衣・透華×ハギヨシ     衣・透華×ハギヨシ                  ID:Buz4dujH 


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衣・透華×ハギヨシ 衣・透華×ハギヨシ ID:Buz4dujH氏
第1局>>847~>>851 >>869~>>873


   青年の眼前にそびえる建造物は、住んでいた粗末な家と比べるべくもなく、は
   るかに高さも奥行きもあった。ただ、傍目から見ても、快適な空間であるとは
   言い難かった。陽光が空をたどっている日中でさえ陰湿で恐々とした雰囲気を
   纏っている。錆びた鉄柵は侵入者を歓迎するかのように、所々折れていた。

   庭師の手入れから放棄されたのであろう幹はやせ細り、時折吹く風がなけなし
   の葉を揺らす。老婆の指のような枝が、まるで来訪者を取り込もうとしている
   かのようにうごめいていた。

   そんな、季節にさえ置き去りにされたような所。

   青年――龍門渕家の執事である萩原が連れてこられたのは、外界との関わりを
   避けるように隔絶された古い館だった。

   「萩原、ここのことはお父様から聞いているかしら?」

   萩原の眼前を歩く年下の少女が、威勢良くそう切り出す。

   「多少。……透華お嬢様をこちらに近づかせるな、ということくらいでしょう
   か」

   言いながら、萩原は少女の父親である龍門渕家当主の続く言葉を思い出す。あ
   の屋敷には……。



   つい先日のことだった。

   龍門渕家の当主が肩を戦慄かせ、頭を抱えるようにして椅子に沈んでいた。今
   まで決して声を荒げるようなことなどなかったその人が、一通の手紙を握り潰
   し、

   「あいつが来る! 穢れた血の天江家の娘が来る!」

   朝食の際だった。意味もなく引き伸ばされた長いテーブルに勢いよく拳を叩き
   つける。その席にいた透華と、その横にいた萩原が何事かと顔を見合わせれば
   、まだ中学生に上がったばかりの透華はきょとんとしていた。

   「お父様どうなさったの?」

   こぼれたシナモンティーを横目で確認しながら透華が言った。やや減ったカッ
   プを手に取り、軽く口に含む。こくり、と喉のなる音を萩原は聞いた。少女は
   父親の狼狽する姿に臆することなく質問を続ける。

   「あいつって、衣のことでしょう? あの子、こちらにいらっしゃるの?」



   娘の言葉が耳に入らないのか、うつむいた顔からは何も察せず、透華が萩原に
   話をふる。

   「衣って言うのはね、私の従姉妹ですの。同い年でしてよ」

   特に気にする風もなく抑揚のある声で少女が言った。萩原はその顔にわずかば
   かり笑みを落とし、目を細めて、透華の話しに相槌をうつ。

   幼い頃一緒に麻雀を打ったり、忙しかった父親の目を盗んでよく天江家に遊び
   に行ったり、外でおち合ったりしていたことなどを教えてくれた。それから
   、天江衣に麻雀で勝利したことは一度もないらしい。

   「衣は本当にお強いのよ。人と同じ強さとして考えることすら馬鹿らしいくら
   いに……」

   とは言っても、小学生の打つ麻雀でそこまでの実力差が生じるはずもないが。
   萩原はとっさに胸中をかすめたそれをおくびにも出さず、少女に言った。

   「つまり、人ではない、と?」

   少女の目が一線の光を放つ。

   「そうですわ。彼女は……」




   「ハギヨシ!」

   その声で、萩原は過去を遡るのを止めた。

   透華がこちらを振り返っていた。焦点の先、萩原がその顔に薄く笑みを浮かべ
   ているのを見て、

   「それは、どうでもいい知識ですわ。忘れてもよろしくてよ。」

   ふんっ、と鼻息を荒げる。

   萩原はその言葉には何も言わず、ただ、先ほどの表情を崩さずに透華を見た。
   その無言を同意と汲み取ったのか、満足気に口の端を吊り上げ、少女はくるり
   と、その長い髪をなびかせ踵を返す。自身に満ち溢れた独特の歩き方。

   少女の言葉の背景に特に恐れも抱かず、萩原はその後を追った。




   何十年も使われていなかったのか、ほこりとくもの巣で飾られた木質の扉はほ
   のかに鼻をつくにおいを放つ。内外を遮断していた扉の鍵が小気味よく透華の
   手によって開けられた。

   古めかしい音は半ばで止み、完全には開かない扉をすり抜けるように通る。前
   を行く少女の足取りが軽いのは、親しかった従姉妹に会うゆえか、強敵に再度
   合間見えるゆえか。


   『私の娘に天江家の者を近づけてはならん!』


   萩原の脳裏にこだまする当主の猛った声。点在して陽光を受け入れる窓は屋敷
   の中に濃い影と薄い影を作る。平等に与えられるはずの光は、屋敷の作りから
   してあまり差し込むことはないだろう。


   『わかるな、萩原。これは命令だ』


   若い萩原には何の説明もなく、ただ、己の成すべきことだけが伝えられる。彼
   は有能な執事だった。しかし、それで納得できるほど、萩原は大人ではなかっ
   た.

   それに、

   「ハギヨシ、怒っているの?」

   不安げな声。暗がりの中こちらを見上げる透華は、普段の自信に満ち溢れた表
   情を忘れているかのように瞳を揺らせている。支える者を探しているように感
   じられた。

   はっとして、萩原は表情を緩めた。考え事をしていたため、その沈黙で少女を
   不安がらせてしまったらしい。

   「いいえ、私はいつでもお嬢様の味方ですよ」

   すぐに、透華が年相応にぱっと明るく笑う。

   「もちろん、今さら引き下がることはこの私が許しませんわ」

   蔭った廊下に物怖じもせず、跳ねた後ろ髪が感情と連動するようにぴょこぴょ
   こと跳ねていた。透華は自分の小さな右手で萩原の右手を掴むと、走り出した
   。

   「お嬢様……」

   「何か言いました?」

   「いいえ、何も」

   萩原は、成るように成ればいい、とそう胸中で呟いていた。



   「衣、入りますわよ」

   二重の鍵を外し、すぐさまノックもせずに透華が扉を開ける。気味の悪い金属
   音。この扉だけ、なぜか厳戒な砦のようだと萩原は思った。

   暗闇に透華が溶け込む。確か、一通りのライフラインは通っていたはずだが。
   窓がないのか、開け放たれた入り口以外に部屋を照らす光源は見当たらない。

   寝ているのだろうか。彼の憶測は透華の悲鳴にによってかき消された。

   「きゃあぁぁぁ! こっの、痛いじゃありませんの! ちょっ、どこを噛んで
   いらして!?」

   「うるひゃい! おまえが、尾籠極限にも私の足を踏むからだ!」

   二つの罵声から居場所を察し、暗闇に慣れてきた萩原が瞬時に透華を救い上げ
   る。獣のような争いがそこで止んだ。

   「邪魔するな!」

   赤い兎耳がそう叫んで飛び掛ってくる。萩原は半歩下がってそれを交わし、透
   華を地に下ろした。後ろで、勢いを殺せなかった兎が何かにぶつかったのか、
   うめき声を上げている。

   「彼女が、天江衣でしてよ」

   萩原は透華の首筋についている赤い歯型を見て、それから肩越しに振り返る。
   赤い兎耳だと思っていたのは、カチューシャのようで、まるで中学生らしから
   ぬ容貌の女の子がこちらを睨んでいた。


   明かりを付けた部屋の中は、先の乱闘のせいでひどいありさまだった。机や椅
   子が倒され、棚が倒壊し、人形があちらこちらに散らばって恨めしそうに見上
   げている。

   兎――衣の身に纏ったものは、本人の趣味にしてもひどかった。みすぼらしい
   としか形容できない。どこもかしこもほつれた薄桃色のワンピース。それにべ
   ったりとくっついている黒っぽいものは泥に見える。ドブに入ったとでも言う
   のか。

   それよりひどいのは少女の目の下のくま。それと、喉をすり潰すように発して
   いる声だった。舌足らずな口調がそれを助長する。

   愛らしいと感じるはずの顔つきは、獰猛な肉食獣のように威を放っている。

   「何も喰わぬと言ったはずだが。……ここから去れ、さもなくば衣を殺すがよ
   い」

   衣が言った。

   萩原は少女の眼をじっと観察した。彼女もこちらを見ていたが、何も眼に宿し
   ていないかのように焦点が遠い。

   「衣、私の顔わかるでしょう?」

   衣に一歩近づき、低いトーンで透華が話しかける。その目はやや伏せ目がちだった。


   「……」

   衣は無言で、一歩だけ、ただ躊躇しながら下がった。

   「お頭まで野生化してしまったの?」

   「喧しい! どうしてここに来た!」

   衣は傍にあった花瓶を素早く掴むとそれを透華に投げつけようとした。

   だが、

   「お止めください」

   少女は自分の腕から花瓶がないことに気付く。また、その両腕をいつのまにか
   縛られていたことにさらに驚く。衣は自分が取り押さえていることを漸く理解
   した。そして、圧し掛かっているモノから這いでようと暴れ出す。

   「別に花瓶くらいじゃ死なないですわよ」

   衣の暴挙にか、萩原の駿足にか、透華は驚いたと言わんばかりに目を瞬かせて
   いる。

   「威嚇にしても性質が悪いです」

   萩原は衣を組み敷いたまま右手を高くかざす。透華が何か呟いていたが聞こえ
   ないふりをした。



   「早く退けこのたわけ!」

   萩原の下でもがく少女。身体の支点を抑えられ、動くのもままならなかったが
   。

   「悪い子にはおしおきです」

   衣の動きがぴくりと止んだ。それに構うことなく、萩原は振り下ろした手を一
   直線に衣のお尻へと持っていく。

   「いたぁ!」

   パンっと風船を割るような音がしたかと思うと、ついで衣の悲痛な叫びが部屋
   に木霊する。

   「サービスでおかわりもできますが?」

   萩原がくつくつと笑いながら衣に訊ねる。応える余裕もないもないのか、少女
   は痛みに耐えるように、両拳を作ってぷるぷると震えている。

   「ちょ、ちょっとハギヨシ?」

   萩原が見ると、なぜか透華が涙ぐんでいた。昔のことを思い出したのだろうか
   。

   「手加減しております」

   「そういうことではなくて、仮にも女性なのだから……」

   「お嬢様の御身に比べれば、性別の差などは些細なことなのです。それに、こ
   ういう手合いは身を持って知る方が理解が早い」

   透華が溜息をついて萩原の隣に座る。

   「衣、大丈夫?」

   「お嬢様、あまり近づかれませんように」

   萩原は透華の危険に対する鈍さに呆れつつも、この優しい少女に思わず頬を緩
   める。

   「……うっ……ひっく……」

   「ん?」

   「……ふっ…くっ……お、父……ひゃまぁ」

   衣はくぐもった嗚咽漏らしていた。それから、少女のお腹の虫がささやかに立
   場を主張していたのを萩原は聞いた。

   それが合図のように、少女はあらん限りのしゃがれ声で泣き叫び始めたのだった。


   「は、ハギヨシがおしおきなんてするからですわよ!?」

   透華があたふたして萩原を押しのける。萩原は特に悪びれもせず、衣を見下ろ
   す。

   「衣……?」

   声を大にしているため聞こえないのか、たまに声を詰まらせながらむせび泣く
   。透華は泣き止ませようと這いつくばっていた衣を起き上がらせ、背中を撫で
   たり、頭を撫でたりしていた。衣服が汚れるのも気にせず、不器用に何度も慰
   める。

   ただ、それは衣の叫びをさらに強力なものにしているようだったが。

   「お腹が空いているのでしょう」

   「また、あなたは……」

   包むように衣を抱き寄せる透華の目は、まるで血を分けた姉妹のようであった。



   「何にせよ、見回りの者がそろそろ来る頃です」

   萩原は自身の執事服のポケットに手を突っ込み、飴玉を一つ取り出してその袋
   を開ける。何をするのかと一瞬身構えた透華の反応を楽しんでから、

   「お食べください」

   有無を言わせぬ速さで衣の口に押し込んだ。衣が泣き止む。

   「……ふぐっ……」

   「桃の飴です」

   「こ、衣、不味かったら吐いてよろしいのよ?」

   まるで自分が毒を呑ませているかのような透華の言いっぷりにやや苦笑する。

   「甘い」

   飴ですから、と再度付け加えた。

   「……甘い……」

   確認するようにそう呟き、衣は無邪気にころころと飴玉を口内で転がしている
   。それを見て、ほっとした顔を見せる透華。それから、透華はハンカチを取り
   出して衣の頬を伝う涙をそっとぬぐった。

   「な、何を」

   驚いた衣が無意識に透華を押しのけようとする。

   「そんな色んな液体の混じった顔で食べることもないでしょう?」

   初めは嫌がっていたが、衣はしぶしぶと言った表情でそれを受けた。萩原はむ
   しょうに笑いがこみ上げそうになるのを自制し、少女たちを見つめた。

   これが、悪魔か。

   萩原は一人胸裏でその言葉の真意を捜していた。
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