賠償額


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  • 実務では損害賠償を請求する場合、「損害」の賠償を請求するわけですから、まず損害額の確定をします。被害者側に発生した損害額を客観的に確定するのです。損害額の計算方法はほぼ確立していて、積極損害(治療費、休業損害)、消極損害(障害に基づく遺失利益)、慰謝料を足し合わせて計算します。後遺障害についていえば、その人の障害の程度に応じてその後の遺失利益を計算します(行為者の過失の重軽は無関係です。)。
    で、その後で、その損害額を、誰に対して、どの程度の割合(過失相殺の問題)で請求できるかが検討されていくのです。医療事故の場合、素因減額(死という結果の発生に既往症が影響しているような場合)がされることがないとはいえませんが、交通事故のような大幅な過失相殺がなされるケースは少ないでしょう。
  • 「患者は医師を信頼して身を委ねており、信頼を裏切られたことによる精神的苦痛が生じるため、慰謝料は交通事故よりも高額になる場合がある」という引用部分についてだけ見ると、おかしいものではないと思います。
    現在、訴訟では、人が死傷した場合の損害賠償額は、おおむね財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部編集発行の「民事交通事故訴訟・損害賠償額算定基準」(通称「赤い本」)に沿って計算します。医療事故の場合でも、赤い本を使います。交通事故で医療事故でも、死傷により発生する損害は変わらないからです。で、おかしな話だとは思うのですが、慰謝料についても基準が定められているのです。
    ちなみに、赤い本では死亡慰謝料を以下のとおり定めています。
    一家の支柱 2800万円
    母親・配偶者 2400万円
    その他 2000~2200万円
    判決自体は、慰謝料が交通事故よりも高額になる「場合がある」と言っているのみです。
    東京地判平成18年07月26日
    「交通事故においては、事故以前に当事者間に何ら法律関係がないのが通常であるのに対し、医療事故の場合は、患者と医師の間に契約関係が存在し、患者は医師を信頼して身を委ね、身体に対する侵襲を甘んじて受け入れているのであるから、医師の注意義務違反によって患者の生命身体が損なわれたとき、患者には損害の客観的態様に基づく精神的苦痛に加えて、医師に対する信頼を裏切られたことによる精神的苦痛が生ずるものと考えられる。したがって、医師の注意義務違反の内容と程度及び患者側の受けた損害の内容と程度によっては、患者側の精神的苦痛に対する慰謝料の額が交通事故等の場合よりも高額なものとなる場合もあり得るというべきである。」
  • あの判決が意味するところは、せいぜい「慰謝料は色々な要素を総合考慮して判断するんですよ、だから、医療事故であることの一事をもって常に交通事故より低額になるということはなく、結果として高くなる場合だってありますよ」という程度のことです。別に新しい判断でも何でもなく、ある意味当たり前のことを述べたに過ぎません。
  • 信頼の根拠は担当医との人的な関係ではなく、「大学教授で日本肝臓学会でも指導的役割を果たしていた」という社会的地位や風聞に基づいているようであり、世間が勝手に評価したことによって重い責任を負わされるのは不公平だという気がします。
  • 割り箸事件では時間外の救急外来でのできごとですが、はたして保険機関はどう評価しているのでしょうか。価格表が今手元にないので正確には答えられませんが、せいぜい普段の料金に数千円を上乗せしているだけです。くだんの当直医はいくら当直料をもらっていたでしょうか?おそらく1~2万円程度ではないかと思います。価格決定権が契約者にない契約で一億円にものぼる損害賠償の請求は法外と考えます。医療崩壊のお話ですが、私は日本の医療供給システムは世界でも最高水準にあると思っています。質については全体としてはアメリカには多少劣る面がありますが、コストパフォーマンスとアクセスが抜群に優れています。割り箸事件ですが、はたしてこのお母さんがアメリカに住んでいたとしたら転んだ子供を見てすぐに救急外来に救急車でつれていったでしょうか?救急車は有料、時間外に救急にかかれば診察だけで数万円、それもすぐにみてもらえるわけではありません。脳外科にコンサルトして緊急のCTをとったとしたら診察料は20万円をこえます。ちょっと見て子供が元気そうだったらつれていくことに二の足を踏むと思います。
  • 医療賠償金額の法的抑制(キャップ制)の可能性のついて。現行の裁判例では人ひとりの命の値段(客観的損害額-逸失利益)の評価はほぼ固まっており、医療過誤の被害者が、他の原因による死者と比べて、特に高いとか低いということはありません。慰謝料は死亡原因、すなわち殺人か傷害致死か交通事故か医療過誤かというような具体的事情によって、多少とも差が出ることはあります。もっとも、私は医療過誤を交通事故より高くする(藤山裁判官)という説には賛成できないのですが。
    「利用料が安い」という点は、一つの根拠になりうるのではないかと思いました。
    裁判所の法解釈で行うことにはさすがに無理がありますが、立法措置を行う上で、立法を正当化する事由、合理性という位置づけには使えるのではないか。
    参考になるのが、郵便法です。郵便制度では低廉な料金設定の反面、郵便不着や破損等の契約不履行に関する賠償金額を低い金額に制限しています。郵便法については最近、不合理な免責制度は違憲であるという最高裁判例が出ましたが、逆に言えば、合理的な責任制限なら許されるわけです。医療費を保険点数制度を通じて実際の経済価値より低く人為的に抑える、その反面、損害賠償額額はいかに被害が大きかろうと過失があろうと、一定額に制限するというのは、説得力はあるのではないでしょうか。
  • 損害額は、きわめて大雑把にいうと、逸失利益(その者が生存していれば得られたであろう利益)と慰謝料の合計で決まります。
    このうち逸失利益は、債務不履行や不法行為の内容とは関係なく、被害者の属性によって決まります。被害者が30歳で、既に年収2000万円を越えており、今後も当分それと同等かそれ以上の収入を見込めたであろう人であれば、相当高額な数字になりましょうし、一方、被害者が90歳で、わずかな年金収入しかない人であれば、かなり小さな数字になると思われます。
    そして、民事訴訟においては処分権主義という基本原則がありまして、要するに、当事者が求めた以上の判決は出せないということになっております。
    したがって、例えば殺人事件の遺族が損害賠償を求める場合でも、1000万円しか請求していないのであれば、その限度での判決が下されることになります。犯罪行為を犯した者は、ほとんどの場合資力に乏しいため、億単位の判決を取っても現実に回収できる見込みは皆無です。そうであれば、訴状の印紙代(手数料のようなもので、請求額が大きいほど高額になります)も考えて、ひとまず額を抑えた請求にしよう、ということはよくあります。
    また、交通事故については、保険で填補された分を請求額から引く、という扱いがあります。純粋な損害額は1億5000万円だが、そのうち1億円は既に保険から支払いを受けたので、被告には5000万円を請求しよう、という場合です。
    なお、医療事故では、被害者が死亡せず、高度障害、いわゆる植物状態で生存しているケースも多々ありますが、このような場合、将来にわたる介護費用等が相当な額に上りますので、結果として、死亡の場合より高額の損害額が認容されることがあります。
    慰謝料については、事件の態様によって若干上下させる扱いが普通です。死亡交通事故でも、単なる脇見運転の場合と、飲酒ひき逃げ事件の場合とでは1~2割くらい差がつくこともあります。ただ、それでも500万円以上の差が出ることはちょっと考えにくいところですし、医療事故の場合、慰謝料を殊更に加算・減算しないといけないほど悪質な事案というのも甚だ稀(故意に患者を殺害した位であれば別ですが)でしょうから、ここで大きな差がつくことはないと認識しています。
  • 裁判所が「厳密な意味での被害の程度ではなく被告側の支払能力をみて損害賠償額を決めている」ということは全くありません。裁判所は、被告の支払能力に無頓着というか、ほとんど関心がなさそうです。執行は当事者の責任なので当たり前といえば当たり前なのですが。もちろん、和解の際に、被告が支払える現実的な額を基準に交渉させるということはあります。
  • 一方、生命保険は、判例上、損益相殺の対象にはならないとされています。交通事故であれ医療事故であれ、です。こちらの給付金は、払い込んだ保険料の対価という性質を持っており、もともとその事故や事件がなくとも支払われるべきものだからだ、という説明をされます。厳密に理屈で考えると、その説明にも突っ込みどころは色々ありそうな気はするのですが・・・・。なお、医療過誤事件においても、損益相殺という考え方自体はもちろん認められます。ちょっと嫌な例えですが、医療過誤の被害者が死亡した場合、その人に関する将来の生活費は必要なくなる(=負担を免れる)わけですから、それに相当する額は損害賠償額から控除されます。これは損益相殺的発想に立つものです。
  • 仮に「医療事故保険」のようなものを公的に設けて強制的に保険料を徴収し、そこから先に保険金が出るようになれば、おそらく、医療過誤訴訟における損益相殺の対象になるものと考えます。
  • 仕事柄、相当多数の医療裁判事案を目にしてきたのですが、勤務医が訴えられる事例で、勤務医だけが訴えられることはほとんどなく、病院もセットで訴えられるのが通常ですよね。この場合、病院と勤務医の連帯責任とされるのがふつうなので、敗訴または敗訴的和解をしたときも、病院と勤務医のどっちかが支払えば、もう一方は、少なくとも患者に対しては支払わなくてよくなる訳です。で、通常は、病院が支払うことが多いかなあと思うんですが。(その後病院と勤務医の間でお金のやりとりがされているのかわかんないんですが)。さらにいうと、被告側(医療側)の弁護士は、ほぼ100パーセント、医師会ないしは保険会社の責任保険を通して受任していて、例えば、和解の話をするにしても、保険会社の了承が必要なのが通例で、支払も保険会社がすることが前提になってることがほとんどというのが実感です(当然、敗訴判決が確定したら責任限度額(いくらなんでしょう?)までは保険会社が払いますよね。)
  • 交通事故の損害賠償保険では、加害者が民事裁判を起こされた場合、保険会社の弁護士が訴訟を遂行しますが、それは当初の保険料に込みです。ウチの近くにも、保険会社数社の顧問をしている弁護士がおりますが、もう交通事故のプロです。医療事故の裁判の場合でも、保険に入っていれば、保険会社の弁護士が訴訟を遂行しているはずです。
  • 自動車というものがなかった時代から、徐々に交通事故が起こるようになり、判例が蓄積され、賠償額も固まっていったという経緯があるのでしたら、医療訴訟も最近までは数が少なかったそうで、また今後増えていくことでしょうから、まだ過渡期と考えたほうがよいのかもしれません。
  •  原告の方にも過失がある場合、その点を考慮して賠償を減額します。過失相殺と呼ばれる調整方法です。その割合は、最終的には裁判官が裁量で決めますが、まず原告の過失とみるべき事情を被告の方で主張・立証した上で、その結果を見て判断することになります。
    過失割合として認定される幅は様々で、9対1の場合もあれば1対9の場合もあります。また、損害が拡大したことについて原告側にも過失があるという場合にも、過失相殺の対象とされることがあります(医師の不適切な診断・治療と、患者の不摂生な生活が相まって死に至った場合等)。
  • 損害論については、現行法で交通事故事案をベースとする人的損害の評価方法の組みが、既にがっちり出来上がってしまっているというのはFFFさまご指摘(No.123、127)の通りですが、これに対するじじい様の反論(No.124、.222)。以前のエントリでも、どなたかからご意見がありましたが、この考え方は示唆に富んでいるように思います。「傷病者は医療の手が入る前から健康人より寿命が短かかったので、医療過誤により受けた被害は少ないはずだ」
    交通事故においても、被害者の身体の元々の器質的な問題がプラスして後遺症状が出た場合には賠償金額を割り引くという考え方があることからすれば、現行法の解釈としてあながち不当な説でもないように思います。具体的にどれだけ割り引かれるか、という立証が難しい(病状から余命を予測する鑑定が必要?)でしょうが。
  • 問題は、以前にもどなたからか御指摘があった、「成功率50%=生存率50%の手術に過誤があって死亡した」ような場合の算定です。過失が認定される以上、損害賠償が認められること自体は当然としても、そもそも半分の確率でしか生存できなかったのだから、逸失利益が100%認められるのはおかしいという疑問は、もっともな面があると思います。割合的認定をして、「本来の逸失利益 × 生存率」で算定した下級審判例も数件あるようです。
  • 「市場原理、経済行為ではない医療行為に通常の法律を適用する意味」ですが、医療過誤訴訟で扱われる法律(民法、消費者契約法)は、古典的な市場原理が作用する場面のみを想定したわけではありません。無償の、あるいは好意でなされる行為についてのルールも規定されています。
  • 司法は専門委員制度や各医学会への鑑定医推薦依頼制度、医師の調停委員による調停や付調停制度の活用、複数の鑑定医によるアンケート式鑑定やカンファレンス型鑑定方式の導入など、いくつかの「正しい事実評価を行うための試み」をしておりますし、また医師会や医学会、大学等における調査機関の設立・運営に対して積極的に協力しており、法曹が決して現行制度を最善と考え変化に抵抗しているわけではありません。
  • 「法律で賠償額に制限が付くと報酬が減るので現行法を希望」という箇所は、おそらく、判決の最後の方に「弁護士費用」として判示される数字(たいてい損害額の10%なので、損害額が減ればその数字も減る)を念頭に置いてのことかと思いますので、ちょっと説明させて頂きます。判決で認められる「弁護士費用」という項目は、「原告が弁護士に支払う報酬のうち、いくらを被告に負担させるべきか」という意味でして、「弁護士はその金額しか報酬を得られない」というわけではありません。弁護士報酬は、判決で示される金額とは別に取り決められ、その取り決めに従って支払われます。したがって、「法律で賠償額に制限が付くと報酬が減る」というのは誤解ではないかと思います。