まったくもって冗談じゃない。
「なんだって?」
思わず口調が砕けた。
しんと静まり返った天幕の中、その間抜けな声は酷く良く響いた。
そのことに気が付きはしたが、訂正するほどの余裕が無い。
責任者にあるまじき態度だったが、恐らくその場の誰もが気にする事すら出来ないだろう。
「第6王子殿下が身罷られました。」
早馬を何頭も潰しながたどり着いたと言う伝令は、蒼白な顔で繰り返した。
何度聞いた所で、内容が変わるでもない。
陣を張っている所を襲われ、王子殿下を擁する司令部諸共壊滅したらしい。
本当に敵襲だったのか…そんな疑問が頭を掠める。
それだけ国は荒れていた。
伝令を労い下がらせる。
完全に伝令が天幕から出て行き、周りに身内しか居ないことを確認すると、
どっかりと椅子に腰を下ろした。
ついでとばかりに臓物さえ搾り出せそうなほど深い溜息を吐く。
部下の士気を低下させると、普段なら我慢をするそれを今だけは抑えられなかった。
今更ながらに天幕内に動揺とざわめきが広まる。
「いかがなさいますか?」
参謀として連れて来た部下が伺うような…それで居て試すような視線を向けて来る。
「どうもこうもない…」
第6王子は、この他国侵略の防衛線における旗頭だったのだから。
現時点で存命だった最後の王族。
それが潰えたのだから。
5年前に身罷った王には、6人の妃がいた。
王は妃達を互いに競わせ、国益に繋げたが、王が逝去すると主に均衡が崩れ、一気に泥沼の争いへと展開した。
そもそも今回の侵略だって、その争いに乗じて隣国に付け入られたのが原因と言うなんとも締まらないものだ。
結局は王族の傍迷惑な行動の為だった。
第6王子はその苛烈な争いに生き残った幸運な人間で、その為に国の命運を背負った不幸な人間だった。
御歳は13、まだまだ小さな子供だった。
同情はしない。
王族とはそういう哀れな生き物だ。
穏やかな死を迎えたいならば、身分を捨て野に下るしかないのだ。
「旗頭が無くなった以上、士気の低下は避けられん。
早急に指示系統をただしていだかない事には保ちきれない。」
各地の部隊は既に独立状態で戦っていた。
それでも確固たる旗頭と司令部の存在は、少なからず士気を高める助けをしていたのだ。
「急ぎ王都に伝令を」
「殿下」
ふと回りに静けさが戻った。
参謀がこちらをひたと見つめ呼んだ。
「…この時分に悪ふざけは止せ」
生憎田舎貴族に殿下と呼ばれるほどの地位は無い。
「いいえ、貴方様は殿下と呼ばれるに相応しいお方です」
一度も目を逸らさず、確信の篭った声。
「貴方様の曾祖母に当たるお方は、4代前の王妹にあらせられた。」
だから私は貴方に付いて来たのです。
まるでこうなる事を確信していた様な言い回しだ。
ひらりと胸元から羊皮紙を取り出して見せた。
そこには王玉による押印と、王族を降嫁し、準王族として扱うと記してあった。
「現行で王家の血を継ぐ事を、立証出来るお方は貴方と姉君だけです」
周囲の視線に期待が混じりだす。
腹が立った。
確かに朧気ながら家系図には、王家に連なる者の名前があった気もする。
しかし自分は弱小貴族に過ぎず、何れ継ぐであろう領地だって最近まで食うや食わずの貧乏生活を続けていた。
中央政権にすら見放されたそこは、魅力の無さゆえに争いとは無縁だった。
そんな土地の次期領主風情が、戦における知略に優れている道理は無い。(そもそもガ文官の家系だ)
そんな人間がいきなり軍の頂点に立ってみた所で、悪戯に状況を悪化させるだけではないか。
そして悪化した状況は大きな損害をもたらす。
主に民にだ。
いっそ侵略国に諸手を上げて降伏してしまった方が民は傷付かないのではないか?
…実際には決してそんな楽観は出来ないが…
まったくもって冗談じゃない。
だが、王族とはそういう生き物なのだ。
この身にその血が流れているのならば・・・・
まったくもって冗談じゃない。