある酒場で腰をおろすと、足を伸ばした。普通、オリスの力で外界を移動する必要はない。望んだ場所に空間をくっつけ移動できるが、このローライズ山脈付近。特にエンシャロムを中心としたグレーランドを越えた一体は、何者かの干渉にそれができないようになっているのだ。ここで何者か。と発言はしてみたが、その何者かは大体予想はできている。エンシャロムに住まう火竜であろう。別に確かな証拠があるわけではないが。しかし、それを外からどうすることが今はできないため、今はこの周辺をアルタニス達ですら歩いて移動しているのだ。
人狼の体力は並はずれていて、何も口にしなくても最低何日は走り続けることができる。他ならぬマーブルは月明かりのみで一カ月走ったことがあった。
「どうした? 疲れたか?」
 正面に座っている若い少年に優しく声をかける。少年は首が捥げるんじゃないかと思うくらいに横に振った。少年は緊張していた。無理もない。この子は純性な人狼ではなく、数年前に裏返った者で、歳も見た目とほとんど変わらないのだ。オリスの元に来てほとんど新入りに近い彼が、今アルタニス達をまとめ上げるリーダー的な場所にいるマーブルと二人でいるのだから。
「そんなに気を張るな。ヴァン・ホーテン。楽にいこう。ここまで来たら、後はゆるりと酒でも飲んで待つだけだ」
 彼なりの気の利いた言葉にヴァンは少し笑みを見せる。
 そんな彼を見てからマーブルはカウンターまで行き、酒を二つ持って戻ってくる。一つをヴァンの方へ置くと、自分の分を一気の飲みほした。
「しかし、あれだ。火竜(アンナマリア)とは厄介な相手だな」
 口元を拭うマーブルは呟くように言った。それにヴァンが頷き、ようやく慣れてきたかのように話し始める。
「いったい。アンナマリアとはどんな魔女なのですか?」
「〝火竜〟は炎を司る魔女の中で、最も秀でた者に贈られる二つ名だ。つまるところ、簡単に言えば炎系最強ってところだ。俺は火竜に直に会ったことはないが、話では〝禍の月〟の頃から生きていたらしい」
 ほえ~っと、好奇の眼差しを向けるヴァンの無邪気さは本当に子供なのだと自覚させられる。その初々しさがマーブルには好ましく思えた。自分にもこのように無邪気な時があったかと思いだそうとしたが、一体どうだったか結局思い出せなかった。
「ヴァン・ホーテン。お前は裏返った者だな」
 マーブルの発言に、ヴァンは「はい!」と元気よく答える。
「三年前に騎馬の国、メゾリアのヤーンの村でコロン様にお力を分けていただきました」
「人狼になってどうだ? 急に手に入れた絶大な力は?」
「初めは戸惑いましたが、慣れてしまえば…あぁ、でもたまに怖くなる時があります。いつか、力に振り回されるのではないかと…おかしい、ですかね?」
 最後の方は耳をこらさなければ聞きとれないほどにブツブツ声であったが、マーブルはしっかりと聞き捉え首を横に振る。
「そんなことはない。力に驕るよりはよっぽどいいぞ。常に自らの力に危機を覚え、監視できて初めてアルタニスだ」
 彼の落ち着いた、そして諭すような物言いは、根っからのリーダー体質なのを表していた。彼に言われた者は、素直に聞き入れようと思えてくるのだ。
「いやいやいやいや。私は、まだ……アルタニスなんて滅相もありません。自分でそれを語ろうなんておこがましいです」
 ヴァンは恥ずかしそうに、首を振って否定した。よく首が振れる子だと少し面白くなってきたマーブルだが、ヴァンの発言には好印象を得た。最近の奴らは自らの力に驕り、半分溺れている奴らが多い。オリスは基本的に来る者は拒まずであるため、裏返った人狼、少し力のある人狼達が多く組するようになった。そんな彼らは自らを勝手にアルタニスと呼ぶのだ。正直、マーブルにはそれが許しがたいものだった。アルタニスとは自分達の誇りである。大神を守り、命に代えてでも忠誠を誓った者の証である。それを昨日今日生まれ出た者が、誇りも何も理解できない者達が気軽にそれを口にするのは、大神のために戦い死んでいった先代達に泥を塗っているように思えてならなかった。
「ヴァン・ホーテン。それでいいのだ。お前が、いつか自分の存在に胸を張れるようになった時、お前自身の魂がアルタニスとなるだろう。その時を俺は心待ちにしているぞ」
 マーブルは持っているコップを、ヴァンの前に置かれたコップにコンと合わした。ヴァンは一瞬にして顔を真赤にしながらコップを持ち上げ、グビーと飲み干した。そして誇らしげにはにかんだ。今、ヴァンはオリスに会った時の次に、心満たされ感激していただろう。
「そう言えば、私。人里に来たのは久しぶりです」
 恥ずかしがるのを隠すようにヴァンが話題を変えた。
「ならば。慣れておけ。人狼は魔女以上に、人間達に紛れ生きていくからな」
「そうなのですか?」
「あぁ、我らだって、父であるアルタニスが人の女と交わりできた子供だ。あの時は仕方がなかったと聞いたがな」
 ヴァンは再び好奇心の輝く目を向けてきた。真新しいことには興味があるのだろう。聞きたいのなら、ということでマーブルは「俺も父から聞いた話だ」と付け加えて話し始める。
「〝禍の月〟の戦いにより我々アルタニスは急激に数を減らした。それこそ絶滅する勢いに死んでいったそうだ。主が大魔女との戦いでこの世界からしばらく離れた時、我々は戦う理由を失った。例え戦い続け勝った所で意味がないからだ。そこで数少なくなったアルタニス達は決めた。魔女達との一時休戦。と言うよりも、お互いに頭を失い暗黙の了解に近かったらしいがな。
 そしてアルタニス達は世界中を散らばった。死んでいった者達の無念を忘れない事を胸に誓いあいな。そして人間に紛れ住むことを選んだのだよ」
「なぜです? あえて人狼を迫害する人間達と一緒に住むなんて…」
 率直な疑問だろう。マーブルは頷き答える。
「確かにそうだ。しかし我らには待つ以外に必要なことがあった。種の繁栄だよ。アルタニスはあまりに減り過ぎていた。主が帰ってくる時まで、何とかして種を存続させなければならなかった。しかし、人間達は人狼狩りだの、魔女狩りだのとその時は躍起になっていた。少しでもおかしな事をする者は殺される。我らはできるだけ危険を冒したくなかった。だから普通の人間を装い。人間の女と結婚したそうだ。まぁ、苦肉の策だな。
 まぁ、そのせいで人間達に情が移るアルタニスも少なくなかったし、二世と呼ばれる俺達はやけに人間臭いのかもしれない。だが、親達の代に負けないだけの誇りと意志を持っていると自負している。俺が知っているのはこのあたりだ。詳しく知りたいのなら、爺にでも来てみたほうが詳しく教えてくれるだろう」
「爺とはビート老将ですか? いえいえ。恐れ多いです」
 急に縮みあがってしまったヴァンの様子に、ついおかしく笑うマーブルだった。
 ゆったりと時間が流れて行くのを感じ取り、若い人狼とつい楽しく話しこんでしまうマーブルであった。
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