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5 これまでの奨学生より


■1991年度奨学生 田辺 とおる
留学先:オーストリア グラーツ音楽大学
専攻;音楽科・オペラ科

帰国後の研究や職業などへの糧と捉えるか、現地に留まる生活のスタートとして使うか。ロータリー奨学金の指針は前者ですが、僕は受験したときから後者を狙う「確信犯」でした。長い人生のうちにいつかはお役に立てることもあろう、と当面は無沙汰を決め込むことにして妻子連れで渡欧し、音大オペラ科に入学。奨学金が底つくのと劇場歌手に採用されるのとどっちが先か、という背水の陣でしたが、30になっていた僕は学科最年長の利を活用して、オペラ実習や公演の配役を次々ともらって劇場就職の準備に励む傍ら、ドイツ中を旅行してオーディションを受けました。幸い通帳残高が0になる直前にギリギリセーフでヴィースバーデン国立歌劇場合唱団に採用され、ドイツで歌手生活をスタートすることができました。その後ソリストになって劇場を転々とした後、専属を離れてフリーランサーになってもドイツに留まり、今もベルリンに住んでいます。送り出してくれた横浜南RCには申し訳なかったけど、奨学金は見事に、僕の人生を決定する後押しを果たしてくれました。もっとも留守がちだった上、留学地から遠い劇場に就職したので、現地ロータリアンとの付き合いも希薄なままでした。随分不埒な奨学生でしたね。

いくらなんでもそろそろ、とウラシマタロー状態を脱して、ドイツの舞台と並行して日本での活動も始めるようになったのが七年程前です。それを機に、滞日中はなるべく卓話をお引き受けするようにしています。留学直後では、その報告くらいしか話題がなかったでしょうが、最近は「昔話をしても・・」と、僕自身の活動の周囲をお話することにしています。日本の歌を独訳してドイツで歌っていること、とりわけ欧州の日本アニメ・マンガブームに乗ってアニメソングを独訳でクラシック音楽リサイタルであるぼくの演奏会にどんどん取り入れた結果、ドイツアニメ界ではスター扱いされるほど好評を博していること、アニメ・マンガを通じて日本に強い憧れをもち、日本語を学ぶ若者が爆発的に増えていることなどの報告。そしてドイツの劇場事情も、経済人が中心のロータリアン向けに数字を挙げ、社会的位置や影響などの視点から話しています。「ドイツを日本へ、日本をドイツへ」を音楽で実践するのがライフワークですから、ネタには事欠きません。自分が自分の芸の為に歌うだけでなく、二国間において人と人の興味関心を促したり仲介したい、という欲求が強いのですが、もしかしたらこれは、国際交流を重んじるロータリー奨学金の理念にも適っているかもしれないな、と思っています。

お蔭様で卓話が好評だったクラブからはパーティ等でのトークコンサート依頼も頂くようになりました。多様な業種のエクゼクティブ諸氏に僕の活動をアピールし、ドイツはじめ欧州が注ぐ日本への熱い視線についての理解に熱弁ふるう機会に恵まれて、本当は遅ればせながら奨学金の恩返し、というつもりなのにむしろ僕自身の得るところの方が余程多く、相変わらずロータリーの恩恵に浴しているという気分です。

オペラ歌手はどうしても30歳位まで修行期間になってしまうし本場での勉強も不可欠なので、いろいろな奨学金を手に同僚が渡欧します。しかし大抵はお金をくれるだけです。こんなに多彩な人々と出会えるのはロータリーならではの付加価値。どんな分野でも、留学先国で得られる収穫は「その国の人間」が為した業績であることを考えるとき、人と触れることは畢竟自分自身の研究に関与することであるのだ、と痛感します。きっとそれは音楽だけの問題ではないのでしょう。

http://www.tanabe.de     


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