今岡 真訪(いまおか まこと)

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「なんや久保田?今日も4凡か?俺と一緒やな(笑)」
「なんや球児?3三振?俺と一緒やな(笑)」
「日本一?うちら(ロッテ)は今年日本一になったしな(笑)」

  • 本名及び2016年までの登録名は今岡誠
  • 2016年シーズン終了後に改名。ただし読み方は同じ
  • 2016年より2軍打撃コーチを務める
  • 野村監督時代はノムさんと徹底的にソリがあわず、半ば干されていた。
    • その時代、ノーアウト1塁で送りバントを失敗して小フライゲッツーとなり、ABC実況アナの楠淳生が「最悪ー!今岡最悪ー!」と絶叫した。
    • これ以降この頃はゲッツーが多かったので、ゲッツーをする度に最悪などと野球chの住人から野次られるようになる。
    • 同時期に 「モナ岡」 とも呼ばれるようになる。これはゲームの中でミスしても悔しがったり、反省している様子を見せないことに業を煮やした住人が、
      『今岡のためなら俺は悪魔にでも魂を売ります』というスレッドにて、イマオカモナーなるものを作ったことからきているらしい。
    • だが時が経ち、2008年に巨人・二岡智宏が女子アナの山本モナと不倫して世間を騒がせたことにより、これ以降モナ岡の渾名は由来こそ違えど二岡も指すようになった。
  • 監督が星野仙一に代わってから覚醒した。星野は中日時代、ワシなら今岡を覚醒させることができると発言しており、ホンマに覚醒させた。
  • 全盛期は変態的なバッティングフォームであった。
    • 中日の川上が「一球はずすつもり」のインハイの糞ボールを本塁打にしたりした。マウンド上で「なんで打つんだよ!」とばかりにキレる川上を見れたのはいい思い出。
    • 巨人ガルベスの内角の球もきれいに腕をたたんでホームランにし、あの落合博満が絶賛した。
  • その全盛期に03年には首位打者、05年には打点王を獲得。しかしその後は…。
  • 好物は蟹
  • 現役時代後半の走力からは想像もつかないが野村時代の99年には開幕直後の広島戦にて星野修がスクイズを行った際に、二塁から一気に生還しツーランスクイズを成功させたほどの俊足の持ち主だった
    • 驚くほど遅くなってた頃、キャンプ時の50m走で9秒3を記録。まるでリトルリーグである。
  • 05年オフのテレビ番組における密着取材で、行きつけの美容師に髪を刈ってもらっている時間が一番リラックスできると語る。しかし今はその髪の毛もなくなりつつある。
  • 広島東洋カープの東出輝裕コーチに激似。胴体の長さで見分けられる。
    • 髪のハゲ方 でもでも見分けられる。天辺がヤバいのが今岡。Mっていて全体的に少し薄いのが東出。
  • 東出のことを「赤今岡」と呼ぶこともあるが、今岡が下り坂で東出の方が活躍していた時は、今岡のことを「黄東出」と呼ぶことも増えていた。
  • 08年9月11日、誕生日に一軍昇格、即スタメンで同点2ランとサヨナラの押し出しフォアボールを選んだ。
  • 普段は今岡叩きの多いとらせんだが、この日ばかりは今岡に賞賛の嵐であった。
  • しかし試合後はこの1勝と引き換えに今後何試合落とすか怯える住民多数。案の定、その後の試合で真正面のゴロを避け2点を献上した。
  • ショートゴロをよく打つ。桧山進次郎の2ゴロ、藤本敦士のぽpフライと合わせて「芸術」とも呼ばれた。
  • 2004年までの応援歌は詞、曲共に素晴らしく、名曲として評価が高かった。今岡だけに限った話ではないが、今でも旧応援歌を復活させてほしいとの声は絶えない。
  • その応援歌の歌詞から、「誠の救世主」と呼ばれるが、その面影もなくなっていた。
  • 一方で最近は今岡という苗字ながら、活躍したのは前のことなので、「昔岡さん」と呼ばれることもあった。
  • 2323が目立ち始め、河童といわれる始末
  • 守備範囲が非常に狭く、そのうえ強い打球には対応出来ない。またエラーにならないミスをするため、投手陣が度々涙目になる。2009年5月31日の日ハム戦では今岡のファーストゴロの処理が雑だった為に俊足の田中賢介をアウトにすることが出来ずに内野安打となってしまい、能見をへたりこませるハメになった(その後連打を浴び失点)。今期最長試合の一因と言えば一因。
    • 川尻哲郎のノーヒットノーランがかかった試合で、最後の打球がショートの今岡に転がっていき、ヒヤヒヤしたファンも多いことだろう。
  • 09年シーズンはついに開幕スタメンから名を消し、代打での活躍を期待されたが、23打数でわずか4安打と、今までで最大の不振に見舞われ2軍落ち、その後は1軍に上がることはなく、2軍でも出場機会はほとんどなかった。
    • 今までの不振もあり、10月10日、球団から戦力外通告を受ける。本人は現役続行を希望しており、トライアウトに参加予定。
  • トライアウトには参加したが、獲得球団は今のところ(09年12月10日現在)なし。春に千葉ロッテのキャンプにテスト生として参加するらしい。
  • その後、ロッテへの入団が決定した。井口資仁の推薦もあったと言われている。
    • ロッテ1年目となった2010年は開幕当初こそ好調で、相手が左投手が先発の時はDHで起用されていたが、次第に調子を落とし、阪神戦で甲子園凱旋を果たした直後に2軍落ちしてしまう。でもとりあえず来季の契約は決定した模様。
    • 終盤戦、クライマックスシリーズではここ1番の活躍をして日本シリーズ出場に貢献。胴上げの時も輪の中で笑顔で監督を胴上げ。良い監督、チームメイトの中で試合ができて良かったね。
  • とらせん住人の今岡への評価は結果的に不調に苦しんだ06年以降の4年間で大幅にダウンしてしまったと言わざるを得なかった。特に守備・走塁の酷さがそれに輪をかけた。むしろ(後から今岡に苦情を言わさないため)復活までチャンスを与えた判断は正しかったと球団側を擁護する書き込みさえ見られた。ロッテ時代は阪神ファンの今岡に対する感情も薄れもはや「ロッテの人」というイメージであり時折入る情報にもほとんど関心を持たれてはいない状況であった。
  • 2012年はコーチ兼任選手となり、このシーズン限りで引退した。
  • 引退後はMBSの解説者となる。しかしあの今岡が喋れるのかとか、天才型のバッターが理論を語れるのかと心配された。しかしその語り口調は柔らかくて聞きやすく、決して選手を貶したりはしない。
    また一緒にダブル解説として出演した一枝修平が今岡の打撃理論について行けないほどの理論を展開するなど、驚きの活躍をしている。
    • 今岡が語る打撃機論はかなり独特ではあるが、それを分りやすく噛み砕いてくれるので聞いて非常に面白い。特番でじっくり聞きたいという人を生む。
    • ラジオのインタビューでロッテに居た3年間が自分を変えたと語っている。コーチ兼任の経験が解説者として表現豊かなものにしたものと思われる。
05今岡
走者無し   276打数 62安打 10打点 .225
走者一塁  113打数 31安打 14打点 .274
走者二塁   36打数 10安打 12打点 .278
走者三塁   14打数 4安打  6打点 .286
走者一二塁 58打数 17安打 26打点 .293
走者一三塁 29打数 13安打 22打点 .448
走者二三塁  8打数 4安打  8打点 .500
走者満塁   25打数 15安打 49打点 .600