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  • 時系列的に22話ラスト、月落下阻止直後
  • 女定時さんシリーズとは繋がってません
  • エロも何もありません

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「ヴィラルはどうする? 俺んち来るか?」

 燦然とした朝の光に映えて、あたかも工廠からロールアウトされたばかりの機体の如く輝くグレンラガンをその足元で見上げていた私に、シモンは横合いから唐突にそう言った。
「……何がだ?」
「ん、一晩中グレンに乗ってていい加減疲れたんじゃないかと思ってさ。…ってもグラパール隊の宿舎とかちょっと泊まれるような官舎はほとんどムガンの攻撃で壊れてるし、公共の建物で無事なとこはとりあえず家を無くした市民へ優先的に提供する事になってるんだけど、でもさっき上からチラッと見たら俺の家の辺りは大丈夫そうだったから、とりあえずウチ来れば寝るとこくらいはあるって」
「ああ……」
 その申し出になんと返していいのか解らずに、言葉を濁した私を置いてシモンは他の仲間達と何ごとかを打ち合わせ始めた。誰々は誰々の家にいるから連絡はそこへ、だの市民の誘導と暫定入居先の割り振りがどうの政府関係者の合議がどうの、だのという言葉がひとしきり飛び交う中で、シモンは不意に、その人の輪からは些か外れたところに立っていた男に声をかけた。
「ロシウー、俺、自分ち帰っていいんだっけー?」
「……当然でしょう。落ちてくる月がない以上、あなたを罪に問う理由がどこにもない」
「わかった。お前も適当なとこで休んどけよ、ちゃんと横になって、あ、落ち着いたらメシも食うんだぞ」
 他意らしきものも緊張感の欠片もない鷹揚な口調。自分を政治的な立場から追い落とし、死刑にすら処そうとした人物へこういった態度を向けられる精神構造は図太いというべきなのか、何か欠落しているのではないかと疑うべきなのか。努めて正面から目を合わせようとせず、ひたすら硬い声音の相手へ同情に似た気分さえ覚えてしまいそうになる。

「じゃ、行こう」
 まだ行くとも行かないとも答えていない私の背を押すようにして促す男へ、提案を拒否というわけではないが僅かばかり気になったことをぼそりと囁いてみた。
「お前が無罪放免になったからといって、私の罪状は別で無効になっていないのでは……」
「いいんじゃないか? どうせ刑務所だって修理し終わるまでは一時休止なんだし。それより早く帰ろうぜ。俺、もう疲れて立ったまま寝そうだよ」
 「帰る」のはお前だけだ、そう言ってやりたい気もしたが、改めて言われてみれば確かに自分もかなり疲労している。休息できる場所を提供してくれると言うのならわざわざ断る理由もないだろう。
 そう自分を納得させて、私は先を行く背中を追った。

 >>>

「……さすがに3週間も放っておくとひどい有様だなあ」
「ふん、そういうものか?」
 男の一人暮らしが通常生活の途中でいきなり3週間空けることになった、という前提から想像していた惨状を思いの外下回る室内の様子に、それでも部屋の主はやれやれと言った表情を見せて溜息をついた。
 確かに、食事の後洗われないまま放置された食器類がシンクで異臭を放つ余地もない位に干乾びていたり、脱ぎ捨てられっ放しの衣服が床やベッドまで点々と落ちていたりはするのだが、だとしても全体的には意外なほど整然としているよう傍目には思える。
 散らかるほど物がないというのもあるかもしれない。この、少し前までは繁栄を極めていた都市の真中にあって、その支配者として玉座についていたはずの男の部屋だというのに奢侈の気配が微塵とも感じられない簡素さは、いっそかつて身を置いていた軍の兵舎を思わせた。
 だが、それでいて見た目の印象ほど寂しくはないというか最低限必要な物は充分に揃っているというか、例えるなら安心して籠もることの出来る巣穴のような──誰かの体温とでもいうべきものに護られているような気配を感じる。

「俺、ちょっとこの辺片付けるから、疲れてたらそっちのベッド使っていいよ。シャワーとか浴びたかったらタオルは洗濯機の隣の棚、でも着替えは俺の服貸すしかないけど」
 言う間にさっさとキッチンで洗い物を始めたシモンを別段手伝おうという訳でもなかったが、テーブルに置かれたままだったカップをシンクに戻してやったり、床に落ちている衣類を拾い集めてランドリーまで持って行ったりするうち不意に、先程感じた違和感のようなものの正体に思い当たった。
 それは食器棚の中に2枚、あるいは2客ずつ揃っている食器類だったり洗面台に置かれた2本の歯ブラシやバスルームのいやに数の多い洗髪料の類だったり、洗濯物の中にいきなり紛れている女物の靴下だったり、何より他のこじんまりとした家具類とは異彩を放っているキングサイズのベッドだったり、要するに他にもう一人の人間が──住み込んではいなくとも訪えば共に食事をし、泊まりもするような間柄の──存在していた形跡だ。
 別に今、この男とその恋人に対して私が疚しく思う謂われなど無いが、それでも俄かに自分が場違いな存在なのではないか、けして侵すべきではない個人的な領域へ足を踏み入れてしまったのではないかという気分にさせられる。

 そうだ、今ならまだ間に合うだろう。どこか別の場所で休みたいと言って──適当な屋内が空いてなければいっそ野宿でも構わない、とにかくこの部屋を辞した方がいい。
「あー、冷蔵庫の中身とかやっぱ全滅だなぁ……お、冷凍庫のはなんとか無事か…なあヴィラル、これ焼いたら食うか? 俺とブータだけじゃちょっと多いんだけど」
 人の気も知らずに、シモンは何がそんなに大問題だというのか、妙に深刻そうな表情で冷凍食品の箱をこちらに示している。
 断るべきだ、そう思う頭とは裏腹に、体は勝手に──やや間抜けな表情でこくりと首肯した。

 >>>

 シャワーを浴び終わってバスルームを出ると、これを着ろとでもいうのか白いカッターシャツが一枚、洗濯機の上に置かれていた。
 男物だが私と奴では背丈は大して変わらないので特に問題なく羽織ってボタンを──やはり胸の辺りは少々きつい。安眠のためには無理に全部留めない方がいいだろうか。一緒に膝丈のショートパンツも置いてあったが、これは流石に尻周りが収まらないので辞退しておく。下着の替えは無いが、まあこの場合男物が用意されていても女物が用意されていてもどのみち微妙だ。

「うわ、すごい格好で出てきたな」
 今の今まで薄く埃をかぶったシーツの類を交換していたらしいシモンが、両手一杯に新たな洗い物の小山を抱えてたいそう変な顔をした。確かに些か締まりのない服装になってしまったとは自覚しているが、数年前まで半分裸のような格好で外の世界を彷徨き回っていた裸猿にそんな事を論われる筋合いはない。
 ……とりあえず、下着を着けていない事には気付かれないようにする必要があるが。
「まあいいや、じゃあ今ちょうどシーツ換えたところだし、そこのベッド使ってくれ」
「お前はどうする」
「俺はそっちのソファで寝るよ」
 そう言ってシモンが指差したソファは確かに座り心地こそ良さそうなものだったが、広さという点では成人した人間の男が寝るに少々足りないサイズに見えた。あの幅では幾らなんでも頭か脚が端から落ちてしまいかねない。
 ならば私がそちらを使うといえば、シモンはソファで寝たら風邪を引くと言う。馬鹿め、私が風邪を引くと言うなら貴様が寝ても同じ事だろうに。
 ひとしきり、どちらがソファで寝るかなどと下らない言い合いを続けた挙げ句にどちらかが――おそらく私の方だったか、ベッドを二人で使えばいいだろうと言い、言ってからそれがどういう状況を作り出す提案なのか思い当たっては、しばし気まずい沈黙に陥り。

「じゃあ、ここからこっちが俺の分でそっちがヴィラルな。もし寝相悪くて領域侵犯したら殴っていいから」
 それなりに紳士的な申し出というべきだろうか? 広いベッドの中央に指先で不可視の境界線を描いたシモンは一つ大きな欠伸をすると上着を脱ぎ捨てて自分用の毛布にくるまり、自らの領地と定めたシーツの上にばったり倒れてそのままスイッチでも切ったかのように眠り込んでしまった。毛布からはみ出た頭と枕の隙間にペットのチビブタモグラがそこが定位置だと言わんばかりに入り込んで、追随するよう微かな寝息を立て始める。
 無理もない、夜通しあれだけの螺旋力を放出してガンメンを駆り、無数の敵を屠り、しまいには月の落下まで止めたのだからそれはもう疲れ果てているはずだ。
 しかしだからと言って、赤の他人の前でこうも簡単に無防備な姿を晒すのはどうなのだろう。
 済し崩しに共闘する事になったとは言え、つい先日までは反目し合う相手で──いや、それ以前に元々は敵同士だったのだからもう少し警戒心というものを――

「……ぅん……」
 不意に、小さな声を漏らして視線の先で毛布の塊が寝返りを打つ。
 頭が枕から落ちたところで目を覚ましそうな気配もなく、暗い色の髪が鬱陶しく掛かった目元は固く瞑られて寝息も深い。毛布が少しはだけて裸の肩が出ているのを直してやろうと、何の気はなしに不可侵ラインを超えて伸ばされた私の手は――いきなり強い力で掴まれた。
「なっ………うわっ!?」
 掴まれた手を手繰り寄せるように引っ張られて体がベッドに倒れ込む。それを逃さずに伸びてきた腕が捉え、一瞬のうちに私の体は奴の腕に抱きこまれる形になった。眠っていたせいか変に高い体温と、胸元に押し当てられた顔の繰り返す呼吸の生暖かさがじんわりと肌に伝わって、どういう理屈かざあっと鳥肌が立つ。
「貴…様、何のつもり……だ……!?」
 慌てて頭を押し返し、引き剥がそうとするもやけにしっかりとしがみつかれてびくともしない。
 いざという時は殴ってもいいと本人が先程言ったのだからここは権利を行使するべき場面だ。そう思い拳を握ったところで、胸の谷間に埋まった顔からぐしっと洟をすするような音が聴こえた。
「……ア…………ニア……!」
 唐突に、この場にいない者の名を呼んだ男の顔へ思わず視線を落とす。目は相変わらず閉じたままで、呟く声もどこか不明瞭だ。
 つまりこれは寝惚けているという状態に違いない。あの女と私と、顔も髪も体格も、似ているところなど一つもないのだから暗さと疲労ゆえに間違えているわけでもないのだろう。
「ニア……行かないで、ニア……」
 細身の体格からは意外なほどの力でしがみついてきている男は、夢うつつのまま幼い子供のように舌足らずな言葉で繰り返し懇願する。
 お願いだニア、行かないで、お前まで兄貴みたいに俺の前からいなくなってしまわないで。

 つい何時間か前に、あれだけ強い言葉を吐いたのと同じ口で情けなくも泣き言を漏らす様子にすっかりと毒気を抜かれたというか、腹を立てるのものも馬鹿馬鹿しくなった私は拳を解き、いまだにひしと抱きついたままの男の肩と背中をそっと撫でた。
 しばらくそうやっていると私の胴体を拘束していた腕の力が幾らか緩んでくる。そのまま手を上にずらして癖のない髪を掻き混ぜるよう頭を撫でてやれば、ひときわ大きく洟をすすり上げる音がして、僅かに濡れた頬が胸元へと擦り付けられた。
「………大丈夫、どこにも行かない」
 我ながら猫撫で声を出してしまったものだと苦笑しながら、もう完全にそこから離れる気がないとばかりに胸の中で落ち着いた寝息を立て始めた男を逆に抱きしめてやる。

 ──人間が自分の子供を抱く時はこんな感じなのだろうか。
 ふと去来したそんな考えを意識の端に追いやって、私もいい加減高まりきっていた疲労に身を任せ、眠りに就くことにした。
 こいつを殴るのは目が覚めてからにしておいてやろう。


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【余談】

 それは、小さく濡れたような感触だった。
 半覚醒の重たい水のような意識の外で、何か奇妙なそれが胸の辺りをもぞもぞと動いている。
 ああ、またあの子供がべそをかきながらしがみついてきているのか? 図体ばかりやたらと大きくなっておいて本当に仕方のない奴だ。
 頭のあるだろう辺りに手をやると何故か、妙に短く柔らかい毛並みの感触がする。人の頭と言うよりは、そう、何か小さな動物のような──

「うわぁぁぁぁああぁああッ!!?」
「あ、おはようヴィラル。つっても夜だけど」
 飛び起きるとシモンが歯磨きをしながら部屋の入り口から覗き込んでいた。頭に寝癖が盛大に付いたままなところを見るに、おそらく向こうも目を覚まして間もないのだろう。いやしかし今はそんなことはどうでもいい。
「なッ、何か変なものが胸に!」
「ああ、それブータだよ。狭くてあったかいとこ好きだから、よく人の服の中とか女の人の胸とか潜ったりするんだ」
「そ、そうなのか…? …ッ、いや、ちょっと待て、なっ、中でなな、舐め……っ!!」
「あ、うん、人とか舐めて汚れを取るのがそいつの食事代わりだから……ダメかな?」
 一睡の寝床を借りる代わりにブタモグラの食餌にならなければいけないとは何という罠だ。いやそうではなくて──
「いいはずがあるか! と、とにかくこれをどこか余所へ持って行け!!」
 シャツの開いた胸から潜り込んだチビブタモグラは今は腹の方へ降りて行っているのだろう、服の布地がその辺りで小さく盛り上がってもごもごと蠢いている。「しょうがないなあ」と呟いて歯ブラシを口から出したシモンがシャツの裾の方へ手を伸ばし──なぜかその手が空中で急に停止した。
「どっ、どうした!?」
「あ、いや……」
 急に口ごもり、心なしか顔を赤らめてそわそわと視線を逸らす不審な態度。何だ? どうにかして早くこの小動物をどけて欲しいのに。
「だってヴィラル」
「?」
「……パンツ穿いてないだろ」



「だって、起きたらちょうど布団がめくれててわざとじゃないけどみっ、見え…っ……」
「歯を食いしばれ貴様ァァァあ!!!」


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なんかちょっとアテられてるだけでかわいそうな感じになったけどいつもよりは反省しない。