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Suffering of Paladin

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Suffering of Paladin … part1

 この作品は、「MELTY KISS」及び籠龍の作品「REDMOON」と世界観を共にした作品です。
思いっきり番外編なのでよしなに。

-Part 1- Clare rouge

 人は、常に心の中に神を携えている。
不運に見舞われた時にはその神を恨み、幸運に恵まれたときには神に感謝する。
悲しき時には神に祈り、迷った時には神に求める。
私もそうだ。神とは心であり、理性であり誇りだ。
私はそのためにまっすぐ生きることを近い、聖騎士になることを選んだ。


「この度、聖騎士第三隊に配属されました、クレア・ルージュです」
 先輩聖騎士の前に立ち、敬礼をする。今日、この時から私の神に仕える。異端者を捕える強力な人間の中のエリート、聖騎士として。
 女性の聖騎士は初めてらしく、まだ女性の体型に合った銀鎧が作られていないため、しばらくは革で固められた胸当てで我慢しなければならないが、私の腰にある獲物は、正式に聖都から受け渡されたものだ。それだけで気持ちが高ぶってくる。
「へっえええ? 女ぁ? すげえな、初めて見たぜ。でもなんで俺たちの班に配属されたの?」
 一番存在感の大きい男が前に出てぶしつけに私を眺める。後ろにいる、分厚い本を読んでいる青年もこちらを見ているが、彼はまだ紳士的に対応してくれている。
「そりゃ、スタルタスさんが前の調査でやられちゃいましたし。ヴェアさんなんか異端者になっちゃったんですよ? 今や聖騎士内ではこの第三班の評判はめちゃくちゃ悪いですよ」
「はあ? そりゃエリート揃いの第一班はともかく、第二班のレントとか第四班のジークとかよりも悪いのか?」
 本を持った青年が嘆息しながらうなずく。私はその話を聞きながら、大丈夫なのかと感じてしまう。
「貴方の言いたいことはわかりますが…まあとにかく、今は新しい聖騎士を迎えましょうよ」
「んっ…そうだな! えーと、クレアっつったか。よろしくな! 俺の名前はハウンド。ハウンド・ジャッジメントだ」
 手を出してきたので、一応はそれに応じる。荒っぽい握手の後、彼は少し体をそらして奥にいる青年を見る。その視線につられたかのようにして青年は手にしていた本を閉じ、こちらに向く。
「僕はマタギ・シェイレンといいます。よろしくお願いします、クレア・ルージュさん」
 こちらはなかなか普通の青年のようだ。聖騎士というと一般人では通用できないほどの力とともにその性格も筋金入りの曲者ばかりという噂だったが、そうでもないらしい。
「はい。今日からよろしくお願いします…それで他の聖騎士の方は?」
 周囲を見回しながら尋ねるが、マタギもハウンドも困ったように笑うだけだ。
「実は、この前とある任務で来たの方に行ったんですよ。そこで氷の魔女と戦ったときに、皆全滅しちゃいましてねー。今は療養中です。まあ命があっただけでも儲けものの仕事だったので大きなことは言えないんですけど」
 マタギが笑いながら答えるが、ハウンドは悔しそうに足をふみならしている。
「あれは俺は負けたんじゃねえ。ちょっとふもとの町でかき氷食い忘れてたからそれが気になってただけだ」
「はあ…? でも、北っていうと、ロシアナ地方ですか? あそこはかなり寒いって聞きましたけど大丈夫なんですか?」
 マタギは答えずにハウンドを見る。ハウンドは、突然あらぬ方向を見ながらなにかよくわからない計算を始めている。どうやら答えにくいことだったようだ。
「とりあえず、最初はまだ動ける聖騎士についていって、その人たちと一緒に仕事をしてもらえるかな」
 マタギが剣を腰に提げ、分厚い本を抱える。ハウンドもその場で準備運動を始め、どこかに出かける様子だ。
どうやらこの二人とは違う仕事のようだ。しかし、どんな仕事であれ神の下に、こなしていくだけだ。
「はい、よろしくお願いします」


 バグラチオン帝国。広大な土地を有した国であり、私たちの生活を支えている、偉大なる神を抱きし国である。
北部には絶対氷壁とまで呼ばれた極寒のエイレヌム氷山群を構えたロシアナ地方、東部には活火山地帯グレーランドのあるオスリル地方、南は温暖な気候と豊かな自然や海に恵まれたラリアス地方。そして西部はその大部分を高大なジャンバルキア森林地帯によって包まれたフランシス地方。この帝国バグラチオンは、過酷ながらも多くの環境と自然に恵まれた風土の中で強い力を培った歴史ある大国である。
 もちろん、北部に氷山、東部に活火山という環境は、考えるべくもなく人の生活圏内を西部と南部へと選りわけた。そのそのせいか、北部と東部には人の立ち入らない奇妙な伝承も多く、特に北東部に存在する巨大な神殿は、神の座す地とも、大魔女と禍の月が争った場であるとも言われている。
「クレアっつったか? とりあえず今回の任務はな…なに、それほど難しいもんじゃねえ」
 あの後紹介された、キエルという聖騎士が屈伸しながらこちらを見ている。私の緊張が伝わったのだろうか。やはり先輩として、ベテランの聖騎士たる貫禄がある人なのだろうか。
「何言ってるんだ。めんどくさいことには変わりないさ。いつもの通りなんだからさ」
 もう一人、新入りの私のサポートをするということで今回の任に就いている。こちらは線の薄い輪郭をしており、温室育ちのような虚弱さを感じる。名をスールという。
「クレアさん。今回の任務は、まあ新入りいびりってわけじゃあないんだけど、初めて聖騎士になった人にはいつもやらせてる任務なんだよ」
「はあ…いつも、ですか」
 私はまだよく理解できないままについていく。聖騎士ということで武装の許可も貰っている。しかし、彼らの武装はなんとも豪華で豪快、重厚な武装であった。
 キエルのほうは背中に剣を二本掛けており、太もも仕込みの中程度の剣がそれぞれ一本。右腰に片刃の剣を一本提げている。
 また、スールの方は、得物は一本だけであるが、なんとも幅の広い剣だ。まさに大剣という表現が似つかわしい。鋭い刃先で切る、というよりもその重さでたたっ切る、押しつぶすという表現が合いそうである。
「なに、これから聖騎士として仕事していくんだ。こんな仕事ばっかりだ、っていうことを分かってくれないとな」
「騒ぎとか争いになったりするんですか?」
 私は少し聞いてみる。しかし、キエルはにやにやと微笑み、そしてスールはにっこりと笑う。
「逆に、騒ぎにはしないかな? あんまり僕たちの仕事を嗅ぎつけられても困るし」
「そうですか、よかった」
 戦闘は極力避けたい。もちろん聖騎士になるだけの力量はつけてきたつもりだが、神の前では何人も等しい存在の私たちが殺し合いなど悲しくなる。
「ただ――」そう思った瞬間、スールが言葉を続ける。
「――争いにはなるかな。なにせ敵はかの異端者サマだからね」


 聖騎士は主に、帝都バグラチアから離れた聖都セリスタルの教会本部に身を預けている。セリスタルは、聖都と呼ばれるだけあり各地に散らばる信仰を定める総本山のような場所である。
 教会――本来はもっと長い名があるのだが、通例として公式の場でもこの呼び名の方が多く使われているのだ――の頂点に君臨するのは、まだ若干十二歳の幼い少女だ。人は、彼女を神より零れし命と呼び、崇めている。
 私はキエルとスールの後を追ってセリスタルの大通りを歩く。もともとが北部ロシアナ地方の生まれであるので、この聖都の賑わいや規格の大きさには脱帽してしまうこともしばしばある。
「んで? 今日はどこだい?」
「ほれ。ここんとこだよ。ま、教会にしてみれば立派な異端だね」
 ス―ルがキエルに紙を渡す。私はいまいち話がわからずにいたが、どうやら話の流れから察するに邪教徒を捕えに行くという内容のようだ。
「クレアさん」
 スールが突然振り返る。いきなりだったので、私は返事もできずに、体をびくりと震わせて立ち止まる。
「ああ、ごめんごめん。驚かせたか」
「い、いえ…すみません」
 スールなりにこちらに気を使ったようだ。それが感じられてとてもありがたい。
「今から、ちょっと荒っぽいところに行くけど、クレアはまだ聖騎士用の装備が整ってないんだよね。もし厳しい戦いになったら端で見てくれればいいから」
「あ、いえ大丈夫です。一応コレも携帯許可は得ているので、ある程度の荒事でも対応できます」
 私は右腰の得物を見せる。この辺りだとそれほど普及していないかもしれない。しかし、スールはそれを見るとそれ以上の追及をやめた。
 たどり着いたのは、明らかに豪華な屋敷だった。おそらくどこかの貴族か、商人か。もしかしたら政治的な要人かもしれない。それほどまでに豪華なところだった。
「ここかい。また、偉くいいとこじゃねえか」
「財力さえあれば余計なことしあくてにいのにねえ。ま、とりあえず行こうか?」
 その屋敷の大きな門の前に立って二人は話している。どうやらここに目的の連中がいるようだ。
「あの、いいですか? 今回のその…標的っていうのはどんな人なんですか? まだ何も聞いてないんで」
 思い切って口を開くと、キエルはスールの方を見る。スールはその視線を受けながら、私の方へと一歩踏み出し説明を始める。
「まあ、完結に言っちゃうとここの屋敷に住んでいる商人は『異端者』なんだよね」
 いきなりの任務で面喰らっていたが、異端者という言葉には鋭く反応する。神を冒涜し、貶め、蔑み、嘲笑う背徳の悪魔。
 異端者は教会の中でも最優先の対処事項だ。
「なるほど。わかりました。そいつらを捕まえればいいんですね」
「いや。殺すさ」
 キエルが呟いた。スールも、私と目を合わせることなくうなずいた。
「え…いやでも、さすがに殺すのは神の使徒としてどうなんでしょうか。不要な殺生は避けるべきですよ」
「神の使徒ってのは別に正義の味方じゃねえ。ついでに言えば、聖騎士ってのは神の使徒じゃない。教会の使徒だ」
 そう言って、キエルは門を蹴りつけて吹き飛ばす。大きな扉だったが、その扉は粉々に砕ける。
「はーい、ちょっと粛清の時間だよー」
 スールが大剣を取りだす。キエルは腰から剣を抜きとり、そのまま奥に走っていく。私もあわてて門をくぐって彼らを追いかける。
屋敷の住人たちは、侵入した私たちに素早く対応し、何人か手だれの護衛たちが出てくる。商人や貴族お抱えの門番だろう。
「おー、おー、来るねえ。そうでなくっちゃあ」
 スールは剣を力任せに振り回す。その力は確実に大剣を敵の鎧ごと薙ぎ払い、上体が宙に舞う。
「うっ…」
 思わず口元を押さえてしまう。胸が釘や針で刺されたような強烈な痛みに襲われる。
人の死に、今まさに直面している。その事実が私を苦しめる。
「おらおらおら! 雑魚は俺らの引き立て役になれよっ!」
 片刃の蛮刀を振り回すキエルは、戦えるもの、戦う力を持っている者に限らず屋敷の人間全てを殺しまわっている。
 女も、子供も、老婆も、老人も、全てが切り裂かれていく。中には命乞いをする者までいたが、それでもキエルは笑いながら殺していく。
「な、なぜ聖騎士様が我が屋敷を…」
 奥の階段から、この屋敷の家長と思われる人物が出てくる。裕福層で、普通の商人にしか見えない。
「あ、ああ、あの…スールさん、彼が、異端者?」
「ああ。そうだよ? 教会が定めた上限よりもはるかに多くの利益を上げ、金という悪魔に取り付かれた、憐れな亡者さ」
「? それじゃ、あの人は別に悪魔や魔女という存在じゃない…?」
 私が問うと、スールは返り血のついた顔をこちらに向ける。先ほどと同じような、にっこりとした表情で私を見ている。
「何言ってるんだい? 教会が異端者と認定すれば、それ即ち異端者なのさ。あの男は運がなかったね」
 キエルがゆっくりと男の四肢を切っていく。なんともむごい。目を背けはするが、この屋敷すべてが異常なまでの血の匂いで染まっている。
「あ、あああああああ、ああああああ…」
 商人の男が力なくキエルを見る。キエルは、野獣のような瞳で蛮刀を振りかざし、その首に振り降ろす。
「ああ、伝言があったんだわ。枢機卿サマから。『話し合いの場では、もっと口にチャックしておいたほうが良かったな』だとさ」
 商人の男は、返事をすることはなかった。


 私は教会の中の一室で、天井を見上げていた。
 今日、あの二人が殺したのは全員ただの人間だっただろう。例え異端者がいても、あの惨劇を目の当たりにすればどちらが異端者か、わかったものではない。
―――教会は、一部の人間の独断によって左右されている。
 知ってしまった私はどうすればいいのか。なぜスールたちはわざと私に見せつけるようにしてあれほどの惨劇を起こしたのだろうか。
 神とは、何なのだろうか。
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