業務上過失致死罪とは(C)

  • 刑罰の抑止力が全くないと考える説は極論であり、特に故意犯についてまで抑止力がないとする説は、国民全体の間で極少数であろうと思います。(もし多数であるならば、刑法全廃の動議が、とっくの昔に起こっているはずです。)どの程度の効果があると考えるかは、見解が別れるということでしょう。故意犯に比べて過失犯の場合に、刑罰による抑止効果が小さいということは、法曹関係者の間でも、常識的であろう思います。だからといって抑止力ゼロとは解されておらず、それなりに効果がある(効果がある場合もある)と信じるからこそ、現行刑法体系の過失犯処罰規定が維持されているのですが。

  • 医師を処罰すれば抑止力が働くと考えているようですが、そこのところが、根本的に間違いだと思います。医療事故は注意すれば防げるというものではありません。
    これはひとつの例でしかなく、医師の業務の上ではこのような「不幸としか言いようのない例」に出会うことを完全に避けることができず、にもかかわらず、裁判で片っ端から医師の責任が認定されている、という印象を(多くの医師が)持っているのです。

No.40 yamaさん
  • 例えば自殺者がたまたま自動車に飛び込んだ、誰もが予測できないような事態で人を轢いてしまった(ちょっと例が思い浮かびません)、などは犯罪にすべきでは無いと思います。

No.52 FFFさん
  •  治療行為は言うまでもなく裁量の大きく左右する領域なのでしょうし、事後的に観察検討すれば「〇〇のタイミングで△△という治療法を選択すること」がベストであったと判明することもあるのでしょう。そして、その唯一のベストな治療方法以外の全てを「過失」と呼ぶのであれば、この意味での「過失」について法的責任を負うなんてやってられん、という感覚になるのは理解できます。医師の方が反発されるのは、「過失」をこの意味で捉えておられる方が多いからだろうか、と想像しています。
    法律家が考える「過失」は、より限定されたものです。すなわち、ある行為に裁量の余地があることは当然の前提とした上で、それでも通常であれば払うべき注意を払っていなかったと認められれば「過失」ありとして有責という結論を導いています。野球でいうと、三振したからと言って直ちに「過失」ありとはしないけれども、とんでもないボール球に手を出して三振した場合は「過失」ありと言わざるを得ないだろう、ということでしょうか。

No.118 FFFさん
  • 論がかみ合わない理由として私が考えているのは、法律家が三段論法を意識して議論しているのに対し、医師の方にはその意識が薄いのかな、という点です(もちろん、考え方の違い、アプローチの違いに過ぎないものであって、法律家の発想が正しいとか優れているとかいう問題ではありません。念のため。)。
    つまり、弁護士や裁判官の基本的発想としては、
    ① 過失が認められた場合には法的責任を負う、過失がない場合は責任を負わない。    (大前提)
    ② 本件の医療行為には過失がある/ない      (小前提)
    ③ だから本件の医師は法的責任を負う/負わない (結論)
    という枠組みがあるのですが、医師の方から寄せられる裁判批判には、①と②のどちらを問題にしているのかが明確でないものがあったように思います。実際には②のレベルに関する裁判所の事実認定に不満があるのに、それが①の点、すなわち一般的判断基準のレベルにまで及んでいる意見が多々見られました。
  • 「医療過誤の認定」といっても即座にできるものではなく、順に段階を追って考える必要があります。第一に、治療行為や患者の容態変化等、客観的な事実として何があったかの認定をします。第二に、そのケースで医師が払うべき注意義務はどのような内容のものであったか、を策定します。第三に、実際に行われた治療行為が上記の注意義務に反していないか、を判断します。
    このうち第一の点については、完璧とは言えないものの、現行の司法制度以上に確度の高い認定方法は考えにくいと思います。証拠を強制的に取得すること、関係者に証言を求めることといった手段が整備されているからです。
    第二の点が、医師の方に最も不満の多い部分だろうと思います。基本的には「診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準」を基準として求められる注意義務のレベルを決めるわけですが、この点については、「当該医療機関の性格、所在地域の医療環境の特性等の諸般の事情を考慮すべきである」(=全国一律に決まるものではなく、現場の実情に配慮すべき)とされる一方、「医療水準は、医師の注意義務の基準(規範)となるものであるから、平均的医師が現に行っている医療慣行とは必ずしも一致するものでなく、医師が医療慣行に従った医療行為を行ったからといって、医療水準に従った注意義務を尽くしたと直ちにいうことはできない」という判断も示されており、この部分が特に、現場で全力を尽くしていると自認しておられる医師の方には甚だ不満なのかと推測します(よく判決文を読むと、別に超人的な努力を要求しているわけではないことは分かるのですが・・・・)。いずれにせよ、ここはどの程度の医療水準を現場の医師に期待すべきかというsollenの問題であり、「正しい」「正しくない」という問題とはちょっと違うように思います。現場が崩壊するほど厳しい要求になるのであれば「妥当でない」との評価はできましょうが、自分の見る限り、そこまで無茶な要求をする裁判例が目立つとは思えません(※)。
    ※ ただし、これは法律家として、将来その判例の理論が適用されると見込まれる限界範囲(射程と言います)を概ね読み取れるからであって、射程の予測に慣れておられない医師の方が不安に感じるのも理解できます。司法は、判例の射程がどこまでかを分かりやすく明確に示し、医療機関に注意を喚起すると同時に無用な警戒、誤解を生じないよう努めるべきですが、医師の方の御意見を拝見しますと、現状ではそれが達成できていないと言わざるを得ないように思っています。
最終更新:2008年09月16日 22:24