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「見ろっ、シモン!!」
 大変に元気な声とぽてぽてっという足音と共に、左脚の太股やや後方あたりに飛びついてくる、柔らかくてあったかい感触。
「見ろったってそこじゃ見えないよ。どれどれ?」
 ゴロゴロ喉を鳴らしながら脚にしがみついてる生き物を、両脇の下を持ってひょい、と抱き上げる。
 いつものフワフワした色の薄い金髪にぴんと立った三角形の耳、得意満面といった感じの表情。
 そして首から下はといえば……
「お、ダリーの昔の服だな」
「えっ、シモンさん憶えてたんですか!?」
 少し遅れてヴィラルの後を追いかけてきていたピンクの髪の少女が、ものすごく意外そうな顔をする。
 俺ってそんなに、他人のことに注意を払わない質だと思われてるのかな……ちょっとショックだ。
「これを選ぶときにロシウが凄い顔して悩んでたから印象に残っててさ。動きやすくて丈夫で、女の子らしく清楚かつ健康的な……とか何とか、ずっとブツブツ唱えながらカタログめくってたんだぜ」
 自分が小さい頃の話をされるのは、たとえ話題の中心が自分本人のことでなくともやっぱり微妙な気持ちになるんだろうか、ダリーがなんとなくむず痒そうな表情をしている。

 でもあの頃の──カミナシティの人口がどんどん増えて、インフラも整備され始めてきて、俺たち大グレン団の皆も今まで着の身着のままで旅をしてきた頃のようには行かなくなったあたりのロシウは、本当にあれやこれやでいっぱいいっぱいだった。早く学校を作ってギミーとダリーを通わせなくちゃ、とか毎日のように言いながら、昔の教育制度についての本を難しい顔で読んでたっけ。俺もちょっとだけ読んでみたけど、昔の基準で言ったら俺やロシウも、たぶんニアもその学校ってやつに通わなきゃいけないんじゃないのかなー、って言ったら「高等教育は基礎教育を一般化させてからです!」とか早口言葉みたいな勢いで却下された憶えがある。
 結局、俺たちは学校に通ったりする機会もなく、リーロンやテッペリンのデータベースから引き出した教育カリキュラムにだいたいの知識や護身術を含む訓練なんかを叩き込まれてそういった年頃を終わってしまったけど。
 ちなみに余談だけど、ニアは姫としてテッペリンにいた頃に一通りの教育を修め終わっていたみたいで、自分の修得している分野においては一緒に勉強と言うよりはむしろ先生の側だった。

 まあそんな昔話はさておき、現在両手の中にいるぬくぬくぽにゃぽにゃとしたもの、うちの飼い猫であるところのヴィラルはかつてロシウが眉間にシワを寄せて選び抜いた子供服、深い赤の地に肩吊りとポケットの明るい赤がアクセントになったシンプルなラインのジャンパースカートを着て誇らしげに胸を張っている。
 昔ダリーが着ていたときは淡いピンクの髪に映えて随分お洒落に見えたけど、金色の髪に合わせても結構悪くない。
 スカートの裾は膝上丈で、ややもするとぽってりした子供用パンツが覗いてしまいそうでもあるが動き易さを考えたらこんなものだろうか。いや、尻尾で持ち上がってしまう背面の方を考えたら相当丸出しだな、これ。
「ダリーにおさがりをもらったんだ! にあうか、シモン?」
「うん、いつもより少しお姉さんっぽく見えるな」
 お世辞でも何でもない、正直な感想だったがヴィラルはこれにいたく満足したらしい。
 既に胸を張っていた姿勢から更にふんぞり返って、もうそろそろ後ろの景色が見えそうだ。
「よかったね、ヴィラル」
「れいをいうぞ、ダリー! ありがとう!」
 ご機嫌な仔猫は俺の手の中からするっと抜け出して今度はダリーに飛びつく。
 小柄ながらも常に厳しい訓練を受けてるだけあって、見た目よりも力のあるダリーがそれを余裕でキャッチ。
「なんだか、そうやってると姉妹みたいだなー」
 女の子同士の仲が良い様子に思わず和んでしまい、つい口から出た言葉にダリーが「そうですか!?」とやたら嬉しそうな顔をする。
 思えば、ダリーは長いこと大グレン団の中で一番年下扱いだったしグラパール隊にもまだダリーより若い女子の隊員はいないそうだから、ヴィラルといると妹分が出来たみたいな気持ちなのかも知れない。

「ん、どうしたヴィラル、急にぷくーっとして」
 何故か俺の言葉にいきなり頬っぺたを膨らますヴィラル。
 あれ、友達はいいけど妹って言われるのは嫌だったのか?
「……ダリーのいもうとになるのはいいけど……」
 ぼそぼそっと口を開いたヴィラルは、何かを思い出したのか不機嫌そうに耳をぺったり倒して口を尖らせる。
「ダリーのいもうとになると、じどうてきにギミーのいもうとにもなるからそれはいやだ……」
「さっき遊びに来たとき、グラパールに乗ってみたいって言ったらギミーにお子ちゃまには無理だって言われたからちょっとケンカしちゃったんだよね」
 思い出し怒りで更にふくれっ面になるヴィラルを、苦笑混じりのダリーが宥めるように頭と耳を撫でくる。
 おおギミーよ、お前年の割にはしっかりしていると思っていたのに幼児とケンカするとはなにごとだ。

「実機は隊員以外の人は乗れないようになってるからだめだけど、今度訓練用のシミュレーターに乗せてあげるね」
「うん! わたしがりっぱなガンメンのりだということをしょうめいしてギミーをぎゃふんといわせてやるぞ!」
「その意気その意気!」
 俺が遠い目をしている間に、何やら物騒な決意を固めたヴィラルをダリーが気軽に焚き付けている。
 またこれで負けて帰ってきたら、しばらくはぷりぷりしてるんじゃないかと思うとあまり推奨も出来ないんだけど。

「しかし、グラパールか……」
 女の子なのにガンメンに乗りたがるってあたりはまあ想定内として、何だか急に具体的な将来の進路希望を呈示されたような気がして複雑な気分になる。
 ヴィラルは成長速度が人間や普通の獣人と違うから一般の学校には通わせてやれないけど、グラパール隊なら訓練と同時にそれぞれの特性に合わせた個別カリキュラムを受けることもできるし、ダリーのような友達ももっと沢山作れるかもしれない。
 他より危険な職業だという心配はあるが、もしヴィラルが本気でその道を選びたいというのなら止める事なんてできないだろう。
 今はまだ小さくて俺の保護下にあるとはいえ、ヴィラルはれっきとした一個の人間──いや猫?──であって、俺が寂しいからずっと側にいてほしいなんて馬鹿げた理由でその一生を拘束できるはずがない。
「むずかしいかおしてどうしたんだ、シモン? わたしがしゅれみーたーにのるのはだめなのか?」
「あの、もちろんちゃんと安全面には気を付けて監督しますから……」
 などと考え込んでいる間に、その沈黙を否定のニュアンスに取ったのものか、ヴィラルとダリーが心配そうにこちらを見上げている。
「……あ、いや、そうじゃないよ。ただ、ヴィラルもなんか大きくなったんだなあ、って思って」
 流石に今しがたのしみったれた思考過程を開陳するのも憚られて、つい無難に、なんとなく年頃の娘を持った親みたいなコメントを出してしまった。
 すると、くりくりとした目でじっとこちらを見つめていたヴィラルが突然の破顔一笑。
「うん、わたしはもっとどんどんおおきくてつよくなって、シモンのことをずっとまもってあげるんだからとうぜんだぞ!」
「え……っ?」
 間抜けにも、ぽかんと開いた口が塞がらない。
 これはちょっと不意打ちすぎるんじゃないか?
 顔が勝手に真っ赤になりかかっているのが薄々と感じられて、目の奥が少しばかりじんわりする。

「あ、でもね、ヴィラル。グラパール隊に入ったら、同じ隊の仲間と一緒に寮ってところで暮らさないといけない規則だから、今はまだシモンさんといっしょにいてあげて、もう少し大きくなってから入隊試験を受けても遅くないよ。大丈夫、優秀な後輩はいつでも大歓迎だから!」
「わかった! そのときはよろしくたのむぞ、せんぱい!」
 一人で動揺している俺をよそに、えらく体育会系的なエールを交わしたダリーとヴィラルはさっさと次回に遊ぶ約束を取り決め、これから夕方のシフトのミーティングがあるらしいダリーは元気に手を振ってもと来た方へと走って行った。
「シモン、わたしたちもおうちにかえろう!」
「ああ、ついでにちょっと買い物に寄って行こうな」
 冷蔵庫の中身や消耗品の類で残り少なくなっているものを頭の中で検討しつつ、いつものようにヴィラルを肩車しようと手を差し出すと、何故かいきなりずい、と突き出された肉球つきの手の平にNoサインを出される。
「わたしはすこしおねえさんになったので、いっしょにあるいておかいものにいけるぞ!」
 そう宣言してまたもやジャンパースカートの胸を張る、可愛くも頼もしい仔猫の姿にどういうわけかさっき必死で堪えたものがうっかりまたこぼれ出そうになったので、慌てて進行方向へ向き直り、努めて張り切った声を(ちょっと鼻声になってはいた)上げた。
「よし、フォーメーションBだ、行くぞヴィラル!」
「りょうかいだ!」

 * * *

 なお後日、グラパール隊の実戦シミュレーターで部隊創設以来の高成績を叩き出した奴がいると警備局が大騒ぎになり、プレイヤーであるところのゲスト用IDの主を捜している、という話がリーロン伝いに総司令執務室まで持ち込まれたが俺はとりあえず知らないフリをした。