「医療ミス」報道


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  • わが国の患者と医師間の医療関係においては、明治以来長く、医師が患者の面倒をみ、これを助け、保護する、という、パターナリズム(paternalism・家父的保護主義)が支配的であった。しかし、戦後の或る時期(1961年頃)から国民皆保険が実施され、医療頻度が増え、従って医事紛争も増大し、それが医療過誤事件、判決として報道されるに伴い、医療関係についての契約的観察、ひいては患者側の権利意識が強まり、患者の自己決定権、インフォームド・コンセント議論が台頭するようになった(この点につき植木哲「医療の法律学」有斐閣113頁参照。坪井日本医師会長も日本の医療の悪い点はパターナリズムにあると指摘している。対談「医療の新世紀へ―自立した社会」日本医事新報4000号16頁)。 このように、医療過誤判例報道は医療関係の近代化に貢献しているのである。 学者(松倉、手嶋)は日本の医事法史を、明治から終戦までの医師優遇の第一期、戦後から昭和45年までの反動の第二期、その後の第三期と分けているが(手嶋豊「医師の民事責任を中心として医事法小史」―明治期から終戦まで―」中川、貝田編「未来民法を考える」法律文化社105頁)、第三期は患者保護の新しい医事法の創生期と言ってよいであろう。なお後記のように、昭和45年、すなわち1970年頃以降、判例時報における医療過誤判例掲載数は増加傾向を見せている。