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MELTYKISS …Part4

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MELTYKISS … the last

 この作品は、籠龍の作品「REDMOON」と世界観を共にした作品です。
一応こっちのほうが本編となってますがそっちの方も見ると世界観が上手く補完できると思います。

-the last- MELTY KISS

Vere side

「ヴェア次第だよ。あの爆炎を倒せるとしたら、人狼化したヴェアしかいないわけだしね」


 その言葉を聞いても、胸の中には黒くて重たいものしか感じなかった。人狼になるとき、どれだけ辛いか。
 相手の魔力に引きずられるようにして自分の中の人狼が這い出るようにして俺を蝕んでいく。身体を突き破っていくのではないかというほどの激痛に、息が数十秒に一回ほどしかできないような窮屈な感覚。まさに死にたくなるような感覚である。
 これでは使いこなす前に俺のほうがどうにかなってしまうのではないだろうか。
「人狼の力を使いこなすにはどうしたらいいんだ?」
 ルーナは少し考えてから、無表情のまま答える。
「言葉で上手く表現できないな。水に浮かぶ方法が説明しにくいように、なんで使えるのかとかそういうことにちゃんとした答えはないんだよね」
 強くなる方法もわからない。どうすればいいというのだ。あの爆炎の魔女――アレスは確かに強かった。気づくこともできないうちに両腕を焼かれて、俺自身はあっさり負けてしまったのだ。
 どうしようもないのではないだろうか。
「ん、強い魔力を感じるね。多分あっちの方かな…」
 そういって、突然ルーナの家の方向を指差す。その瞬間、家があるはずの場所で大きな爆発が起きた。森全体を揺るがすような爆音とともに地面が揺れる。熱風がこちらにまでくるが、ルーナの魔法のせいなのか特に熱さは感じない。
「まさか…もう来たのか」
「そのまさか、だね。さすがに私もこんなに早くに爆炎が来るとは思わなかったなあ」
 いつもの能天気な言い方が、少し固くなっている。彼女自身、この状況は危ういと感じているのだろう。
 逃げるか。そんな考えが頭をよぎった。
 ここにたどり着くまでに何回も逃げてきた。異端者として多くの異端警察やら聖騎士隊に追われ、今もまた逃げようとしている。
「こんなの…何のための聖騎士だよ」
 聖騎士だったころの自分と今を比べてみると、見るも無残である。どう考えたところで過去の栄光はよみがえることはない。自分は現に異端者であり、世界の全てから追われているのだ。
「世界の全てから、か…」
「大丈夫」
 俺の呟きが聞こえたのか、ルーナが横から声をかけてくる。
「大丈夫。私はヴェアを逃がすよ。異端警察からも、聖騎士からも、もちろんどんな魔女からもヴェアを逃がしてみせる」
 ルーナは、翡翠色の瞳で見つめる。彼女は戦う気なのだ。今なおこちらに向かってきている爆炎の魔女アレスと。
「ヴェアは、レッドムーンから力を受け継いだ高純度の人狼だからね。私が助けた二回分、ちゃんと働いてもらわなきゃ」
 くすりと笑って、爆発の起きた方へと歩いていく。その後姿は、心なしか先ほどよりも小さく見える。
「待て、俺も行く!最悪俺が暴走すればあいつを倒せるかもしれないんだろ? それなら俺が行って後でルーナが俺を元に戻せばいいだろ!」
「無理だよ。ヴェアの魔力を吸収しすぎて、さすがにもう吸収できない。これ以上吸収しちゃうと最悪魔力の爆発が起こっちゃう」
 元に戻せない。そう言われて俺は完全に立ち止まっていた。
 魔力の爆発がどれほどのものなのかわからないが、おそらく俺もルーナも消し飛ぶほどなのだろう。ルーナの言葉の重さで、なんとなくだがそれが伝わってくる。
「時間稼ぎはするから。だからその間に爆炎から逃げてね。私も死なないように頑張るし、生きてたら後を追いかけるから」
 ルーナの言葉も、今は聞き流すことしか出来なかった。もう一度人狼になるということは、人間であることをやめなければいけないのと同じなのだと言われた。
 俺はゆっくりと膝を地面につける。力が入らずに、うつむく。
 もうルーナの姿は見えなくなっていた。彼女ならばあるいは簡単にアレスを倒せるかもしれない。そんな上っ面だけの期待が胸の中に気持ち悪く存在していた。
 俺が頑張らなくても、あの魔女は――
「いたっ!いたいたいたあああぁぁぁぁ!」
 突然、後方から声がする。
「やあぁぁっと見つけたぜヴェア!異端警察からいくら逃げられてもなぁ…この俺!ハウンド様からは絶っ対に逃げることはできねえんだよ!」
 現れた男の姿を見て、驚く。
その姿は聖騎士時代の頃、よく俺と一緒に組んで仕事をしたり、また時には何回も模擬戦闘をしていた同僚の姿だった。
「ち、こんな時に暑苦しい奴が来たな…」
「ヴェア、勝負しろ!異端者であるお前となら真剣を持って勝負しても、なんのお咎めもないからな!俺はこの時を待っていた!」
 模擬戦闘で俺に負けて以来、なぜかこのハウンドという聖騎士はずっと俺のことを眼の敵にしている。年が同じせいか、お互いにライバル意識のようなものを持っていたのかもしれない。
まさかこのような形で会うとは思ってもいなかったが。
「ハウンド、落ち着け。あっちに炎を使う凄腕の魔女がいる!」
「おお!俺だって熱く燃えてるぜ!いうなれば炎の騎士ってやつだな!さあ剣を取れヴェア!」
 通じていない。ハウンドはそのまま笑いながら剣を構える。すらりと伸びたその長剣は、ハウンドがもっとも得意とする武器だった。
 頭を抱えながら、俺は後ろに下がっていく。何の武装もしていない現状では圧倒的にこちらが不利だ。
「落ち着けハウンド!今は落ち着いてあそこの魔女をだな――」
「うるせえっ!俺はヴェアを倒すためにここに来たんだよ!魔女なんか俺の任務に入ってねえ!だから俺と戦えヴェア!」
 聞く耳も持たない。ハウンドは長剣を振りながらこちらに向かってくる。確かに昔からこういう奴だったが、さすがに今だけは勘弁して欲しかった。
「くそっ、やるしかないのか」
「おお!やれやれ!お前が本気になっても勝てないようなこの俺様の剣裁きを受けてみな!」
「こっちは丸腰だぞ!騎士道精神はどこにいった!」
「む、そうか…確かに言われてみればそうだな。それだと正々堂々お前に勝ったとは言えないか…」
 バカである。攻撃をやめた隙に少し距離を取る。ただし、こいつから完全には逃げないようにしておく。ここで逃げてしまってはこのバカの闘争本能をさらに煽ることになりかねない。
「落ち着いて聞いてくれ。俺は大神っつう化け物に人狼にされて、そのまま魔女やらいろんな奴らに追われてるんだ。その魔女ってのが凶悪でな、今からまずそいつを倒しに行こ――」
「知るかっ!」
 俺の長々とした状況説明が、この男の一言で水泡と化した。
 ハウンドは、当初よりは落ち着いた様子で俺を見据える。
「俺はお前だけを探してずっとここまで旅してきた。お前を倒すためだけにな、ヴェア。俺とお前、どっちが強いのか今こそはっきりさせようぜ!」
「だから俺のほうが強いだろうが!模擬戦でお前、一回も俺に勝ったことないだろ!」
「ほざけ、俺はあの時の俺とは大きく変わっている。あの時から百倍は強くなっただろう!」
 子供の喧嘩のようになってきた。頭をおさえながら俺は後方で大きな魔力のぶつかり合いを感じる。そして、大きな鼓動に身体全体を揺さぶられる。
「くっ…ルーナ、アレスと戦ってるのか…」
 ゆっくりと人狼化が始まってくる。どうやらこれで人狼になることは避けられないらしい。
「ハウンド…逃げろ…俺の人狼化が始まる…殺され、るぞ」
 体内から出ようとする異常な激痛に耐えながら、ハウンドに告げる。さすがにハウンドは普通の人間だ。いくら聖騎士といっても人狼化した俺にはかなわない。
「あん? 人狼だって? お前、俺の勇姿におびえてとうとう本気出すようになったか」
 違う。そう呟こうとしても、もう苦痛の声しか出ない。ハウンドは改めて長剣を構える。俺はといえば、苦しみながらも本能のようなものが戦いの構えを取る。ゆっくりと鋭利な爪が伸びていき、まるで手甲のようになる。
「うは、すごいな。人狼ってのはそんなこともできるのか」
「バカ、野郎…お前死ぬぞ」
 もはや言葉がこもって、ハウンドには何を言っているのかわからないのかもしれない。しかし、なんとか自分が暴走しないようにと俺は自分自身の身体に力をこめる。
「バカはそっちだろうが。今逃げてどうするんだよ、目の前に探し続けてたやつがいるんだぜ」
 ハウンドは、長剣を構えながらにやりと不敵に笑う。そのままこちらに向かい、俺の頭の上にその剣を振り下ろす。
 鈍い金属音が重なり、その長剣ははじかれる。勢いでハウンドは後ろに下がり、再びこちらに向かうべく長剣を構える。俺は、いつの間にか突出した爪で彼の攻撃を受けていたようだ。
「そうこなくっちゃ、だな…だけど、遅えよ」
 ハウンドがそう呟くと、突然目の前に彼が迫る。とっさのことに反応できずにいると、ハウンドはお構いなしに真っ直ぐ切り裂いた。皮が破れるような音がした後に、俺の胸から腹は大きく裂け、目の前が真っ赤に染まっていく。
「人狼だろ?その程度でくたばるとは思っちゃいねえさ。ほら、早くしねえと二撃目いくぜ」
 そのまま後ろに回りこまれてもう一閃。腕に一閃。ハウンドは俺の動きを読んでいるかのようにして剣を払っていく。その度に血は吹き出ていき、俺の視界を染める。
「なんでかねえ。人狼、人狼って言ってる割に、もともとのお前より相当弱えんだけどな」
「ハ、俺に負け続けてた男が偉そうな口叩いてんじゃねーよ」
「おいおい、俺がいつも目を閉じながら戦っていたことに気づいてなかったのかよ」
「戦闘開始とともに俺にぶっ飛ばされて気絶してるだけだろ」
 そのまま二撃、三撃は長剣と爪がぶつかり合う。ヴェアも多少積極的に長剣を見極めていく。今までは人狼としての闘争本能に乗せて戦っていたが、ハウンドが相手ではそうもいかないようだ。
「おっ、そうそう。それだよそれ。やっと本領発揮してきたな」
 ハウンドが嬉しそうに呟く。
「人狼っつっても結局てめえはてめえだろうが。大体お前が狼だっつーんなら俺は虎だぜ」
「バカなことばっか言ってんじゃねー、よっと」
 そのままハウンドの剣戟をいなしながら、次第に距離をつめていく。ハウンドは適切な距離を取ろうと後ろに下がるが、その瞬間を見逃さなかった。
 俺は両手の爪で左右から同時に攻撃をする。ハウンドは、遅れて反応したが、もう既に俺の爪はハウンドの横腹に突き刺さっていた。
「ぐ、う…おいおい、なかなかいいパンチじゃねえか。ちょうど眠かったから目が覚めて助かった、ぜ…」
 爪を引き抜くと、ハウンドはその場に倒れる。さすがにもう動けないだろう。
「…爪で両側から攻撃するのは卑怯じゃないよな?」
「そうだな、人狼がてめえの能力なら、てめえは自分の身体で戦ったことになるんだ。違反じゃねえなあ…」
 なんとも無茶苦茶な騎士道精神だ、と思ったが、ハウンドには救われた気がした。人狼といえどそれを自分だと認めてしまえば案外楽になる。
「…ん? 人狼になっても暴走してない?」
 ふと気づくと、人狼の状態であるのに自分の意識がはっきりしていることに気づく。どうやら、ハウンドとの戦いのなかで何かを掴むことができたようだ。
「…ありがとよ、ハウンド。次会ったときもぶっとばしてやるよ」
「ははっ、それは無理だな。次に俺がぶっとばされることはもうないぜ。なぜなら俺はまだ本気じゃなかっ――」
 思いっきり血の出ているわき腹を踏みつけると、ハウンドはそのまま言葉にならないような反応を示して、あっさりと気絶した。まあこいつならこの状態でも死ぬことはないだろう。
 そのままきびすを返して走る。
「ありがとよ、ハウンド」
 心のこもってない礼を言い、俺は森の爆心地へと向かった。

Luna side

 目の前を焼け付くような熱気と閃光で埋め尽くされる。
「妾が命ず、風よ熱風となりて彼のものを包み込め!」
 その熱風が渦を巻くと、まるで龍のように伸びていきアレスを襲う。しかし、アレスは目の前の虫でも落とすように右手を少し払う動きをするだけである。
「私が命ず、炎よ風を焼き尽くせ」
 ごうっと爆炎が燃え盛り、私の放った熱風はかき消される。
「一人で挑んできたのは感心しますけど。その戦いは相変わらずなんですね」
 前見た人形をそのまま大きくしたような魔女が、目の前に立っている。私が自分の家に駆けつけたときにはもう既に家は全焼していた。人の家をなんだと思ってるんだか。ベッドも服も食べ物も、全部焼き尽くされてしまったのだ。
「アンタもバカの一つ覚えみたいに炎しか撃たないんでしょ。結局同じじゃないのさ」
「あら、そうですか?」
 そういうと、アレスは両手を上にする。
「私が命ず、業炎よ戦の場を作れ」
「なにっ…」
 結界魔法だ――そう思ったときにはもう遅かった。私とアレスの周囲を溶岩のような炎が囲んでいき、そこに魔力を纏っていく。
「これで、ここはもう私の世界。あなたはいつまで私の攻撃をはね返せるのかしら」
「まさか結界まで使えるとはね。ここまでの魔女に出くわすのは久しぶりだ。まずますここで食い止めとかないといけないみたいだね」
 ここで私が負ければヴェアがよくわからない道具に使われてしまう。あの、レッドムーンの恩恵を受けた彼が。
「オリスの力は、誰のものでもない…手を出すのは許さないよ」
 私の呟きは、炎の勢いに消されてしまった。せめてもの抵抗として、翡翠色の瞳で睨む。対する爆炎の魔女も紅い瞳でこちらを見る。
「私は命ず、爆炎と閃光よ風の魔女を喰らいつくせ!」
 二つの事象に命令――瞬時に頭の中で相手の行動を読み取り、自分の行動を決めるのに一秒もかからずに私は呪文を唱える。
「妾は命ず、疾風と暴風よ炎の魔女の力を無効化せよっ!」
 紅い魔女から放たれた一筋の爆発はそのまま私の方に向かってくるが、そこに私の風の魔力が介在していく。空気の遮断で炎を消すが、しかしそれでも他の角度から、彼女の爆炎が入り込んでくる。
「くそ…この力量差の上に結界だなんて、本気になりすぎだろ!」
 爆炎が肩を焼く。声にして叫びたいほどの激痛が身体の芯に響いたが、唇を噛んで耐え忍ぶ。
「あら?意外と辛抱強いですね…その強さ、やっぱりここで摘んでおかないと後々になって強大な壁となりそうですね」
 アレスは得意そうな表情でこちらを眺めている。
「くぅ、わ、妾は、命ず…風よ我が身を包む、鎧となれ!」
 風が私の周囲を回りながら、炎を払っていく。一時的ではあるが少しずつでも攻撃を減らしていかないとすぐに彼女に殺されてしまうだろう。
「私は命ず、炎よ槍となりて風の魔女を貫け!」
「妾は命ず、風よ――あうっ!」
 呪文を唱える暇さえ与えてくれなかった。アレスの放った炎の槍は、そのまま詠唱中の私の足を貫いていく。
 あまりの痛みに、その場にぐったりと倒れこんでしまう。
「は、はは、痛みも感じなくなってきた。視界が赤くなってきた」
 炎の熱と、痛みと、チカチカするような閃光によって頭がおかしくなりそうだった。もはや感覚もほとんど感じられなくなってしまった。
「私も、やっぱり弱くなったなあ…これで苦戦するなんて」
 首だけでも動かしてアレスを見る。彼女は勝ち誇った笑みを浮かべて私を見下している。
「格が違いましたね。あなたでは私には勝てない」
 心の中で毒づく元気もない。ここで殺されるのだろうか。再び長い長い螺旋の邂逅を繰り返すことになるのだろうか。それはあまりにも絶望的な気がする。
 定まらない覚悟をどうにか決め、目を閉じる。
「私は命ず、爆炎よ風の魔女を焼き潰せ!」
 まさに小型の太陽ともいうべき炎の球体が、ゆっくりと私の上に落ちてくる。確かにこれに潰されたら骨まで灰になってしまうだろう。多分跡形も残らないに違いない。
 球体はゆっくりと近づいてくる。もう死ぬのだろうか、そんな考えが頭の中でぐるぐる回った。
しかし、その球体は私に触れる直前で何かにかき消されるようにして消えていく。ゆっくりと、その姿を消滅させていく。
「な…なに、何が起こったんですか!私の炎はどこに…?」
 アレスが驚いた様子で叫んでいる。私は彼女の慌てふためく様子を見ながら、視界にいるもう一人の姿を見ていた。
「…ヴェア」
「助けに来たぞ。俺は戦える」
 人狼状態のヴェアがこちらを見て、にやりと笑う。
 そして、そのままアレスのところに詰め寄る。
「お前があの人形の本体だな」
「く…! 私は命ず、炎よ槍となって降り注げ!」
 結界の効果も効いているのだろう、炎は際限なく無数の槍となって降り注ぐ。しかし、ヴェアは息を吸い込むとぴたりと止まり、次の瞬間には耳を貫いていくようなほどの咆哮を発していた。
 その咆哮に反応するかのように炎の槍は勢いを消していき、ついにはなにもなくなってしまう。先ほど球体の炎を消したのはこれか、と納得する。
「うっ…くそ、ハウンドのやつ、思いっきり斬りやがって」
 しかし、ヴェアも体力万全というわけでもないようだ。ところどころ大きく斬られているような傷が目立つ。
「ちょ、ちょっと…ヴェア大丈夫なの?なんかすごい辛そうだけど」
 ヴェアはこちらを向く。さすがに痛みを隠し切れないのか、人狼のままの顔で苦しそうな表情をつくる。
「さすがに一時間も起きてられない、ってところかな。傷が思ったよりも深くて再生に時間がかかるらしい。どうにも攻め切れない気がするな…」
 ヴェアも私も満身創痍だ。対する爆炎の魔女は、こちらの戦力を警戒しつつもしっかりと余力は残しているように見える。二人であの爆炎に挑んでも、炎が雨のように振ってきては手の施しようがない。
「それなら…ヴェア、ちょっと来て」
「なんだ。なにかさくせんでも あるのか?」
 最後の手段を使う。絶対に使いたくなかったが、ここで二人とも死ぬよりかは何倍もましである。それに、あの爆炎の女に一泡ふかせてやらないと気がすまなくなってきたのだ。
 ヴェアが、私に顔を近づける。耳打ちしてくれるとでも思っているのだろうか。
「ヴェア…ごめんね」
 そう呟くと、ヴェアは聞き返そうとこちらを見る。
――妾が命ず、悪しき力よ妾の糧となれ。
 心の中でそう呟く。そして、私はヴェアに唇を重ねた。

Vere side

「んぐっ!」
 突然ルーナがキスしてくる。どういうことだ、と聞くにもルーナはずっと口付けたままである。
 なぜこうなっているのかわからない。しかし、なぜか力が抜けていく感覚を覚える。同時に、俺の人狼が段々と解除されている。それにつれてルーナの中の魔力の反応が大きくなってく。
 悪い予感が頭の中をよぎる。ルーナが唇を離すと、いの一番に口を開く。
「お前!俺の魔力吸収しただろ!死ぬ気か!」
「あー、やっぱりわかってるんだ。さすがヴェア。でも少し違うかな」
 ルーナは肩を押さえ足を引きずりながら立ち上がると、そのまま歩き始める。俺は、今の吸収する魔法の効果か、うまく身体を動かせずそのまま横に倒れてしまう。
「ルーナ!ルーナ!」
 叫ぶが、ルーナは反応しない。代わりに、黒い霧が彼女をゆっくりと包んでいく。そこに先ほどのアレスがやってくる。
「貴女…まさか人狼の力を取り込んだの?」
 驚きの眼差しで見ているが、しかしすぐにアレスは気を取り直して黒い霧に包まれたルーナを睨む。
「何をするか分かりませんが、今度こそ私が潰してあげます」
 アレスは瞳を真っ赤に染める。今までにない紅さに、戦慄を覚えるほどだった。
「私は命ず、陽炎よ全てを灰と化せ」
 アレスが呟いた瞬間に、周囲の温度が爆発したかのように高まる。数秒後には、息ができなくなるほどの苦しさになる。しかし、ルーナは未だ黒い霧に包まれたまま何かをしている。
「どうですか?最大二千度の炎です。数分後には私以外の全てが灰になってるでしょうね」
そのままアレスは笑う。もう既に俺に魔法を無力化する能力はない。人狼がきれてしまったのだ。これで全てが終わったのだろうか。そんなことを考えたとき、黒い霧の中から新しい声が聞こえた。
「――妾が命ず、そよ風よ全てを砂塵と化せ」
 一瞬で、全ての炎が消え去った。それどころか、なぎ倒された木々も、焼かれた家の木材や家具も、その全てが砂となって消え去る。残ったのは、ただ何もない空間に俺とアレス、そして黒い霧から出てきた謎の黒髪の女性だけだ。
 ルーナもいない。
「すまぬの、ヴェア…この姿になるにはオリスの力が必要でな。利用したわけではないのだが、結局このような形になって申し訳ない」
 黒髪の女性は見た目は自分と同じくらいの女性なのに、なぜかしわがれたようなしゃべり方をしていた。その瞳は全てを呑み込みそうなほど漆黒だった。
「あ、あ、あ、あなたは…」
 アレスが、黒髪の女性を見ながら引きつった表情を見せている。
「あなたはまさか…破滅のアーク…?」
 破滅のアーク。アレスの言った言葉の意味が分からなかった。結局この人は誰なのだろうか。ルーナはどこにいったのだろうか。
 アークと呼ばれた女性は、アレスのほうを見て微笑む。
 それだけでアレスは死んでしまいそうなくらいに小さくなってしまう。
「よく勉強せいよ。挑んでええ相手とよくない相手がおるからの。もちろん私には挑まんほうがいいと思うがの」
 ぶんぶんぶん、と擬音がつきそうなほどにアレスはうなずく。それを見てアークは満足そうにうなずき、そしてすぐに表情をなくす。
「二度とちょっかい出すんじゃないよ。次に何かしたらお主を砂に変えてしまうよ?ええかい?ええならとっとと消えな」
 アレスは、後ずさり、そのまま炎に包まれて消えてしまう。よほどあわてているのか緊張しているのか、一目散だった。
 残った俺にアークは優しい視線を向ける。
「オリスの残り香よ。お主はさらに強くなれる。願わくば、レッドムーンをもう一度…」
 そこまでいって、アークは黙ってしまう。俺は何も言えずに、ただ彼女のことを見ているだけだった。
「まあいいか。それでは魔力もなくなってきたし、戻るとするかの。ルーナの時もよろしくな」
 そう言うと、再びアークは黒い霧に包まれて今度はそこからルーナが出てくる。
「…ん、あれ?ヴェア」
 まるで今までのことなど知らないかのような表情である
「覚えてない?」
「いや、覚えてるよ。私とアークは同一の存在だから。魔力の許容量とか口調とか、思考が変わるだけで基本的な記憶とかのつくりは引き継ぐからね、大丈夫」
「そうか」
 破滅のアーク、オリス、聞きたいことはいろいろあった。しかし、なんともいえないこの疲労感が、それをどうでもよくさせてくる。
 結局夜まで森の後片付けをしていた。ルーナがそうしなければ気がすまないらしく。疲れている俺を駆り出してまで働かせたのだ。全ての工程が終わって、俺が焚き火の前に座っていると、ルーナがスープを入れてきた。
「この食器だけ、外で転がってた」
 その容器を受け取り、俺はスープを飲む。
「家、なくなっちゃった」
「ふもとの宿まで行くしかねーだろ」
「金もないよ」
「じゃあ仕方ないから野宿」
「…それは嫌だな」
「じゃあ異端者らしく盗るか」
「魔女は無意味に人に危害は加えないよ」
「じゃあどーする」
 ルーナのほうを見る。ルーナは座りこんで、笑顔で俺の顔を覗き込んでくる。
「とりあえず前に進めばなんとかなるよ」
「…そんな安直な」
「変かな」
 ルーナがそういうと、俺は身体を起こす。
「いや、前に進もう…んでもって、」
 手を夜空に掲げる。遠近法ではあるが、手の中に月がおさまっているようにも見える。
「レッドムーンを捕まえる」



MELTY KISS  to be continued...
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