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※呼称はなんとなくヴィラ子。シモン先生はおやっさんより少し若くして落ち着きない。
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真っ暗な校舎の一角にある宿直室、そこだけに灯は灯っていた。
マフラーを夜の風雪になびかせて、真っ直ぐにその一点を見据える少女の瞳には何か固い決意がこもっていた。

深夜0時をまわった頃、今にも衝撃で壊れそうな古びた部屋のドアがけたたましく叩かれた。
TVを付けっぱなしでうたた寝をしていた小汚い頭が二つ折りの座布団から転げ落ちる。
「いでっ!んん~……こんな時間に誰だぁ?」
離れがたいコタツからヨロヨロと抜け出してドアを開けた瞬間、訪ねてきた何者かのラグビー級のタックルを食らった。
運悪く、勢いで倒れた先のコタツの角に頭をぶつけ、遠のく意識の中で自分の胸に飛び込んできた、その正体を認めた。
「ヴィ…ラ…?」

目が覚めて最初に目に入ったのは黒タイツの柔らかくて気持ちのいい膝だった。
どうやら右を下にして膝の上に頭を乗せられているらしく、左後頭部がズキズキするついでにひんやりと冷たかった。
ゆっくり首を回して膝の主を見上げると、心配そうに見下ろすその顔は自分の受け持ちの女子生徒だった。名前はヴィラ子。クラスでも1、2を争う秀才だ。
正気に戻って自分が気絶した理由を思い出し、ゆっくりと起き上がる。
「せっ、先生、大丈夫ですかっ!?」
言ながら、ずい!と乗り出してくる…やたら顔が近いのは何故だろう?かわすように床に落ちた水袋を拾い上げ、再び後頭部の大きな瘤に当てる。
「いてて、大丈夫なもんかぁ。だいたいなぁ、女の子がこんな時間に一人で危ないだろう!しかも制服っ!それこそ変なのに狙われるぞ!」
「ごめんなさい…」
「で?こんな夜更けに訪ねてくるなんて、なんか理由があったんだろう?言ってみなさい」
少し躊躇い気味に、それでも思い切ったように真っ直ぐに俺をみつめると、辿々しく口を開いた。
「…先生、春に私におっしゃいましたよね?…第一志望校が受かったら何でも願い事聞いてくれるって…」
俺そんなこと言ったかなぁ?つうかやる気を出させるために、生徒になら誰にでも言ってたかも…。
しかし押し掛けて来てまで聞いて欲しい願い事って何だ?まさか高い高級寿司が食いたいとでも強請る気なのか?

「ん~…言った…かもね…たぶん。で?それがどうした?」
「今日、私の所に大グレン大学の推薦の合格通知が来たんです」
「おお!ホントか!それはおめでとう!お前がウチのクラス合格第1号か!頑張ってたもんな」
「ですから先生!」
畳にバシンと両手をついて強い口調でぶった切られる。それに今にも噛みつきそうな恐い顔。
…なんだよ、高いもんは買ってやれねぇぞ!俺の安月給じゃせいぜいお菓子の詰め合わせだ!
「私を!私を!先生のお嫁さんにして下さい!!」
とうとう言ってしまったというように真っ赤になるヴィラ子。
俺はといえば、あまりの想定外発言に間抜けな面であんぐり口を開けたまま、再びぼたりと水袋を落してしまった。
時間が止まった…。

ふと、付けっぱなしのTVから思わずアソコが反応してしまうような音声が流れ出した。
ハッとして、二人同時に振り向くと深夜番組ならではの濡れ場シーンの真っ最中。
ヴィラ子は画面をガン見したまま固まって、これ以上ない程の赤面ぶりだ。気まずい雰囲気が一気に深まる。
「あ…あはは、俺、別に今までこんなもん見てた訳じゃ…」
「いいんです…私、……先生とこんな事がしたくて来たの…」
なんだってぇえ!?制服姿の女子高校生が囁くように大胆発言…ビックリして先生は鼻血が出ました!
混乱した頭の中でどうするべきか逡巡している間にも、ヴィラ子は這うようにじりじりと接近してくる。
いかん、そんなうるうるした目で近寄ってはいかん!
「せん…せい…好きです」
あと数ミリで唇が触れあう寸前、自分から吸い付きそうになる衝動を押さえ込み、その肩を押しとどめた。
「待て!待て!早まるなヴィラ子!」
「そんな…先生は…私の事がお嫌いなんですか?」
「いや!断じてそんなことはない!だってほら、お前は俺の大事な生徒の1人だろ!」
うっ…そんな悲しそうな目をするなよ…どうしたらいいんだ俺は…とアワアワしていると突然ヴィラ子がすっくと立ち上がり、セーラー制服のファスナーに手をかけた。
「私は覚悟が出来てます!例え先生が私の事を生徒以上に想ってくれていなくとも構いません!だからこの願いだけは叶えて下さい!」
それって『体だけでも』ってこと?うわぁ~それはヤバいって!あぁっ、へそが!へそが見える…くそっ、もうこの際やけくそだ!
「今はこれで我慢しろ!」
脱ぎにかかった手を掴み、強引に引き寄せるとその唇を奪ってやった。
鼻血で唇が滑りそうになるのを堪えながら、ヴィラ子がつんのめるまま後ろに倒れ込み、再びコタツの角に頭をぶつけた。
意識が途絶える直前、夏休み前日の放課後の教室から、漏れる複数の女子生徒の声に混じって「シモン先生、私は素敵だと思うな」というヴィラ子の声を廊下で聞いたのを思い出した。

目が覚めるともう朝になっており、コタツの横に敷かれた布団にうつ伏せに寝かされていた。
ヴィラ子の姿はもうなかったが、鼻にはティッシュが詰め込まれ、頭には濡れタオル、布団の横には水の入ったタライが置いてある。
枕元置いてあった紙をぺろりと摘まみ上げる。

『ゆうべは私のせいで先生に怪我をさせてごめんなさい。先生の言葉を信じて待ってます。学校ではいつも通りで大丈夫です。朝ご飯作っておいたので良かったら食べて下さい。ヴィラ子』

読み終えて、ポリポリと頭を掻く。
コタツの上には冷蔵庫のもので適当に作ったと見られるみそ汁と、卵焼き、焼き魚、ご飯が並べられており、まだ湯気が立っていた。
ついさっきまで介抱してくれていたのだろう。優しい子だと微笑ましく思う。
しかし、勢いでキスした責任をどう果たすべきか。ヴィラ子はあれをOKサインと思い込んでいるのではなかろうか。
このまま何もなかったようにヴィラ子の熱が冷めてくれたらいいのだが。
と教師的にものを考えたが、昨夜の顛末を思い出すと、結婚までいかなくとも付き合うくらいはいいかなぁと不謹慎な事を考え、朝っぱらから余計なものまで起してしまった。

あれから数日たったが、学校でのヴィラ子はまるで何事もなかったように、いつもの普通の生徒だった。
誰もいない放課後の廊下ですれ違っても「さようなら先生」と丁寧に挨拶するだけで行ってしまう。
ほっとするが、ちょっと物寂しいような気もしないでもない。

朝のホームルーム。見た目30代前半の物理教師の投げやりな連絡事項が教室に響く。
頭の寝癖もそのままに、しわだらけの白衣のポケットに両手を突っ込んでいかにも怠そう。
「え~明日は放課後に二者面談を行う。一般入試まで少し時間があるし、志望校や就職についての最終確認をする。すでに推薦で決まった者も自分は関係ないっつって帰るんじゃねぇぞ」
「先生!俺は関係ないから帰っていいよなぁ!」
「留年確定も例外なしだ!もう一年どう俺と仲良くやっていくか、じっくり話そうじゃないかキタン君」

ホームルーム明け1発目の授業は物理だった。
10分休みを利用して教卓で雑務をこなしながらざっと教室を眺めると、ヴィラ子の元にクラスメイトのロシウが近づいていくのが目に入った。
「ヴィラ子さん、大グレン大学に推薦が決まったそうですね、おめでとうございます!」
「ありがとう!ロシウ君の志望校はテッペリン大学だったわね。超難関だけど貴方なら絶対大丈夫よ」
クラスの秀才同士が窓際で何やら親しげに話しているのを、冊子にするプリントで影にして目で追っていたら、うっかりホッチキスで指を挟んでしまった。
痛いしなんだか面白くない。ムスッとして血の出た指をくわえていると、ヨーコがやってきて絆創膏を差し出してくれた。
「お、気が利くな」
「自分の指ホッチキスで留めてどうするのよ、鈍臭いわね。先生、さっきから見てるようだけどロシウとヴィラ子が気になるの?」
ぎくりとして肩が跳ねる。ヨーコ…俺を観察してたのか?目敏い。
「そんなんじゃねぇよ。クラスメイト同士仲がよくて何よりだなぁと思って見てたんだよ」
「ふうん。ロシウはね、ヴィラ子が好きなのよ。でも色々とアプローチしても全然成果ないみたい。あの二人お似合いだと思うのになぁ…全くロシウになびく気配がないのよね、あの子。誰か他に好きな人でもいるのかしら」
再びぎくりとする。それは俺です…と心の中で呟いたのだが、とたんに自信がなくなった。
思えばあんな風にハッキリ気持ちを伝えられたのもあの晩だけで、後にも先にもない。
なんだかあの晩のことは夢か幻だったのではないかというくらい現実味がなくなっていた。
「さぁな、教師が生徒の恋愛に口は出せませんから」

ロシウはヴィラ子の視線が自分をすり抜けて、ヨーコと楽しげに話す担任に向けられていることに気付いた。
だいぶ前からヴィラ子の担任に対する態度の変化には気付いていたが、それは確信に変わりつつあった。
「ヴィラ子さん、貴女…もしかしてシモン先生のことが好きなんじゃないんですか?」
「なに?突然…別に私、先生のことなんてなんとも…」
「顔が赤いですけど…?」
決定打を突かれて耳まで赤くなる。あからさま過ぎる反応にロシウは心の中で「やっぱり…」と肩を落とした。
「わっ私…昨日から風邪気味で少し熱があるの…ごめん、保健室行ってくる!」
逃げるように足早に教室を出て行ってしまったヴィラ子を見届けたロシウは、キッ!と後ろを振り返って未だヨーコと話す担任に告げた。
「先生っ!ヴィラ子さんがたった今具合が悪いと保健室に向かいました。すぐに行ってあげて下さい」
「へ?」
「ね!」
視線で殺すほどの威圧感と押しの一言に「あ、はい…」と素直に返事をしてしまった。

なんで俺が?一人で行ったんなら大丈夫なんじゃねぇの?疑問だらけではあったが、次の授業もなかったのでふらふらと保健室に向かった。ノックもせずにガラリと扉を開ける。
「失礼しまーす、ウチの生徒来てませんかぁ?」
呼びかけたが保険医の返事はなかった。留守らしい。かわりにベットの方からガタッと人のいる気配がした。
「ヴィラ子か?俺だ、入るぞ」
言いながらカーテンを開けると、床に膝をついてベットに顔を突っ伏した状態のヴィラ子がいた。ベットに上がれない程に具合悪いのかと思い、慌てて駆け寄る。
「おい!大丈夫か?具合悪いなら床に座ってないでベットに横んなれ!今持ち上げてやるからっ…」
立ち上がらせようと肩に手をかけると、ヴィラ子が真っ赤になった顔を上げた。
「せんせぇ、どうしよう!ロシウ君に私が先生が好きだって事バレちゃったかもしれない!さっきはっきり聞かれちゃった…先生に迷惑かけないように普通にしてたつもりなのに…!」
声を詰まらせながらポロポロ泣き始めてしまった。

なるほど、保健室に来たのはロシウに対する精一杯のカモフラージュね…と合点する。健気でかわいいじゃないか。
それにヴィラ子が俺を好きだという事が紛れもない事実と分って嬉しかった。しゃがんで泣きじゃくる肩をギュッと抱きしめる。
「大丈夫だ、何にも心配する事ねぇよ。生徒が先生を好きだっていいじゃねぇか。俺だって高校んときは美人な家庭科の先生に片思いしてたんだぞ」
「…その想いは通じたの?」
「んにゃ、俺はお前みたく大胆な生徒じゃなかったから結局何にも言えなかった。…でも、やっぱりお前は俺とは違うんだな。だって通じちゃったんだもんな先生と」
「それって…」
顔を上げないように頭に手を添えて、更に強く抱き締めた。俺の赤くなった顔を見られたくない。俺もこの子が欲しい。
「今は何にもしてやんないぞ。前も言ったけど我慢しなさい。ついでにロシウに感謝しとけ、アイツは空気を読むのも秀才だ、お前の事が好きなのに俺をここによこしたんだから。他言するような奴じゃないから安心しろ」
「うん」
「よし、いい子だ。じゃぁ卒業したら嫁に来い!」

(長々スマンかった、ヴィラ子は皆の嫁だ)