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※内容説明とご注意点など※
このSSはかなり前の過去スレでネタの出されたアバン艦長ショタ返り話です。
以下の点にご注意の上、趣味に合わないと判断されました場合は無理に読まずにファイルをゴミ箱へ放り込んで下さい。

  • このSSは成人向けの性的及び暴力的表現を含みます。
  • しかもエロパートと暴力/流血描写パートとそれ以外のパートの割合がpropellerのエロゲ並みです。
  • エロにはおねショタが含まれます。
  • 文体が冗長です。というか長すぎて全3話に分割されてます。

  • ペット子が「雌犬奴隷のふりをしている」バージョンです。
  • アバン艦長が中二病通り越して大変に女々しいです。
  • 艦の名前はどうでもいい理由により、超銀河ダイグレンではなくカテドラル・テラのままです。
  • 匂わせる程度に書かれている背景事情は深く気にしないで下さい。
  • SFガジェットや用語の使われ方はおおむねいい加減です。
  • スレ内の雑談・小ネタをところどころ勝手に拝借しています。



 星々の引力圏から離れ、公転運動に従っている訳ではない宇宙戦艦の内部とはいえ便宜上の一日という概念は存在する。
 ただ、故郷である小さな惑星を発つ際に地上の標準時に合わせられていた時間の区切りも今は時計の刻む数値の上にしかなく、艦内の者達にとって朝と言えば彼らの艦長がブリッジへ現れる時間帯であり、夕といえば彼がその席を払う頃という認識へと変わりつつあった。


「……タブー」

 背後からの声に、第一艦橋の最上部に位置する司令塔からクルーたちへ指示を下していた長身の副官はそれ以上の内容を求めずに頷いた。
「現時点、超螺旋索敵圏内に敵影は認められません。どうぞお休みください」
 振り向いた視線の先でうっそりと席を立つ影のような姿は、炎を纏ったロングコートの裾を翻したかと見えた刹那、淡い碧の光を残して宙に溶けるよう消え失せる。

 主の姿が無くなった艦橋内には、ほんの僅かだが緊張感の弛んだ空気が漂い始める。
 太陽を持たない小世界に、夜が訪れようとしていた。

 >>>

 緩く手を握り、開く。
 そんな動きを半ば無意識のうちに繰り返していた事に、やっと気付く。


 今日も大勢殺した。

 広大な真空に隔てられてはいても、堅牢な外殻で鎧われてはいても、見知らぬ誰かの命を握り潰した感触はいつもこの手に生々しく感じられる。
 自らを艦の心臓、主動力機関と化す戦闘中にはこのカテドラル・テラの艦体全てが己が身の延長上に等しく、戦場に渦巻く螺旋の力場は天文距離ほど離れた座標に響く断末魔すらも克明に伝えてくるのだ。

 だが、手が血で汚れているなどと今更嘆くつもりも別に無い。
 この宇宙の全てが自分を、自分の選び取ってきた道を否定し押し潰そうとしてきているのだから、こちらも奴らにそうし返してやっているというだけのことだ。
 結果、宇宙そのものがいずれ滅び去ることとなろうとも構いはしない。


 横合いからじっと、探るような視線。
 らしくもない思索に耽って食事の手が止まったのを怪しんででもいるのだろう。
 俄かに新たな苛立ちを募らせながら、トレイの上の食事を一匙、口に運ぶ。砂でも噛んでいるみたいに味がしない。
 この部屋専用の自動調理器は何故か妙な事にばかり細かく口うるさい副官の管理下にあり、量だの栄養価だの味付けだのは全て自分にとって最適なものに調整されているというが、それをありがたく実感できた例しなどついぞなかった。

「どうしたんだ、シモン?」

 摂食を完全に放棄するや否や、すかさず掛けられた声へ忌々しげな視線を投げた先には、馬鹿げた格好の女が床に直接跪いている。
 肘から先が肥大化し鋭い爪を具えた両手や、鮫じみた牙の生え揃う口元を別にすれば人間とさほど変わらないように見える姿はしかし全身から髪の一本に至るまでが造物主の目的に添って設計された人造生物で、初めて出会った頃にはかっちりとした軍服に身を覆っていたが、今は被覆率が低いにも程がある拘束具紛いの黒革のみを身に着け、首に鎖を繋がれた惨めな姿。
 地球の、そしてこの艦の支配者がすげ替わるまでは獣人軍の部隊長として気位も高く振る舞っていた女の、落ちぶれ哀れな末路というべきか。
「体の具合でも悪いようなら医局に……」
 その口が全ての言葉を紡ぎきる前に、硬く耳障りな音が要らぬ気遣いを遮った。
 机の上から払い除けた、料理が乗ったままのトレイが頭を直撃し、飛び散った食べ残しに顔や体を汚された女がぽかんとした表情で見上げてくる。
「犬の分際で俺に指図する気か? そんなに人の皿の上が気になるんならくれてやる。せいぜい綺麗に食え」
 手の中に玩んでいたフォークで床を指し示し、放り捨てたのが合図だったかのように、呆けた面で尻を落とし座り込んでいた女はのろのろと動き出した。
 床に両手を突いて本物の犬めいた四つん這いの姿勢に伏せ、鋭い牙の並ぶ口元からそろりと舌を伸ばす。
 散らばり、垂れ落ち、もはや原形も失って限りなく汚物に近付いた残飯へと直接口を付け、啜る音だけが暫しその場に響いた。

「いい格好だな、ヴィラル」
 耳に捩じ込むような強さで、わざとらしく名を呼んでやればその肩が一瞬だけ震える。
 今やすっかりと本来の矜持も砕かれ、犬として飼われる身分に甘んじているように見える女だが、時折ふとした拍子に本来自分が二本足で立っていた事を思い出すのか、面白い反応をすることがあった。
 とうに正気は失われているだろう頭で、昔は毛無しの猿と蔑んでいた人間ごときの足元に這いつくばって床を舐める自分の零落ぶりをどれほど理解できているのかは知らないが。
「……ああ、ここも汚れたな」
 食物の飛沫が僅かに付着したブーツの爪先を顔前へ突きつければ、逆らいもせずに獣の舌がねろりとその表面を拭う。
「……っ、ふ………」
 ぴちゃぴちゃと小さく水音を立てながら靴を舐めている女の表情は長い髪に隠れて窺えなかったが、例えその顔が屈辱に塗れていようが悦んでいようが同じ事だった。

 ──解ってはいる、こんなくだらない遊びに何の意味も無いことくらいは。
 ただ、自分よりも惨めな奴が一人いるというだけのことでもほんの僅か程度、鬱屈した心を紛らわせてくれる効果はあった。

 爪先で獣人の女の顎を掬い、その顔を上げさせる。
 牙の生えた口の次に人間との相違点が明らかな、縦に瞳孔の切れ込んだ金色の眼にも、いつかの時点までは確かにそうあったはずの鋭さなど微塵も見て取れない。
 首輪に繋がった鎖の先を掴み、椅子を立ちざまに強く引けば、女も絞首刑が執行される寸前でよろめきながら立ち上がり、主の歩みに従って寝室への扉をくぐった。

 >>>

 ベッドサイドで男は身に纏っていたロングコートを脱ぎ、手近な椅子の背へと放る。
 螺旋を刻んだ双眸が無感動な視線を投げれば、それ以上の命令は不要だった。 

 躾けられた犬の従順さで、床へ膝立ちに傅いた女は大きく武骨な両手には不似合いなほど丁寧な動きで男の衣服を解き、くつろげ、布の内側から引き出されたもの――既に頭をもたげかかっていた陰茎を押し戴くような仕草で顔を近づける。
 薄く開いた唇はその先端に口付け、赤い舌が雁首から先端までをじっくりと舐め上げた。
 黒革のグラブに包まれた両手の指は茎の根元をゆるゆる擦り、先端を口に含んで転がす動きと同期させるよう扱き出す。
「んっ、ふぅ……む、…ぅん……」
 見る間に硬さを増し、太い血管を浮き上がらせ始めた雄肉の表面を女の唇と舌が縦横に這う。
 先端を指先で弄りながら幹を舐め回し、付け根を舌先でくすぐり、嚢を片側ずつ唇で挟みながらやわやわと揉みしだく。
 白い鼻筋も頬も、自らの唾液と先走りの液にべっとりと汚れながら肉棒への奉仕に専念する女の姿はひどく扇情的で、なおかつ男の昏い感情を満足させるくらいには無様だった。
「そんなに裸猿の一物を舐めるのが好きか?」
 淡い金の髪をさらさらと指で梳くようにして頭を撫でながら、自分の股間に顔を埋める女を揶揄う。
 舌全体を使って裏筋から亀頭の結び目までをねぶっていた相手は視線だけを上げ、目元を淡く染めながらこくこくと頷いた。
「ハ、随分といい子になったもんだ、あの野良犬が……もういい、咥えろ」
 涎に濡れててらりと光る唇へ先端を押し当て、髪を鷲掴むよう頭に置いた手へ力を込めれば、女は抗いもせず喉の奥まで怒張を迎え入れる。
 柔らかな舌の上を、温かな口腔内を、赤黒い肉塊が行きつ戻りつ蹂躙し、その動きで混ぜ合わされる二種類の体液は空気を巻き込んでじゅるじゅると派手な音を立てた。
「……ふっ、ウ…んっ、んんっ……!」
 頭を押さえられて逃れる事も出来ず、男の欲望のままに口を使われる女がこぼす声はいかにも苦しげだったが、その中にはどこか甘やかな響きが含まれている。
 ぼんやり眇められた金色の眼も、おそらく生理的な涙に濡れながら蕩けそうに潤んだ眼差しで男を見上げ、視線で更なる暴虐を希っていた。
「お前は本当に好き者だな、淫売が」
 嘲りの言葉を投げられても女はひたすらと従順に頭を前後させ、咥内を占領する質量に舌を絡め、頬の内側や口蓋の粘膜で雄肉を擦り立てる。
 その刺激で嵩を増して膨れ上がったものがじきに爆ぜる事を予期しながらも、一向に頓着しないといった様子で口淫に耽る女の表情は今しがた与えられた侮蔑を肯定するようにだらしない。
「…出すぞ」
 短い宣言通りに放たれた、濃厚な精をひくつく咽喉が必死に飲み下す。
 口腔内で絡みつくような粘っこさに息も絶え絶え喘ぎながらも、女はほぼ全てを飲み干すとゆっくりと口を開いた。
 ずるりと舌の平を擦って抜け出していく雄肉との間に、白濁が細い糸を引く。
「ぁふ……れんぶ、のみ…まひた……」
 自分の涎と、僅かにこぼれた精液とで口の周りをべたべたにしながら、どこか焦点の定まらない眼で見上げてくる女の呆けたような顔。
 それは男の胸の中の征服欲や嗜虐心といったものをささやかに満たしはしたが、同時に己ではその正体を把握できない苛立ちの火が、ちり、と心の一隅を灼いた。

「立てよ」
 命じられるままに女は立ち上がり、ほぼ変わらない身の丈から、真正面に位置する眼と眼の間で視線が絡み合いそうになる。しかし寸前、振りかぶられた男の手が殴りつけるのと大差ない勢いで上体を薙ぎ、避けもしなかった女の体は半回転ばかりよろけて、顔からつんのめるように背後のベッドへと倒れ込んだ。
 じゃらり、鎖の音を鳴らして俯せに這った女は一瞬反射的に藻掻くも、男の手がその背へ触れるのを感じた途端にあっさりと抵抗を放棄する。
 乱れたシーツに長い金の髪を散らばせて、露わになった背中の中心をじわりと撫で下ろして行く指の感触。背骨の形を確かめるよう背筋を辿り、無惨に刻まれた大きな傷跡を微かになぞり、女の肢体を所々、申し訳程度に包んでいる黒革の縁にくい、と指先が掛かった。
 男の指がこの縛めじみた衣装を剥ごうとしている事を察した女はごく自然に腕と膝で支えた体を浮かせ、作業を遮らないようその身を差し出す。
 小さな金属音を伴奏に胴体を締め付けていたビスチェが取り去られ、それにベルトで吊られる形のショーツも剥ぎ取られたところで、下着の内側と陰部の間に粘液質の梯が架かる気配が女の顔に朱を差し、男の口元に薄い嘲弄を貼り付けた。
「しゃぶってるだけでここまで濡らしたのか? 意地汚ねぇな」
 シーツに伏せた肩と胸、そして両膝で高々と掲げられた腰を支える四つ這いの姿勢を取らされたまま、馴らすまでもなく淫蜜に濡れそぼり待ち焦がれるよう口を開き掛けている秘唇を男の視線と言葉で嬲られ、女は小さく身悶える。
 ふるりと揺れた白い尻房を男の両手が掴み、無毛のあわいにいつの間にか硬度を取り戻したものが押し当てられ──

「…ぁっ、シ、モン……?」
 直後に訪れるはずの、深く貫かれる感触に備え身構えていた身体は、ただ入口にあてがうだけで僅かも動こうとしないそれにひどく戸惑った声を上げた。
「何か期待してるんだったら言ってみろよ、犬らしい態度でな」
 焦らすように粘膜のとば口へ先端を触れさせているだけの、その質量を既に全身が欲しがって欲しがって、頭がおかしくなりそうなくらいなのに。冷たい笑みを含んだ声に、女の眦にはじわりと涙が滲む。
「……ね、がい……いれ…て……私の、中…お、犯して…っ、ぐちゃぐちゃに……!」
 男が満足するよう、女はなるべく惨めに、道化じみた哀願をしてみせた。
 尻を振り、腰をくねらせて、もどかしい位置にある切っ先をなんとか咥え込もうと滑稽な踊りを披露する。
 気の毒なほどに必死な様にくっ、と喉の奥で低く笑った男はそろそろ飼い犬に餌を投げ与えてやることにした。
「ぃ…っ!? く……ぁはあっ、あー………!」
 今まで意図的に中心を捉えず遊ばせていた剛直を、潤みきった隘路へ一気に突き入れる。
 たちまちの内に熱い肉洞はそれを奥まで呑み込み、ぬめって蠢く粘膜が舐め回すように歓待を示した。
 熟れた媚肉に根元まで包まれる快さを僅かな時間だけ味わって、男はやおら腰を引く。返す動きは小刻みに、入口を荒々しく掻き混ぜ、半ばのざらついた襞壁を先端で削るよう擦り立て、奥を強く突き抉る。
 抜け出ようとする雄に掻き出され、押し込む動きでまた溢れ出す淫水はじゅくじゅくと厭らしい音を立てて泡立ち、飛び散っては互いの脚を、真下のシーツをしとどに濡らした。
「…ひ、ぁ……ああっ、あ……んっ、ぁっ、ふぁあっ……!」
 女はとうに正気を飛ばしているのか、押し隠そうとするそぶりもなく艶声を上げ続けている。
 全身の肌を淡く染め、背後からがつがつと穿たれる動きに合わせて背を撓ませ、尻を弾ませて快楽を貪る姿に、自分もまた肉の愉しみを享受しながらも男の脳裏には先程微かに感じた苛立ちが再び灯されつつあった。
「誰が独りで出来上がっていいなんて言った、あァ!?」
 刺々しく、腹の底のわだかまりを吐き出すように罵倒しながら、首輪に繋がる鎖を掴み取って手綱よろしく乱暴に引く。
 いきなり頸を引き起こされた女の口からは苦しげな、しかしそれでもどこか媚びを含んだ声が上がり、しなやかな背が弓なりに反らされた。
 生理的な反応なのか、締め付けを強くした内部を荒々しく抉り立てるごとに上がる声はいっそう浅ましく、隠しようもない喜悦に彩られ出す。
「……みっともない声で鳴きやがって、そんなにいいのか? これが!」
 休み無く腰を打ち付けながらの理不尽な言葉にも、金色の瞳を蕩けさせた女は陶然と、ただ自らの快楽を追うばかりの咽び泣くような声音でいらえた。
「は…いっ……ぃ…の……気持ちぃ……っ、ァ、はぁっ……これ…ぇ、大き…の、すき……!!」
 しまりなく淫声と涎をこぼす口元は紛れもない喜色に歪み、涙と熱に潤んだ眼は情欲に濁っている。
 自ずから振り立てられる腰は己を苛む衝撃を柔らかに受け止め、ぬかるむ雌穴は貪るように雄に喰らい付いて離さず、蜜を滴らせながら硬く張り詰めた肉杭をしゃぶり尽くさんとしていた。
「…雌犬が」
 舌打ちし、乱暴に小突き回すよう腰を使えば女の嬌声はいよいよ高く、甘ったるく撒き散らされていく。


 繋がった場所を執拗に貪られる快楽は確かにあって、思考の一画をどろりと溶かすそれに身を任せてしまいたい衝動を覚える一方、フラッシュバックのように脳裏に閃く遠い記憶が男の意識の奥底をじくじくと痛ませる。

 どこまでも続くかと思えるほど高く、青く澄み切った空。皮膚をなぶる乾いた空気。燦々と眩しい陽の光を受けて、風を纏い歩んで行く、生涯を懸けて追い続けようと誓ったはずの背中。
 あの人が、今の自分を見たらどう思うだろう。
 絶望に呑まれ、力に溺れ、挙げ句に彼の愛した大地も、彼の夢見た月も、彼の記憶を共有できたはずの人々も──この女も、全て壊し、歪め、己の捻れた想いに付き合わせて、果てには破滅しかないだろう暴走に巻き込んでいる。
 叶うものならもう一度殴ってほしい。
 殴って、この曇った目を醒まさせて、自分の往くべき方向を思い出させてほしいのに。

 解っている。そんなのは馬鹿げた感傷だ。
 あの人はもう、どこにもいない。この宇宙中、どこを探しても。

 死んでしまったから。

 ──俺が、死なせてしまったから。


 自分の中を掻き回す動きが鈍ったように思えて、ヴィラルは快楽にぼやけ、拡散していた意識を僅かに立ち戻らせた。
 背後にいる男の様子が、どことなくおかしいような気がする。
 彼が自分を“使って”いる時でも他のことを考えていたり、すぐに興味を失ったようなそぶりを見せるのは今更珍しいことでもない。だが、今こうして背中に感じる気配は、おそらく、思い違いでなければ──

「シモ…ンっ、ぁ……ひぁあっ!?」
 肩越しに振り向こうとした刹那、強引に腰を掴んで揺さぶる動きで中断され、不自然な角度から深く突き込まれた質量が腹の奥をしたたかに打ち据える衝撃が、そのまま内部を削るような律動が、折角まとまりかけた思考も、喉から送り出そうとした言葉も全て、ずたずたに切り裂いて閨の薄闇へと霧散させる。
「…ケダモノが、余計な言葉を喋るな」
 投げつけられた声に、微かな水気が滲んでいたように思えたのは気のせいだろうか。
 それ以上何かを考えることも出来ずに女の意識は熔け落ち、男はまた一つ暗い呼吸をこぼすと同時に全ての熱を吐き出し終えた。


「……っ、ん…!」
 おもむろに引き抜かれ、今まで隙間無く埋められていた場所が覚える喪失感に、腫れた粘膜がひやりと外気に撫でられ、垂れ落ちた体液が内腿を濡らす感触にヴィラルは身震いし、小さく声を洩らす。
 どさり、マットレスに男の身体が投げ出される気配に今夜はこれで終わりなのかと意外に思い、シーツに半ば伏せられた表情を窺ってみるものの、既にその瞼は閉じられてぴくりとも動く様子はなかった。

 普段ならあと二回くらいは相手をさせられるところだったが、今日はどうやら面倒になったらしい。
 今までにも急に飽きただの、興が削げただのと中途半端なところで放り出される事はしばしばあって、この男の気紛れに振り回されることにはとうに慣れていたが、今夜ほど淡泊なのはやはり珍しかった。
 しかも、そういった時の常として自分の寝床へ行けと追い出されもしないのは、このベッドで、隣に眠っても構わないということだ。普段は激しい行為に疲弊しきって気絶ないしは昏倒してしまった時くらいにしか許されないのに、どう言った風の吹き回しだろうと訝りながらもとりあえず最低限の汚れの始末だけはして、空いているスペースへ身を横たえる。
 僅かな空間を挟んで向かい合うよう側臥している相手の表情には、やはり先程の一瞬に覚えた僅かな違和感の名残が、どこかあるように思えた。

 そろそろと伸ばした手で、男の剥き出しの腕から肩に触れてみる。
 以前、これと似たようなことをしたときには突然目を覚まして「寝首でも掻くつもりか」と意識が朦朧とするまで殴られたりもしたものだが今日はそういった反応もなく、ただ、小さく鼻で息をするような音が微かに聴こえるばかりだった。

 >>>

 >>>

 ──くらい、暗い場所にいる。

 暗いのはいつものことだ。ここは穴の中だし、今は夜だから電気もついていない。
 だけど、何だかいつになく暖かい。暖かくて、柔らかくて、いい匂いのする何かにぴったりとくるまれているような感じ。こんなの、まだ小さい頃に母さんと一緒に寝ていたときくらいにしか憶えがない。

 ぼんやり、漠然とした認識から少しずつ意識が浮かび上がり、それを追うように体も目を覚ます。
 いつもの朝だ、暗い穴ぐらで、村長のがなり声に起こされ、穴掘りに出かける変わりばえのない朝──

「……ぇ…………?」

 なぜか、視界全体が白っぽい何かで塞がれている。
 というか、その白くて柔らかいながらも適度な弾力を具えた温かいものに、顔を押し付けるようにして自分は眠っていたらしい。
 慌てて両手を動かし周囲を探れば、掌に伝わるその肌触りも、頭の中に再現された輪郭も、ある一つの可能性しか提示してこなかった。
 恐る恐る上げた視界には、案の定いま自分が顔を埋めていたところ同様の白い首筋、そして顎の線。そしてこれまでに見たことがないくらいに淡い色の長い髪。

 知らない、おんなのひと、が。
 なぜか、何も着てない、はだか、で。

「ん……」
 小さく、鼻に掛かったような声を洩らして、その見知らぬ女の人はゆっくりと身じろぎ、髪と同じ色の淡い睫毛を震わせた。

 どうしよう、どうしてこんな状況になっているのかさっぱり思い当たる節がないけど、女の人の寝室に自分なんかが──しかも、今ごろ気が付いたけどこっちも素っ裸だ──入り込んだなんて知れたら、絶対大騒ぎになる。
 今までは根も葉もない中傷だった女の子達の悪口が実際に犯した悪事を論うものになるだけならまだしも、これは流石に村長や大人たちだって問題にするに違いない。それに、誰よりも何よりも──彼が、そんなことをした自分をどう思うのか、想像することすら怖ろしくて──


 目覚めないでくれ、と必死で祈りはしたが勿論何の効があるわけでもなく、うっすらと目を見開いた彼女は次の瞬間弾かれたように起き上がり、しかし予想とは大きく違って悲鳴を上げるでもなく、その顔に明らかな嫌悪の表情を浮かべるでもなく、ただ些か慌てたような様子で言っただけだった。
「…っ、すまない、こんな時間まで寝ているつもりじゃなかったんだ、シモン……」

「…………シモン?」
 重ねて名を呼ぶ声音にも非難するような色は一切無かったことに幾ばくかの安堵を覚えつつも、自分の上に視線を釘付けにして唖然とした表情をしている裸の女性はいったい誰なのか、それに今気が付いたが自分たちの居るこの見知らぬ部屋はどこなのか、さっぱり答えが見出せないことにシモンの困惑は尚のこと深まるばかりだった。

 >>>

 第一艦橋の中央、艦長席の設けられたフロアで定位置──今は主の姿無きシートの右斜め前方に、いつものように直立していた副官はやおらその彫像の如き不動を崩し、制服のポケットから着信のバイブレーションを発している通信端末を取り出した。

 ディスプレイ上で点滅する回線IDは艦長専用の端末を示している。
 軍隊というよりは彼の小さな王国と形容するのが相応しいこの艦で、しかも戦闘も何もない通常航行下ときては、最高責任者とは言え艦長自ら定期的にブリッジへ詰める必要性は実際のところ無い。
 だが、それでも普段ならばだいたい定時と言っていい決まった時間に背後のシートへ収まっているはずの人物がいっこうに現れない件について、何らかの事情を連絡してきたものだろうと副官は見当を付ける。

 しかしパーソナルモードで立ち上げられた通信画面に映し出されたのは予想外の人物であり、常に沈着を旨としている副官はそれに対し露骨に驚きこそしなかったものの、目元を覆うグラスの奥で僅かに片眉を上げることで、この事態に関しての意外さを表明した。
『その…すまない、他に誰に言っていいものか解らなかったから……』
 そう画面の向こうより困惑したような態度で伝えてきたのは艦長の私室に“飼われて”──今更表現を取り繕っても仕方がない──いる獣人の女。かつては敵軍の士官であり、紆余曲折を経てこちらの捕虜となり、今となっては艦長の個人的なあれこれを処理するための慰安要員、いやもう少し平たく言えば玩具かペットとして扱われている彼女が“飼い主”の通信端末を用いてその副官である自分にコンタクトを取ってくるなど初めてのことで、そうなるに至る理由を一瞬のうちにざっと数件想定してはみたがどれひとつとしてろくな事態が思い浮かばない。
 念のために艦長席を囲む遮音シールドを展開し、会話が漏れないようにしてから返答。
「──どう、しました?」
『し……シモンが、なんだかおかしなことになっているんだ……誰か、なるべく彼が信頼していて、それで難しいことの解る人間を寄越してもらえないだろうか』
 その応答に、頭の中の非常事態リストが更に絞り込まれる。

 ひとまずはすぐ向かうとだけ答えて通信を切り、チーフオペレーターへ持ち場を外れる旨と、追って指示があるまで現状を維持とだけ伝えた副官は部下たちに異変を悟られないための悠然とした歩調で、目的地への直通経路が開かれた不可視の入口へと足を踏み入れた。

 >>>

「あっらぁ~、コレはまた懐かしいわねえ~」
 目の前でくねくねする男だか女だか判別しづらい人物に、裸身にとりあえずはシーツを巻き付けただけ、といった出で立ちの少年はあからさまに怯えた様子で背後の壁に貼り付いていた。
「だっ、だだ、誰、です…か……? おれの、こと…知って……?」
「アラ残念。私のことも判らないとなると、地上に出てくるより前かしらね? でもそう年齢的に離れてるわけでもないみたいだし…」
 ふーむ、と鼻を鳴らして手元の検査機器を覗き込んだリーロンの言葉尻を耳にし、大きな眼がはっとしたように見開かれる。
「え、あの、ここ…もしかして、地上なの…!? あ、あに……カミナは!? 俺と一緒に誰かいなかった!?」
「──カミナは、ここにはいませんよ」
 どことなく素っ気ない口調でそう言った相手を、シモンはぽかんとした表情で見つめた。


 くねくねする怪人物に気を取られてばかりいたが、今、この部屋の中には自分以外に三人の人物がいる。
 そして、その三人ともが、そう交際範囲が広いとも言い難い己の中の基準に照らしても、皆──「変」だった。
 いちばん離れた場所、戸口らしき所のすぐ横の壁際で静かに立っているのは目が覚めたとき同じ寝床にいた女性で、はじめは一糸纏わぬ、いや、首に何か黒いベルトのようなものを巻いてはいるもののそれ以外は素っ裸だったのが、あまりにも大騒ぎしたせいか今は寝台の上掛けを肩から羽織って、その大変に目の毒としか言いようのない姿を覆い隠してくれている。
 彼女もそうだが、残る一人、今「カミナはいない」と言った背の高い男も非常に不思議な姿形をしていた。服装や顔立ち、髪や肌の色が変わっているというだけではない、はっきり言ってしまえば、二人とも部分部分が人間とまるで異なった形状なのだ。一方、くねくねの人物は奇妙と言えば最も奇妙なように見えても体の部品と言う意味では全て普通に人間のそれで、地上というのはこうも不思議な人や出来事ばかりなのかと驚きよりも困惑が先に立つ。

「急に理解しがたい事を申し上げるようですが、隠していても仕方ありません。シモン、現在のあなたは、あのジーハ村を出た日より既に十年以上を過ぎて大人になっているのです。それがどうしてそのように、肉体的にも精神的にも巻き戻ってしまっているのかは我々にも皆目解りませんが、ともかく今のあなたを取り巻く環境は非常に変化しているとお考え下さい」
 他人が自分に向かってこうも丁重な物言いをしてくるという時点でまず面食らっていた頭の中が、その言葉の内容で更に引っ掻き回される。
「へ……? 俺が……おとな……?」
「はい。そして、今のあなたは我々にとってとても大切な人間です。この艦……いえ、この場にある全てはあなたの為に存在すると考えて頂いて構いません」
 もちろん、大人のあなたの為にですが、と締めくくって不思議な男は目元のサングラスをずらし直すような仕草をした。
 シモンはと言えば、酸欠の魚のように口をぱくぱくとさせているしかない。「まさか」「嘘だ」という音声を出したいのに、舌の根が乾上がったかのように出入りする空気が言葉を形作れずにいる。


「あ、あの……」
 暫くしてようやく喉から押し出すことの出来た言葉は、何故か部屋の中にいる全ての人の表情を一瞬だが硬くさせた。
「それじゃあ、カミナは……今どこにいるんですか?」

 他の二人よりも、僅かに早く表情を元に戻した男の──と言っていいのかどうか判らない──人は少し眉尻を下げるようにして微笑する。
「カレ、すごく遠いところに居るの。会いたいでしょうけど、今は難しいわ。ごめんなさいね」

 >>>

「申し訳ありませんが、この場は一時リーロンに任せて、私と一緒に来て頂けますか」
 何故か、妙に改まった口調でそう言いながら、副官はヴィラルを寝室の外に連れ出した。

 閉じかけるドアの向こうの「じゃ、もうちょっと身体データ計測しちゃってイイかしら?」とうきうき弾んだ声と、少年の半ば悲鳴じみた応えにヴィラルが気を取られている間に、一旦廊下側のドアの方へ歩いていった副官が片手に何かを持って戻ってくる。
 手渡されたのは圧縮パッケージングされた衣服らしき塊で、促されるまま封を切れば、それは瞬く間にばさりと拡がって一着の女性クルー用制服へと姿を変えた。
「とりあえずはこれを着用して下さい。いつものあなたの格好は、あの時期の彼には刺激が強すぎますので」
 真面目くさった顔でそんなことを言われるのも可笑しくて、ヴィラルもつい表情を緩めながら宛われた衣服を身に着ける。
 とりあえずと言いながらも、きちんとサイズを合わせて成型させたものらしい制服は人間とは最も形状の異なる腕の部分まで過不足なく覆い、セットになっていたアンダーウェアやロングブーツに至るまで──いつ採寸されたのかは定かでないが──全て誂え向きで、万事においてそつのないらしいこの副官の仕事ぶりはこんな所にまで発揮されているのかと妙な感心すら覚えさせられる。
 上着の丈が長い男性クルーのものと違って、ジャケットもスカートも丈が短めで体のラインがはっきりと出るデザインになっているのはいったい誰の趣味なのかと訊いてみたい気もしたが、さすがに今は、その疑問は後回しにするべき類のものだろう。

「さて、服を着て頂いたところでもう少し手掛かりになりそうなことを伺ってもよろしいでしょうか?」
 それまで律儀にも後ろを向いていた副官に声を掛ければ、間髪入れずに質問が飛ぶ。
 シモンの心身の変容は十中八九、何か螺旋力の特殊な作用によるものだろう。そして、この艦内のみならず、宇宙でも比肩するものを探すのは難しい程の螺旋力を具えるシモンにあそこまでの干渉を与えることが出来る犯人はと言えば、それはシモン本人である可能性が最も高い。
 そう推測を伸べる副官に頷いて、ヴィラルは昨夜から今朝にかけてシモンの様子におかしな兆候が無かったかどうか、懸命に記憶を手繰ってみる。部屋に戻ってきた時、夕食を摂っていた時、寝室で自分を“使って”いた時──
「……そういえば、昨夜のシモンは少し様子がおかしかった。なんというか、普段に比べても感情がだいぶ不安定だったように思える。もしかしたら疲れていただけなのかもしれないが……昨日はそんなに大変だったのか?」
「いえ、昨日は確かに対艦隊戦闘がありましたが、当艦は巡航形態を解除するまでもなく短時間での敵勢力殲滅に成功、その後速やかに戦闘宙域より転移しましたから艦長にとってはさほどの身体的負荷ではなかった筈です。それに疲れたからと言って子供に退行するような人ではないでしょう。となれば心理的要因の方をこそ疑う必要が……」
 鼻先に皺が寄るほどに考え込んでいた副官が、ふと顔を上げた。目元を覆って表情を見えにくくしているグラスの向こうから、探るような視線でじっと見られたヴィラルは奇妙な居心地の悪さを覚えて軽く肩を竦める。

「ああ、すみません。あなたとこう、普通に相談が出来ることが少々意外だったもので」
 メモを取っていたらしい個人端末の画面を閉じ、男は僅かに表情を和らげた。
「艦長は……よく、あなたが既にかつての人格や理性を破壊されていて正気ではない、というような事を言っていましたから。ですが、こうして話している分には昔のあなたとさほど変わったところはないように思えますね」
「な……っ!?」
 思わぬ事を指摘され、ヴィラルの眉が跳ね上がる。
 僅かに遅れてその顔が、少し尖った耳の先まで朱を刷いたように染まり、内心の動揺を映した声は不明瞭にもつれて口からこぼれ出た。
「…わ……私が正気だなどと…そんな筈が無いだろう……正気だったなら、本来の私が一片でも残っていたなら、今日までにあの男を生かしておく訳がない……」
「まあ、そういう事にしておきたいのでしたら深くは追求しませんが」
 どこか悔しげな表情で睨み付けてくるヴィラルから目を逸らし、副官は内心で深く溜息をついた。

 もし自分の想像が当たっているなら、なんというか、まあ、お互いに不器用すぎる人たちなのだろう。
 あんな出会い方をしなければ、あんな再会の仕方をしなければ、などとは今更思ったところでどうしようもない事だが、それでも歯車が多少ずれて噛み合っていれば双方共にもっと気が楽だっただろうに。

(……だけどシモン、君がもし、そのために子供に戻ったんだとしても……起きてしまったことは消えて無くなる訳じゃないんだ)

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 大騒ぎの──物理的には取り立てて大したことはなかったものの、検査機器を体に宛うリーロンの台詞や手つきがいちいち妖しいおかげでシモンが過剰に怯えたり抵抗したりするのが主な原因だった──身体データ採取と検診が一段落する頃、再び室内へ戻ってきた副官は手にした数枚の衣服、圧縮パッケージングされているためシモンからは平たい板のようなものとしか見えないそれを差し出した。
「遅くなって申し訳ありません。製造依頼ログを残さないよう、直接工場区へ行ってきましたもので」
 そう説明されたところで、今や自分のいる場所が宇宙を航行中の超々弩級ダイガンの中だということもさっぱり理解できずにいる少年にとっては呪文のような音の連なりとしか思えない。

 とりあえず、手渡された板のようなそれをひねくり回している内に指先に触れた、微かに薄くめくれる部分を何の気無く引っぱってみれば平たい板はふわりと拡がって、一枚の薄いグレーの上着と黒いハーフパンツに変わった。
「へ…っ!? うぇ!?」
「肌着類と靴はこちらです。一応、ジーハ村で一般的に着用されていたものと大体のデザインを似せてはみましたが、何か不明な点がありましたら仰って下さい」
 肌着と言われて渡されたものを開封すれば、確かに生まれたときから慣れ親しんだ、晒し布を直線的に裁って作られたシンプルな構造のそれらが現れる。
 確かに各々の形はおおむね理解の範疇にあり、身に付ける方法が解らないということはない──ないのだが、シモンの頭にある服という物のイメージと何かが微妙に食い違っている。具体的に挙げるのなら、ブタモグラの毛や皮、植物の繊維などで出来ていた故郷の服とは全く異なる、ごわごわしたところがどこにも無いさらりとした手触りの布地だとか、裏側をひっくり返してみてもどこにも縫い目の見当たらない不思議な造りだとか。
 しかしそれでも裸でいるより遥かにましなのは明らかで、手早く身に着けてみれば非常にしっくりと馴染むというか、普段着ていたはずの物のように別の子供の着古しを無理矢理ベルトなどで体に合わせる必要もなく完璧にフィットするのが逆になんだか落ち着かない。
「ゴーグルは現状で必要ないと判断しましたが、あった方がよろしいですか?」
 そういえば、とでもいうように訊ねられてはじめて、無意識のうちに額の上あたりを指で探っていたことに気付いたシモンは慌てて首を左右に振った。
 目が覚めてからこの方、色々と説明を受けた内容の八割以上はさっぱり理解出来ていないが、少なくとも今の自分が村長のために穴を掘らなくてもいいことだけは確かなようだ。
 それに、遅まきながらやっと気が付いたが、ジーハ村では常に手の届く場所に置いていたはずの手回しドリルも見当たらない。ベッドの頭の部分の横にある抽斗付きの台の上に、掌に乗るほどのミニチュアのドリル……らしきものがあったが、まさかそれで何かの作業が出来るとも思えなかった。
 そう、見当たらないといえば──
「……っ、ブータ!?」
 素っ頓狂に挙げた声に、すぐ側でリーロンと会話を始めていた人物が何故か驚いたようにこちらを向く。

「あ、あの、すみ、ません……」
 突然大声を出したかと思えばすぐに背中を丸めるようにして縮こまってしまった少年の様子に、一瞬はっとした面持ちだった副官もつい表情を和らげる。
「ご心配なく、ブータはまだ元気にしていますよ。もっとも、今のあなたには一目でそうと判らないほどに姿が変わってはいますが」
「ほ、本当…です、か……!?」
 副官が確と頷けば、今まで不安げだった表情が見るからに明るく変わり、ほっと安堵の息が吐かれる。
「そっか……俺が、本当は大人になってるくらいだからブータだってもうかなり大きいんだよね……でも良かった、食べられたりしてなくて」
 その言葉に苦笑めいた表情だけを返し、次にシモンが口を開きかけたタイミングに重ねるよう「それでは、私はまだ仕事がありますので」と踵を返しかけた副官はふと何かを思い出したようにサイドチェストへ歩み寄った。
「何か危険があってもいけませんから、こちらは暫く私がお預かりします」
 拾い上げられ男の手の中で鈍く光を弾く円錐体を不思議そうに目で追いながらも、あまり訳が判っていない、といった風情でとりあえずこくこくと頷く少年の意識を更に逸らすよう、副官は会話の間に入室していたもう一人の人物を差し招く。
「困ったことや必要な物がある場合はこの女性へ申しつけて下さい。彼女の仕事はあなたのお役に立つことですから」
「え? あ、あの…?」
 再び傍らに立った女性が今度はちゃんと服を着ていたことに安堵の表情を見せながらも、副官と、その肩の向こうで「じゃあまたね、チャオ!」と手を振っているリーロンがこの部屋を出ていく──つまりは今の自分にとっては誰だか知らない女の人と二人きりで置いて行かれるのだと理解したシモンは一転して傍目に気の毒なほど狼狽えた様相になった。
「あ、まっ、待って、くださ……!」
 慌てて追いかけようとしたその鼻先で、無情にもドアが閉まる。
 無論ロックなどはされていないにしろそもそもの開け方が解らず、途方に暮れるばかりのシモンは気付く事はなかった。

 副官とリーロンが、その長身の陰に隠すようにして、コート掛けの横に立て掛けられていた一振りの刀を持ち去ったことを。