ZSU-37


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ZSU-37対空自走砲は、ソ連軍が初めて開発した本格的な装軌式対空車両である。
独ソ開戦の1941年以来、強力なT-34中戦車やKV-1重戦車を投入してドイツ軍を驚かせたソ連軍機甲部隊も、制空権をドイツ空軍が握っている内は、地上攻撃機による空からの攻撃に多大な出血を強いられ続けてきた。
1941~44年の間のソ連軍戦車の損失の内の6%、月平均約90両の戦車がドイツ空軍機の餌食になっていたのである。

こうした状況下、1942年頃よりT-60やT-70等の軽戦車をベースとした、12.7mm連装重機関銃や20mm機関砲を搭載する対空戦車の開発が構想されてきたが、同年末、T-70軽戦車の派生型であるSU-76M対戦車自走砲をベースに、37mm対空機関砲M1939を搭載する対空戦車の開発計画がスタートし、1943年中に試作車が完成して、試験も実施された。

本車は、SU-76M対戦車自走砲の戦闘室部分に、73.8口径37mm対空機関砲M1939を1門搭載したオープン・トップ式の全周旋回砲塔を設置したもので、操砲に最低3名の乗員を要した。
主砲の37mm対空機関砲M1939は、スウェーデンのブーフォス社製の40mm対空機関砲をベースに開発されたもので、HVAP(高速徹甲弾)を使用した場合、砲口初速960m/秒、発射速度は毎分80発であった。

垂直方向の最大射程は6,700m、水平方向の最大射程は9,500mで、砲の俯仰角は-5~+85度となっていた。
しかし、問題は電動式の砲塔旋回装置で、バッテリやモータの力が弱く、対空戦闘に必要な迅速な旋回速度がなかなか得られなかった。
このため、本車の対空戦闘能力はあまり高いものではなかったようである。

それでも、本車はZSU-37対空自走砲として制式化され、スヴェルドロフスクの第37工場で1944年後半に量産が開始された。
生産は1946年まで続けられたが、前述の欠点をなかなか克服できないため、約数百両程度の生産に留まったといわれる。
ZSU-37対空自走砲は、成功した車両とはいえなかったが、戦後も1950年代まで使用が続けられた。



<ZSU-37対空自走砲>

全長:    5.25m
全幅:    2.745m
全高:    2.18m
全備重量: 11.5t
乗員:    6名
エンジン:  GAZ-203 直列6気筒液冷ガソリン×2
最大出力: 170hp/3,600rpm
最大速度: 45km/h
航続距離: 360km
武装:    73.8口径37mm対空機関砲M1939×1
装甲厚:   7~30mm

我が部隊には移管された10両程が第12大隊に配備され予備・訓練車両として運用されている。
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