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RED・MOON~2つ名狩りの魔女~第6章:束の間の日常(2)

  {初めに…
 この作品は東風の作品「MELTY KISS」の人狼側からの話です。
 よって、その作品と世界観が同じはずですが、稀に違うところもあるかもしれません。その時は温かい目で見過ごしてください…

 仔細あってこの章は2つに分けることになった~!


 ラルドックは中庭の芝に腰を下ろし自分の双剣。テリトリーとフィールドの手入れをしていた。いつも通りここはいい陽気で、寝そべったら寝てしまいそうなほどに心地がいい。もちろん彼の武器はここに連れてこられた時に取り上げられていたが、今は監視付きで手入れをさせてもらっている。彼の少し離れた木陰で腰をおろしこちらを見ている女が彼の監視役である。ジルベルトという名前の《アンナマリア》の教師である彼女は、栗毛の髪を肩口まで伸ばし柔らかな鳶色の瞳をしている。そして何よりも目を止めるのは、ゆったりとしたローブ越しでもしっかりと見て取れる、彼女の大きな胸だろう。異性だけではなく、同性ですら彼女の胸には視線がいくだろう。レントが彼女を初めて見た時、思わず面と向かって「お前のおっぱいで殴られたら死ぬな」と言ってしまうほどに大きくズッシリしてそうであった。
 さらにもう少し離れた所にはシャローンが畑のカボチャに水を撒いている。
 ラルドックは双剣の刃を一枚づつ丁寧に磨いていると、不意に声が聞こえてくる。
『ヤッホ~イ! テステス、マイクテスト。聞こえるかい? ラルドック君』
 声の主はこの《アンナマリア》に幽閉中のグリフォスと名乗る人狼であった。彼は人狼特有の破長を飛ばし、自分の範囲内の魔女の波長や人間の波長を感じ取り、リンクして話しかけることができるのだ。
ラルドックは頭の中に聞こえてくる声に、手を止めることもなく答える。
「何の用だ?」
 口をあまり動かさないのはジルベルトに気付かれないようにするためである。実際、グリフォスと会話することを禁止されているわけではない。彼曰く、魔女達にもかなりの頻度で話しかけているらしいが、彼女らの場合は一切無視しているらしい。故あって、彼はラルドックやレントによく急に話しかけてくるのだ。初めこそ驚いていたが、今ではもうすっかり慣れてしまった。彼との会話は魔女達の内部のことがよくわかるので、不意に彼との会話を魔女に知られて禁止させられるのはあまり得策ではないと、ラルドックは考えていた。
『今は朝かい? 昼かい?』
「昼を越えたところだ」
『そうかそうか。料理が運ばれてきたからそれぐらいだろうとは思っていたよ。しかし、本当に料理が運ばれてくるのは素晴らしいよ。おいしいし、健康的だし。聞いてくれよ。我々、人狼は男ばっかだから料理も「これが男の料理!」ってのしか、出てこないんだよね。正直、私もそういった類の物しか作れないんだけどね。ここは本当に最高だね。これで自由に動き回れたら言うことなしだね』
 まるで囚人らしからぬ発言を上機嫌にグリフォスは言うが、案外間違ったことでもない。ラルドックも形なりにも囚われの身でありながら、ある程度の自由を約束され何不自由なく生活している。下手をすればグレーランドの外よりも居心地がいいと言っても過言にはならないだろう。桃源郷という場所があるのであれば、ここがまさにラルドックの知る中では一番近い場所であろう。
『今は、何をしているんだい?』
「自分の武器の手入れだ」
『ほぉ~。武器の手入れかい。よく返してもらえたね。まったく相手にされてないのかな?』
 笑い気味に言った最後は少しラルドックをイラっとさせたが、彼は何も言い返すことなく作業をした。
「この武器の構造はなかなか複雑だ。だから他の者には下手に触らせたくない。これは俺の宝だから」
 ラルドックは手元の双剣を見つめる。この双剣は彼の父親の作品でもある。彼の父は帝国でも名の通った武器職人であった。首都バグラチアで武器を創っていたことさえあった。が、帝国軍人や異端警察、聖騎士といった戦士達との喧嘩が多かった彼は、ついにバグラチアからの依頼は一切受けないと豪語して、バグラチアを出て故郷のラリアスの職人の街・タイスに帰ってしまったのだ。
彼の持論は「武器職人こそが最強」である。どれほどの名だたる剣豪、勇者であろうと素手で大業を成し遂げた者はいない。武器は必ず持っていた。それも他よりも逸脱した優れた武器である。彼らにその優れた武器がなければ決して名声など得られなかっただろう。かの有名な勇者・バリスタンスであっても聖剣と呼ばれる〝カタルシス〟がなければ、暗黒王を倒せなかった。つまり剣が彼を有名にしたと言ってもおかしくはないのだ。そしてそれを創りだしたのは勇者ではなく、職人なのだ。
つまり彼が言いたいことはそういうことだ。優れた武器を創る職人こそが、勇者すらも創ることができる一番強い存在である。
屁理屈と言えば完全に屁理屈であろう。息子のラルドックが聞いてもそう思うのだから、他人が聞けば何をバカなことを言ってるジジィだ。と言われるはずだ。しかし彼は本気でそう考えているのだ。
そんな思考の持ち主である父がラルドックの聖騎士になることを許すわけもなく、当然大喧嘩となり結局勘当された。半分叩き出されるようにして最低限の荷物を投げつけられ追い出されたのだが、当然のお金もなく、着る物すら入ってない荷物の中に唯二、大事に包まれて入っていたのが今彼の持つ双剣〝テリトリー〟と〝フィールド〟であった。それ以来、ラルドックは父親には会ってはいない。
「グリフォス。大神について、前に聞いているが。大神はなぜ魔女を今も殺し続けている?」
 故郷の事を思い出していたラルドックは不意に気になった事を聞いた。別段、返答があるとは思ってはいなかったが、グリフォスはすんなり教えてくれる。
『まぁ、いろいろとあるけども。魔女の存在が大神様の力の回復を阻害しているというのもあるんだよね。正確に言えば大神様に敵意を持つ者の波長が、だけどね。君ら人間も自分らの偶像的な神を崇めるだろ? それが稀に凄まじい力を生み出すと思わないかい? それが波長、う~ん。簡単に言えば気持ちの力と言ったところかな。念じればどんなことでも出来る的な? それと同じように大神様だってあの方に向けられる信仰心が強ければ強いほど、真の力を引き出すことができる。今は君ら人間が大神様の存在すらも否定しているから大神様も大変だ。加えて魔女達の抵抗的な念が邪魔をするわけさ』
「つまり、今、俺達人間が生きていられるのも魔女達が懸命に大神に反抗して力を付けさせないおかげと言った所か」
『厳密に言えばそうだね。彼女らも無意識だから感謝する程ではないだろうけどね』
 陽気に答えるグリフォス。本当に人狼なのか? と疑いたくなるほどにホイホイとこういった内密的なことを教えてくれる。よくしゃべる奴ほど気をつけろ。ラルドックが生きてきた中で学んだことだった。よくしゃべる人間は本当のバカか、もしくは頭の切れる奴である。グリフォスはラルドックの直感的に後者であった。本質はまるで答えていないのだろう。
『宝と言えば、知ってるかい? この《アンナマリア》にはそれはそれは大層なお宝があるらしい』
「宝? なんだそれ」
 返答はなかった。再度、問いかけてみようと口を開きかけたラルドックは近くに誰かの気配を感じ見る。ジルベルトを予想していたが、そこにいたのはまったく違う男だ。目元を布で巻いた者。
「あまりそいつと話さない方がいい。取りつかれるぞ」
 男は口元に笑みを浮かべながら言うと、ラルドックの隣に腰を下ろす。
「お前は?」
「会うのは初めてだな。君らの波長は既にここに来た時から感じ取ってはいた。私に名前はない。人は私を〝マティレス〟と呼ぶから、君もそう呼んでくれ」
 見ればジルベルトは少しこちらを一瞥するだけに止めている。
「お前も人狼か」
「そうだ。私は人狼だ。そして今、君が話していた者も人狼だ。あれは危険な者。あまり話さない事を推奨するよ」
『これはこれはマティレス君じゃないか。久しぶりだね』
 グリフォスの声が戻ってきた。恐らくラルドックとマティレスの二人に交信しているのだろう。
「失せろ。貴様の声を聞いていると吐き気がする」
『酷いことを言うな。同じ人狼でありながら、どうしてそんなに冷たくするかな~。私にこんな狭くて暗い場所に入れて、心が痛まないのかい?』
「失せろと言っているのがわからないのか?」
 重く腹の底に響くようなマティレスの声がグリフォスの気配を掻き消した。それ以来、グリフォスの声が聞こえることはない。
「あれは口がうまい。ここの学生も何人かいいようにまるめこまれたからな。気をつけろ。あれの声は魔女先生方にも止められないから、今では相手にしないように学生達には言ってあるそうだ」
「あんたは人狼なのにどうして歩ける?」
 ラルドックの問いにマティレスは手で顎を摩りながら答える。
「簡単だよ。私はこの学校の客人だからだ」
 意味がわからないと首を傾げるラルドックだが、マティレスは薄らと口元に笑みを浮かべるだけで答える気は見られなかった。
「お前が、グリフォスを捕まえた?」
 黙っているマティレスにラルドックは問いを変えた。彼は笑みを消すこともなく首肯する。
「私がここに潜伏するあれを捜し捕らえた」
「どうやって捜した? 臭いでもたどったかな?」
「盲目では捜せないと思うかい? 私が何も見えないと? 私は確かに目が不自由だ。君の今見ている物を私は共有して見ることはできない……だが、私には君達には見えないものが見えているんだよ」
「……お前はなぜ。魔女に味方する? グリフォスの話では人狼は大神とやらのために戦うと聞いたが」
 ラルドックの言葉に笑みを消したマティレス。一瞬怒らせたかとラルドックは不安になったが、その危惧は徒労に終わった。彼は珍しく声を上げて笑い始めたのだ。木陰で眠っていたジルベルトが驚き目を覚ましたが、二人を一瞥するだけに止めた。
「私が大神に従うか。私が従うは女王と王のみさ」
「女王? 王?」
 口を滑らせたと口を閉じるマティレスに、ラルドックはニヤリと笑い聞き返すが、もちろん彼がそれ以上答えるわけもなかった。
「……失言だった。うむ。君は上手だな。そう思うだろ? シャローン」
「そうですね~。口説かれてしまいそうですよ~」
 背後からの声にラルドックは飛び上がるほどに驚いた。そこにはいつも通りの丸眼鏡に柔和の取れたシャローンが立ち、二人を見下ろしていた。見れば先ほどまでいた畑にはさきほど水を撒いていたじょうろだけがあるだけ。 気配も何も感じさせずにラルドックの背後に来たのだ。
「楽しそうなお話ですね~。私も混ぜていただきましょうかね~」
 いつも通りの間延びした感じの話し方のシャローンは、ラルドックとマティレスの間に腰を下ろす。
 すると、視線をジルベルトの方へ向けたシャローンは「ダメですね~」と頭を振る。
「ジルベルト先生はまたおさぼりですか~?」
 シャローンは手を振ると、木陰のジルベルトの姿が揺らぎ消えた。どうやら幻影だったらしい。ここに来てしばらく経つラルドックはもう、大抵の事では驚かなくなっていた。そんな自分がどこか悲しく思う。
「それで? 何をお話しますか~?」
 シャローンは両脇の二人に楽しげに話しかけた。どうやらしばらくはシャローンとの会話から逃げれそうにないようだ。参ったと頭を掻くマティレスに、内心で溜め息を吐いたラルドックであった。
 そんな二人にはお構いなしに、シャローンの話は続く…


《アンナマリア》の広壮な正面玄関をくぐると大きな円筒状の吹き抜けホールがある。その真ん中には巨大な時計が立っており、それを囲むように螺旋階段が天まで届きそうなくらいに伸びている。
 レントはその巨大時計の前で頭を掻いていた。
「どこだ~? イリス研究室って…この地図じゃ、わからねぇって」
 レントは殴り書きの地図が描かれた紙切れを見ながら、広大な《アンナマリア》を彷徨う。すると、小さな影を見つけて足を止める。ブラウンの髪をした小さな少女だ。
 なぜかその子は強固な石造りの壁に向かって、ブツブツ独り言を言っていた。「うわー。危ない子だ~」と叫んで走り去りたい気持ちを必死で抑え、レントは彼女に近づく。よく見れば見た事のある子だった。話したことはなかったが、アムネリスと共に一緒にいる集団の中に見た事がある。よくブロンドのきつい目をしたカテリーナに〝無能者(ナティスリエル)〟と呼ばれているので、記憶に強く残っている子だった。
 近づいていくとだんだんと彼女の言っている言葉が聞こえてくる。
「私は命じる。石よ、砂と変われ。私が命じる。石よ、砂と変われ。我命ずる。石よ、砂となれ。石さん石さん。お願いします。砂にな~れ。余が命ず。石よ、万砂と化せ…」
 魔法的な何かを永遠と壁に向かって繰り返しているが、壁は一切変化を見せることはない。それでも彼女が止まる気配がないので、おずおずとレントは話しかけようとすると背後から走ってくる音が聞こえた。
「ルディアナから離れなさい。変態~!」
 いきなり背後からドロップキックをくらったレントは、ブハッと飛ぶ地に落ちる。目前の壁に集中していたルディアナは背後で起こった出来事に、「何?」驚きそのままヘナヘナと腰砕けにへたれこむ。
「危なかったわね。ルディアナ。危うく、口では言えないような変態行為を受けるところだったわよ」
 そこにはおさげのクルタナがか弱き少女を救ってやったと、まるで救世主であるかのように立っていた。その後ろには感情のこもらない冷たい目をしたレイアもいつも通り、立っている。
「いきなり何すんだー! この野郎! 俺が何したってんだ」
 起き上がるレントはいきなりの暴挙に涙目になりながら抗議した。
「しらばくれる気? 私にはお見通しよ。さっき無防備なルディアナにやらしい目しながら、やらしく近づいてたでしょ。このロリコンの変態が! いや変態のロリコンが!」
「誰がロリコンじゃ! ぶっ飛ばされてーのかお前! だいたいこんな子供を襲うわけねぇだろ。俺はもっとボン・キュ・バンが好きだ。バカァ~」
「ハッ! まさか、私狙い?」
「なんでそうなんだよ!」
 こうしたまったくもって話が前に進まない、取り留めのない会話がこの先、長らく続いたのであった。
 時は流れる。
「お前と話してると疲れる…んで? ルディアナってお前は、一体何してたんだよ?」
 クルタナとの会話に疲れたレントはそもそもの原因となったルディアナに視線を向けた。ルディアナはレントに見つめられ、ドギマギした感じに答えた。
「明日、実技テストがあるの。だから、私、いつもうまくいかないから……その、練習を。明日は笑われないように」
 そこまで言って、ルディアナは顔を真っ赤にして口を噤んでしまった。
「ルディアナはバカにされたくなくて、たまに独りで練習してるのよ」
 クルタナが口を噤んだルディアナに代わって答えた。
「……そんなことより、あなた。用があるんじゃないの?」
 今まで一連の事に一切口を挟まず、それどころから言葉すら発しなかったレイアが相変わらず冷たい目で、それによく合う抑揚のない声でレントに言った。レントは彼女の言葉でようやく要件を思い出す。
「そうだ。いいこと言った。俺はイリス研究室に行きたいんだが、どう行けばいいのか教えてくれ」
 彼女らは快く引き受けてくれた。彼女に連れられて来た部屋は、なんというか不気味であった。他の部屋と一切扉の造りも変わらないのに、何か暗い印象を受ける。レント達は取り敢えず扉の前に立つとノックする。無反応。
「イリス先生? いませんか? お客さんですよ!」
 クルタナが言ってみるが中からの反応はなかった。
「ねぇ。レント。あなた本当にイリス先生に用があるの?」
「ここに来いって昨日言われたんだよ」
 フ~ンとクルタナは頷く「じゃあ、いいや」と勝手に扉を開けた。
 中を見たレントは扉の外で感じた暗い感じの理由が分かった。その部屋の中は限りなく暗く、ジメジメとしている。正直寒気が走るような場所であった。窓がある場所もしっかりと閉ざされているため、光は今開いた扉からの明かりだけだった。
「先生~! いますか?」
 クルタナ達はそんな気味悪い所も慣れた感じに中へ入っていく。レントは恐る恐る彼女らの後を追った。
 見渡せば、棚には薬品に付けられた奇怪な標本が並べられる。昔、魔女と言われ背筋を震わせた魔女のイメージにピッタシな場所である。
 ズカズカと中へ入っていく四人、奥へ行くほどにまるで闇が体に纏わりついてくるように感じられ、息苦しくなっていた。
 そんな時、気配が感じられた。咄嗟にいつも剣のある所に手を置き、構えるレントだったが、視界にそれが入った瞬間「ヒー」と悲鳴を上げる。そこには暗くて見えないが微かな光のおかげでシルエットのみ見えた。それは黒く、側面からウネウネと動く無数の物体。その本体は不気味に彼らを見つめていた。情けなく叫び声を上げたレントほどではないが、他の三人もギョッとする。
「ゴキブリ」
 一番最初にレイアが静かに口を開いた。それを皮切りにレントの思考は弾け飛んだ。
「ギョキブリ~!」
 彼は脇にいたルディアナとレイアを担ぎあげると、「出た~!」と悲鳴を上げて、来た道を戻り振りかえることなく逃げていった。
 クルタナの制止もまったく聞こうともしなかった。
 レントが消えた後、残されたそのシルエットとクルタナは目が合う。


 その部屋は部屋主である“闇憑きの魔女”イリス・ブラックにより、常に暗闇に閉ざされていた。その闇は彼女から創られ、全てを包みこんでしまう。よって、その部屋にはほとんど光が通らないし、音も闇に飲まれてしまうのだ。
 アムネリスはイリスに頼まれ、一緒に部屋の荷物整理をしていた。こんな時ぐらいは闇を消してもらいたかったが、気難しいイリスにそんなことを言えるほどにはアムネリスには度胸はない。
 せっせと荷物を整理し、運んでいると微かに叫び声が聞こえたので見にいってみると、扉が開いており、クルタナが必死に、どんよりと体操座りをしながら頭を壁にぶつけ続けているイリスをなだめていた。
「な、何があったんですか? イリス先生?」
「あぁ、室長。イリス先生がまた鬱に入っちゃいました」
 癖のある長い黒髪は所々髪が跳ねている。黒いローブに黒いトンガリ帽。そしてそれ以上に黒いオーラを放つイリスは「出た。とか言われた。逃げられた。ゴキブリとか言われた」などとボヤいている。今にも自殺してしまいそうな勢いである。
「先生。しっかりしてください。いや、きっと誤解ですよ。あ、そうだ気のせいですよ」
 などとなだめながらアムネリスは、クルタナから事情を聴くと大きな溜め息を吐く。
「力仕事だからあいつを呼んだのに、遅刻どころか、作業妨害に来て消えるとかあり得ないわ! ちょっと、捜してくる」
 そう言って、アムネリスも部屋を出ていく。残されたクルタナはイリスを残すわけにもいかず、部屋の中にイリスを励まし続けた。

★   ☆   ★

 カテリーナはジルベルトとお茶を飲んでいた。いつものように相手を威圧するような雰囲気も、流石に教師であるジルベルトの前では萎縮していたが、彼女の突き刺すような目つきは変わらずに鋭いままであった。
「はい? 旧魔法を学びたいのですか?」
 ジルベルトはシャローン自慢のカボ茶を飲みながらカテリーナに問い返す。彼女はコクリと頷き、同じくカップに口をつける。
「どうしてまたそんな急に? ミディアス組はまだ新魔法を教わる場であると決まっていますよ。それに旧魔法はいろいろと面倒なことがありますからねぇ」
「でも、先生達だっておっしゃってるではないですの。私はミディアスの中でも一番優れてます。魔法だって、他の科目だって誰にも負けません。マグアスにだってすぐに編入できると」
「そうですね。確かにあなたはトップですね。他の授業の成績も私は知ってます。もちろん他の先生方があなたを推薦していることもね。あなたがマグアスに上がれないのは単純に私が推薦を出してないからです」
 ジルベルトの言葉にカテリーナは唇と噛み締め、目付きをさらに鋭くする。
「なぜ先生は推薦なさってくださらないのですの? 私が、私がリアナに勝てないからですの?」
「それも一つではありますが、私にはあなたがとても焦っているように見えるんですよ。あなたはとても才能豊かです。それはどこをどう取って切って貼って見ても確実なことです。しかし、そうであるが故に私にはあなたがそこまで急いでいるのがわからない。実戦練習になるとそれが特に目立ちます。逆に聞いてもいいですか。どうしてそんなに力を求めるんですか?」
 ジルベルトの鳶色の瞳がカテリーナを見つめる。カテリーナも相変わらず鋭く見つめるよりは睨む方が近い感じに見ている。しばらく沈黙が続く。視線を逸らすカテリーナは口を開く気配を見せないのを見るとジルベルトは軽く頷いた。彼女はそれ以上は聞かなかった。人には人の事情がある。検索されたくないこともあるのだ。
「しかし、それではやはりマグアスへの進級は難しいですね」
「だから旧魔法を私に教えてください。一つでいいんです」
 頑として譲ろうとしないカテリーナに、ジルベルトは困ってしまった。同時に考えた。何が彼女をここまで必死にさせているのかを。自己顕示欲は他の生徒に比べれば強い方であるカテリーナであるが、ただ人よりも優位に立ちたいという気持ちだけでここまで突き動かされているとは考えにくかった。だが、いくら考えた所でその答えらしきものが出てくるわけもなく、ジルベルトは頭を悩ませるのだ。
 と、その時であった。まだ懇願し続けているカテリーナを見ていたジルベルトの背筋に寒気が走る。思わず「あ!」と声を出して立ち上がってしまった。その寒気は自分が作ったダミーが消されたサインであった。
「サボっていたのがばれてしまいました? カテリーナさん。この話はあとでゆっくりしましょうね」
 そう言うと、ジルベルトは慌てて飲みかけのお茶も置いたまま、部屋を飛び出していった。
 話をうやむやにされたカテリーナは唇を噛み締めていた。


リアナは一人廊下を歩いている。ルディアナを捜して歩いていたのだが、思い当たる所を行ってみたがどうも見当たらないのでその辺りと適当に歩いていた。
「あ、ジルベルト先生! ルディを見ませんでしたか?」
 陸上選手か? と錯覚するほどに素晴らしい腕の振りと足の上げ方をしながら走ってくるジルベルトに、リアナは聞こうと片手を上げて言ってはみたが、彼女が「を見ませんでしたか?」の辺りでは既に通り過ぎ星になっていた。すれ違いざまに「どうかシャローン先生にはバレてませんように」とジルベルトの声が聞こえてきたので、おそらくはリアナの声どころか存在すらも気付いてはいないだろう。
「ま~た、ジルベルト先生。仕事サボったのか~。懲りないな」
 半分笑いながら、リアナは視線を前に戻して歩き始めるとジルベルトの部屋から出てくるカテリーナとばったり会ってしまった。
 目が合う二人。リアナは内心で舌打ちをして、薄ら笑みを浮かべくるであろう彼女の蔑みの言葉を待った。が、予想外にそれはすぐに発せられることはない。それだけではない。カテリーナの人を見下したような目は、今日は無くそこに怒りを感じられた。
「あなたさえいなければ、何も問題がないのに!」
 吐き捨てるように言うカテリーナの言葉は、やはりいつもの調子ではない。今にも泣き出しそうな彼女にリアナは戸惑った。
「え? 何? どうしたのよ? カテリーナ。あなた変よ」
「うるさい! 私はあなたよりも優れてるし、強い。そうよ。私があなたよりも弱いわけがないのですもの」
「え? 何言ってるの?」
 一人で盛り上がるカテリーナに少し恐怖を感じながら彼女を覗き込むと、彼女の目は少し光り始め虚ろになっていた。
「大体、実戦練習なんてお遊びだから負けるのであって、実戦だけなら私の方が上。ここであなたよりも強いのを証明すれば…」
 ゆらりと動くカテリーナにリアナは思わず後ずさる。彼女は今にも魔法を放ちそうな勢いである。
「ちょっと。校内での魔法の無断使用は厳禁よ!」
「そんなことどうでもいいではありませんの!」
 ブロンドの髪を振り乱しながら牙をむくように笑うカテリーナ。聞く耳を持たない事を判断し、リアナも身をかがめ戦闘体勢に入った。その時、二人を制止する声が。
「ちょっと待った~! 喧嘩なんて野蛮なことは止めたまえ」
 見れば脇にルディアナとレイアが抱えたレントが恰好を付け、「チャラチャ~」と口で音楽を奏でながら立っていた。
「なんですの? このタダ飯ぐらいのオームが。邪魔しないでもらえます」
 これからという時に水を差されたことにカテリーナは激怒したが、レントは構わずに脇の二人を下ろしながらリアナの傍まで歩いてきた。
「そう言うわけにはいかねぇな。喧嘩で出していいような殺気じゃなかったぜ。お前さん」
 レントの登場のおかげで頭を冷やすことのできたカテリーナは、激怒しながらもいつもの見下す目付きに戻っていた。
「あなたには関係のないことです」
「女の子は淑やかに。だぜ。これ以上喧嘩したいってんなら俺が相手をしてやるよ」
 ビシッとリアナの前に立ちポーズを決めるレント。その両脇ではルディアナとレイアが膝をつき手をレントに向けて伸ばしている。
「あなたはバカなの? だいたいただのオームが剣もないのに私に勝てるわけないでしょ」
「ふっふっふ。俺の拳法は〝戦わずして勝つ〟がモットーだ」
 そう言うと、レントはいきなり服を脱いで下着姿になった。「キャー」とカテリーナを始めレイア以外が黄色い悲鳴を上げて手で顔を覆う。レントに白い肌が姿を現す。均等の取れたスラリとした体は彫刻のように美しかった。女性のような白い肌に無駄のない鍛えられた筋肉は目を奪われる物があり、彼の美しい顔と合わせればまさに天使が人の形をなしたような美妙な姿であった。
 しかしここは男子の体など見た事もないような乙女の集う《アンナマリア》。彼女らは見惚れるよりも羞恥の心で耳まで赤くしていた。唯一、手で顔を覆わないレイアであるが、彼女もレントの姿に何も感じないわけでもなく、首元をほんのりと赤くしていつも無表情の顔に少し戸惑いの色を見せていた。
「この…変態。変人。いきなりなんですの? 一体何がしたいのですのよ。露出狂! 頭がおかしいのでないの?」
 まったく動けないカテリーナはレントに罵りの声を上げる。
「フハハハ~! 聞こえんな~。どうしたどうした? どうしたどうした? かかってこいや」
「できるわけないでしょうが!」
「ではこちらから行くぞ~」
 そう言うと、レントがウネウネとクネクネとヌルヌルと言葉で表すには形容しがたい踊りをし始める。それを指の間からチラチラと様子を見ていたカテリーナが「ヒッ!」と短い悲鳴を上げ、後退させる。
 しかし、咄嗟に後ずさったことにカテリーナのプライドが傷ついた。顔を赤らめながらも、その怒りが彼女を奮い立たせる。
「もう我慢の限界ですわ! そんなものを見せて許しませんことよ」
 意を決し一歩前に出るカテリーナ。
「ほう! まだ戦うというのか? ではもう容赦はせんぞ。ならば俺はこの最後の封印(下着)を脱ぎ棄てるまでよ」
 そう言ってレントは下着に手をかける。今にもズリ下ろしそうである。それには懸命に振りしぼった彼女の勇気もクシャリと押し潰された。彼女は「ヒギッ!」と飛びあがり逃げていく。
「この……オームの分際で……覚えてらっしゃい!」
 そう言って、ワーンと泣きながら去っていくのであった。
 それを後ろで指の隙間から見ているリアナとルディアナ、そしてレイアはおずおずと彼の傍まで警戒しつつも近づいた。
「ハッハッハ~。口ほどでもない奴だわ」
「恥ずかしくないんですか?」
「恥じなど後でかけばいいさ。今は勝利に酔いしれろ!」
 リアナの問いに答えながら、両手を広げ片足を上げポーズを決めるレントは彼女らにも一緒にやる様に要求した。ルディアナにおずおずとリアナは彼の隣で同じポーズを決め、勝利に酔いしれる。
「おい。お前もやるんだ!」
 ポーズに加わらないレイアにレントは言うが、彼女は無表情に拒否した。
「やれよ」
「イヤ」
「やれって」
「イヤ」
「やれって言ってるだろ!」
「絶対イヤ」
 ついにレントが力づくにレイアにポーズをさせようと近づいていく。
「私の後輩に触るな! この変態が!」
 走ってきたアムネリスのスクリューの利いたドロップキックがレントの顔面を直撃した。ブヘッと吹き飛ぶレント。
「レイア。大丈夫? 怖かったでしょう。もう安心だからね」
 レイアを抱き寄せながらアムネリスは言った。
「何すんだ! お前。本日二回目だぞ」
「それはこっちのセリフよ。こんな小さな子にまで手をかけようとするなんて最低よ」
「誰がそんなことするか! 誤解だ」
「その格好でよく言うわね。説得力がないわよ」
 アムネリスの言葉に何の返しもできない。下着姿一枚のレントはどこからどう見ても変人に他ならない。レントはリアナとルディアナに助けを求め視線を送るが、二人共目を合わせようともしなかった。
「この薄情者。助けてやったのに」
「他人を巻き込まない。話なら向こうでゆっくり聞かせてもらうから」
 首を掴んで引きずっていくアムネリスは今までリアナ達が見てきた中でも、レントに手を合わせてしまいそうなほどに怒っていた。
「ご、誤解だぁ。違う。違うんだ。俺の話を聞いてくれ。それでも俺はやってない!」
 レントの悲痛な声を響かせながら二人はリアナ達の視界から消えていった。残された三人は今日見た事は忘れようと、心に誓い宿舎に帰るのであった。


 その頃。
 イリス研究室。
「死のう。その方が世の中のためだ」
 天井に吊るしたロープに首をかけながら、椅子の上に立つイリスがブツブツと呟く。
「そんなことないですって。先生。早まらないでください!」
 必死で抑えるクルタナはワタワタしながら言う。
「あんなことを言われて、生きていくことなんてないわ」
「大丈夫ですって。いつもの事じゃないですか…あ」
 クルタナの言葉でイリスが椅子を蹴る。ぶら下がるイリスの体を「ギャー」と声を上げながら持ち上げるクルタナであった。
「室長~! 早く帰って来てください~!」
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