更新日 : 2017/02/08 Wed 23:53:19


銀河社会で復讐が許されない訳



世の中がどういうルールで動くは、国や時代によってさまざまな違いがある。
今の日本に存在するルールも、日本という国の現代という一時代で作られているルールにすぎない。

例えば、結婚した夫婦の名字。

日本では言うまでもなく夫婦同姓がルールとされている。
しかし、夫婦別姓がルールとなっている国や、別姓も同姓も選べる国も多い。
姓名の区別がなく、別姓同姓を論じるまでもない国もある。
ミドルネームや結合姓という形で二重姓とする国もある。
夫婦同姓以外認めない、という日本は、実は世界的には珍しい部類なのだ。

日本の古代に遡っても、夫婦同氏は決して普遍的なルールとはなっていないらしい。
名字自体が公的には武士階級にしか存在していなかったため、日本人全員の従う名字のルールは新しいのである。

白銀はそれを知ったので、白銀も夫婦設定を作るときには別姓のままにしていることが多い。

死刑制度の有無。
社会主義・共産主義と資本主義。
銃を持っていていいかどうか。
何歳から大人として扱われるか。
サッカーのような国際共通に見えるスポーツのルール。

こんな風に、国によってルールは千差万別である。
国連に加盟している国であれ、自国の領土で自国民に対して行う限り、どのようなルールを採用するかは基本的には自由である。
もちろん、日本に住むからには今の日本のルールには従うべきであり、改正を求めるなら、国家権力に正当な手段で働きかけて進めるべきだ。
ルールを変えることもなく自分の判断で勝手なことをするのは許されるべきではない。

だが、それとは別に、 海外のルールや決まり事を知ることは、多様性意識につながる。
日本でも議論の対象になっているテーマについては、「海外でどう扱われているか」が新聞やテレビ、ネットで紹介されることも多い。
無理に覚えなくとも、トリビア程度に読んでおくことには、GDW創作に当たって損はないだろう。




では、復讐はどうであろうか。

Gma氏は、復讐という考え方にはかなり批判的であるように思われる。
白銀個人としては、Gma氏ほどの拒否反応を示してはいない(復讐設定自体が現に存在する)と感じているが、それでも銀河社会では原則として許されず、個別惑星レベルで認められる余地がある程度だろうと考えており、 復讐を原則認めない考え方はGma氏と共通と考えてよいだろう。


何故復讐が禁止されるのであろうか。

第一に、復讐の連鎖という言葉を思い出してほしい。
復讐が更なる復讐を生むという考え方である。
復讐というのは、あくまでも個人の判断や感情で行われる。そこに「客観的な正しさ」は存在しない。
「復讐したいという感情」で正当化される復讐に対しては、「復讐したいという感情」があることで復讐をし返すことまで正当化されてしまう。
例えば、正当防衛という正しい行為が「復讐したいという感情が存在する」だけで「復讐の対象」になることも認めることになってしまう。
逆に、実行犯だけでは飽き足らず、一族郎党皆殺しというような、際限のない復讐感情が生まれてしまうケースもある。
名誉を汚したというような復讐感情に基づく殺人は、許されるべきか?


第二に、復讐感情には個人差がある。
復讐を虚しいことと考え一切希望しない遺族もいる。
その場合に、犯人を野放しにしてしまっていいのだろうか?
復讐感情だけが大事なら、遺族が復讐を臨まないなら復讐はしてはならないことになる。
遺族がたくさんいて意見が分かれている場合(被害者の妻と子で意見が分かれるような場合など)はどうするべきだろうか?

第三に、復讐は冤罪を生む。
復讐者が考える真実など、所詮は復讐者から見た一面の真実に過ぎない。
警察が調べた結果、別の真犯人の存在や正当防衛、その他にも復讐対象になった人物に考えるべき事情が存在したことが明るみに出る件もあるだろう。
警察の対応に問題があり、完全な対応ができずに犯人を取り逃がしてしまう場合は確かにありえる。
だが、警察より復讐者の方が情報を持っていて公平かつ公正なんて、まず考えられないではないか?
警察の判断や裁判所の判断に納得いかないから自分でやる、というのは、かっこよく演出されることも多いが実際には自分勝手である。
ルールを守らず各人が勝手に動くことを容認するならば、銀河社会は成り立たないだろう。





復讐したいという感情自体は、個人差こそあれど割と世界的に普遍なものではないかと白銀は考えている。
白銀自身、こうした普遍的な感情をあまりに無視することは、後々大きな問題となり、かえって目的を達成できなくなることを指摘することもある。
なので、こうした復讐感情が合理的ではないとはいえ、それを全く無視するようなやり方をすべきではないと思っている。
公的な刑罰で何とか復讐心を解消する考え方も、一部では模索されているし、それにはこうした問題意識も背景にあるだろう。

しかし、だからと言って大手を振って全面的に復讐を認めるとなれば、流石に話が別。
復讐の上記のようなリスクを無視してまで復讐を正当化するような論理は、白銀には見つけられない。

実際、日本で相手の犯罪行為に復讐心を起こした故に犯罪に走った、という例は実際にはそんなにないと思われる。
怨恨が動機の殺人事件は全体の1割程度であり、しかもその怨恨の原因が「被害者の違法行為である」というようなケースは更に少ないであろう。
今の日本は、復讐心をうまく消化できていると言えるだろう。


復讐と違い、自身が被害者でない私刑(リンチ)。
自身が被害者でない分、公正な視点を持ちやすいが、それでもマスコミなどが注目しなければ結局差が生まれる。
私刑が冤罪を生んだ例としては、タレントのスマイリーキクチ氏がweb上で受けた誹謗中傷の例が有名だろう。
私刑ですら冤罪や公平性などの問題点から逃れられていないのに、復讐はもっと問題が大きくなる。





最後に、白銀の個人的な意見なのだが、 復讐や私刑を理由に自身の行動を正当化しようとする人は、結局復讐を肯定されたとしても、自身の行為を全く正当化できていないことが多いように感じることがある。

公的になされる処罰などに自身の感情をぶつけているうちはいい。裁判にあたって遺族が「死刑判決を求める」と言っているのはその例だろう。
だが、警察や裁判の手を離れた完全に私的な私刑や復讐になると、これはかなり顕著な気がするのだ。


先述したスマイリーキクチ氏が誹謗中傷された事件で、web上でスマイリーキクチ氏を誹謗中傷した人たちは、スマイリーキクチ氏が冤罪であることを改めて警察に伝えられても、スマイリーキクチ氏に謝罪もしなかったと言われている。
被害者や遺族のために行った行為だというならば、せめて無関係の第三者を巻き込んだことにはけじめをつけるべきではないのか?

白銀の好きなアニメ、『ViVid Strike!!』。
同作のヒロイン、リンネ・ベルリネッタは様々な事情が重なり、自分に凄惨ないじめを繰り返したいじめっ子たちにキレてしまい、復讐として凄惨な暴力をふるった。
リンネは自らの行為が報道され、結果敬愛する家族に迷惑をかけた(元々孤児であり有名会社の社長夫妻に養子として引き取られていた)ことを激しく自責。
養親たちが説得して家にはもどり、変わらず愛してもらっていたものの、 優しさや責任感を持っていたリンネは「世界で一番(周囲に迷惑をかけてしまった)自分自身が嫌い」と言い出すまで追い詰められてしまった。

復讐という背景がスキャンダラスに報じられたり、監督者として親や周囲が責任を問われることで、復讐の結果は第三者にも及ぶ。
優しさや責任感があるなら、例え復讐それ自体は正当化しようと、第三者に迷惑が及ぶ可能性を徹底的に排除することだろう。それができなければ、人生真っ暗になるほどに自責することになるのである。
それもできない復讐などは、単なる無責任の産物でしかない。 処罰を受ける覚悟があろうと、第三者が求めるのは復讐者の命ではなく、復讐によってめちゃめちゃにされる前の平穏な人生である。
復讐者が勝手に奪っていいものではなく、また命を捨てた所で取り戻せないものだ。


被害者が生きているようなケースなら、なおのこと被害者の立場を考えるべきなのに、復讐ですっきりしてしまう。
被害者が死んでから復讐に走るよりも、まず被害者を生かして助けることが大切だろうし、生かして助けることは今の法律でも問題なく認められることだろうに、それもせずに被害者が死んでから復讐に走る。

結局、復讐してやるという意見全体が、短慮の産物であるとも言える。



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