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RED・MOON~2つ名狩りの魔女~第5章:シャシャ・ランディの試練1

  {初めに…
 この作品は東風の作品「MELTY KISS」の人狼側からの話です。
 よって、その作品と世界観が同じはずですが、稀に違うところもあるかもしれません。その時は温かい目で見過ごしてください…

 ……では、始まり始まり……


第五章:シャシャ・ランディの試練1



 シャシャは息を切らしながら走っていた。いつものような黒のワンピースではなく、動きやすいラフな格好の彼女の体からは滝のように汗が流れおちている。顎が上がりきり、苦しそうな顔をする彼女に厳しい声が飛んできた。
「おい、シャシャ! スピードが落ちてるぞ! もっと足上げて走れっつてるだろうが! 舐めてんのか? あぁ? プラス一周!」
 オリスの森のような場所で、ここは拓けた場所に描かれたトラックの外から、ルックは突き刺すような目をさらに鋭くしながら怒鳴った。
 ガルボとの決闘に惨敗したシャシャは、あれから三度、彼に挑んだが、結果は初戦とまったく同じく、ガルボの初撃を躱す事も出来ずに地に伏していた。まったく同じタイミング、同じ動きであるにもかかわらず、何一つできずに負けたシャシャにとって、これ以上の屈辱は無い。
 が、事実は受け入れなければならない。今の自分の実力ではガルボに勝てるどころか、まともに戦ってすらもらえない。そこでシャシャは渋々ではあったが、アポロに頼まれていたシャシャのセコンドであるルックに頼んだのである。
 ルックの特別メニューを初めて数日がたつが、彼は持久力や瞬発力を上げるための運動以外はシャシャにさせなかった。
「走れ、歩くな! 止まるなぁ! いいか! お前はクズだ。いやクズ以下だ。クズと同列にしたら、クズが可哀そうだ。そんなお前が生半可なことでガルボさんに勝てると思うな。死ぬ気でいけ! いや、いっそのこと死んでしまえ…あ、ったく、また倒れたよ」
 トラックの途中で体を震わせ倒れたシャシャを見てルックは舌打ちした。
「ダース。ヤカン持ってきて!」
 ルックに呼ばれ、ダースは籠とヤカンを持って「あいよ」とシャシャに駆け寄る。
「まったく。ルック。お前、怖いよ。人が変わったみたいだよ~」
 ダースは完全に性格が変わったルックに言いながら、シャシャの顔にヤカンの水をかける。意識を取り戻すシャシャはダースの差し出すヤカンの水を飲み、籠に入った塩の塊を齧った。
「シャシャ、立て。まだ今日のメニューは終わってないぞ」
 冷酷に言うルックをシャシャは睨みつける。
 彼の特訓とは終りのない物で、走りこみをさせられれば胃の中をブチまけるまで走らされ、トラックを走らされれば意識がぶっ飛ぶまで続けるのだ。
 それでも彼女は弱音を一切言わなかったし、そんな様子も見せなかった。これは一重に彼女の持つ反骨精神と底知れぬ根性の賜物である。
 ゆらゆらと立ち上がるシャシャの膝は完全に笑っている。その様子をルックは薄らと目を細める。
「よし、ダース。さっさと変態しろ。始めるぞ」
 そう言ってルックはさきほどと同じ所に戻っていく。残されたダースとシャシャは向かい合う。ダースの体が膨れ上がり変形し、バキバキと骨格が変わる音が聞こえ、強靭な毛皮が覆い、凶暴な牙を持つ人狼の姿となる。
「大丈夫か? 少し手加減してやろうか?」
 ルックに聞こえないほどの小さな声で、心配そうにダースがシャシャに言うが、彼女は冷ややかに笑うと手を上げ「さっさと来い」と合図する。ダースは困った。とばかりに頭を掻くと、次の瞬間には踏み込んでいた。
 瞬間的に接近したダースの拳が目前まで迫った。シャシャはそれをスレスレで受け流すと背後を取った。
「だぁ~」
 背を見せるダースに大きく声を上げながらシャシャは拳を打ち込んだ。その拳は強固なダースの体によって弾き返される。即座に身構えるシャシャに、ダースは攻撃を繰り出していく。
 ダースとのスパーリングは特訓の最後の項目であった。しかし、条件があり、ルックの決めた一定時間内は何がろうと戦い続けるや、シャシャは魔法が禁止など、疲労困憊で今にも倒れそうなシャシャにとってはどれも不利になることばかりであった。
 シャシャはダースの攻撃を何とかといった感じに躱し、隙を見ては渾身の力を入れて打ち込むがまったくダメージが通らない。そして、ついにダースの拳がシャシャの胴を突き上げた、フワリと浮き上がる彼女の体。彼女はたまらず先ほど飲んだ水を地面に吐き出した。しかしそこで終りではない。追い打ちをかけるようにダースの手がシャシャを叩きつける。彼女は自分の吐瀉物の中へダイブした。
 噎せながら起き上ろうとするシャシャの腹をダースは蹴り飛ばした。ポーンと華奢な彼女の体飛び、落ち動かなくなった。
「続けろ」
 動かないダースにルックは冷徹に言い放つ。その言葉に反発するようにダースは睨むが、そんな物は一切無視してルックの口からは同じく「続けろ」の言葉が出てきた。
「いいから。さっさと続けろ!」
 恨めしそうにダースはルックを睨み、再度、動かないシャシャへと近づき胸倉を掴み持ち上げた。瞬間。彼女がダースの腕に抱きつくように掴んだ。意識が戻ったわけではない。一種の防衛本能的なものだったかもしれないが、彼女は顔を己の血で汚し、血涙を流し、白目をむきながら、歯を食いしばり必死で掴んでいた。
 その姿にダースは振り上げた腕を下ろした。
「もうこれ以上は俺には無理だ」
 きっぱりとした意思表示だった。ダースは彼女を地面に下ろすと、人の姿に戻りシャシャを抱きかかえてルックの脇を通り抜けた。
 別段、ルックもダースを止めようともしない。二人を見送りながら軽くため息を吐くだけだった。


 ダースとルックは並んで座りながら篝火を見ていた。彼らの後ろには手当てされたシャシャがグッスリと眠っている。
 ルックは篝火に枝を投げ込む。
「こんなこと続けたら、シャシャはいつか死んじまうぞ」
 ダースは無愛想にルックに言う。
「シャシャを強くするためだ。こいつには耐えてもらわなければ」
 ルックも至って当然のように答える。それにダースはムッとしたようにルックを見るが、彼はダースを見ることはない。ただ篝火を見る。
「シャシャは充分に強いぞ」
「お前、こいつの体、しっかりと見た事あるか?」
「え? お…おま、お前。あるわけねぇだろ。ってか、全然見たくねぇし」
 あたふたと顔を赤らめながら答えるダースに、ルックは大真面目な顔をしながら続ける。
「変な意味でじゃない。この華奢な、障子紙程度にしか強度のなさそうな体じゃ、この先の戦いには勝てない。今のレベルでは、シャシャは間違いなく、エンシャロムで落ちる」
 低い声で言ったルックは「時間がないんだ」と付け加えると、しばらくそこに重たい空気が流れた。
「シャシャは…強くなるよ。きっとね」
「そうだな。今はこいつの末恐ろしいほどに成長速度にかけるしかない」
 二人は静かに眠るシャシャの寝顔を見ながら言った。

★   ☆   ★

 ルックの指導のもとで特訓を受けて数週間が経過した。
 シャシャは持ち前のずば抜けた〈適応〉という才覚を発揮し、メキメキと目まぐるしく成長していった。
 走りこめばダース達と同等の速さを見せ、トラックを走ればルックの提示した目標を軽く超えるタイムを叩き出す。最後のダースとのスパーリングも攻撃を受けることなく終わる様になっていた。
 そしてこの日もシャシャは朝の目を覚まし、大きなコップ並々に注がれる人狼の血を一気に飲み干した。
 人狼の血は傷の回復を劇的に促進する効果の他に、魔力を高めたり、身体的な活性化といった効果がある。いわば妙薬である。これをシャシャは毎朝飲み干すのが最近の日課である。初めの方は一口くちに含んだだけで戻してしまっていたが、今では難なく嚥下できるようになっていた。
 この血はルックが毎朝、用意する物だが、誰の血なのかは知らない。
「よし! 今日もさっさと特訓するわよ」
 口元から零れた血を雑に腕で拭いながら、準備運動をするシャシャはルックに言う。彼女自身、自分の変化に気が付いているのだろう。日々自分が変わり、強くなっていくことに今では喜びを感じでいるようだった。
「そう言えば、ダースはまた寝坊? 最近、あいつ毎日じゃない?」
「しょうがねぇだろ。最近はなんか、貧血らしいからな」
「昨日、レバーを牛一頭分食べてたのに鉄分不足? どんだけ体が弱いのよ」
「シャシャ。今日の走りは軽く体を温めるくらいに止めておけ」
 ルックのいきなりの言葉に片眉を吊り上げ無言で首を傾げる。
「ガルボさんに挑戦する」
 ルックの言葉に、シャシャの顔は狂喜に歪んだ。


 シャシャとガルボの対決は瞬く間に広がった。特訓を行ったトラックにシャシャは立っている。少し離れた所ではルックと青い顔をしたダースがいる。そんな彼らを囲むように他の者達が見ていた。
 すると急にざわめきが起こる。ガルボの登場である。相変わらず黄色い瞳は鋭く光り彼女を突き刺す。
 ガルボが対面するように立ち止った所でざわめきが消える。この時点で決闘の準備が整ったのだ。後はどちらかが動けば始まる。
「魔女。どうした? かかってこい」
「お先にどうぞ」
 シャシャは人差し指を突き立て、来い。と合図する。ガルボはその様子に酷薄な笑みを浮かべると動いた。
 始めとまったく同じ動きだ。直進。そしてシャシャの目前にガルボの手が。前はこの段階で負けていた。しかし死に物狂いで特訓した彼女は以前とは違う。
 体を大きく逸らし背後に回り込み後ろに飛んで距離を取った。ガルボはゆっくりと振り向く。避けられたことにまったく驚いた様子を見せない。
「やるじゃないか。では、少しレベルを上げるか」
 再度ガルボが動いた時、すでにその動きは直進ではなかった。奇抜なフェイントを織り交ぜた、変則な動き。ガルボに蹴る地から巻き起る土煙が、彼がそこにいた事を示す唯一の証。
 シャシャは意識を集中する。ジリジリと感じる殺気に彼女の瞳が徐々に深紅から瞑い瞑い黒へと移り変わっていく。
 ガルボがシャシャの背後を捉えた。握られた拳は彼女に襲い掛かる。が、ほぼ同時。コンマ秒の差で彼女が動くのが早かった。彼女は後ろを見ることもなく手を背後にかざす。
「彷徨いし憤怒(アヴェロ・イラスカー)」
 周囲の者が「あ」と感嘆の声漏らした。
彼女の放った魔法は、背面に広範囲に渡り紅蓮の炎に包み、森ごと焦土と化した。命からがら逃げ出した逃げだす見物人達を余所に、シャシャの目は正面に向く。
ガルボがついに人狼の姿となり立っていた。炎に包まれる寸前で人狼となり避けていたのだ。
ついにガルボの本気を引き出すことに成功した。
「そうこなくっちゃ。ようやく体もあったまってきたとこだしね」
 吊り上がる彼女の口元。それは美しくもあり、見る者をゾッとさせるものがあった。そして彼女の瞳はようやく変色が終り、吸い込まれそうなほどにどす黒くなっていた。
「お前の成長速度には驚かされる。この姿になるとは正直思ってなかった」
 少し腹立たしげにガルボは言う。その光景がシャシャにはたまらなくうれしく、思わず涎が出そうだった。
「傲慢だな…」
 その姿を見て、ガルボが軽蔑の眼差しを向ける。
「傲慢だ。これで私に勝った気でいる。今では勝てんよ。なぜか教えてやろうか?」
「なぜ?」
 ガルボは倒れるように動きだす。その速度は先ほどの比ではない。なんとか身を捩り避けるシャシャにガルボは彼女の背後でゆっくり立つ。
「で? 見えてるわよ」
「やはりな…お前に私は捉えられんよ」
 ガルボの言葉が終わる時、殴られたような感覚にみまわれシャシャの頭が仰け反った。よろめくシャシャを見下すガルボ。
「お前は私を目で追った。敗因はたったそれだけ……あと二撃来るぞ」
 すでに彼はシャシャを見もしない。背を向け歩き始める。シャシャは一歩前へ踏み出そうとした時、先ほどと同じ、否それ以上の衝撃が襲ってくる。彼女の体がくの字に折れ曲がる。肺の空気が一気に外へと吐き出された。そして間髪置くことなく今度は背中を衝撃が打ち据える。彼女は地面に叩きつけられた。苦痛に顔を歪め、必死に空気を吸おうと口を開けるがうまくいかず悶えた。
 遅れてくる攻撃、衝撃。ガルボはそれを“残撃”と呼ぶ。
 先ほどシャシャが躱したと思っていた時には、既に彼女はガルボの攻撃を三つ受けていたのだ。
 意を決した今回の決闘も、シャシャの健闘空しくガルボに軍配があがった。
気を失うシャシャを抱きかかえてくるダースに、ルックは静かに先ほどの戦いについて思案していた。


 レント、ラルドックが《アンナマリア》に来て数日が過ぎていた。
「ぐぁぁ~」
 レントは肩を押さえ跪く。その姿に黄色い悲鳴が聞こえる。
「フハッハッハッハッハッハ~。貴様はここで朽ち果てるのだ~」
 黒いローブに身を包むラルドックがレントに軽蔑の眼差しを向けて豪胆に言い放つ。その姿に皆、息を飲む。
「まだだ。俺は、俺は負けない! 約束した…約束したんだ」
 ゆっくりと起き上がるレントは手の剣を持ちなおす。それを見たラルドックも薄らと笑みを浮かべ剣を構える。そして二人は互いに指さし声を張り上げる。
「暗黒王! 俺は貴様を倒して、世界を救ってみせる!」
「笑止! 勇者・バリスタンスよ。今日が貴様の最後だ!」
 二人は前へ出ると戦い始める。皆の視線がキラキラと輝いていた。
 ここは最年少のクラス。パルアス組の宿舎である。寝る前の話を聞かせる時間に二人が、読み聞かせる代わりに劇をしているのだ。今日は勇者・バリスタンスの暗黒王討伐の話。
帝国の西に隣接する騎馬の国〝メゾリア〟を越えたさらに西には、無限に広がる〝塩の谷〟と呼ばれる場所がある。勇者・バリスタンスはその谷を越えた先にある魔都・ヴァルキアへ行き、そこで様々な人と出会い暴君・暗黒王を倒すという、神話ばなしである。
「バリスタンスと暗黒王は壮絶な戦いをしました。しかし、暗黒王はとても強力で、ついにバリスタンスは彼の剣を受けてしまうのです」
「でやー」「とおー」と剣を交えているレントとラルドックの隣で椅子に座り、しっかりと聞かせるような声でナレーションをするのはアムネリスである。彼女の言葉に、レントはラルドックの剣を受け、「ぐあー」と倒れる。
 パルアス組の幼い少女達はキャーと両手で目を隠した。
「絶体絶命。バリスタンスは地に伏せ、起き上がることができません」
「もう……ダメだ。力が……入らない」
「そんな時です。彼の耳に声が聞こえてきました。それは…」
「みんなの応援!」
 パルアス組の一人がアムネリスの代わりに言う。
「はい。みんな。勇者様を応援して」
 アムネリスの合図を皮切りに、パルアス組の少女達は必死で倒れているレント、否、バリスタンスに声援を送る。
[頑張れ! バリスタンス! 負けるなぁ~]
 その声援にレントはゆっくりと起き上がる。
「き、聞こえる。聞こえるぞ。俺を求めてくれる者達の声が……俺を思ってくれる者達の声が……負けられない」
 レントは再度剣を構えると、少女達の歓声で部屋が揺れる。
「みんなの声を聞いたバリスタンスの心は暖かくなりました。そして、あらあら不思議。さっきまであれだけ重かった剣がまるで羽のように軽くなりました。あれだけ辛かったからだがみるみると楽になっていったのです」
「みんなの声援のおかげで、勇気も力も百億倍だぁ!」
 剣を上へ掲げるレントは、まさに勇者そのもの。金髪に美しい顔の彼は本物の勇者・バリスタンスかと思えてしまうほどで、少女達も彼に見惚れていた。
「小癪な! 何度でも倒してくれるわ!」
 ラルドックも様になっていた。
「安心しろ! ちびっ子諸君。こんなマントしか付けてない変態野郎に、みんなの力を貰った俺が負けるわけがない!」
 豪胆に言い放つレントはラルドックに斬りかかる。自分の剣で受け止めるラルドックと鍔迫り合いをする。
「おいおい。待て。俺は全裸設定なのか?」
 レントはラルドックの問いに答えることなく、彼の剣を押し上げそして斬り捨てた。
「渾身の一撃がついに暗黒王の体を斬りさきました。暗黒王は最後一言…」
「……今度、演じる時は服を着たキャラがしたい…ガク」
「……と言って倒れました。こうしてバリスタンスにより、暗黒王の時代が終わったのです。めでたしめでたし。はい、続きは明日」
 アムネリスは本を閉じると、少女らの前に膝をつく。少女達も彼女と同じように跪き両手を前で掴みあう。
「外に出るときはどうするの?」
[人(オーム)のように、魔女であることを隠して歩きます]
「眠るときはどうするの?」
[影のように、息をひそめて眠ります]
「人狼が現れたらどうするの?」
[友のために、手を取り合い戦います]
「「我らアンナマリアの誓いをたてし者なり。我らは友であり、同士であり、姉妹である。我のために他は力を貸し、他がために我は命を貸す。全ての姉妹たちにアンナマリアの加護があらんことを…」」
 アムネリスの言葉に少女らは目を閉じながら声を揃え答えると、最後はアムネリスに合わせ全員が声を合わせアンナマリアの祈りを口にする。
「はい。みんな、さっさと寝て! 明日も授業なんだから」
 しばらく黙祷をすると、アムネリスは立ち上がり手を叩きながら言った。その言葉に少女らは一斉に騒ぎ始め、思い思いに部屋に帰っていく。


「いや~。助かったわよ。あの子達、なかなか寝付いてくれなくて」
 アムネリスは渡り廊下を歩きながら隣のレントに礼を言った。
「いいってことだ。俺もあれぐらいの歳はなかなか寝付かなくて、よく親に『人狼に連れてかれるぞ』って、言われたもんだ。それにバリスタンスの話もよく聞かされた」
「様になってたわよ。そう言えばラルドックは?」
「ラルなら、疲れたって戻ったよ」
 レントは渡り廊下の手すりに背を預け、満点の星空を仰ぐ。
「星ってのは、どこで見ても同じだ。月や星を見てるとどこに行こうが、ああ、ここも同じなんだって少し安心する」
「へぇ~。いろんな所に行ってるんだぁ~」
 アムネリスもレントの隣にもたれかかり星を見ながら、少し羨ましそうに言った。
「私は物心ついた頃からここにいたし、シャローン先生に外に連れてかれても、いろんな所とまでは行かないな。ねぇ。どういう所に行ったことがあるの?」
 好奇心の目がレントを見つめる。
「自慢して言える所には行ってない。ほとんど戦場だよ。俺は帝国のラリアス地方で育ったが、十三で家と飛び出したんだ。現状で満足する親に嫌気がさしてな。剣を持って帝国内外問わず戦場があれば行って人を斬った。今の剣を手に入れたのもその時だ」
 遠い目で空を見るレントの目は少し寂しそうだった。そして視線をアムネリスへ戻す。キョトンとしているアムネリスに微笑む。そのレントの美しい笑みにアムネリスはビクッとした。
「すまんな。こんな話……」
「あ、いや。聞きたいな。レントが嫌じゃなかったら」
「まぁ……俺は数年前まで傭兵って奴をやってたわけで、それなりに有名でもあったんだぜ。あんな魔剣を持ってるからってのもあるけど、俺には、なんつうか、危険を嗅ぎわける能力がある。いくらあぶねぇ戦況でも俺はこいつのおかげで生き残ってきた。例え、俺の周りが全滅だって、俺だけはことごとく生きてきたんだ。それでそん時ついたあだ名が“魔剣士”さ。笑えるだろ? 魔剣士と戦場じゃ畏怖されて呼ばれた俺が、今では崇められる聖騎士様だぜ」
 アムネリスは彼の話を黙って聞いていた。
「そう? 私はあなたは魔剣士よりも聖騎士の方が似合うと思うけど」
 アムネリスはレントに笑い返して答える。レントは「そうか?」と首を傾げる。と、しばらくは二人とも何もしゃべらずに黙って空を見ていた。それは心地いい沈黙だった。
「なぁ、外が見たいなら……俺が連れてってやろうか?」
 沈黙を破ったのはレントだった。歯を見せ笑いながら挑発的に彼女に言った。アムネリスは思わずふき出した。
「遠慮しとくわ。あなたは嫌な人だな~。人をからかって」
 レントもふき出して笑いながら「なんだよ! 人の好意を無下にしやがって」と口元を尖らせて言う。それが二人をさらにおかしく思わせ腹を抱えて笑った。
「先生~。おしっこ」
 その笑い声を聞こえたらしく、先ほどのパルアス組の少女が目を擦りながらトボトボと歩いてくる。アムネリスは「はいはい」と少女の方へ駆け寄ると、レントに別れを言って宿舎へ戻っていった。残されたレントは彼女らを見送ると、再度星空を見上げた。
「からかってなんか、ねぇよ」
 誰にも聞かれてないのを知りながら、彼はポツリと言った。


打倒ガルボに燃えるシャシャの特訓は続いていた。ある程度の体力の付いたシャシャに、ルックは違ったメニューを入れる。それは自分達の破長を移した拳ほどの大きさの鉄球を投げ、それをシャシャが避け続けるというものであった。
「ガルボさんが言ってたろ。お前が勝てないのは、目で追いかけるからだと。だったら目で追いかけるのを止める。お前はこの鉄球に込められた俺らの破長を感じ取って避けろ」
 そうして始まった、ルックのスパルタ。しかしこれは初日こそシャシャの骨は折れ、血反吐を吐いていたが、二日目からはそのコツを掴んでいた。これには彼女の成長能力の早さにルック達は舌を巻いた。
 そして数日後。ついにルックが特訓の最終段階を言い渡す。いつものトラックでルック、ダース、シャシャは立っていた。
「で? 最後の課題って何?」
「なに、簡単なことさ」
 そう言うとルック。そしてダースがマントを脱ぎ棄てる。そこには二人の人狼がいた。
「俺達、二人に戦って勝つ。それだけだ」
 単純明快な特訓にシャシャはすぐに把握し「な・る・ほ・ど~」と言って準備運動をし始める。
「今まで苛められた分、お返ししなきゃ」
 こうして二対一の最後の特訓が始まる。


 ダースとルックはほとんど同時に襲い掛かる。シャシャは身を低く構え、右手で地面を叩く。
「甘き焦燥(ドゥリシス・エモニ)」
 シャシャの目前から炎が噴き上がり壁となる。ダースとルックの行く手を阻むように現れた炎は天を突かんばかりに登り上がる。
 シャシャは両手を天に突き上げ、開いた手を閉じる。
「情熱の欲望(カロル・クピディタス)」
 立ちはだかる炎が二つに割れ、命が吹き込まれたように動き出す。シャシャが手をはらうと、同じように炎の柱が大蛇の如く地を舐める。ダースとルックは二手に分かれそれを躱す。
 ダースは隙をつき接近してきたが、もう一つの炎が彼を捉えた。彼は顔を腕でかばうと後ろに飛び退く。熱風が彼の体を吹き飛ばす。
「どうしたのよ? 弱くなったんじゃない?」
 まったく反撃のない二人にシャシャは瞳の色を黒く変色させながら、愉快そうに笑いながら言う。が、そんな時、ダースに気を取られていたシャシャの背後に、ルックが炎を掻い潜り現れる。彼は人差し指をたて、彼女に向けた。
「L(ルーメン)」
 ルックの指先から光線が出た。
 シャシャは炎を手で操り彼との間に送るが、彼のそれは炎を貫き彼女を襲った。彼女は地面を転げ回り避けた。彼女の炎は彼女の意識から離れた時点で消えた。
即座に体勢を立て直すシャシャは、さらに人差し指をたてるルックの姿を見ると、地面に魔法を打ち込んだ。彼の光線と土煙が上がるのは同時。ルックの光線は土煙により拡散される。
「どんなもんよ~!」
「考えるねぇ~」
 光線を攻略されたルックの顔には一切、焦りはない。立てていた人差し指を折り、代わりに中指をたてる。
「○(エルステッド)」
 すると、まるで時が止まったかのように宙に浮いた粉塵が動きを止め、そして一斉にシャシャに襲い掛かる。逃げるシャシャを浸食していくように追いかける粉塵。それらの通り過ぎた後は惨めにボロボロに削り朽ちている。
「狂おしき嫉妬(アイヴィー・インヴィディア)」
 シャシャは襲い来る粉塵に炎をぶつけ粉砕する。と背後から、先ほど吹き飛んだダースが現れる。舌打ちをしながら彼に同じように炎を放つ。が、彼の爪がそれを真っ二つに斬り裂いた。そして彼の拳が彼女の胴を薙ぐ。小さな吐息と共に弾き飛び地面に落ちた。
「K(ケルビン)」
 小指をたてるルックの言葉と同時に地面が凍りつき、シャシャを飲み込む。氷塊と化したそれを彼女は自分の炎が瞬く間に溶かし、起き上がると彼女は驚きで目を見開く。
 そこにはダースとルックが所狭しと存在し、話していた。
「◎(ビュレット)」
 ルックの声が聞こえてくるが、どのルックが言ったものなのかわからない。シャシャは意識を集中して観察するが、どれも本物に見える。考えると頭が痛くなった。シャシャは所構わず、炎を放った。それに応じて直撃したルックや、ダースは消えていき、そしてまた現れた。無駄な炎にシャシャの息は上がり始め、滝のように汗が流れていた。
 その時、ダースが飛び出してくる。シャシャの炎が彼を焼く……が、それはスゥーと消えると同時に、彼女の背中に激痛。ルックの光線を受け、彼女の背に流れる髪は焼け切れ、服ははだけ、肌を焼いた。小さな悲鳴を上げるシャシャに、飛び出すダースの蹴りが彼女の側頭部を襲う。地に伏せたシャシャに、ルックの声が降ってくる。
「なにしてる? 今までなにしてきた? 目で追うからこうなるんだ」
 シャシャは立ち上がる。そしてゆらりと体を揺らした。冷静さを取り戻している。そして静かに研ぎ澄ます。自分の波長を張り巡らす。そして捉えた。無数の虚偽で固められた周囲の中に二つの破長。
「狂おしき嫉妬(アイヴィー・インヴィディア)」
 手を向け、放った紅蓮の炎。
「危ない!」
 向けられたルックがそばにいたダースを咄嗟に掴み盾にした。
「あーおま……うおー、心頭滅却すれば火もまた涼し……くない! あちぃ~、アチャアチャアチャチャチャチャ……」
 ダースが炎を受け飛びあがった。本物である。この一撃で周囲のニセモノたちが消えていく。
「俺の大事な親友に、なんてことを!」
「大事なら盾にするな!」
 シャシャを睨むルックに、何とか炎を消し終えたダースが叫んでいる。しかし、そんな光景はまったくシャシャの目には映らない。追い打ちを変えるように手を掲げる。
「陶酔の憎悪(ナルシス・オディー)」
 巨大な火の玉が彼女の頭上に現れた。その熱は、そばにある草木も熱風だけで枯れ朽ちてしまうほどであった。
 それにルックとダースは流石に焦った様子で。
「「降参降参降参! そんなの食らったら、死ぬ」」
 両手を振りまわしながら叫んだ。
 こうして、シャシャの特訓は幕を下ろす。


 ガルボとの決闘を明日に控え、シャシャは久しぶりにオリスの元を訪れていた。オリスにあったら甘えてしまいそうな自分を抑えるため、特訓中は控えていたが、流石に今日は不安な気持ちを落ち着かせるために彼に会いに来たのだ。
「どうした?」
 いつものように大神(大狼)の姿で眠っていたオリスは彼女を見て、身を起こすと優しく言った。シャシャはそれに素っ気なく「別に」と言いながらオリスの隣に腰を下ろすと、首に手を回し甘えるように抱きつく。そうすると彼女のトゲトゲした気持ちがいつも落ち着いた。まるで母に抱かれる赤子のような、そんな安心感を得られた。
「髪の毛はどうした?」
 腰のあたりまであったシャシャの髪は、今は肩の所でバッサリ切られていた。ルックに背を焼かれた時に、髪も一部焼き切れてしまったために、切ったのだ。幼い顔が短くなった髪のせいで余計に幼く見えた。
「明日、ガルボと戦うんだ」
 オリスの首元の毛に顔をこすりつけるようにしながら小さく言う。オリスは「そうか」と言うだけだ。元々、よくしゃべる方ではない。
「たぶん明日の勝負が最後。明日勝てないと……ううん。私は勝つわ。絶対に勝ってみせる。だって私は強い子だから」
「明日……私も見に行ってやろう」
「いいよ。オリスは気分が優れないんでしょ? 別に来てくれなくても私は大丈夫だから、ただ……」
「ただ?」
「ねぇ。私に『勝て』って言ってよ。そうしてくれると勝てる気がするから。あなたにそう言ってもらえると力が湧くの」
「いいだろう。シャシャ・ランディよ。お前なら勝てる。いや、勝て。勝つのだ」
 オリスの優しげな、そして何ものよりも重たい言葉にシャシャの体が、小刻みに震える。
「私は勝つんだ。絶対に勝つ。勝つに決まってる。だってあなたが望むんだから。あなたの望みは何だって叶えてあげる。あなたが言うのなら何だってしてあげる。私は世界の誰よりもあなたの期待に応えてみせる」
 自分に言い聞かせるように、彼女はオリスの体にさらに顔を埋め言った。彼女の不安は痛いほどオリスには伝わってくる。オリスは思い出していた。昔、娘同然であった者も同じような頃があった事を、そして今と同じように自分に抱きついていたことを……今では宿敵となっている彼女は今、なにをしているのだろうか?
 そんなオリスの小さな変化にシャシャの赤い瞳は敏感に捉えていた。彼女は忌々しそうに天を仰ぐオリスを見る。彼女は小さく「私なら、裏切らない」と呟き、腕に力を入れ顔をオリスの体に押し付けた。そうしなければ涙が出てくる気がした。
 抱きついていたシャシャはしばらくしてそのまま眠っていた。
「今宵はよく休むがいい。月がお前を見守ってくれるだろう」
 オリスはシャシャの寝顔に湿った鼻を軽く当てると、空に浮かぶ月を見上げた。


 決戦の時。すでにそこには多くの者達が見物に来ていた。
 シャシャとガルボは静かに睨みあう。その隣ではルックとダースが、ガルボの付き添いである小柄な双子と額が当たるほどに睨みあっていた。
「これで、最後にしてもらいたいですねぇ~」
「僕らだっていろいろと忙しいお方なんですから」
 双子は嫌味っぽく目前の二人に言う。
「んだと? このチビ! 今日こそ俺らのシャシャが勝つ!」
「そうだそうだ。悔しくて泣くんじゃねぇぞ! コラ」
 ルックとダースは言い返すが、どう見てもチンピラの発言であった。
 挨拶もほどほどに互いに一定の距離まで下がる。付き添いはさらに後ろで二人の様子を見る。
 シャシャはいつものような黒のワンピースを着ていた。動きやすい恰好の方がいいのでは? とルックは言ったのだが、シャシャが頑としてこのワンピースにしたのだ。これはいわば彼女の戦闘着であった。これを着ると気持ちが引き締まるのだ。対するガルボもすでに人狼の姿となっている。
 睨みあう二人はしばらく、静寂の中より生まれ堕ちたかのように、物音一つ、身動き一つしなかった。シャシャは特訓で覚えたように自分の波長を張り巡らせる。それはガルボから出る破長を捉える。ガルボはこの短期間でのシャシャの目まぐるしい成長ぶりに少し驚いていた。対面するたびに彼女は一層の脅威と化していることに気付いているからである。
 初めに動くはガルボである。今までのような余裕を見せる直線的なものではない。フェイントを入れる変幻自在の動。
―――目で追うのではなく、破長で追う―――
 彼女の意識はどんどん高まっていく。ガルボの初撃。彼女はついにこれを躱す。その瞬間、周囲から驚嘆の声が聞こえてきた。が、それが彼女の耳に入ることはない。彼女は次に向けて集中した。
 ガルボは再度、攻撃に出るが、これもシャシャは避ける。これで偶然ではないと周りも理解した。それどころか、今度はシャシャの反撃があった。土煙を残し姿を消しているガルボにシャシャの炎が襲いかかる。ガルボは難なく躱したが、これはシャシャにはガルボが見えていることを意味していた。
 しばらくはこう言った一進一退が続く。その様子にルックは顔を曇らせ「まずいな」と唸った。
「何がだよ? シャシャはガルボさんの動きが見えてる。いやむしろ、こっちが今、圧してるぜ」
「バカ。よく見ろよ。あんな楽々と躱されてる。シャシャの攻撃はまずガルボさんには当たらん。いくら体力が付いたって言っても、それでもシャシャは持久型じゃない。このままじゃ負ける」
 ルックの心配は当たっていた。魔法が当たらない焦りと、旧式魔法の桁外れの魔力の消費は彼女の体を見る見る疲労させていく。完全に息が上がり、汗が滝のように出る。
「いつまで…いつまで逃げてるつもりだぁー!」
 シャシャはガルボに怒鳴りつけると、地面を叩く。
「甘き焦燥(ドゥリシス・クピディタス)」
 ガルボの行く手に炎の壁が現れる。方向転換しようとするガルボだったが、彼の周りは炎に包まれていた。
「荒れ狂う嫌悪(ベルム・オディウム)」
 炎の渦となり、ガルボを包むがその炎は、耳を覆いたくなるほどの怒涛の声と共に掻き飛ばされた。ガルボのバインド・ヴォイスだ。
 息一つ切れていないガルボが平然と足を止めシャシャを見ていた。シャシャは膝をつきへたれんでしまった。疲労がピークに達していた。息も上がり、体が言うことを利かなくなっていた。
「もういいな。勝負をついた。所詮その程度だ」
 ガルボの言葉に黒く変色した瞳がギラつくが体が動かない。ガルボは背を向け去っていこうとする時、観客がざわつく。視線を向けると黒き大狼が、オリスが現れていた。急な復活により弱り切っているオリスは力が最も高まる満月の時しか、ほとんど自分の空間からは出てこないのだ。そんなオリスが満月でもないのに現れたのは人狼達にとっては驚くべきことであった。一斉に、人狼達が膝をつき頭を下げた。オリスはそれに軽く頷くと頭を上げるように指示して腰を下ろした。
 それに血肉が湧きたったのはシャシャであった。
(オリスが私の戦いを無理して見に来てくれた。私のために見に来てくれた。私のためだけにここまで来てくれた……)
 その激情が彼女を立ち上がらせる。何があろうとこんな惨めな姿をオリスに見せるのは彼女のプライドが許さない。
「もう一度…」
 その血走った目はまさに狂気そのものである。その荒い呼吸はまさに獣そのものであった。今、彼女は無数の獣達の双眸をもってしても、ゾッとするような獣そのものであった。
 ガルボが一瞬躊躇いながらも、攻撃を再開した。今度は真っ直ぐの攻撃。終わらせる気であった。シャシャは攻撃を避けなかった。顔面にガルボの拳を受けた。ビチャと耳を塞ぎたいような衝突音が聞こえる。が、シャシャは踏みとどまる。血塗れの顔を滑らせ前へ出る。その時に、彼女の頬が削れ切れ鮮血が噴き上がる。彼女の拳がガルボの胴を撃った。
「咲き乱れる我が愛(ヴォシス・メイ・アモル)」
 瞬間。爆発にも似た炎がシャシャの拳から出ると、炎の花が咲いた。巻き散る火の粉はまるで花弁のようであった。
 それを受けたガルボは後方へと吹き飛び、大樹を圧し折り落ちた。すぐに起き上がったのはアルタニスとしての誇りが故だったかもしれない。だが、構えるシャシャに全身から煙を上げる彼は一言、言った。
「参った」
 騒然となった。ガルボが負けを認めたのだ。シャシャ以上にダースとルックが抱き合い喜んでいた。
「やったな~。シャシャ~」
「お前はやると思ってたぜ~」
 冗談みたいに涙を流しながらダースとルックは両手を広げながら走ってきたが、シャシャは完全に二人をスルーしてオリスの方へ駆けた。ちなみに二人は練習したかのように顔からスライディングした。
「見た? 見てた?」
 顔を血で汚したシャシャはまるで子が親に誇る様に目を輝かせ言った。
「見てた? 私、勝ったよ。勝ったんだよ」
 興奮冷めやらぬ彼女にオリスは静かに頷いた。それだけの動きでシャシャの心は満たされた。「よくやった」と言われているようなそんな気がして、彼女は至福を味わうのである。
 そして彼女はそのまま倒れた。慌てて手当てを行うダースとルック。その時、オリスは呼ばれる。そこには一人の老人。
「老将…」
 ルックがシャシャを手当てしながら意外そうな声を上げる。
「ビート。どうかしたか?」
「我が君。マーブルからの知らせです。準備が整ったようですな」
 ビートと呼ばれる老人は厳格そうな皺の刻まれた顔を笑みに歪め、単眼鏡を直す。オリスが頷くと、ビートは集まる者達の方を向く。
「諸君! 出発の時である。準備せよ」
 その言葉で集まっていた者達が散り散りになり、出発の準備を始めたのであった。


「父様。どうして? どうしてあそこで降参なさったんですか?」
「そうです。父様ならまだ戦えたでしょうに」
 ガルボの手当てをする双子が不服そうにガルボに言った。そんな様子にガルボに黄色い瞳は、おかしそうに笑う。
「なにがおかしいのですか?」
「私達は父様があのような事をなさるのに腹をたてているのですよ。それを笑うなどと…」
 プンスカ怒っている二子はとても初々しく、笑みが自然とこぼれてしまう。
「すまないな。あれはあれでいいのだ。あれが主の意向だ」
 ガルボは小さく言う。二子は意味がわからんと首を傾げた。
「今回の勝負。勝ち負けは関係ない。人狼の中でこれからもあの魔女がいるには、これが一番手っ取り早いからな。だから主も私をお選びになった。今回は、私はあの娘の踏み台なのだ」
「そんな! 父様が踏み台? いくら大神でも許せません」
 悲鳴のように声を上げるが、ガルボは落ち着いて首を振る。
「いいのだ。それで、私も認めざるえない。あの魔女の成長速度は桁外れている。これからの戦闘には必ずあれの力が必要になってくる。これからももっと強くなってもらわなければならない。我々のためにも、あの娘自身のためにもな。主もそう望んでいる。
いいか。我々は主の言葉の奥に隠された意向を汲み行動しなくてはならない。これは難しいことだ……だが、常に心がけておけ」
ガルボの言葉に、二人は声を揃え「はい」と師を敬う弟子のように答える。ガルボはその様子に静かに頷いた。
「さぁ、我らも出発の準備だ。マーブル達が待ってる」
 そう言うと、二子は弾かれたように荷物をまとめ始めた。
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