提案

医師の立場による究極の目標は、医療事件を民事・刑事の訴訟の枠組みから外してしまうことです。
民事訴訟を阻むために考えられる方策としては、

1.訴訟に前置する医事紛争調停
現行の憲法秩序の下では紛争の最終的な解決は裁判によると定められているから、
これと矛盾しない形で訴訟以外の紛争解決手段を導入するとすれば、前置しかできない。
しかし、調停を経ることを法的に強制すれば、訴訟に至る件数を減らせる。

2.真相解明を目的とする専門的調査機関
訴訟の真相解明機能を期待する患者のために、別のより良い手段を提供する。

3.無過失補償制度
一定の金額が簡易な手続きで得られるなら、訴訟するのはやめておこうと思わせる。
(補償金を受ける条件として、損害賠償請求権を放棄させる)

以上の手段をもってしても、損害訴訟提起を阻止できないこともありますが、
それでも、調査機関の調査結果を、鑑定に準じるものとして、訴訟に証拠として持ち込めば、トンデモ鑑定や裁判官のトンデモ判断を防止する効果が期待されます。
  • 私が、浮かんだのは「国税不服審査」の制度です。医療と税金を同じように論じることは、正しくはないのですが、国税不服審査の制度は裁判所に訴訟を提起せずに、国税不服審判所に対して審査請求を行い、その審理による裁決で解決する方法です。但し、訴訟を提起する権利を奪うものではなく、不服があるときは、その通知を受けた日の翌日から6か月以内に裁判所に対して訴えを提起することができます。国税不服審判所長は、国税庁長官が財務大臣の承認を受けて、任命することになっているので、中立とは言えないが、裁判を経ずして簡便な方法による解決の方法も供与していると言えます。医療については、専門的な医療知識に基づく判断がなされなければいけないことを考えると、裁判による解決ではない道も作った方がよい気がします。但し、訴訟の権利を奪うことは不可能と考えます。直接訴訟に行く権利、審査調停機関の判断に不服がある場合には、裁判所に対して訴えを提起することは可能にすべきと考えます。
  • 基本的に先進国であれば,ヨーロッパのように福祉国家を確立させ医療が公的給付であることが普通で,このような体制であれば,医療職能集団としての自己統治機能はかなり効いている。その自己統治機能としての最初のスクリーニングにおいて「これはいくらなんでも犯罪だ」というケースはおのずと明らかになるものである。そういう意味で日本としてはヨーロッパ型の医療職能集団の自己統治機能を打ちたてながら,それとは別立てで司法救済という,現在の裁判制度をうまく機能させていく方向に持っていくのが理想的だと思う。(米本委員)http://www.courts.go.jp/saikosai/about/iinkai/asu_kondan/asu_kyogi13.html
  • 戦後から続いた日本の医療の体質の中で,ピアレビューをやりなおかつ同じ組織で紛争処理までやる自己統治機能の文化は,数年ではとても醸成できないと思う。自己統治のためのコストはおそらく今の医師が想像するよりはるかに大きなものであり,日本の医師の行動自体が変わる必要がある。確かに制度論としてはあり得るかも知れず,司法制度や医療サービスを享受する国民の側が,これをADRの一つの緩い形だと捉えれば,そうなり得るだろう。それによって医療関係裁判として裁判所に持ち込まれる紛争が減ることは予測される。しかし制度的に社会の側が医療関係のADRだと決めたからといって そう機能する保証はない。日本の医療職能は制度として,例えばドイツのように自己統治機能が大変高く医療関係の立法の必要がほとんどなく,プロフェッションが決めた規範が厳格に守られるような体制ではないのであり,職能集団として相互監視や相互評価を社会の側が強く求めることが第一ステップであろう。 (米本委員)http://www.courts.go.jp/saikosai/about/iinkai/asu_kondan/asu_kyogi13.html
  • 専門機関の判断に不服がある場合に訴訟できることは当然として、最初の段階で訴訟との選択を申立人の自由(直接訴訟もできる)とするか、それとも専門機関の前置を強制するかが問題となります。前置強制のほうが訴訟抑制効果が高いのは、道理でしょう。前置主義は国民に対し出訴の権利を制限するものですから、法律によらなければできません(が、合理的な理由があれば、憲法32条裁判を受ける権利 には反しないと解されます。)
    選択自由の任意的な紛争解決機関(ADR)は、法律によらずに設置できますが、その機関が裁判所より人気が出て、みんな訴訟するよりADRに行こう、とならなければ、訴訟抑制効果はありません。現に、他のADRでそこまで成功しているものはありませんので、医療でもなかなか難しいのではないかと思います。よって、終局的には法律によって、前置強制すべきであり、医療の専門性からいって、前置主義をとるだけの理論的根拠はあると考えます。しかし、一朝一夕には無理で、将来的に前置強制するまでのステップとして、まず任意的ADRを導入し、国民の信頼を醸成し法律制定への理解を得ていくのがよいのではないかと思います。
  • 航空・鉄道事故は、医療事故に比べて発生件数が少ない(2006年度は航空事故18件、鉄道事故15件)ですから中央に一つ置かれた委員会から各地に調査官を派遣する方式でも間に合いますし、「誰の眼から見ても事故だとわかる」から、当事者の申し立てを待つことなく、報道をきっかけにして自発的に調査を行なうことができます。
    しかし、医療事故は訴訟に発展したものだけでも年間1000件を超えています。そして、医療関連死が医療事故に起因するものなのか寿命だったのか、「誰が見てもわかる」ケースばかりではありませんので、医師または患者側からの申立て事案も含め、医療事故調査委員会は個々の事案が調査対象として相応しいものであるかどうか篩いにかける必要があります(その認定をめぐって新たな紛争が生じることも予想されます)。
    しかも、医療事故調査委員会ができたからといって直ちに民事訴訟・刑事訴訟が抑制されるということにはなりません。鉄道・航空事故調査委員会だって、証拠の取り扱いに関して捜査機関と一定の協定を結んでいるというだけで、捜査機関による捜査に対して優先権を有しているわけでも、調査に協力した者に刑事上・民事上の免責を与えられるわけでもありません(それがよいとは考えていませんが、先行する制度がそうであれば、今後それをモデルとして出来る制度もそうなるだろうと考えておくのが無難でしょう)。
    正直申し上げまして、厚労省が検討しているらしい航空・鉄道事故調査委員会型の“医療事故調査委員会”は、「医療崩壊に対する対応策」としてはあまり意味がないのではないかと私は思っています。
    訴訟を抑制し、不当な判決が乱発されるのを防ぐための実現可能なプランは、今ある医師会の賠償責任審査会・医事紛争処理委員会をドイツ型の鑑定・調停機関として再編する(勤務医向けには、学会単位で医師賠償責任保険と提携した医事紛争処理委員会を設ける)か、訴訟提起された医事紛争を、原則として医師と裁判官とで構成する調停委員会に付すようにし(付調停。民事調停法20条1項)、そこで訴訟並みの証拠調べを行なうとともに、双方の合意が形成されなかった場合は鑑定書並みに詳細に理由を示した「調停に代わる決定」を出すようにするかのいずれかではないかと思います。
    民事調停では、調停委員会が職権で事実の調査や証拠調べを行なったり(民事調停規則12条1項)、調停委員自ら事実調査をしたり(同条2項、3 項)、調停委員会を構成する調停委員以外の調停委員から専門的な知識・経験に基づく意見を聴くこともできる(同規則14条)とされており、医師の皆さまから批判の的になっている「弁論主義」に縛られることはありません。調停というと、簡易裁判所の管轄ということもあってどうしても軽いイメージがあり、現実の調停でも「双方の意見を足して二で割る」的な解決を提示されることも多いのですが、上記のように制度上は医事紛争のような専門的・複雑な事案の審理もできるようになっているのです。
    私としては、この2つが医事紛争を妥当な解決に導くための方策としては最も費用がかからず、大掛かりな法改正も必要としないものであると考える次第です。
  • 医師会の賠償責任審査会・医事紛争処理委員会を中に取り込むとしても、今のままの制度では、訴訟抑制(適当な言葉ではありませんが)はほとんどないため、これらの点をどうするかという問題があります。
    これらの点については、an_accused さん、元行政さんもふれられていますが、あまり、ご存じでない方もいらっしゃると思うので、記載させていただきますと、患者側が、病院に対し、示談等の交渉を申し入れた場合、病院が賠償責任審査会・医事紛争処理委員会の審査を受けたいといい、この審査を申し出たとします。患者が訴訟を提起すれば、審査手続きはそこで終了します(訴訟ということになります)。
    しょうが、金額を提示される場合でも、数百万円あるいは、まれに1000万円程度が上限のような形です。したがって、訴訟案件の場合、患者側の弁護士は、この手続きを無視して、訴訟を提起することになります。
  •  全員加盟制の弁護士会とは異なり、医師の場合は職能組織が統一されておらず、全医師に睨みの利く自治組織もない。一つの方法としては、医道審議会を、現行の厚労省諮問機関から格上げして、医師法を根拠法とする事前審査型のより高位の行政審判組織にすることが合理的であるように思う。
    ここでも、直接の紛争解決の場とはならないが、各種モデル事業や、学会合同のWG、医師会の委員会にあるリソースをここに転換し、審議会の組織を拡充することによって、充分な調査能力を持たせれば、医師患者双方から提起される医療関連事案に関して、原因を解明することに加えて、医師の行政処分を迅速により正しく行うことが出来るし、そこでの決定に至った調査報告書は、その後の紛争解決に方向性を示すものとして充分な牽制力を有すると思われる。
最終更新:2008年07月22日 11:57