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 目がさめたらなんだか体がへんだった。

 いつもと同じシモンのベッドにねてたはずなのに、どうしてかひどくきゅうくつだ。
 まえ足もうしろ足もきゅうにながくなったみたいなかんじがするし、どうたいもおもたい。とくにむねのところが。
 とにかく、おきあがって、じぶんの体をたしかめてみる。

「……!?」

 すごい!
 おっぱいが大きくなってて、まるでふうせんみたいだ!
 まえ足をのばしてみたら、やっぱりながくなっている。シモンとおなじくらいながいかもしれない。
 うしろ足もしゅーっとのびてて、まっすぐにのばしたらベッドからはみ出すくらいだ。
 さっきからかたにさわっててくすぐったいのはかみの毛だった。
 せなかよりずっと下までながくのびてて先のほうはおしりのところまである。
 さらさらできらきらしてて、えほんで見たおひめさまみたいだ。

 もしかして、わたしはおとなになったんだろうか?
 ねこがせいちょうするのは早いときくが、こんなにとつぜん、ねているあいだになんばいも大きくなるものだとは知らなかった。
 やった!
 はやくシモンにも見せてあげよう!

「シモン、あさだぞ、おきろ! ほら、はやく!」
 いつものように、ふとんの中でぐっすりねているシモンのかたにまえ足をかけてのぞきこんで、ほっぺたをぺろりとなめる。
 うーんむにゃむにゃとこえを出して、ねぼけたままもち上がったシモンの手がわたしのあたまをふかふかとなでた。
 まぶたがぴくぴくしてゆっくりとひらいて、くるっとうごいためだまがわたしを見て。

「うわぁぁあああああああああああ!?」

 ものすごいおおごえを上げてとびおきたシモンはベッドのはしからうしろ向きにおっこちた。

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「えーと、君、名前は?」
「う゛ぃらる!」
「…年は?」
「4かげつ!」
「住んでるところは?」
「シモンのうち!」

 にこにこと満面の笑顔で元気にお返事をする半裸というかほとんどハダカの美女は、先程と全く同じ主張──自分は俺が飼っていた仔猫のヴィラルで、今日から大人(成猫?)になったのだというそれを繰り返した。

 んなバカな。

「そんないきなり、途中の段階をすっ飛ばして成長する筈がないだろ!? だいたいどっから見ても人間……いや、獣人だな……とにかく、猫じゃないことだけは間違いないし」
 確かに、ふわふわした金色の髪や琥珀色の眼はあの子と同じ色だ。
 だけどいつも頭の上でぴこぴこしてる筈の耳は俺と似たり寄ったりの形と場所だし、何より尻尾もない。
 それ以前に、ゆうべ寝る前には例のごとく着せた服を脱いじゃった後の幼児用綿パンツ一枚のままで布団に入ってたのに、起きたらこんな……何て言うんだっけこれ……ぼ、ボンデージ? ぴっちりした黒い革製のビスチェ(怖ろしいことにカップが無くてバストが丸出しだ)に同素材のえらく表面積が少ないパンツ、同じく肘の上まであるグラブに腿まであるロングブーツ、極め付きにがっちりと太い鎖の付いた首輪、なんて特殊系エロ雑誌のグラビアくらいでしかお目にかからないような格好に着替えてるわけがない。常識的に考えて。

「…わ、解ったぞ、なんかのドッキリだな!? 俺が番組的においしいリアクションを取ったところでカメラと仕掛け人が出てきてネタばらしって寸法だろ!?」
 全くロシウのやつ、最近少しは冗談が通じるようになったと思ったけど、そんなバラエティ番組の取材まで勝手に受けるようになったなんてのはちょっと融通が利きすぎなんじゃないだろうか。後で文句を言わなきゃだ。
「うん、というわけでドッキリには引っかかってあげられないから、君も早く服着て、あとうちの猫返して……え゛っ!?」

 目の前の彼女の、大きく見開かれた眼からぽろぽろと大粒の涙がこぼれてシーツの上に幾つか染みを作る。
「し……シモンはわたしがうそをついてると思ってるのか…? わたしがおとなで、ね、ねこじゃなくなったからしんじてくれなくなったのか……?」

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 シモンがわたしのいうことをしんじてくれなかったのが悲しくて、おもわず大きなこえを出してないてしまった。
 シモンはものすごくこまってあーとかうーとかいって、ちりがみでなみだをふいたりはなをかませたりしてくれた。
 わたしはもうおとななのに、こどもみたいにないてしまうなんてはずかしい。

「百歩譲って、お前がうちのヴィラルだとしてもだな……」
 うーん、とむつかしいかおをしたシモンが立ちあがってクローゼットのほうに行って、ごそごそと引っぱり出したものをりょううでにかかえてもどってきた。
「とりあえず、何かもう少し隠れそうな服を着てくれ、頼む」

 そうだ、おとなはちゃんとふくをきないといけないんだった。
 でもここでこまったことがひとつあった。
 おとなになったわたしのうではひじから先がすごく大きくて、ながいてぶくろをはずしてもシモンのふくはほとんどそでがとおらなかったのだ。
「……袖口を開けときゃなんとかなるかなぁ……うっ、今度は前が閉められない!?」
 シモンのシャツをきせてもらったけど、やっぱりてくびのあたりとむねのところがきゅうくつだ。
 かたやこしのところはぶかぶかしてるのにへんだな。
「じゃあ次はズボン穿いて…………ダメか……」
「……おしりがつっかえてはけない……」

「結局、目の毒なのはあんまり変わらないなあ…」
 シモンのシャツをいちまいはおっただけのわたしを見て、シモンがふう、とためいきをついた。
「目のどくってなんだシモン、せくしーなじょせいはきらいか?」
「どうせ育つんなら中身も伴わせてほしいとこなんだけど……こら、どこでおぼえたんだ、そんな言葉」
「テレビでいってたぞ! ほら、見ろ、せくしーぽーず!」
 まえに見たテレビでぐらびああいどるの人がやっていたみたいに、りょううででおっぱいをむぎゅっとよせながらもち上げてたにまを作ってみせたのに、シモンはまっかになって目をそらしてしまう。
「…俺が仕事行ってる間、一人でそんなのばっかり見てるのか? まいったな……」
「こういうのもしってるぞ、どうだ!」
 よつんばいになっておしりをたかく上げるめひょうのぽーずをして見せても、シモンはそっぽをむいたきりだ。
「ひどいぞシモン、おんなにはじをかかせるのか?」
「だからどうしてそーゆー言葉ばっかり……って、ちょ、わ゛ーっ! ダメだって押し付けちゃ……よ…っ、よしなさいこらムニュっとかって……!!!」

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 今日が仕事休みの日で良かった。
 とてもじゃないが、こんなあぶなっかしいモノを家に残して一人執務室へなんて行ってられない。

 だけど、今日が仕事休みの日でちっとも良くない。
 なぜなら一日中、この色っぽく肉感的な成人女性の身体に、それとは全くそぐわない、幼い子供並みのメンタリティしか持ち合わせていない彼女から逃げる口実が一切ないからだ。
 いくら公共電波で放送できる程度の知識で耳年増ぶってみたところで中身はまだ「好き」の種類がひとつしかない小さな子だったりするわけで、そんなのにこうして豊満なバストやらなにやらをぐいぐい押し付けられている状況は生殺しの拷問以外の何ものでもないわけで。
 こんな風にやわらかくていい匂いのする膨らみが俺の二の腕や背中に当たって形を変えながらほどよい弾力と温度を与えてくる緩慢な刺激に、ともすれば血液を集めてしまいそうになる正直な下半身と、水面下で必死に戦わなければいけない羽目に陥ってるわけで……

「ふゃあっ、あぁあああん!」

 突然、艶っぽい声が耳元で上がったせいで、思わず弾かれたように身を跳ね起こす。
 視線の先には頬を紅潮させ、ハの字に下がった眉根を寄せて何故か全身をぷるぷる震わせているヴィラルの姿。

「ど……どした…?」
「い、いま、むにむにってしてたらきゅうにおっぱいの先っぽがビリってして……」
 困惑気味の涙声で訴えるその胸元では、確かに布地の上からでもわかるくらいはっきりとした二つの小さな尖りがシャツを押し上げている。
「いたいみたいな、かゆいみたいなへんなふうになって、そしたらおなかがきゅってなって……」
 乱れる息に胸や肩が上下するたび、シャツの内側で擦られるのか言葉の端々には息を呑むような響きが混じる。
 その上ぺたりと座り込んだ腰というかお尻は落ち着かなげにもじもじと揺すられ、辛そうとか表現するにはあまりにも淫靡なその様子に、思わず固唾を呑み込んだ喉が間抜けな音を立てた。

「うにゃ…っ、……あ……」
 その音が聞こえたからという訳じゃないだろうけど、急にびくりと身じろいだヴィラルの表情が泣きそうに歪む。
 さっきからずっと、むず痒そうに擦り合わされていた両の太股がにわかにぎゅうっと固く閉じられ、というか全身が、まるで棒でも呑んだみたいに硬直。
「……大丈夫、か…?」
 心配して訊ねても無言で首をぶんぶん横に振るだけで、しかし顔は一面にを通り越して首筋や耳の先まで赤いし、目のふちには見る見る涙が溜まってくる。
 重ねて問おうとしたところで彼女はいきなり立ち上がり、「トイレ!」と叫ぶや目にも止まらないスピードで部屋を駆け出して行った。

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「ぐすっ、ぅく……えぅっ…………」

 どうしよう、きっとシモンにおこられる。
 もしかしたら、きらわれてしまうかもしれない。
 おとななのにちゃんとトイレができないでおもらししてしまうようなわるいねこは、もううちにいちゃダメだっていわれたらどうしよう?

 そうおもうだけですごくこわくて、悲しくて、なみだがすこしも止まらない。

「ひっく……ぅ…にゃ、ぁ……きもち、わるい……」
 きがついたら、ぬれてびしょびしょになったパンツがつめたくなっていた。
 そうだ、せめてパンツのおせんたくくらいはじぶんでしよう。
 わたしはおとななのだから、じぶんのことはじぶんでやらないといけないのだ。

「あれっ?」
 いつもみたいによこを引っぱって下ろそうとしたのに、パンツはなにかに引っかかったみたいに少しもうごかない。
 たいへんだ、どうしてだろう!?
 おとなになっておしりが大きくなったから?
 それとも、パンツののろいかもしれない!

「ヴィラル、どした? 大丈夫か?」
「に゛ゃっ!?」
 きゅうに、こんこん、とトイレのドアを叩いてシモンがはなしかけてきたので、おもわずびっくりしてしまった。
 シモンのこえはおこってるというよりはちょっとしんぱいそうだったけど、……でも。
「シモン……おこら、ない……?」
「? なんで怒らなきゃいけないんだ? ほら、出てこいよ。朝ご飯だってまだ食べてないだろ?」


 トイレから出ても、シモンはほんとうにおこらなかったし、ぬらしたタオルでかおをふいてくれた。
 なみだとはなみずでべしょべしょだったのをきれいにしたあとで、もう一まいタオルを出して足とおしりもふいてくれる。
 きもちいいけれど、やっぱりなんだかはずかしい。おとななのに。
「さっきチラッと見てそうじゃないかなとは思ったんだけど、自分で脱げなかっただろ、この服」
 そういってシモンがパンツからつながっているベルトみたいなかなぐをかちゃかちゃとはずすと、さっきまでびくともしなかったパンツがびっくりするくらいかんたんにぬげた。

 よかった、わたしがわるいねこだから、いっしょうパンツをぬげないのろいにかかったのかとおもった。
 そういうとシモンは少しのあいだきょとんとして、それからあははとわらい出す。
「そんなことあるわけないだろ? 大丈夫、お前はちっとも悪い子じゃないからな」
 シモンがやさしいかおでそういって、わたしのあたまをなでてくれる。
 おかしいな、もうかなしくないのに、またなみだとはなみずが出てきてしまった。

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 きょう一日、俺はとっても頑張ったと思う。
 少なくとも、ちょっと前うっかり3日分ほど溜め込んでしまい、机の上に高層ビルよろしく林立した書類の山を片付けたときと同じくらいには体力及び精神力を擦り減らしつつ、夜のこの時間まで男の忍耐力とやらいうやつを試され続けていたわけで。
 別に夜になったからと言って何が解決するという事はなかったし、むしろ明日もこの状態が維持されるのだとしたらどうすればいいのかとか考え出すとかなり頭が痛いが、とりあえず一日戦い抜いたという達成感だけはそれなりにあるような、ないような……

「シモン、おふろはいろう!」

 まずい、まだ戦いはこれからだった。

 無邪気な声と共に、背中にぽよーんと当たるやわらかあったかい感触。
 もとい、昨日までは幼児体型なうちの猫だったはずの、素肌にワイシャツ一枚のセクシー美女。

 どっ、と全身の毛穴から冷や汗の吹き出る音まで聞こえそうな俺の内心にはお構いなしで、どころかふんふんと鼻歌なんか口ずさみながら目の前でするすると白いワイシャツが脱がれていく。
 正直、俺だって棒っ切れや石ころではないので、いやむしろ本来そっち方面──かつて兄貴が形容したところの所謂美しい山やきわどい谷間に興味津々であることを認めるにやぶさかではないので、こうして目の前で外側だけは美しくもきわどすぎる山や谷の集大成みたいな女性に中身であるほんのちびっこい子供、しかも猫レベルの無防備さで振る舞われるのは大変精神衛生的によろしくない。
 何と言っても朝からずっと、普段通りの微笑ましい(胴体部分の凹凸が少ない限りは)スキンシップに加えて衣服の裾の短さや足の開き具合を全く考慮していない無頓着さで家のそこかしこにのびのびゴロゴロとくつろいでくれた彼女のお陰で、どうにも中途半端な威力のボディブローを連続で食らい続けたに等しい俺のライフは……もとい平常心及び自制心はじわじわと削り取られていってそろそろ底を尽いてしまいそうなのだ。

「どうしたんだ、シモン?」
 俺の懊悩をよそに、すっかり衣服を脱ぎ捨ててしまったヴィラルがきょとんとした顔で見上げ、いや結構上背がでかいのでほぼ真正面から鼻もくっつかんばかりの近さで覗き込んでくる。
 もちろんその首から下は一糸纏わぬ素っ裸で、あまつさえボリューム満点な膨らみの天辺がぽよぽよと俺の胸板の辺りに当たっている微かな圧力。

 いや、もう今日一日でかなり慣れたよ!?
 慣れた、はずだけど。


「あれ、シモンはきょうはおふろにはいらないのか?」
「…ぁ、ああ、まあ、ね…」

 結局なしくずし的にバスルームにまで来てしまったが、流石にここで俺まで服を脱いでしまっては色々な意味で問題がありすぎる。
 部屋着上下の袖と裾をくるくると捲り上げ、三助に徹する構えで洗い場に踏み入れば、既にいつも通り椅子にちょこんと(と形容するには些かためらわれるサイズだけど)座ってスタンバイしている後ろ姿。
 大人の体ならいっそ一人で入浴してもらっても構わないんじゃないか、とは思わないでもなかったが、その最も獣人らしい特徴を持つ両手の爪はかなり鋭そうで、迂闊に髪や体を洗うだけでも流血の大惨事を見そうな予感がひしひしとする。

 ……それにしても。

 長さの分、洗うのに結構手間取った金色の髪をタオルでざっと水気を取ってから頭の上にまとめ、後は体を洗うだけとなった彼女を改めて見て、感じるのは色気よりもむしろ違和感だった。
 確かにその豊満にしてはっきりとメリハリのついたプロポーションは目のやり場に困るほどだ。
 でも、ただセクシーの一言で済ませてしまうにはあまりにも、ひどくちぐはぐな印象で彼女は形作られている。

 たとえば、獣人とはいえ元の猫と人間の中間のような姿に比べても随分と人間に近い、すらりとした体躯は驚くくらいしなやか且つ強靭に鍛え上げられた筋肉を纏っていて、更にはあからさまに大型肉食獣の面影を残すギザギザした歯並びといい、でかくてごつくて尖った爪の生えてる前腕や足といい、どう見ても戦闘目的に特化されている形状だ。
 それでいながら、胸や尻はまろやかな曲線とはち切れそうな肉感を具えていて、腰を越すくらいの長さまで伸ばされた髪はしっとりと絹糸みたいな光沢に触り心地で、いかにも視覚と触覚、両方からとことん満足させるため日々磨き上げられていますといった趣。
 なのに、かと思えば白い肌の上には無惨に抉られたような古い傷痕がいくつも走っていて、と各々互いに全くもってそぐわない要素が一つの体に同居している。

 不自然な継ぎ接ぎ感の正体を無理矢理推し量ってみるなら、そう、例えば螺旋王の時代の、純粋に兵士として作り出された個体を誰かが捕まえて、別の目的をもって仕立て上げ直した、そんな感じか。

 誰か──たぶん、この体に無惨な傷を幾つも刻んだ奴が。
 別の目的──あのとんでもない衣装の意味するところ、「誰か」の性的な隷属化にあるというアピール。

 何をどう考えてもうちの猫が「仮にいきなり獣人に変化したとして」「仮に一晩で急激な成長を遂げたとして」こうなっていよう筈はまずない。
「…やっぱり、そう、だよな」
 一人で納得して呟く俺の声に、きょとんとした表情で彼女がこちらを見る。
 あの子と同じ髪と眼の色、よく似た顔立ち。
 だけどあの子とは全く違う成り立ちで生まれて、違う生き方をしてきた結果なのだろう姿。

 その答えになりそうなものを俺は知っている。
 多元宇宙、だ。

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 おふろのなかで、いつもみたいにいっぱいあわあわにしたスポンジでわたしをあらいながら、シモンは少しむつかしいはなしをしてくれた。
 いま、わたしがおとなになったわたしだとおもっているこのからだは、べつのうちゅうにすんでいる「べつのわたし」のからだなのだそうだ。

 べつのわたしは、けっこうむかしにうまれたじゅうじんの人らしい。
 けっこうむかしはいつもせんそうがあったから、こんなに大きくてつよそうなつめをしていたり、からだじゅうがけがだらけなのにちがいない、らしい。

「詳しい理屈は解らないけど、何かの拍子に多元宇宙の限りなく近い存在と肉体だけが入れ替わったんだろう。…となると、お前の体は今、そっちの世界で別の人が動かしてるってことになるわけで……どういう環境に置かれてるのか解らないし、ちょっと心配だな」
 たしかに、もうおとなだったのにあさおきてねこのこどもになってたら、その人はすごくおどろくかもしれない。
 その人がべつのわたしだったら、きっとべつのシモンといっしょにいるはずだから、そのシモンもさっきのシモンみたいに、ベッドからおっこちるくらいびっくりしてたらどうしよう?

 そういったら、なぜかシモンはひどくこまったみたいなかおできゅうにかんがえこんでしまった。
 スポンジをにぎった手がぎゅうっとなって、あわあわがぽたぽたしてふくがぬれてしまっているけど、シモンはそれにきがつかないくらいいっしょうけんめいかんがえつづけている。
「……俺、なのかな……」
 ぽつりとつぶやいて、もちあげたスポンジのはしっこでわたしのむねのまんなかについた大きなけがのあとをそうっとなでながら、シモンはものすごくいたそうなかおをした。
「俺が、お前に……そんな、ことを……?」
 ゆっくりうごくスポンジが、からだじゅうにあるけがのあとをふいてけしたいみたいにさわっていって、それはぜんぜんいたくなくて、こしょこしょしてくすぐったいけど、でも。

 ふしぎだな、けがをしたのはシモンじゃないのに、どうしてシモンのほうがなきそうなんだろう?

「へ、へいきだぞシモン! わたしはちっともいたくないからな!」
 あわててそういって、ついでにほっぺたをなめるとシモンはびっくりしたみたいに目をぱちぱちさせて、それからまだ少し、げんきがないときみたいなわらいかたをした。

 シモンはそんなかおしなくてもいいのに。
 わたしも、いまわたしとからだをとりかえっこしてる人も、ぜったいシモンのことをきらいになったりしないのに。

 もしも、べつのうちゅうの、べつのシモンがすぐにおこったり、いじわるなことばかりする人で、べつのわたしがそのシモンをだいきらいだったら、わたしがおぼえてなくてもきっと、からだのほうはシモンをこわがってしまうはずだ。
 でも、このからだはシモンにちかづいても、さわられてもぜんぜんいやじゃない。ううん、ぎゃくにすごくうれしそうなかんじがする。
 わたしだっていつも、シモンとおはなししたり、手をつないであるいたり、シモンのひざの上にだっこされたりあたまやせなかをなでてもらったりするとまるでおなかがいっぱいになったときみたいにぽかぽかして、とてもうれしくてたのしい。
 いまもこうやって、スポンジでからだじゅうをていねいにこすられたり、耳のちかくでシモンのこえがきこえると、あたまやからだがすごくあったかくなるみたいなきもちがする。
 それはいつもみたいな、ねむくなるようなしあわせさとはすこしちがって、なんだかむねがドキドキしたり、おなかのおくのほうがむずむずしたりと、からだじゅうがさわいでるみたいな、ちょっとなきたくなるようなへんなきもちがするけれど、べつにちっともいやなものじゃない。

「にゃあっ!?」

 そんなことをかんがえてたら、せなかをながしてくれているシモンの手が、いつもだったらしっぽのあるはずのおしりの上あたりにちょん、とさわって、ついでにくびのうしろのところにふーってあたたかいいきがかかって、とたんにせなかじゅうにぞわぞわしたかんじがひろがったみたいで、おもわず大きなこえを出してしまった。
 どうじにまた、おなかの中がきゅうっとなって、おしっこが出そうなときみたいに足がぶるぶるして、いっしょうけんめいがまんしようとしたのに、やっぱりダメだった。
 おふろばのいすとおしりのあいだが、なまあたたかくてぬるぬるして、きもちわるいけどそれよりもっとはずかしい。
「ふぇ……ごめ…なさ…ぃ……」
「大丈夫、別にお前は悪くないよ」
 まゆげをふにゃっとさせたわらいかたをして(おこってないけどすこしこまってるときのかおだ)、シモンはシャワーとスポンジでよごれたところをあらってくれたけれど、それでもなにかぶつぶつと「そられてるし」とか「かいはつされてるし」とかいっているのがきこえた。

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 風呂から上がったヴィラルの体を拭き、寝巻き(と言ってもまた俺のシャツだけど)を着せ、長い髪を四苦八苦しながらドライヤーで乾かしてやり、普段通りに温めたミルク入りのマグカップを渡してやってから、ようやく自分も風呂に入る。
 先程びしょびしょに濡らした服のままでしばらく動き回っていたので体が冷えていたのもあり、ついでに女の子にはとても言えないアレコレをこっそり処理していたのもあり、予定よりやや長風呂になってしまったようでリビングに戻ったときには既に、点けっぱなしのTVの音声以外には、すうすうと規則正しい寝息しか聞こえなかった。

 ソファの背もたれ越しに覗き込めば、お気に入りのクッションを抱き締めるみたいにして丸くなって寝ている姿が目に入る。
 何の悩みも無さそうな寝顔はいつも通り可愛らしいと言えないこともなかったが、何を気にすることもなく剥き出しになった脚と尻は普段の比でなく白く艶かしく、もはや今日何度目か判らない目の毒だ。
 去年の春に生涯の伴侶と定めた女を亡くしたばかりの男やもめに、これは随分な罰ゲームすぎやしないだろうか。

 とりあえずは危険なところに触らないよう気を付けながら抱き上げ、ベッドに運んで寝かせてやる。
 今日はいつもみたいに蹴飛ばさないでくれよ、と内心祈りながら毛布を掛けてやり、そこではた、と直面した問題が一つ。

 そういえば俺、どこで寝よう?
 流石にこの隣に潜り込んで安眠するのは、いかに俺が世間的に定評のある鈍感とはいえ難しい。
 ちょっと足がはみ出しそうだがソファで寝るしかないか?

 そう思って何の気なく立ち上がり、2、3歩足を踏み出した途端、何か異様な感覚が体を通り抜けた。
 強いて例えるなら、螺旋界認識転移を行ったときの違和感というか空間酔い的なあの感覚に近いか。
 弾かれたように振り向くと、ベッドの上の毛布の盛り上がりがその嵩をさっきまでの半分以下に減らしている。

 慌てて引き返し、毛布を剥いだそこには小さくて丸っこくてふわふわした生き物が、俺のシャツに埋もれるようにしてすやすやと寝息を立てていた。
 そっとシャツを開いて改めても、特に体のどこにも怪我をしたり具合が悪いような箇所は見受けられない。
 身に着けているのもゆうべまでの野暮ったい子供用パンツで、つい安堵の溜息が大げさに洩れる。

 そろりと柔らかい毛並みを撫でてやれば、頭の上で三角形の大きな耳が逃げるようにぱたりぱたりと揺れた。
 毛布を戻して肩までくるんでやり、その隣にごろりと横になると自分も毛布を被ってぬくぬくした体温を抱え込み、目を閉じる。
「……おかえり」

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 あさ、目がさめたらわたしはおとといまでのわたしにもどっていた。

 むねはぺったんこだし、まえ足もうしろ足も、かみの毛もみじかくてしんちょうはシモンの足のとちゅうまでしかない。
 せっかくおとなのおんなになれたと思ったのに、またこどもにもどってしまうなんて、ひどいぬかよころびだ。

「ぬか喜び、な。でも慌てて大人になったってろくなこと無いぞ。やっぱりちゃんとした自分の体で、毎日少しずつ大きくなっていった方がいいに決まってる」
 シモンはわらってそういったけど、わたしははやくおとなになりたい。
 からだも大きくて力もつよくてあたまもいいおとなになって、シモンのおてつだいをしたり、シモンがこまってたりかなしかったりするときはいつもわたしにしてくれるみたいにぎゅってしてあげたりしたいんだ。
「うん、そのうちな。昨日みたいのはちょっと早すぎたよ。お前にも、俺にも」
「いつになったらはやくないんだ?」
 そうきくとシモンはすこしかんがえるみたいに上のほうを見て、それからまたわたしを見て、大きくてやさしい手であたまをふかふかなでてくれながらいった。

「その時になったらたぶん、わかるよ」