更新日 : 2017/04/19 Wed 04:11:44


具体案なき憲法改正論議の空虚さ


 憲法改正を巡っては、護憲と改憲でイデオロギーの対立が目立っているように思う。

 個人的にはイデオロギー色が強いのは護憲派だと思っているが、実は改憲派もイデオロギーに染まっているのでは、と最近感じることが増えた。
 政権与党である自民党は改憲派ではあるが、なぜ憲法改正を発議すらできずにいるのか。護憲主張ばかりにその責任を求めるのは、白銀には責任転嫁と映る。


 国を守るために現行憲法ではダメだという主張が正しいとしよう。
 だが、それなら国を守るためにより優れた憲法を準備し、憲法を改正する手続がちゃんと準備されている。

 現行憲法のままでは国が守れないのだというのであれば、憲法改正に全力を挙げるのが、憂国の士のやるべきことであろう。
 「今の憲法で国を守れるというのなら代案を出せ」と主張するのに、「それでは、あなたが考える国を守るための憲法の代案を見せてください、俎上に挙げましょう」と言われて代案がありませんとでもいうのだろうか。


 白銀は、「自分に案は出せる訳ではないが、現状にはこういった懸念がある」、と表明する立場は、決して否定されるべきではないと思う。
 法律を定めるというのは、裁判ともまた違った相当な技術や知識が必要であるとも聞いている。
 自身にそういった技術がないことを前提に、一歩引いた立場で意見を言うことを白銀は卑怯とは思わない。
 そういった一歩引いた意見から、技術や知識のある人たちを頼っていい。
 もちろん自分の代案がない分説得力に欠けやすくはなるが、そこを様々な人たちの知識をこより合わせてまとまった案としていくのは大切なことだ。

 ただし、懸念だけ表明していても憲法を改正することはできない。
 自分でできないのはやむをえないとしても、せめて誰かが「憲法改正案」を持ってこなければいけない。



 そして、憲法改正には国民の過半数の賛成が必要である。

 憲法改正案がA改正案・B改正案・C改正案と揃っているとしよう。これと改正反対を合わせると、憲法の案は4つとなる。
 もし改正反対15%・A案35%・B案30%・C案20%と票が分かれてしまったらどうだろうか。
  改正は過半数によって決められる以上、憲法改正はされないことになる。 得票数ビリの改正反対の言い分が通ってしまうのだ。

 国会で既存の法律を改正する場合、「賛成」「反対」を二者択一で決めているが、実は「賛成」「反対」で決められるようにするために、官僚たちは頭を抱えて調整していると聞いている。
 憲法改正を主張するなら、官僚が頭を抱えるような問題に正面から取り組む必要がある。


 改憲論者だって、改憲さえできれば憲法をどんなふうに変えてもそれに従います、と言うほど白紙委任をしてはいないだろう。
 自衛隊を国防軍として憲法に盛り込むべきという改憲論者の前に「自衛隊禁止」の憲法改正案が出てきたら、まだしも自衛隊の保有を認めているとされる現行憲法の方がマシだと考え、改正反対に票を投じる可能性が高いだろう。

 逆に、いわゆる護憲論者でも、何があっても憲法を変えるべきではないと言う主張だけとは限らないはずである。
 護憲ではあるが、それは優れた改正案がないからに過ぎず、改正案を示してみて、これだったら乗ってもいい、というプラスの評価が得られる場合もあるだろう。



 改憲の具体的な中身も明らかにならないままでは、護憲・改憲いずれも旗幟を明らかにしようもない。
 そのため、「何があっても憲法は一字一句変えてはならない」とでも言うのでない限り、護憲・改憲という立場は流動的なものになる。
 世論調査はどうしてもその辺雑になるが、憲法改正という正式な手続きに載せるにあたって「世論調査優勢」などは最低限の通過点にすぎない。
 この事を考えず、具体案のたたき台もないままに改憲護憲のイデオロギー対立に持って行こうとするのは、あまりにも議論として粗雑である。


 そんなことにならないためには、改正案を一本化し、この改正案ならば通してもいいよ、と言う優れた案を用意しなければならない。
 「既にある法律」のアドバンテージは大きいのである。
 これは別に憲法だけの話でなく、普通の法律や企業等の規則ですら言えることではないだろうか。



 そして、もし 本当に憲法改正が必要ならば、国民の過半数が現行憲法より優れていて、これならば改正してもいいと感じるだけの憲法改正案を持ってくるべきではないだろうか?

 ところが、憲法改正案は、せいぜい試案の段階にとどまっている。憲法改正の正式な手続に載せることを前提にしたものはみつからない。
 3分の2の賛成も何も、具体的な憲法改正の内容も示されないままでは、旗幟を決めかねる人たちも多いはずだ。
 白銀自身がまさにそうで、「 具体案もないそばから賛否なんて言えるか 」としか言い様がないのである。
 比較的信頼性が高そうなのが2012年に自民党が作った改正憲法草案であったが、この評価はかなり悪いと聞いている。(しかも作成時、民主党はもうだめだとは言われていたものの自民党は政権に返り咲いてはいなかった)



 改憲論を主張する人たちがやるべきことは、護憲論者たちをくさすことではなく、現行憲法に代わる新たな憲法を持ってくることである。
 ハードルは決して低くはないが、「国民の過半数が現行憲法よりよいと感じる憲法」を作ることが、政権与党が憲法改正を考えている状況ですら難しいのであろうか?

 白銀が子供の頃、はじめて憲法に関してちょっと社会科の授業で聞いたあたりでも既に憲法改正論議はあった。
 だが、それ以降憲法はダメと散々に言われていながら、憲法改正は実行されない。
 国会で憲法が議論の対象になることはあっても、具体的な改正案が国会で賛成反対の決を取られることもない。

 イデオロギー対立があるとはいえ、本当にダメな憲法なら、ここまで改正について話が進まないとは思えないものがある。

 改憲論者たちがこうも案を作れないのはなぜなのだろうか。
 改憲論者たちは政権与党がついていてすらアンチ現行憲法で寄り集まっていて憲法を作る力もない烏合の衆に過ぎないからなのか?
 もしそうなら、4年前に某M主党が玉砕した原因を彷彿とさせる。

 それとも、改憲論者たちはまともだが、現行憲法は彼らが知恵を絞っても案が作れないほど絶妙に出来ているのか?


 憂国の改憲論者たちは、せめて世論調査の憲法改正賛成に一喜一憂するのではなく、具体案としての憲法改正案について一喜一憂して欲しいのである。




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