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【スレ32】雑誌「egg」やTVに出てギャルサーの代表も務めた元ヤマンバギャル



917 :おさかなくわえた名無しさん:2008/02/29(金) 00:49:47 ID:3r1uHSgt
   >>914
   17・18歳のころ何度かeggやテレビに出たことがあります。
   当時はヤマンバギャルと呼ばれるもので、ギャルサーwの代表(リーダーみたいなもの)もやっており、
   クラブには週2回、日焼けサロンには週3回通っていました。
   2週間に一度くらい髪の色を変えていたため、ゴムのように伸び縮みしてしまっていました。
   色はシルバー、オレンジ、ムラサキ、水色、ピンクなどです。
   高校(単位制)には通っていましたが、当然ながら両親とは不仲で家には3ヶ月に一度帰るか帰らないか。
   付き合っていた友人も同じような生活を送っていましたし、毎日街をブラブラして遊んでいました。
   感覚が完全に麻痺していて、ナンパで拉致されただの、薬で捕まっただの、当時は当たり前のようによく聞きました。
   友人とは、「チャラ〜い(チャラチャラしている)」「あげあげぶちあげ〜(テンションをあげよう)」「どんだけぇ〜(信じられない)」など、
   だいたいの会話がこんな感じの言葉で成り立っていましたw


918 :おさかなくわえた名無しさん:2008/02/29(金) 01:12:27 ID:3B8urOhx
   生活費っつーか、遊ぶ金はどうやって手に入れてたの?
   援交とか?


919 :おさかなくわえた名無しさん:2008/02/29(金) 01:42:43 ID:udzrN7+h
   >>917
   今は何してるんですか?


920 :おさかなくわえた名無しさん:2008/02/29(金) 01:57:44 ID:3r1uHSgt
   >>918
   パパがいる子もいましたし、両親からのお小遣いで遊んでいる子もいましたが、
   私はお寿司屋さんとガソリンスタンドでアルバイトしていました。
   お給料はほとんど服などに使っていました。
   限定の服が入荷するときは前日に店員さんから電話をもらい夜中から並んだり、
   セールの前はキャバクラでアルバイトしてお金を貯めたりしていました。
   その他美容院(20000円くらい)、クラブ(500〜2000円)日焼けサロン(3000〜5000円)など、結構出費は多かったです。

   あと先ほど書き忘れましたが、化粧はだいたい30分くらいです。
   ファンデーションはより黒いものを探していました。墨を塗っている友人もいましたね。(私は肌が弱いのでできませんでしたが)
   アイラインやアイシャドーは濃いがゆえに適当で、時間はあまりかからなかったです。
   つけまつ毛は上3枚、下1枚貼っており、目の下にはシールも貼っていました。


921 :おさかなくわえた名無しさん:2008/02/29(金) 02:13:01 ID:3r1uHSgt
   >>919
   今は美容系の仕事をしています。
   職場には恵まれて、ある程度責任のある役職をいただいていますが、あの時勉強しておくべきだったと思うことは多々あります。
   その頃の友人とは全く連絡をとっていませんが、ホストクラブを経営しているとか、日焼けサロンで働いているとか、
   大学を卒業して結婚した…など色々聞きますね。
   先日、当時の友人と偶然すれ違いましたが全く気付かれなかったですw


922 :おさかなくわえた名無しさん:2008/02/29(金) 04:01:09 ID:McRqMYo6
   やってたことと口調のギャップがすごいw
   興味深いです!

   >914
   ギャルからの転換のきっかけはなんですか?
   墨は塗れなかったとのことですが、日サロ週3もすごいと思うの。
   (クラブの回数より多いのもビクーリ)
   そんなに焼かないとダメなもん?
   肌傷んだでしょう?


923 :おさかなくわえた名無しさん:2008/02/29(金) 05:40:48 ID:3r1uHSgt
   >>914

   日焼けサロンでは、タオルを被せて顔だけは焼かないようにしていました。
   それでもやはり乾燥はしましたね。
   実は一番の後悔は、いまだに日焼けが抜けない乳首とシミの恐怖ですorz

   当時は誰よりも黒くいたいというプライドがあり、2・3日日焼けサロンに行かないと不安になるんですw
   病的ですよね。

   おかげでもう何年も海に行けていません…

   転身のきっかけですが、
   まずクラブは入場の年齢制限などは特になかったものがだんだん厳しくなってきており、
   最初は偽造して入っていたのですがそれも通用しなくなりつつあったのと、
   一緒に踊っていた友人が突然泡を吹いて倒れ(恐らく薬によるもの)、恐くなり行かなくなりました。

   その後はお決まりですが水商売をはじめようと思い、それにあたってガングロとヤマンバメイクは卒業しました。

   進路の話をしていて両親に泣かれたのをきっかけに、
   いい加減遊んでいる場合ではないと自覚し、18の誕生日に水商売も辞め、携帯を解約し、引っ越して専門学校に通いました。

   一人暮らしを始めてからは、今までと違う友人ができ「同年代の子達が一生懸命勉強していた時間を自分は無駄に過ごしてしまった」
   という焦りを覚え、ほとんど遊ばなくなりました。


924 :おさかなくわえた名無しさん:2008/02/29(金) 05:43:19 ID:3r1uHSgt
   目が冴えてしまったので連投させていただきます。

   ヤマンバをしていて良かったのは、ほぼ毎日知らない人と出会うので人見知りが無くなったことと、
   良くも悪くもたくさんの経験をしたので少しのことでは動じなくなったことです。

   あとは飽きるほど遊んできたせいか、今は全く遊びたいと思わないことです。

   その為、ほとんどの時間を仕事関係に使えています。

   悪かったことは、一生の友人を作れなかったことと、その頃だからこそできる経験(勉強や部活、学校行事など)ができなかったことです。
   感じている方もおられると思いますが、なにせ言葉を知らないのでそれに一番困っています…orz

   当時のエピソードとしては外人さんに一緒に写真を撮って欲しいと頼まれることが多かったのですが、
   逆に日本人には勝手に撮られることが多く、それはちょっと嫌でした。

   電車でお年寄りに席を譲っただけで周りの人にヒソヒソ言われたり写メを撮られた時は泣きたくなりましたw

   以上です。長文失礼致しました。


925 :おさかなくわえた名無しさん:2008/02/29(金) 07:51:46 ID:983mczt7
   黒くいたいというプライドって。。

   なぜそんなに黒くしていたかったんですか?
   (変な意味じゃなく)黒人に憧れていたとか、美しいとか思ってたのでしょうか。
   それとも「周囲の人と違う自分」を追求していたのでしょうか。

   美意識はそれぞれとわかっていますが、素朴に「なんで?」って思ってました。


926 :おさかなくわえた名無しさん:2008/02/29(金) 08:42:25 ID:GiDZiYEK
   多分、「ギャル=黒い」っていう前提が浸透していて、「黒さの度合い=ギャル歴の長さ」みたいな意識があったんじゃなかろうか。
   つまり、黒くない=なりたてギャル=ニセモノ(ギャル同士のいじめの標的になり易い)とか。
   ヤンキーの世界でも、そっちに目覚めるのが遅かった、いわゆる「高校デビュー」は、それを悟られまいと
   過激な頭髪やファッション、行動に走ることで「奴は本物」と周囲に認めさせようとする行動に走ることがある。

   ちなみに自分は走り屋だったけど、ヤンキーとは全く関係が無いのであくまで想像ですがw


936 :おさかなくわえた名無しさん:2008/02/29(金) 17:11:44 ID:zR6Cokml
   >>925-926
   うん、そんな感じだと思う。
   ギャルは黒いの。だから黒くないとギャルになれない。
   黒い方がよりギャルだから、黒い方がエラい。
   だからいっぱい焼く。そんな感じ。
   「将来は黒人になりたい。黒人ってかっこいいから」と言う子がテレビに出てたけど
   本当にそう思う。だってかっこいいじゃん?

   以上、当時私が受け持ってた家庭教師の生徒@ギャルの言葉でしたw
   あの頃、ブリ照りって子がいたけど(「ブリテリ」がメディアに出るときの名前のギャル)
   自宅でブリ照りを作っても、あの子ほど黒くなかったよなぁ・・・

   一度、生徒にメイクしてもらえばよかったかもと今は思う。
   ヤマンバに人気のメイク用品のブランドって、なんかもう
   「これは眉を描くパウダー?ずいぶん大きいサイズで売ってるのね」と思うとファンデ、
   「なんでメイクポーチに筆ペンなの?」と思うとそれで目の周りをぐりぐり塗ってたり。
   スイーツ(笑)系のキャンキャン愛読者だった自分には衝撃でした。 


937 :おさかなくわえた名無しさん:2008/02/29(金) 17:16:50 ID:pNOc8Zbs
   >>917
   煽りじゃなくまじめに質問なんですけど、
   どれくらい犯罪に加担しました?
   たとえば、援交でも強盗でもドラッグでも。
   自分だけじゃなくて、まわりとかも 


943 :おさかなくわえた名無しさん:2008/02/29(金) 21:40:21 ID:3r1uHSgt
   >>925
   >>926>>936
   さんのおっしゃっていることに近いです。
   黒くいることは当時の私たちにとっては当たり前で、少しでも白くなることは今で言うとお化粧が崩れるような感覚ですかね。
   ただ、より黒い=エライではなかったですし、黒くないといじめられるといったことはなかったです。
   しかしギャルサークルの中でも「ヤマンバサークル」というものに限っては、物凄く黒いことが条件でした。
   あと私の場合は特に黒人に憧れもなかったです。
   当時流行っていた黒人さんの曲を聴く子は多かったですが。

   おそらくギャルが黒くなった原点は「遊び、解放感=夏=黒い」とか、「黒いと引き締まって見える」みたいなことだと思います。

   >>937
   具体的には上で言われている通りスレ違いなので書きませんが、大小関係なく違法行為ということでしたら、
   周りのほとんどの人間が犯していたと思います。

   付き合っていた年齢層はだいたい15〜28歳くらいで、知り合いは500人くらいでしたが、その中で潔白だと言い切れる子は2〜3人でした。


944 :おさかなくわえた名無しさん:2008/02/29(金) 21:58:48 ID:3B8urOhx
   >>943
   寿司屋みたいな食べ物屋でバイトするときもガングロメイクしてたんですか?
   それともバイトのときはすっぴん? 


947 :おさかなくわえた名無しさん:2008/03/01(土) 00:14:21 ID:uB1AE/Uh
   >>943
   知り合い500人はすごいな〜
   ほんとに毎日新顔と会ってた感じだろうね
   接客業とかに役立ちそうだ 


948 :おさかなくわえた名無しさん:2008/03/01(土) 01:10:50 ID:xvvJntcr
   >>944
   お寿司やさんでは多少薄くはしていましたがスッピンではありませんでした。
   カラフルなパーマのエクステや毛糸(当時は髪の毛に毛糸を編み込んでいました)はそのままでしたが、
   田舎だったのでお客様も地元の人ばかりで世間話もしていましたよ。
   回転寿司ではなく握り寿司で、私はレジ打ちしかやっていませんでしたけど。

   今考えるとよくクビにならなかったもんですorz

   >>947
   500人と言っても、それもただ単に電話帳に入っている数で
   電話でも相手の顔が浮かばないまま話すことなど日常茶飯事でした。
   酔っ払った状態だったりクラブなどの暗い場所で出会うことが多かったので余計に覚えにくかったですね。
   毎週会っている友達も、名字を知っているのは数人でした。

   おっしゃってくださる通り、接客にはほんの少しですが役にたっていると思います。


949 :おさかなくわえた名無しさん:2008/03/01(土) 01:37:18 ID:cLRj9hD8
   エクステや毛糸編みこんだガングロギャルがレジにいる寿司屋ってなんか楽しそうだw
   地元の人ばかりの店なら服装とか化粧とかあんまりうるさくないもんね。 


960 :おさかなくわえた名無しさん:2008/03/01(土) 11:27:12 ID:vLDRXdZi
   走り屋の人を責めたいなら該当スレ逝け。
   >元ギャルの人
   >感じている方もおられると思いますが、なにせ言葉を知らないので

   知らない言葉が多くて支障を感じてるのかもしれないけど、
   大変読みやすくわかりやすい文章を書いてらっしゃいますよ。
   むだに語彙が多いより誇っていいことだと思う。 

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