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RED・MOON~2つ名狩りの魔女~第4章:囚われし者

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RED・MOON~2つ名狩りの魔女~第4章:囚われし者

 {初めに…
 この作品は東風の作品「MELTY KISS」の人狼側からの話です。
 よって、その作品と世界観が同じはずですが、稀に違うところもあるかもしれません。その時は温かい目で見過ごしてください…

 ……では、始まり始まり……

第4章:囚われし者



 《アンナマリア》
 珍しいオーム(グレーランドの外の人間)二人の来訪。と言うよりも捕縛に、《アンナマリア》内は今、大慌ての状態であった。
「はやはや。これは驚きましたねぇ~」
 シャローンが丸い眼鏡を押し上げながら笑みを浮かべて言っているその脇を、当番の生徒達が大急ぎで現れてはかわるがわる奥へ消える。ここは《アンナマリア》の大食堂。生徒、教師全員がここで食事を取る。広壮な造りにバロック様式の壁、高い天井には三つの巨大なシャンデリアが部屋を照らしている。食事の時間。ここはほとんど全員が集まるとあって、生徒達の雑談で賑わっているのだが、食事時以外はあまりにシーンと静まり返っている。のだが、そんなここは今、食事時でもないのに大変な賑わいを見せている。
 なにせほとんどの生徒・教師達がこの大食堂に集まっているのだ。彼女ら目的はご飯を食べることではなかった。シャローン達が立っている一つのテーブルの周りに間ができ、決して近づき過ぎないようにその中心にいる者達に好奇の視線を送り、互いに意見し合っているのだ。
「まったく、噂は一気に広まりましたね」
 そんな周囲の様子を見ながらシャローンの隣に立つアムネリスが、少し呆れ気味に言っている。彼女の視線は周囲を見渡した後、テーブルに座っている二人の様子を見て、さらに呆れた感のある溜め息をつく。
「これではまるで見世物です。授業もサボって…」
「まぁまぁ~。しかし…よくお食べになりますね」
 シャローンはおかしそうにクスクスと笑いながら、目の前で我武者羅に出されたお皿の上に乗る食べ物を競うように食べる二人に言った。口元をソースで汚しながらも拭おうともせず、マナーなどと言う言葉は一切に無視した食べ方をする者達。一人は純金でできているような髪の毛に、同色の瞳を持つ聖騎士レント。もう一人は黒い癖のある髪に褐色の肌。黄緑の瞳を持った同じく聖騎士のラルドックである。
 二人はシャローン達との戦闘に破れ、《アンナマリア》に連れてこられたのだ。そしてなぜか食事中である。
 なにせ彼らは首都を出発し、帝国の東部オスリル地方の砂漠を回り込まずに直進し越え、その先の荒野にある小さな村にたった一泊した後に約二日間グレーランドを越えるべく、文字通り飲まず食わず、ほとんど休むこともなく歩いてきたのだ。グレーランドを越え少し食事を取ったと言っても、後のシャローン達との戦闘などで疲労と同じぐらいに空腹であったのだ。
 彼らの前に出される料理は瞬く間に彼らの口に消え、空のお皿は塔となって重なり置かれている。当番の子達が半分泣きそうになりながら料理を運ぶが、追い付いていなかった。
「おい! ラル! テメー。それ、俺の!」
「ウルセー! 名前でも書いてあんのか? 早いもん勝ちだ!」
 モゴモゴと口を動かしながら言っている彼らだが、その手は休まることをしない。
「おいしいですか~?」
 シャローンは、口の中の物を流し込むようにグラスの水を飲んでいるレントに尋ねる。レントは「おう!」と親指を立て答える。すると、シャローンの笑みがスゥーっと冷たいものに変わる。
「それは良かったです。気に入ってもらえましたか~。人間の肉は」
 シャローンの冷ややかな言葉にレントと同じように隣のラルドックも動きを止め、顔の色が消えていくのがわかった。
「嘘ですよ~」
 そんな様子を楽しそうにシャローンは元の暖かな笑みを向け楽しげに言った。急にホッとしたせいで二人共、喉につっかえたらしく、同じように強く自分の胸を叩いた。
「ったく。人が悪いぜ」
 ようやく流し込めたラルドックが忌々しそうにシャローンを見る。
「そうだぜ。悪い冗談にも程がある」
 涙目のレントもラルドックに賛同する。
「だいたい。よくもまぁ、そんなに無警戒で食べられるわね。さっきまで『魔女は異端の証だ。成敗する』とか言ってたのに。その魔女から出された食事を…」
 アムネリスは彼女特有の挑発的な目を、さらに挑発的な光を持たせて彼らに言ったが、澄んだ黄金色のレントの視線を受けてドキリとしたように口をつぐんだ。彼の持つ黄金率に則った無駄のない美しい顔に加え、まるで無邪気な子供のような色を持つ彼に、上目遣いで見つめられ息を飲まない、そして恥ずかしさに顔を赤らめ視線を外さない女性はいなかった。
 が、アムネリスは顔を赤らめながらも、息を飲みながらも、視線は外さなかった。それは目を奪われたのではなく。先ほどまで戦っていた相手に対して、目があった、しいては睨みあいでこちらが先に視線を外すなど、彼女の負けん気が許さなかった。
「な、何よ…」
「メシを恵んでくれる奴らに悪い奴らはいねぇ」
「あんた。そのうち死ぬわよ」
「おいおい、照れるじゃねぇか。そんなに褒めるなっ!」
「むしろ死んでくれ」
 こいつバカだ。と隠す様子もなくアムネリスはレントに吐き捨てた。
「殺すつもりなら、先に殺してるだろ? いまさら何の毒を盛ろうってんだ? レントを落とす薬か?」
 お腹一杯と言った感じに背もたれにもたれかかっているラルドックは、アムネリスにからかう様に言う。言い返そうとアムネリスが口を開きかけた時、大食堂のいままで騒いでいた生徒達が一斉に口をつぐんだ。一瞬にして静寂とかした大食堂。その変化にラルドック達も気付いた。見れば、シャローンとアムネリスも一歩下がり、下を向いている。
 そして入口の扉からラルドック達のテーブルまで、生徒達は一本の道が開けられた。
「こんにちは。本当に騒がしくて申し訳ありません。許して下さいね。あなた方、特に殿方がここに来るには珍しいものなので」
 よく通る声が彼らを包みこむような感覚を与えながら耳に入ってきた。
 そこには車椅子に乗った一人の白髪に青い目をした老婆がいた。彼女の全身から出るオーラや、周囲の反応から彼女がここの一番偉い魔女であることは、ボォ~としているレントでもわかった。いや、仮に判断材料が前者だけであったとしても、容易にわかっただろう。それだけ彼女からは並々ならぬ物が感じ取れた。
 そしてその後ろには、半月型の眼鏡をかけた厳しい目つきの老女が車椅子を無言で押していた。
「私はここの主にして、この学校の校長のアンナマリア。アンナマリア・フローラです」
 車椅子の女。アンナマリアが「車椅子の上から失礼」と断ってから、礼儀正しく自己紹介をする。それにならって後ろの老女も短く「当校の教頭をしています。ダニア・ハロスです」と言った。
 ラルドックもレントも立ちあがると、相手の礼儀に最大限の礼儀を返すように頭を下げ、自己紹介をした。
「あなた方の手厚い歓迎に我々は感謝する」
 警戒を解かずに鋭い目つきでラルドックがアンナマリアを見る。既に自分達の武器は取り上げられているため飛びだすことはなかったが、もしこの場に彼の愛剣・テリトリーとフィールドがあったら、アンナマリアに向けて放っていてもおかしくないほどに、彼の気は張っていた。
 彼の様子にアンナマリアはなだめるように微笑む。
「満足していただけましたか?」
 その言葉に、レントは口元を拭ってから笑顔で頷く。
「そうですか。では大変お疲れでしょうが、まず、私どもとお話をいたしましょう」
「断ることはできんのだろ?」
 ラルドックとレントは別段抵抗するでもなく、アンナマリアのお誘いを受け入れた。ダニアに押され、来た道を引き返していくアンナマリアは生徒達に「戻りなさい」と言うと、今まで目を皿のようにして見ていた生徒達が、大人しくそれぞれに去っていく。残るのは教師。彼女らはラルドック達を囲むようにして立つと、アンナマリアの後を追う様に歩き始めた。


 レントらにより午後の授業がなくなったおかげで、大食堂から宿舎に戻る生徒達。
 その中にリアナ達もいた。ミディアス組の宿舎へと歩くリアナ達も周囲と同じようにレント達についてしゃべっている。
「奇麗な顔してたわね。あのオーム」
「そうだね」
 リアナの問いかけに隣を歩くルディアナもコクリと頷く。
「まるで本物の金でできてるみたいだったなぁ~…」
 ウットリとした感じにリアナはレントを思い出しながら、少しうらやましげに言う。
「そう? でも頭悪そうだったわよ。私は黒髪の方がタイプかな」
 ボンヤリとしていたリアナに後ろから追い付いてきた二人組みの女子の一人が言った。
 リアナに声をかけたおさげの髪の、いかにも図書館が似合いそうな子はクルタナ・ディストで、彼女の隣、背の小さいショートカットの髪に感情の感じられない冷たい目をした、大人しいと言うよりも暗いに近い感じの子がレイア・トラッシュ・エモシェンだ。レイアに関して補足をするのならば、彼女はミディアス組にいながら、他よりも幼く見えるが、これはルディアナのように単なる発達不足ではなく、単純に彼女は珍しいパルアス組からの飛び級者だからだ。
「わ、私はそんなことを言ってるんじゃないわよ!」
「はいはい。でも、まぁ、オームがこんなとこまで来るなんて、驚きよね。何の用かしら? レイア。あんななんか知ってる?」
 クルタナの独りごとに近い言葉の最後に向けられた問いに、隣のレイアは静かに「知らない」。とただそう一言いうのみであった。
「前に、室長が言ってた特別房に関係あるのかしらね?」
 誰に聞かれるでもなく、リアナは少し不安そうに言う。
「あぁら。無い頭を使ってらっしゃるの?」
 背後から聞こえてくる嫌味な声に、振り向くこともなくリアナは嫌な顔をした。見なくてもわかる、ブロンドの髪に突き刺すような目、数人の取り巻きを連れる女。カテリーナである。
「でも無駄じゃないの? 元々、頭の中が筋肉でできてそうなあなたじゃ、いくら考えたってわかりっこなくてよ」
「ああ? 相変わらず喧嘩売ってくれるじゃない」
 ヤクザばりのメンチの切り方でリアナは振り返る。
「まぁ、怖い顔ですわ。でも酷い顔が少しはマシになってるじゃないの」
 完全に怒りマークが見えるんじゃないかと思えるくらいに怒っているリアナを、ルディアナが袖を懸命に引っ張り押さえていた。
 何もしてこないと見るとカテリーナは、少し鋭い目を細め蔑みの光を込めて、リアナ、そしてルディアナを見てからその脇を歩き、去っていった。
「ガー! あの女許せん!」
 姿が見えなくなってからリアナは叫んでいた。
「関わらない方がいいよ~。絶対。カテリーナはリアナを怒らせて楽しんでるんだから」
 リアナの様子にルディアナが見上げながら少し舌足らずに言う。
「ルディ! あなたはなんでそんなに呑気にいられるのよ。あの女は私達をバカにしてるのよ! 何様? 俺様? 意味わかんない」
「だって、私は…仕方ないよ~。失敗ばかりするし、体も小さいし…リアナみたいに優れた魔女でもないから。バカにされて当然だよ」
「あぁ~。ルディ。なんでそんなこと言うの? 先生が言ってたじゃない。魔女は急に魔力が高まる時期があるって。あなたはそれが少し遅いだけよ。すぐにあなたも、私達に追いつけるわ」
 下を向き泣きそうになっているルディアナに、リアナはしゃがみこみ視線を合わせると頭を撫でながら優しく言った。
「まぁ、カテリーナはルディやリアナだけじゃなくて、みんなに対してああだからね。きっと万年生理不順なのよ。だからいつもイライラしてるのね。きっと」
 リアナ達の隣で笑いながらクルタナが、そばのレイアに同意を求めるが完全に興味がないと言った感じに、「そうかも」と一言返されただけであった。同意を求める相手を間違えた。
「それでなくても、リアナ。あなたはカテリーナの目の上のたんこぶだしね。〝万能〟と呼ばれるクラス一番のカテリーナが、唯一、実戦学であなたにだけ勝てないんだから。それがなきゃ、彼女はマグアス組に飛んでるわけだし」
 クルタナはレイアに向けていた視線を元の二人に戻しながら言う。レイアはコクリと頷いている。今回は感情はこもってはいないが、否定のない純粋な同意であった。
 クルタナの言葉で、リアナは思い出したように、そして悔しがるように崩れ落ちた。
「そうだった~。午後の実戦学の授業。せっかく、あの女をボコボコにしてやろうと思ってたのに~。なんで休講なのよ。今からジルベルト先生に言って、それだけやってもらおうかしら」
 ムクッと起き上がり来た道を戻ろうとするリアナをクルタナが呆れながら襟首を掴み、止めた。
「コラコラ。止めなさ~い。明日もあるでしょうが。明日、彼女をボコボコにすればいいでしょ」
「何言ってるのよ! 明日はボコボコボコにするのよ」
「わー。ボコが一個増えてる~。そしてリアナさんの顔が怖いよ~」
 指の関節を鳴らしながら言うリアナの顔は、凶暴の一言に尽きた。ルディアナが思わず一歩下がったほどであった。そんな彼女にクルタナは百二十%の苦笑いを向けて言うのであった。
 そんな時、ルディアナが寒気を感じたかように背を伸ばすと、急に後ろを振り返る。
「誰?」
 ルディアナの行動に全員の視線がほとんど生徒がいなくなった廊下の突き当たりの壁に向く。が、そこには何もない。ただ、ルディアナのみが感じ取れる物があるかのように、彼女はジッと見つめ、そしてもう一度「誰?」と言った。
「ルディ。どうしたのよ? 誰もいないわよ」
 リアナが首をかしげながら尋ねる。
「ちょっと、ルディ。怖いこと言わないでよ」
 クルタナは少し顔を顰めて言う。レイアは相変わらず無表情。
 一方、ルディアナは答えることなく、穴があくほど見つめている。そして三回目の強い口調で「誰?」と言うと、今回は答えが返ってくる。
「いやはや…唐突に『誰?』とは不躾だ」
 角から現れるのは声の主に一同の顔付が一瞬にして引き締まる。その声は太く、低い声だ。つまり男の声であった。黒い髪のその男は決して若くない歳であろう。顔はわりと整っているが、目を向くのは顔付ではなく、彼の目元に巻かれた布だろう。まるで目隠ししているように巻かれている。
「マティレス。なぜここにいるんです? ここはあなたの行動許可範囲外のはずです」
 クルタナが少し厳しい口調で言うが、マティレスと呼ばれる男はまったく反省の色を見せることはない。四人の敵意にも似た視線を受けているにも関わらず、彼は悠然と薄ら笑みを浮かべさえいた。
「失礼。お嬢さん方。少し捜し物をしに歩いていたのだが、迷ってしまったようだ。何せ、目が、不自由なものでね」
 マティレスは目元に巻かれている布に手を置き言った。
 このマティレスと言う男は、ほぼ例外的な《アンナマリア》の客人であった。マティレスとは本名ではなく、彼は一切の自分の事情を話さず、常に目に布を巻いていることから彼は自らを〈目無し(マティレス)〉と称したことから、彼の事を皆そう呼んでいた。
「早くここから出ていって! でないと、先生を呼ぶわよ」
 勇ましくリアナが言うが、マティレスは軽く手を上げるだけ。
「今、先生方は珍しい来訪者への対応で大変なのだろう? 人間の男が二人…だろ。臭いでわかる」
 牙を剥くような笑みを見せると、マティレスは「心配するな」と一言残し、そのまま宿舎とは逆方向へと歩いていった。
 マティレスが去るのを見送った直後、クルタナが大きな安堵のため息をついた。肺の空気が全部なくなるのではないかと思うそれをしたのは、クルタナだけではなく。レイア以外の二人も同じであった。
「ビックリしたねぇ~。あの人、なんか怖い」
 ルディアナが少し顔を青ざめながら言うのに、皆首肯する。
「変にお化けより怖いわよ。見た? あの笑み」
 げんなりしながら言うクルタナに、リアナは頷く。
「ホントね。なんて凶悪な笑みかしらね。いくら味方になっているとはいえ、やっぱり人狼にかわりないわ。早く私達も帰りましょう」
 冷や汗をかきながら、運が悪かったなどと言いながら四人は宿舎へと歩いていった。


 レントとラルドックは塔の一番高いサンルーフへと連れてこられていた。昼間は暖かな陽気が差し込むそこだが、今は太陽が沈み満点の星や月明かりが降り注いでいる。そこには柱ごとに灯された光のおかげで暗いといった印象は一切受けない。
 彼らは一緒に来た先生達に完全に囲まれる形で座らされている。
「そんなにかしこまらくてもいいですよ。少しお話を聞きたいだけですから」
 やんわりとした声でアンナマリアは座っている彼らに言う。
「通りすがりの俺らから何を聞きたいというんだ?」
 ラルドックはアンナマリアに突っかかるように言いながら、それとなく自分達の周りに立つ女性達を見る。シャローンやアムネリス、ダニアはもちろん、他にも暗い日傘を持つ者や感情のない冷たい目を持った者など十人以上はいるだろう。彼女達の目は一斉に、各々の感情を込めながら二人を見ている。
「シャローン先生から聞きましたが、〈聖騎士〉と呼ばれる方々らしいですね? 聞くところによると魔女討伐を行っているそうですね」
「魔女と言っても、国民の命を脅かす異端者を討伐するのが目的だ。つまり、魔女を討伐すると言うよりも、我々は世界の治安の維持と、生命の保護に重きを置いて活動している」
 アンナマリアの問いに、ラルドックはレントが口を開く前に言った。こういった時には、レントのバカ正直はしゃべらせない事に限るのだ。彼の言葉を周りの魔女が信じたとは到底思えなかった。実際、彼女達の目は疑惑と猜疑の光が籠っているのを感じられた。それでも、訂正するつもりもなく、目の前のアンナマリアを見つめる。
 アンナマリアはラルドックの視線を受け、微笑んでからゆっくりと頷いて「そうですか」と視線を外す。
 その様子や対応、口調はまるで全てを見透かしながらも理解する親のような物があり、ラルドックの心に罪悪感を抱かせるほどだった。
「ここはあなた方の世界とは少し違います。ここは私達の土地です。治安の維持も生命の保護も結構ですよ」
「お言葉だが、アンナマリア。我々、聖騎士は全ての土地に足を踏み入れる権利を持っている。ここローライズ山脈も帝国領であり、我々の権利も有効である。つまりここだって帝国領内だ」
「そうだそうだ。税金を払え!」
 ラルドックの言葉に相の手を入れるように、レントが片手を口元に持っていき叫んだ。お前は黙ってろよ。と言いたげに、ラルドックがレントに視線を持っていくと、彼は真っ直ぐ彼を見つめ「安心しろ。俺だけはいつだってお前の味方だぜ!」とでも言うかのように、ゆっくりと、そして深々と頷いていた。
「その聖騎士さんが、どうしてこのような地に? 私達は静かに暮らしていますよ」
 アンナマリアは仕切りなおすように問いかける。
「ここで魔女達が集まっているという情報を得て、我々は偵察のために馳せ参じた。なにぶん、このような辺鄙な場所だ。なにか算段を立てられても分かりづらいのでな。あくまでも平和のために…」
 ラルドックは一切の動揺も見せることもなく、いたって堂々と彼女らに話した。心配していた途中でシャローンや、アムネリスが話に抗議をしてくるのではないかと危惧していたが、彼女達は一切何も言わず、ただ立ち彼の話に耳を傾けていた。
「この辺鄙な場所は見つけにくいでしょう。だからここに来る者は少ない。この場所を知っている者でない限り、グレーランドを越えてなど来ません。どこで、この場所の情報を?」
 ラルドックはアンナマリアの問いに詰まる。と言うのも、ここに来たのはレントが案内したからで、そのレントの情報源と言うのも彼の夢に見た。という何の根拠もない理由なのだ。半分騙されたように連れてこられたラルドックは、その問いにどう答えるべきか思案すると、ついにあの男が口を開いた。
「神のお告げさ!」
 首を傾げているアンナマリアにレントは生き生きした目で続ける。
「俺達は〝聖騎士〟だぜ。聖都・セリスタルに総本山を置く聖なる騎士。それが俺達だ。天啓の一つや二つあるのさ!」
 神という単語に数人の魔女達が笑いをふきだすが、ダニアの咳払い一つですぐにその笑いは止んだ。
「おいおい。笑ってられるのも今の内だ。俺達はお前ら異端者を討伐に来たんだからな~!」
 勢いよく立ちあがるレントは、今まで自分が一生懸命オブラートに包んできた発言をぶち破られてしまい頭を抱えるラルドックに、「俺が代わりに言ってやったから!」と彼の気も知れず親指を立てている。
 一方の魔女達は驚いている者や、軽蔑の眼差しを向けている者など、様々な反応があったが、そのほとんどは無反応であった。
「私達を殺しに来たと言うことですね。しかし、武器を取られ、どのように?」
 少し目を細め、子供をあやす様に言うアンナマリア。
「それは、これから考える!」
 威勢よく胸を張り言うレントにもう、ラルドックは口を挟むことさえ諦めた。
「しかし…その前に、私達があなた方を殺してしまうかも…」
「そりゃぁ、ないな」
「なぜ? と聞いても?」
「あんたは俺を殺さない……絶対に。もし俺が死ぬのなら。俺はこうしてここにはいないからだ」
 よくわからない言葉を自信満々、自信過剰に言い張るレントに周囲の空気はしばらく静まり返る。しかしそれを破ったのは他でもないアンナマリアであった。彼女が愉快そうに笑ったのだ。これは珍しかったらしく、ダニアですら少し驚いた顔をした。
「フフフ……失礼。あなたはとても面白い方なのですね。そして不思議な力を秘めています。その通り。私は、あなた方を殺さない。その必要もなさそうなので」
 柔和な顔で微笑んだアンナマリアは車椅子でバックした。
「しかし、許してほしいのですが、今ここはとても厄介なことを抱えております。あなた方を外まですぐにお送りできないのです。準備ができましたら送りまします。それまで、ここに客人として滞在していただきます」
 そう言って、アンナマリアはそのまま彼らの返事も聞かずに奥へ行ってしまった。
「お部屋へ、案内しますよ~」
 各々に散らばっていく魔女達の中で近づいてきたのは、シャローンであった。二人は彼女に連れられ部屋を出た。


 連れてかれた部屋は石造りの簡素な部屋であった。窓が一つ、そして何の装飾もない所にベッドが二つと机が一つある。広さ的には大の成人男性が二人寝泊まりするぐらいには丁度ではないだろうか。ベッドも手入れは行き届いているらしく、まっ白なシーツが敷かれている。
「客人か。俺らはまったく眼中にないって感じだな」
「いいじゃねぇの。牢にぶち込まれるよりはマシだぜ」
 二人はそれぞれのベッドに腰をおろし、ラルドックはマントを脱ぎ、レントは靴を脱ぎながら言う。
「まぁ、自由がきくと言うのはありがたいな。監視はつくだろうが、対策を練れる」
 レントはラルドックの言葉にベッドに大の字になりながら、「そうそう」と気のない同意を示した。
「しかし、当分は大人しくしておくか」
 そんなレントを横目で見ながらラルドックは思案しながら言う。
「なぁ、ラル…」
「ああ、レント。お前が言いたいこともわかる。だが、今騒ぎを起こせば、俺達は勝ち目がない。一人でもあの戦力だ。それが、見ただろ? あの人数。一度には無理だ。機を待つしかない」
「こうも女ばっかだと、ムラムラしてくるよな!」
「……もう、お前に真面目な考えを求めない!」
 いじけたようにラルドックは自分のベッドに寝転がる。自分のベッドに寝転がる二人に眠気が来るのはすぐの事だ。ウツラウツラ仕掛けていた時であった。
『………』
「うおっい!」
 レントが驚いたように跳ね起きた。その声にラルドックも同じような声を上げて起き上がる。
「うおーい。ビックリしたー! なんだよ?」
「…呼んだ?」
「なに頓珍漢なこと言ってんだよ。疲れてん…」
『おーい。聞こえるかい?』
「「えっ!」」
 二人ともビクッと体をビクつかせ立ちあがる。
「どこだ? ってか誰だ?」
 レントは周囲を見渡しながら言ったが、見えるのは壁ぐらいだ。石の壁は厚く、こんなハッキリと隣の部屋でも声が聞こえたりはしないだろう。
『おー! 返事が返ってきた~! この波長具合からすると…君達は普通の人間か。こんにちは』
 それは頭の中から聞こえてきた言葉であった。まるで湧きあがってくるような男の声だ。レントは同じように意味がわからないと言った顔をしているラルドックと互いに見合わせ、返事をするのも忘れていた。
『おや? 返事がないな? 〈こんにちは〉は違ったかい? こんばんは? それともおはようかな? どうもここにいると時間がわからなくてね』
 陽気に声は聞こえてくる。
「お前は誰だ? どこから話している?」
 口を開いたのはラルドックである。返答はすぐに帰ってくる。
『私かい? そうだな。名乗るほどのもんでもないが、私に名称がほしいのならグリフォスと呼んでくれ。そしてここはどこか? それは私も正確には知らない』
「謎(グリフォス)? まあ、いい。正確な位置がわからないとはどういう意味だ」
『私はここに幽閉されているんだよ。ここは窓もないからね。わかっているのはここは君達がいる所と同じ《アンナマリア》。ということぐらいだ』
「なぜ幽閉されているんだ?」
『君は質問が多いね。だが、それは当然だよ。私は人狼だからね。魔女は人狼が嫌いなんだよ。ついでに質問される前に説明しておくと、私は捕らえた波に自分の破長をリンクさせられるんだよ。だから、こうして話しができるわけ。でも、魔女達は最近話しかけても答えてくれないんだよ。話し相手がいないと寂しくてね』
「あんた、人狼なのか?」
 そう聞いたのはレントであった。好奇心が身から溢れている。魔女に会い、魔法を実感したことだけでも珍しい体験であるのに、この期に及んでさらに〝人狼〟を名乗る男の声が聞こえてくるとは、レント、いやラルドックにとってもここまで濃密な体験は無かった。
 グリフォスは何のためらいもなく「そうだ」と答えた。
「ちなみに今は、今晩は。だぞ」
『おお! そうか。教えてくれてありがとう。もしかして、眠る前だったかな? そうだったら失礼したね。じゃぁ、今日はこれで失礼するかな。人の声が聞けて良かったよ。また話し相手になってくれ。囚われた者同士仲良くしようではないか』
 そう言ったきりグリフォスの声は聞こえなくなった。
「人狼が…ここに?」
「アンナマリアは今、厄介なことを抱えていると言った。もしかするとグリフォスが関わっているかもな。そして俺達のチャンスもそこにあるかもしれない。調べてみる必要があるな」
 二人はいきなりの事をフル回転で整理しながら、今後の事を考え語り、そして明日に向けて泥のように眠った。


 シャシャが帰って来た時、丁度アポロが出かける用意をしていた。
「何してるの?」
「おぉ~。小娘! 戻ったのか。いい所に来たな」
 アポロはいろいろとリュックに入れている最中で手を止め、シャシャとダースを手招きした。
「兄貴、どこか行くのか?」
「ん? まぁな。主に頼まれて少しな」
「ついにオリスも厄介払いする気になったのね。よかった」
「そうだな。いつまでも戦力ならない奴は早くここから追い出した方が…って、おい! 誰が厄介者だ! 任務だよ」
 シャシャの素っ気ない言葉に、華麗にノリ突っ込みを決めたアポロは、若干傷ついた感じにリュックにまた詰め始めた。その様子にシャシャは誰にも、そして自分にも分らないほど小さく笑う。アポロはオリスにシャシャの世話係を任せられている。よって、彼女にとってはどの人狼達よりも接している時間が長い。それに加えアポロは接しやすい性格をし、兄貴風を吹かせてくることからシャシャにとっては――彼女は認めないであろうが――アポロは兄のような存在なのだ。ほとんどの人狼達とは群れず、オリスの事以外はほとんど気を示さない彼女が、アポロにだけは軽口を言うのはそういった理由からである。
「で? どれだけ遠くに遠足に行くの? そんな大きなリュックを持って」
 シャシャが尋ねるのは無理もなかった。その巨大なリュックは持つアポロよりも大きい。背負ったら、後ろから見ればリュックに足が生えているようにしか見えないほどである。パンパンに詰め込んである中にアポロはさらに強引に押しこめている。
「だから、遠足じゃねぇって言ってるだろ。任務だよ。マーブル達がエンシャロムのエアロと連絡を取ってるからな。俺らも用意をするのさ」
「ふ~ん。マーブルさんはいないのか。そう言えばコロンさんは?」
 ダースの言葉にアポロは顔を顰める。
「あいつは命令も待たずにマーブル達の所に向かった。マーブルが怒るのが目に浮かぶよ。邪魔しなければいいが…と、そんなことよりも、だ。小娘。主からの試練だとよ」
 アポロは話を変えたが、オリスの言葉なので二人は素直に聞く。
「決闘だとよ。一対一の」
「「決闘?」」
「ああ。俺がセコンドを務めたいが、見ての通り任務だ。だから、ルックに頼んでおいた。あいつならお前の戦い方をうまく引き出せるだろう。ダースも手を貸してやれ」
「別にいいけど……相手は誰なんだい?」
 ダースの当然の問いに、アポロは「ああ」と言いづらそうに頬を掻いていると、後ろからアポロを呼ぶ声が聞こえてきた。
「ちょっと、アポロさん! 用意にどれだけ時間かけてるんですか! 女子か?」
 若い男が軽く荷物を持って来た。アポロはこれ幸いと、リュックを背負いその男の方へ走っていく。
「まぁ、ルックに聞いてくれればいいから」
 そう言って、アポロはリュックを持って走ってく。
「ちょ! アポロさん。夜逃げでもするんですか? どんだけ荷物を持っていくんです? すでにそれは人が殺せる域ですよ」
 やはり驚愕する男と共に、アポロ達は去っていった。
「なんだよ。兄貴」
「まぁ、戦う時になればわかるでしょ」
 シャシャ達はアポロ達を見送り、奥へと進んで行った。


 二人はオリスの造った森を歩く。木々の立ち並ぶあちこちで火が起こされ、人狼達が話し笑ったり、眠ったり、各々なことをしていた。その中にルックもいた。
 ルックはシャシャ達を見つけると駆け寄ってきた。
 ルック・ブラッシェ・ワーズワース。美しいブロンドの短髪に突き刺すような目をした彼は、二人に近づき笑みを見せる。
「よう! シャシャ。俺はお前のセコンドになったから、よろしくな」
 ルックはシャシャに手を差し伸べるが、シャシャは無視し「よろしく」と言うだけだ。その目は、セコンドなんかいらない。と言っているが、ルックはまったく気にする風もない。いたたまれなくなったダースが差し出されているルックの手を掴み握手した。
「お前は今から決闘をする。今からと言っても、これはお前の準備が整い次第の意味だ。相手はいつでもお前の挑戦を受けるってよ」
「相手ってのは誰だ?」
「私だ」
 ダースの問いに答えたのはルックではない別の声。その声の主の方へ視線を向ける三人の目に、鋭い黄色い瞳が入ってくる。
「ガルボさん?」
 思わず素っ頓狂な声を上げたのはダースである。
「私が、お前の対戦相手だ」
 既にシャシャに敵意を向けるガルボは、牙をむくように笑みを見せる。
「どーいうことだよ! 何がどうなってガルボさんがシャシャの対戦相手なんだよ! おかしいだろうが」
 実際戦うシャシャはいたって冷静なのに対し、傍にいるダースの方はルックの襟首を掴んで強引に揺らしながら叫んでいた。
「嘘だろ! 嘘だって言ってくれよ」
「ダース。俺だってウソって言いてぇよ~! でもな…紛れもない事実なんだよ」
 演技じみたセリフを吐きながら、ルックはダースの手から離れる。
「冗談はここまでにしといて、ガルボさんが対戦相手なのは変わらん。と言うのも、シャシャ。これは大神からのお前のための試練だ」
「私のため?」
「これは俺達、アルタニスや人狼達にお前を認めさせるための試練だ。お前を面白く思ってない奴らでも、もしガルボさんに勝たないまでも、同等の戦いを見せれば認めざるえないからな」
 なるほど。とシャシャは頷く。つまりこの大事な時期に、私一人のせいで連帯が取れなくなっては面倒だから、今の内に他を黙らせておけ。と言うことだと彼女は理解した。そして思わず笑みが零れる。どの道、誰よりも強くなろうとしている彼女にとって、相手が誰であろうと臆することはない。
 相手はアルタニスの中でも一目置かれるガルボならば、相手にとって不足はない。充分過ぎる踏み台であった。
「よし、じゃあ、さっさと特訓だ!」
 まだ納得のいかないダースを余所にルックはシャシャに口を開くが、シャシャの目のぎらつきは、笑みはそれを拒否していた。
「特訓? 何をバカなことを? 私がここにいて、相手が目の前にいる。戦わない理由がない」
 彼女の言葉にダースとルックは言葉に詰まった。周囲が騒然となった。そしてガルボはこれ以上にないほどに凶悪に笑む。
「魔女風情が。面白い」
「だー! ガルボさん。冗談です。これはシャシャなりの挨拶で…」
 取り繕うとするダースをシャシャは押しのける。彼女もまたゾッとするような笑みをしていた。ルックは大きくため息を吐く。
「わかった。シャシャ。でもいいか。ガルボさんは速攻型の人だ。攻撃に焦るな。まずは相手の初撃を躱す事だけに神経を…っておい!」
 ルックの助言も一切聞かない。
 いつの間にか、ガルボとシャシャの周りには多くの人狼達が集まり輪になっていた。こうなっては戦うしかないだろう。ダースも止めに入ることはしないが、不安そうな視線をルックの隣でしている。
「始まりの合図は?」
「好きにしろ。貴様の攻撃意識を私に向けた時が始まりだ」
 このガルボの余裕はシャシャのに癇に障った。ガルボは魔女を嫌っている。シャシャの事も快く思っていない。手加減をする人間ではない。この余裕は見下している。完全に間合い外であるはずのこの距離でなお、魔法の方が有利であるこの対面位置でなおその余裕の顔、目。シャシャはその目が大嫌いだった。
「平伏してやる…」
「……ん?」
 シャシャの言葉に後ろで見ていたダースとルックが首をかしげる。
「平伏してやる? させてやる……シャシャ、平伏させてやる。じゃないか?」
こっそりとシャシャに訂正する。
「あんたのその余裕に平伏してやるさ!」
 少し顔を赤らめ、さりげなく誤魔化そうとするシャシャであった。
彼女の恥ずかしさと怒りが彼女の魔力を高めていく、彼女の赤い瞳がよりギラギラと輝き始める。血に飢えた獣のように……
「狂おしき嫉(アイヴィー・インヴィ)……」
 ガルボは言った通り、彼女が動くまで全く動かなかった。そして彼女は凶悪に魔法の名を叫ぶが、同時に目を瞑ってしまいそうなほどの衝突音が響く。
 彼女が名を呼ぶ途中で、ガルボが彼女へ近づき顔を鷲掴み地面に叩きつけていた。容赦のない一撃。彼女は一切、対応ができなかった、反応ができなかった。否、自分の頭が地面に叩きつけられたことすら気付いてない。彼女にはガルボが消えたとしか見えなかっただろう。
 シャシャは浮かび上がる手足を痙攣させ、そのまま力なく落ちた。
 周囲にいた者達は呆気ない幕引きに、興醒めと言わんばかりに去っていく。ダースは空いた口が塞がらない状態で、ルックは「まぁ、初めはこんなもんだろ」とボヤキながら頭を掻いている。
「真っ直ぐすら避けれんとはな。生意気な小娘が…出直してこい!」
 手をどかし、グッタリと意識を失っているシャシャに吐き捨てるように鋭い口調で言った。
「ルック。ダース」
「「はい!」」
「早く手当てしてやれ」
 そう一言いうと、ガルボは音も立てずに去っていく。
 一戦目。それはガルボの圧勝であった。彼は人狼にもなることもなく、二つ名狩りの魔女を圧倒したのであった。
 これこそが、アルタニス“最速”の男。
“ガルボ・ウェーロー・キタース”その人である。
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