「このブログでの到達点まとめ」


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一般に、医師側は故意・重過失の場合に刑事責任を問われることは否定していないし、過失ある場合に相当な限度での民事賠償責任が生じることも概ね受け容れられている。問題は「過失」とは何かという捉え方である。

第一に、過失の有無、つまり医療行為の妥当性は、レトロスペクティブにではなく、プロスペクティブな視点で検討されなければならない。
なぜならば、医療の性質は試行錯誤の連続であり、最初から病気の原因や治療方法の正解が与えられているわけでなく、全く五里霧中の中から、刻々と変化する患者の容態を見つつ、推論を重ねて病名を探知し、その場その場で最適と思われる治療方法を選択していくしかないものである。後から振り返って、全ての情報を与えられた上であれば(レトロスペクティブな判断)、確定診断を付け最適な治療方法を見い出すことができても、その当時に医師が置かれた具体的状況の下で(プロスペクティブな判断)、それをせよというのは不可能を強いることであり、実質的には結果責任主義に等しい。

第二に、医療行為はそれ自体、人体に対して悪影響を及ぼす危険性を含んでおり、完全な安全性を確保することは物理的に不可能である。総じて益のほうが害より大きいと見られるために「治療」がなされるのであるが、個々の事例においては期待に反して結果が裏目に出ることはありうる。このような医療に不可避的な副作用・合併症についてまで、医師の責任を問うとすることも、同様に実質的な結果責任主義であるといえる。

医師に対して結果責任主義のような過酷な法的責任を負わせるならば、医師は医療を提供することを躊躇し、萎縮して必要な治療すら行わなくなり、最終的には医療現場から撤退してしまうであろう。特に、刑事責任については、人の死傷に多く関与することを余儀なくされる立場で、日常業務がいつ何時犯罪として告発されるか分からず、刑務所行きの危険と常に隣り合わせで働けというのは、痛常人の神経では耐え難いことである。加えて、政府の医療支出削減、これに起因する勤務医の労働過剰が、撤退方向に拍車をかけている。

医師が一人辞めれば残された医師にしわ寄せが生じてさらなる退職者を呼び、一定数の医師が確保できなければ、その病院は閉鎖せざるをえない。こうしてドミノ倒し的に医師や病院が減少し、地域において必要な医療が提供できなくなっているのが、現在進行している医療崩壊の現象である。医師の減少は、死傷の結果が生じやすく責任追及が厳しくなりがちな分野から進行している。具体的には、救急、外科、産婦人科、小児科などであり、内科がこれに続くとみられている。

医師の減少を食い止め、医療崩壊を防止するためには、
1.医師の法的責任(民事、刑事)を医療の実態に則した適正な範囲に限定し、不合理な責任追及や社会的バッシングから保護すること
2.医師に適正な労働条件を確保し働きやすい、意欲の出る職場環境づくり
3.これらの裏付けとして、医療分野にきちんと国家予算を投入すること
(含・過失なき医療事故における被害救済策)

ここは法曹関係者の多いブログなので、主に1.の観点が論じられている。
  • 具体的な民事・刑事の事件における医療の妥当性や医師の過失の有無の検討(判例批判、報道批判)
  • 訴訟対策や訴訟戦術
  • 裁判制度の改善案