日系ブラジル人子女に教育を施さなければならない理由の一つは、日本が「学歴」社会であるという観点から説明することが出来る。日本は知識基盤社会であり、それに基づいて、最終学歴が上がるにつれて収入や評価が上がる。この点は、日本人だけでなく、たとえ外国人であれ同じ条件であるといえる。つまり、日本で生活していくうえで非常に重要となってくるものが学歴であり、日系ブラジル人子女の社会的地位向上し、日本の力となるような育成を図るのであれば、「学歴」は無視して進めることの出来ない問題であるということだ。なぜなら、日本で生活をするために職を得る場合、知識基盤社会・高度人材育成などにおいて、「学歴」は「職歴」に並ぶキャリアの一つとして重視できるものと考えるからである。
 しかし、公立学校で学ぶブラジル人の子どもたちの成績は概ね芳しくない。日本語の理解ということを考えれば、それを想像するのは難しくないだろう。確かに幼い頃から家族と共に来日し、普段の生活をする上では日本語(生活言語)に不自由を感じない子どもも多数いる。だが、学習言語として日本語を活用する場合、漢字の読み書きやその意味の把握が難しく、理解した頃には授業の内容自体が先に進んでしまっているということが多い。 浜松市NPOネットワーク(2005)によると、全国17都府県で公立高校の「外国人特別枠」が設定されているものの、ブラジル人を含めた外国人進学率は50%未満と推定されている。

 この状態が生み出すものは一体どのようなものだろうか。その一つとして、小学校や中学校を出たばかりの子どもたちの就労、主に工場での単純労働に従事するということがある。底辺労働者である移民1世の子ども(つまり2世)も、学歴が低いという理由で同じように底辺労働者となる、といった階級の再生産が起こるのである。この問題は在日ブラジル人が増えてきている現在の日本において、目をそらしてはいけないことであろう。労働人口の低下が予測される我が国においては、彼らを高度人材に育てることは競争力の維持や埋もれていた才能を見つけ出すという意味でも、意義があることではないか。さらに、そのように育成された在日ブラジル人は、今後日本とブラジル、または新たに来日するブラジル人と日本との架け橋的存在になりうるだろう。彼ら独自の強みは、2つの国の文化を知っているということである。これを利用できれば、特殊な職業への道が開けることにも繋がる。例えば、新たにやってくる日系ブラジル人へ教育を行うバイリンガル講師や、日系ブラジル人が多く働く工場で、ポルトガル語しか話せない多数の労働者と日本人の工場経営者の間に入り、仲介をする中間管理職などがそれに当たる。現在、「在日ブラジル人」というと、底辺労働者というイメージが強い。それは2世の子どもたちにも同様であり、「自分たちも同じように工場で働かないといけない」と考えてしまい、将来性を遮断することに繋がりがちである。こういった観点からも、バイリンガルであることを強みとして活躍する人々は、在日ブラジル人に新たな道を示すこととなり、彼らにとっての希望を与える存在となる。故に、在日ブラジル人の子どもたちにしっかりとした日本語教育を提供することは、今後の重要課題であるといえよう。

また、2007年度に行なわれた愛知県の日本語学習意向調査によると、「近くに無料又は授業料の安い日本語教室があれば、あなたのお子さんを通わせたいですか?」という設問に対して、「通わせたい」と答えた外国人の保護者の割合は、全体(公立小中学校・外国人学校)の61.3%にのぼることがわかっている。そして、その中でも公立小学校が60.5%、外国人学校が81.7%と高い割合を示している。外国人学校のなかでもブラジル人の児童・生徒が通う外国人学校では主に将来的にブラジルへ帰国されると考えている保護者が数多く、一見日本語教育の必要性が低いと予想されうるが、日本で暮らしていく面を考慮すると主に生活言語としての日本語教育の必要性が考えうるからであろう。そして次に多い割合である公立小学校に通う児童生徒の保護者が望む日本語教育の必要性の理由として挙げられているのが、児童生徒たちが授業に参加し学習する際に必要とされる日本語の学習言語の習得が望まれるからである。生活言語としての日本語の学習は、日常的に公立学校に通う外国人児童生徒にとっても比較的容易に習得が可能であるとしても、学習言語としての日本語を習得するためには相当な時間と労力を要することとなることが大きな要因であろう。
 以上のようなアンケートを見ても、日本語教育を行うニーズは在日ブラジル人からも確かに存在しており、日本語教育を行うことが一方的な押し付けとなることはないといえる。
最終更新:2008年11月08日 15:51