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 「それ」は、この彼女の部屋に対して随分とそぐわない物のように思えた。

 地球宇宙軍の旗艦・超銀河ダイグレンの艦長である彼女は基本的に一年の大半を空の遙か向こう、月軌道よりも更に外側の宇宙空間に浮かぶ超弩級ダイガンの中で過ごしている。
 まとまった休暇を得て地球へ降りてくる事など年に二、三度でしかなく、それすらも一度に三日から長くて一週間程度の滞留ときては自然、地上の自宅の方が仮の住まいめいて来るのも無理からぬ事だ。
 生活臭の極度に薄い室内には生来の質実な性格を反映してか、最低限必要な家具や機器類以外の余計なもの――趣味嗜好品や生活を彩るインテリア類などが全くと言っていいほど存在しない。不在時には一部のセキュリティや保守機能を除いて電源の類も落とされるらしく、日用雑貨や食料品の類も滞在する期間中、必要に応じてその都度買い求めたりしているほどだ。

 ゆえに。
 ここにこんなものが置いてあるのは珍しいとつい興味を惹かれ、なんとはなしに手を伸ばしてしまったのだった。

 >>>

 シャワーを浴び終え、髪と体の水気を取りバスローブを一枚纏っただけの姿でリビングに戻ったヴィラルの目は、当然そこにいるものと思っていた人物の姿を見つける事が出来ずに些か戸惑った。
 だいぶくたびれた外套は手前のソファの背に少々だらしなく引っ掛けられたままだし、僅かばかりの手荷物の類もその辺りに置かれているからこの部屋を出て行ったという訳ではないはずだ。
 トイレにでも行ったのかと一瞬思い、しかしそれならばバスルームから出てきた自分が気付かない筈はないと思い直し、かと言ってキッチンの方にも寝室の方にもその姿は見出せない。
「シモン?」
 呼んでみても返事はなく――代わりに、どこかの物陰からソファのヘッドレストにちょろりと登り上がってきた小さな生き物が「ブィ」と鼻を鳴らすような声を出した。
「ブータ、シモンはどうした?」
 至って真面目に小動物に対して質問をすれば、あたかも人語を解しているかのようなタイミングでそのちまっとした鼻面が己の立っている足場の下、つまりはソファの背の向こうにある座席部分を指す。
 こんな手狭な物陰に大の大人が隠れられるものだろうかと訝りつつも覗き込んでみた先には、果たして捜し求めた人物の姿が確かにあった。

 ……何故か、ソファの座面に体を丸めるようにして居眠りしているその外見が、さっきまでそこにいたはずの中年男性のおよそ四分の一くらいの年頃だろう小さな子供のそれに見える、などという異常事態が発生してもいたのだが。

 >>>

「…特に変わった事とかはしてないけどなぁ……あ、そういえばさっきそこの飴一個もらった」
 慌てて叩き起こされて自分の肉体の変化にひとしきり驚愕はしたものの、一回りして妙に落ち着いた様子のシモンはそう言って、寝癖のついた暗い色の髪をぽりぽりと掻いた。
 その容貌はおそらく人間の尺度で測るなら十代の前半――幼いというには多少育っており、かといって成熟には程遠い、少し前に声変わりを済ませたばかりといった年頃の――早い話、ヴィラルが初めてその名を訊ね、ただの小さい裸猿からシモンと言う一個人へと認識を変えた丁度それくらいの時期の外見になっている。縦横の幅がめっきり減ってしまった体躯は服の中で盛大に泳ぎ、唯一きっちり締め直す事の出来たサラシだけがいやに場違いな雰囲気で服の隙間から覗いていた。
「……これを、か」
 金色の眼が苦々しげな視線を注ぐ先には少々古風な蓋付きガラス壜があり、その中には七分目ほどまでやけに鮮やかな赤い色の、一つ一つが薄いセロファンで包まれた飴玉が収められている。
「さっさと片付けておけば良かったな…」
「何なんだ? それ」
「いや、これは今朝リーロンが……」
 その名を出しただけで相手が全てを納得したようにああ、と頷くのは果たして名前の主の人徳を示しているのだろうか否か。


 事の起こりは二週間ほど前、らしい。

 科学局長官として、また地球文明社会最高の頭脳としてその名も高い今となってもなお、激務の合間に自分の趣味を満喫する事も忘れないリーロン・リットナーが作成したそれは、意図としては個々人の具え持つ螺旋力を計測するための試薬的なものである筈だった。
 が、古の資料を紐解きながら調合し出来上がった代物はどこでどう間違えたものか、服用した者の身体時間を具え持つ螺旋力に応じた度合いで巻き戻す謎の薬品と化していた。
 それでも常人ならば一~三年程度の逆行に留まるため、大抵は効果が出たところで本人を含めて何の変化も起きていないように感じられるか、少しばかり体が若返って調子が良くなった気がするくらいの些細な効果しかなかったのだが、本人がそうとは知らず「当たり」だった科学局員が十歳近く逆行しハイティーンの少女と化すなどという事故が発生してしまっては流石に、さしもの変人として知られる科学局長も自らの作品を危険物として封印するしかなくなったのだという。
 しかし、だからといってその辺に迂闊に捨てる訳にもいかなかったそれは、たまたま知己を訪ねて科学局に顔を出した適任者に委ねられることになり──


「螺旋力が無い者にはただの飴と変わらないと言うから、ならば獣人のクルーにでもやるかと思って貰ってきたのだが……」
 自宅に戻って荷解きをした状態のまま、ついその辺に置きっぱなしになっていた曰く付きの品を、よりによって地球人類最高レコードを未だ余裕で保持中の男が。
「いやー、でも三十年以内で止まって良かったよ。四十年くらい巻き戻されたらお前にオシメ換えてもらう羽目になるとこだった」
 ペットの仔ブタモグラに頬を舐められてくすぐったそうにしている表情だけを見るならあどけない少年としか思えない姿で、久々すぎてやけに甲高く聞こえる声で、しかしそれらに全く似合わないおっさんくさい物腰と口調でシモンはそう言い、豪快に笑った。
「ぞっとしない事を言うな、やり方など知らないぞ」
 オシメの交換方法以前の問題で、ヴィラルにとって人間の赤ん坊などというものは小さくて華奢すぎて未だ迂闊に触る事も怖い代物だし、発声器官も出来上がってないからきっと会話だってままならないだろう。シモンがもしそんな事になってしまってたら、と想像するだけでも頭が痛くなりそうだ。
「とりあえず、リーロンに対処法を訊かなければ…」
 溜息混じりにテーブルの上に放り出されていたモバイルガンフォンを手に取り、科学局長官へのごくプライベートな回線でメールを送る。
 日夜多忙を極める相手がそれを受け取り解決策を講じるまでには多少時間がかかるかもしれないが、いくら最優先案件でリストアップされるとはいえ公式文書の形でログが残される“宇宙軍提督から科学局長官へ”の専用回線でこんな事態を相談するわけにも行かない。
「…よし」
 送信終了のサインを確認して画面を閉じ、机の上に戻したところでヴィラルはふと、すぐ傍らに温かいものがくっついて来ている感触に気が付いた。
 ソファの隣にちんまりと座った小柄な姿を見下ろし、再び溜息。思わず、当てつけがましい台詞が口の端に上る。
「全く、何でも勝手に口に入れるからだ……折角シャワーを浴びてきたのが無駄になったな」
 言葉に出してしまってから「これだと何だか自分がものすごくそれを期待していたみたいで大変恥ずかしい」という事に気付いて赤面しかけた顔を体ごと逸らしたところで、その背中の向こうから事も無げな口ぶりでとんでもない提案が返ってきた。
「別に、無駄にしなくてもいいんじゃないかなあ」

 >>>

「ほ、本当に……その、するのか……?」
 昼間にシーツを換えたばかりのベッドの上に座り込んで、ヴィラルは自分の真向かいに陣取った相手へと、まるで今日初めて関係を持つかのようなある意味初々しい、ある意味かなり間の抜けた問いかけを投げる。
「折角シャワー浴びたんだろ? それともガキん時の俺とじゃそういう気分になれないかな」
 するするとバスローブの前を解き、襟をはだけて女の素肌をすっかりと露わにしてしまいながら少年――の姿をしてはいるが中身は中年男のままだ――はその外見に少々似つかわしくない、人を食ったような表情を浮かべた。
「そ、そういう…わけでは、ないが……」
 面と向かってそんな事を訊かれるのもなかなかに恥ずかしくて、思わずほんのりと染まった顔を隠すように俯け、視線を伏せる。
 さらりと頭頂から流れ落ちた髪の束を指先で除けつつ、頬に触れてくる手が随分と小さい。
「こんな風に見上げるの、久しぶりだな」
 さっきまでとは違い、ややはにかむような、あたかも本当にその年頃の少年のような邪気の無い笑顔がやけに可愛らしく思えて、こんな状況──ベッドの上に、一糸纏わぬ姿で相対していることも束の間忘れてしまいそうになる。
 これ以上混乱させられたくなくて、金色の眼は二、三度躊躇うように揺れたのちにゆっくりと閉じられ、力の抜けた身体はいともあっさりと主導権を相手に譲り渡した。


 ちゅ、と小さな音を立ててふにふにとした感触が唇に当たる。
 実際のその年頃には手回し式のドリルで毎日地面を掘削していたというだけあって、少年の体には薄くともしっかりとした筋肉が付き、手足もそれなりに筋張ってはいたが、それでも顎や鼻のラインは丸みを帯びて小作りだし頬はすべらかで柔らかい。
 男臭さの欠片もない小柄な体で一生懸命身を寄せてくるのが妙に可愛く思えて、ヴィラルは抱き寄せた手に触れる、癖のない髪をさらさらと撫でた。
「……子供扱い、してない?」
「するなというのも無理な注文だぞ。それよりお前こそ、喋り方が子供っぽくなってないか」
 ぐりぐりと大きな、その割に黒目の少ない三白眼がどこか拗ねた風な様子で上目遣いに見上げてくるのがなんとも可笑しく、つい揶揄う口調になってしまう。
 それを聞きとがめたのか、ただでさえ丸っこい顔がぷうと頬を膨らませて余計に丸くなった。
「なってないよ!」
 いや、なってる。あからさまになってる。
 そんな内心の指摘は音声に変わる寸前に、正面からの心なしか据わって見える眼光に射抜かれて霧消してしまう。
「…そっちがそういう態度なら、俺にも考えがあるからな」
 凄んで見せる声音にあまり迫力はないが、この男がこういう眼をしたときには本気でとんでもない事をしでかすのだと、長い付き合いでそれこそ思い知らされてしまっているヴィラルは仕方なく、さっさと降参してやる事にした。
 否、そうしようと思って開きかけた口は不意打ちのように重なった唇で塞がれ、喉から出そうとした言葉は不埒に侵入して来た舌に吸い取られて音になることなくかき消されてしまう。
「ふ…っ、ぅ……んむ……」
 執拗に口腔内を貪られて、苦しげな、それでいて艶めいた声がしきりと漏れる。
 しきりに首を振って抗えばようやく解放され、慌しく息を継ぐ口元から垂れ落ちた唾液の線を、細い指先がつうっと辿った。
「涎垂らして、赤ちゃんみたいだな」
 くすくすと笑ったシモンがその手を首筋まで滑り落とす。子供らしく温度の高い、しかしその小ささの割にはがっしりと力強い手が肌の上を這い回り始め、顔から首筋、胸元へと下っていくそれを追うようにして薄い唇がなだらかな起伏を楽しむ感触。
「…んっ……しつ…こい、ぞ……シモ、ン……っ」
 ちゅう、と豊かな胸に吸い付いた唇はその頂で紅く色付く突起を咥え、舌で舐め転がして刺激を与えてくる。乳輪のきわまで口中に含んで強く吸い立てると特に反応よく肌が跳ねるのが面白いのか、何度も何度もその行為を繰り返し、他方ではいやに器用な指先がもう片方の胸を、そして両脚の間に濡れそぼる陰処を苛め続けていた。
「あぅ…っ……ぃ、や……そこ…っ………!」
 すっかりと息の上がった抗議にもそ知らぬふりで、指と唇は休み無く感じる部分を責め立てる。
「嫌なの? 本当に?」
 そうは思えないけど、と笑いを含んだ声が胸の上を移動して、次は今まで指で弄られていたもう片方の乳房を熱く濡れた感触が食んだ。
 口の中から解放された側の突起は、空気にひやりと熱を奪われる唾液の冷たさでいっそう硬く尖る。
 そこを狙い澄ましたように指先に弾かれれば声を出した本人すら驚くほどの切ない鳴き声が上がって、両脚の間に生温かい湿り気がじわっと滲み出した。
「もうイッちゃったね。いつもより早いんじゃない?」
 人の悪い笑みを伴う揶揄にも、反論を返す余裕などとうにない。
 呆然と潤まされる眦へ、いよいよ赤く染まった頬へ、短く忙しない呼吸を繰り返す口元へと啄ばむようなキスを落としたシモンの目が、ふと柔らかく細められる。
「じゃあ、今度は俺の番だよ」
 両脚の間へ身を割り入れた姿勢でそう囁いて、軽く口角を引き上げた表情は実に子供らしくない、いっぱしの雄の気配を滲ませていて。
 腰骨の上を軽く撫で回し、ウェストの辺りをがっちりと捕らえた手からも、しとどに濡れそぼった秘所へと宛われている熱く硬い感触からも、もはや逃げられそうになかった。

「ぁあ、あはぁああああっ!」
 ぐい、と押し入られた途端に甲高く悲鳴が跳ね上がる。
 充分に潤んでいるはずなのに、いつもよりは控えめなサイズの筈なのに、狭い隘路を抉りこまれる衝撃は普段にも増して鮮烈で、体の反応も恥ずかしい声も、少しも抑えられそうにない。
「すご……ヴィラルの中、熱くてとろとろ……ほら、簡単に全部呑み込まれちゃった」
 はぁ、と熱の籠もった息を吐いて腰を押し当ててくるシモンの体が揺れた。
 その言葉通り、絶えず溢れ出す愛液を潤滑剤として何の抵抗もなく奥まで入り込んだ彼の分身はその呼吸に合わせるよう体内でびくりと脈動し、ぬるぬると蜜を湛えてまとわりつく粘膜を思う存分味わっている。
「ぁ…あっ………は…っ、あぁ……んっ!!」
 小さく動かれているだけなのに、媚びに彩られた嬌声が止まらない。
 奥を衝かれるたびシーツに横たえられた背を反らせ、胸を弾ませ、全身を波打たせて快楽に溺れる。
 硬く張り詰める熱を咥え込んだ腰は、痺れるような歓喜に支配されながらも更なる刺激を求めて貪欲に揺れ続ける。


 おかしい。
 いくら何でも感じすぎている。

 常の交わりに比べて何がそんなに違うというのか、シモンが子供の姿をしているからといって、どうしてここまで乱されなければいけないのか。
 朧に霞みかかる意識の中でその違和感の元を捜し出そうと懸命に足掻き、ようやくそれらしきものに爪の先が届きそうになる。

 そうか、この姿のシモンにこんな風に触れられるのは初めてだからだ。

 彼が実際にこのくらいの年頃だった時は互いを敵としていたし、そうでなくともこうして側にいることの許される対象ではなかった。
 共に在ったのは、彼にとって大事な存在だったのはあの男でありあの少女であって――

 そこでようやく、今の自分をここまで不自然に煽り立てている感情の正体に気付かされる。
 ──背徳感、だ。

 そんなものに、こうまで昂ぶらされてしまっている己の浅ましさがたまらなく恥ずかしくて、ヴィラルは慌てて両腕で自らの顔を覆い隠した。
 しかし遠慮なく触れてくる手はそれを許さないとばかりに、思いの外に強い力で手首を掴んで顔から引き剥がし、頭の横のシーツに押し付けるようにして抵抗を奪う。
「隠さないでよ。もっとよく見たい、子供の姿の俺にいつもより興奮しちゃってるヴィラルのやらしい顔」
「~~~~~~~~っ!!」
 耳元に寄せられた唇が、記憶にあるよりももう少し高い、掠れたような声でわざとらしく意地悪を囁いた。
 こうして言葉で軽く苛めてくるのは普段もよくある事だったが、今、常にも増して正気の箍を弛められているこんな状態では頭も送り込まれる揶揄いの一つ一つを馬鹿正直に受け取ってしまい、図星を突かれた恥ずかしさで意識がいちめんに塗り潰される。
「……ッ、すごい…きつくなってきた……いつもよりいっぱい濡れてるし、ほんとに感じちゃってるんだ? 子供の俺に、こんな事されて」
「っく………やぁ…っ………言わな……い…で………違……ぅ……」
 紅潮した頬に落ちる涙をそっと拭っていったキスの優しさとは裏腹に、強く掴んだ胸を揉み捏ねる指も、抱え込んだ太腿を撫で回す手も、深々と杭打つような腰の動きもどれ一つとして容赦なく、女の性感を極限まで煽り、追い詰める。
 少年の姿に全くそぐわない手管と、それでも目に映る姿や触れてくる手の小ささに、混乱した意識は正常な思考を奪われ、ただあられもなく媚態を晒す。
「…こんなにかわいい顔するひとだなんて思ってもみなかった」
 ぽつり、不意に呟かれた声と、ゆったり頬を撫でる掌の感触に、熱に浮かされ飛びかけていた意識がふと引き戻された。
 うすらと張った涙の膜を通しぼやける視界に、身を屈めて覗き込んで来る姿が、心なしかいとおしげに眼を細めた柔らかい表情が映る。
「獣人を好きになったりするなんて、想像もしてなかった」
 髪の中に滑り込まされた手は穏やかに金糸を梳き撫で、さらりと掬い取ったその一房を指に巻き付けるようにして口元に運ぶ。
 呆然と見上げる先で、少年の唇がそれに恭しささえ感じられる仕草で口付けた瞬間、実際は通ってすらいない神経に直接触れられたような錯覚に襲われて、全身が言い様もない官能の波に呑み込まれた。
「……好きだよ、ヴィラル」
 過ぎた快楽に混濁する思考は、その言葉を紡いでいるのがいったいいつのシモンなのか、その言葉と身体を受け止めている自分が何者であるのかを既に判別できなくなってきている。
 互いを戦士と認め合い剣を交えた好敵手なのか、共に肩を並べて宇宙の摂理にすら立ち向かった戦友なのか。取り立てて何の約束もせず、時折僅かな時間を重ねてまた離れていく男と女なのか。
 何も考えられず、ただ目の前の人間の言葉で、手で、熱い滾りで心も身体も掻き混ぜられて自分と自分でないものの境目が解らなくなる。

 激しく体を揺すられ浮き上がってしまいそうな意識を引き留めたくて、甘えた声音で啜り泣く女の腕は目の前の小柄な体に無我夢中で縋り付き、自分の胸の中に抱き締めた。

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 朝というには少々遅い時間に目を覚まし、ヴィラルは頭をぼんやりとさせたままベッドの中で寝返りを打った。
 シーツに投げ出された肢体と長い髪がざわりと泳いで、足の爪先がまだ温まっていない場所を無意識のうちに探して彷徨う。
 ひやり、快い冷たさにようやく夢うつつから抜け出すも、未だ眠気だけとは思えない気だるさが全身を重たく支配していて、ベッドから出ようとすることはおろか上半身を起こそうという気持ちさえ微塵も湧いてこない。

 はだけた上掛けを手探りで掴み引き寄せようとして、ふと自分の傍らにある小さな姿を意識に留める。
 深い呼吸につれてゆっくりと動く肩、軽く閉じられた瞼。目元から頬への曲線はいかにも柔らかそうで、こうしていれば本当にいとけない子供がそこに眠っているのではないかという気さえした。

 だが、昨夜にこの子供――の姿をした男と交わした行為も、与えられた感覚も、何もかもがその印象とはかけ離れていること甚だしい。
 体を重ねてからの記憶はところどころ霞が掛かったように思束ないが、僅かに憶えている部分だけでも恥ずかしさのあまり死んでしまいそうになるには充分だ。
 認めたくも思い出したくもない、自分があんな、子供の声で、子供の手で、子供の………で正気を保てないほどに乱されて、泣きながらあんな事を口走ってしまったり、あんな普段なら絶対に首を縦に振らないような行為の数々に応じてしまい最終的には六回も――しまった、結構はっきりと思い出せる――

「…お前、すごい顔してんぞ、ヴィラル。寝起きに表情筋の運動でもさせてるのか?」
 はっと我に返って視線を落とせば、いつの間に目を覚ましていたのか、腕の中からシモンが非常に訝しげな目つきでこちらを見上げている。
 お前のせいだ、と不貞腐れた顔を作ってわりあい広めの額を突付いてやれば、「ごめんごめん」と誠意の感じられない謝罪と共にどこか機嫌を取るようなキスが唇を啄ばんだ。
 起き抜けから腹の立つ奴だと思いつつも、軽く触れるだけですぐに離れていったそれが惜しいと感じてしまう自分の方にこそ些か呆れ返る。
「……どうする、起きるか?」
「んー、もうちょっと寝ててもいいな……」
 ここ気持ちいいし、と些か舌足らずな声で言ったかと思うと細い腕が胴に回され、柔らかい頬と癖のない髪先が胸へと擦り付けられた。
「…それでは私も起きられないだろうが」
 指摘する声に「そうだね」と生返事をして抱きついてきた小柄な体は子供らしく高い体温で、すっぽりと胸の谷間にはまり込んでしまった顔が繰り返す呼吸も、背中から腰にかけてをもぞもぞとまさぐる手の感触も、今はただひどくくすぐったい。
「もうちょっと困るかなって思ってたけど、子供の格好でいるのもそんなに悪くないな。ヴィラルがいつもより優しいし……」
 いつもより恥ずかしがってエッチな顔するのが可愛いし、とろくでもない言葉を続けた見た目少年、中身エロ中年をベッドから蹴り出してやりたいという衝動と、しかしこの柔らかで温かい生き物をもう少し抱いて寝転がっていたいという欲求が頭の中でせめぎ合い、結果として欲求の方があっさりと勝利を収める。
 そんな訳で、相手の体に巻き付くようにして抱き寄せる腕と抱き返す腕を、照れたように苦笑する表情を交わし合い、隙間無く肌を添わせた二人は自分たちの体温でぬくまった寝具の中、より一層の惰眠をしばらく享受することと決め込んだ。


 他方、リビングのテーブルの上では置き去られたモバイルガンフォンが昨夜送ったメールの返信を知らせる電子音を頑張って鳴り響かせていたが、それはもうあと半日ほど無視される事になる。

 >>>

 更に翌日の朝。

 科学局からの直送便により届けられた解毒剤、というか拮抗薬は目も覚めるような真っ青な色をしていて、やはり一つずつをセロファンに包まれ小さな壜の中に詰め込まれていた。
 壜に同梱されていた、見覚えのある筆跡で「赤いの一つにつき一つだけよん☆ 定量だけはいい子に守って頂戴ね。あなたのリーロンでした、チャオ!」と走り書かれた薄い紫色のカードを親の敵のような目でじっと凝視し、なら何故ここまで大量に寄越すのかなどと訝しんだヴィラルはまず、真っ先に脳裏へ去来した疑問を誰に言うともなく口に出した。
「……だから何で飴玉の格好にするんだ?」

 無論、それに答える言葉はどこにも無かったが。