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序章

2009年1月。国際的な金融危機を追い風に、「変革」を求む国民の期待を背に、アメリカ初のアフリカ系大統領、バラク・フセイン・オバマが第44代アメリカ合衆国大統領に就任した。このことはアメリカ合衆国の持つ民主主義の持つ力を改めて人々に知らしめるとともに、混迷の色合いを深める当時のアメリカ社会に希望を持たせるものとなった。

大統領に就任後、彼はすぐさま経済問題やイラク問題など前政権の置き土産の処理にとりかかる。特にクリントン政権時に黒字であった財政がブッシュ政権において、大々的な公共事業、いわゆる戦争、によって大幅な赤字に転落していたのが彼の足を引っ張った。

しかしながら前大統領よりはるかに優秀であった彼はアメリカ経済の混乱を収束させ、世界経済を再び安定的な方向へと導くことに成功する。だが、彼の行う政策は、伝統的なアメリカの価値観とは残念ながら相容れないものであった。特に中東問題や極東問題なとの外交に関してはそれが顕著であり、かつて彼が「リベラルのアメリカも、保守のアメリカもない、(中略)あるのは一つのアメリカ合衆国だ」と演説したのと裏腹に、水面下でのリベラルと保守の対立の度合いは深まっていくことになる。そして2010年。水面下でうごめいていた矛盾が一挙に噴出す。

任期の最初の年を終え、経済危機を解決の方向へ向けるとこに成功したオバマ大統領はハリケーンで壊滅的な打撃を受けた南部の都市、ニューオーリンズへ向う途中、テキサス州ダラスへ立ち寄る。かつてロバート・ケネディが凶弾に倒れた地と同じ街で、オバマまた凶弾に倒れる。変革を願う人々の願いをあざ笑うかのように、アメリカの闇はふたたび若き大統領を葬った。アメリカの希望を体現した彼は、同時にアメリカの絶望もまた体現することになった。

オバマ大統領の志を継いだ、ジョセフ・バイデン副大統領であったが、追い討ちをかけるように次々と危機が降りかかる。オバマ暗殺の翌月に、オペックがドルペッグ制を離脱を宣言。原油の決済通貨をドルからユーロに変更しために発生した経済危機は、翌年の2011年にドルショックとよばれる通貨危機を発生させる。そして2012年に米軍なきイラクで大々的な内戦が勃発したことで、政権の支持率が低迷。カリスマを失った民主党は2012年の大統領選挙で歴史的大敗を喫する。

2013年、再び共和党が政権を奪回するが、混乱する経済、分裂する国内に対してなすすべがなかった。世界情勢の混乱により原油をはじめとする資源価格が再び暴騰、1バレル150ドルを超える上昇を記録。2008年におきた経済危機と同様、全世界の市場が再び混乱に陥った。

2017年、史上最低の盛り上がりの中、大統領選挙が行われ、キリスト教保守層、白人裕福層の組織的支援を受けた共和党が勝利し、新政権をスタートさせる。新たに発足した政権は、低迷する経済状況を打破するため、カナダ・メキシコの併合の秘密計画を策定し、徴兵制復活法案を議会に提案する。これによってアメリカ国内は大混乱に陥った。さらにカナダメキシコ併合計画がマスコミにさらされたことにより、アメリカ政府の国際的信用は失墜、海外に展開するアメリカ軍の全面退去につながった。

超大国アメリカの権威失墜によって、アメリカが良くも悪くも軍事力に押さえつけていた世界の矛盾が一挙に噴出。ヨーロッパではEUが解体、ロシアが再び共産化、中東ではイランが核保有を宣言した。

アメリカ政府は国外から撤退して来た部隊を全米各地に展開。州軍も指揮下に収め、暴動の鎮圧と混乱の収拾に当たった。

西暦2020年。世界とアメリカの混乱はまだ始まったばかりである。
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