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「……っ、く……」
 食いしばった歯の間から抜けていく空気が、やけに甘えた声音となったことに自分でぎくりとしたのか、少年の体が僅かに跳ねる。
「ひっ!?」
 身動きしたせいで、薄皮一枚に守られた肉と血管が、少し硬いもの──例えば、そう、尖った歯とか──に当たったような気がして咄嗟に全身が竦む。
 が、いつまで経っても予期した痛みなどはなく、その器官はただ温かく濡れて柔らかな感触に延々と撫で回されて、これまでに体験したこともない、強烈な快さに翻弄されるばかりだった。

 ついさっき、抵抗する間もなく下穿きを剥ぎ取られた驚愕と恥ずかしさとその他諸々で一瞬縮み上がったかに見えたというのに、今や臆面もなく怒張し、屹立しているそれは既に自分の体の一部ではないかのように意のままにならない。
 だというのに受け取る感覚だけは忠実に脳裏へ送られ、腰から下の骨が抜かれでもしたかと思うほどの快感で意識が埋め尽くされている。
「や、やや、やめ……っ、…て……そこっ……ぁ、あ!?」
 静止の声が途中から裏返り出したことに、それまで少年のなだらかな下腹部に顔を埋めるようにしていた女もふと気付いた風に顔を上げる。
 もとい、視線だけは上げたものの、口と手では未だ休みもせずに捕らえたものへの奉仕が続行されていた。
「…んっ……ここ、辛いか……? シモン…」
 ぴちゃぴちゃと湿った音を立てながら、剥き出しにされたての粘膜を熱くて僅かにざらっとした舌で舐り回された途端、少年の全身ががくがくと震える。
 問いかけられる言葉にも満足に答えられず、肯定か否定かも判然としないそぶりでひたすらにかぶりを振る様に、それを否定と取ったのか、女は更に執拗な動きでその場所を攻め立て始めた。
「あぁっ、やっ、ちが……っ…!」
 微かにひりひりとする場所を舌の平で丁寧に撫でられ、雁首の縁やその下で僅かにたるむ薄皮の中までも舌先でなぞられる触感に腰椎が痺れ、全身がぐずぐずと蕩けてしまいそうになる。根元から幹のかしこまで行き来する指先はぬめりを帯びた液体を助けに忙しなく、しかし爪が当たらないよう慎重を期しながら擦り立て、時にやわやわと嚢を揉んでいく。
 頭の中に靄がかかり、目の奥で何か眩いものがちかちかするような忘我のうねりの果てに、先端の小さな窪みに舌先をねじ込まれ、同時に唇で吸い上げられる感覚がついに止めを刺した。

「……いっ、ぁ、っ……あ…………!!」
 自分の中から何かが激しく溢れ出す、それは開放感を伴う明らかな快楽だったが、ぼんやりとした視界に映った、自分の脚の間に顔を寄せたままの相手がその放出したものを口中に受け止め、躊躇わず飲み下す様を認めた瞬間、シモンは自分でも驚くほどの衝撃──はっきりとは正体の掴めない、幾つかの感情が複雑に絡み合ったような動揺に見舞われ、それまでの本能的な充足感は跡形もなく吹き飛んでしまった。


 尿道内の残滓も全て吸い出し、先走りと唾液にまみれたものを丁寧に舌で清め終わったヴィラルは自分の頭上から降る視線が、どこか咎めるような雰囲気を含んでいることにふと気付いて顔を上げる。
 見上げる先の表情は、耳の先から首筋まで真っ赤に染まって快楽の名残を露骨に示してはいたものの、大きく見開かれ、眦に涙を溜めた眼には確かにそれとは違う、何かを悲しんでいるような、そして同時に怒り、悔しがっているような色がうっすらと浮かんでいた。

「……口でされるのは嫌だったか、シモン?」
 とりあえず思い当たった可能性を訊ねてみれば、少年の首は壊れて取れてしまいそうなほどにぶんぶんと左右に振られる。眼に溜まっていた涙がほんの少し嵩を増して溢れ、宙に散った雫の一滴がヴィラルの頬に飛んだ。
「…違っ、違う…そうじゃ、なくて……ぃ、いつも…っ、こんな…事、してるの…!?」
 黙って頷けば、泣きっ面はまた盛大に歪む。
「私と──獣人と、こういう事をするのは今は嫌か」
「嫌だよ! ……ぁ、うぅん、その嫌、じゃなくて……だって、俺、殴ったり…して…るのに………」
 服のスカート部分で手を拭いながらヴィラルは立ち上がり、またも完全に項垂れてしまった藍色の頭を旋毛の辺りからわしわしと撫でる。
 驚いたように跳ね上がる顔の、額に掛かる前髪を指先でよけ、そこに軽くキスを落とせば元から丸く大きな眼が更に丸くなるのが少し可笑しい。
「確かに、大人のお前は……拳を振るうのと同じ意図で、私にそういう行為をさせる時もあるが」
 少年が目に見えて辛そうに眉根を寄せる寸前、肩に手を置いて顔を覗き込む。至近距離で獣の金色の眼と相対することになった黒い眼の中で、瞳孔がきゅっと不安げに縮んだ。
「でも、私は案外、それが嫌ではない。最初の頃は……まあ多少は抵抗がないでもなかったが、だけどお前の存在を体の深い場所で感じていると何だか幸せな……と言うのも変だが、なんとなく私の中にある足りないところが埋められるような、そんな気持ちがするんだ。無論、今のお前が嫌だというなら、もうしない」

 真正面から思わぬ告白を受けたシモンの両眼はまたも大きく見開かれ、頬に新たな赤味が注す。
 動揺のあまり舌の回らなくなった口は慌てて何か適切な言葉を探そうとするが、そんなものはどこにも見つけられなかった。
「そ、そういう…意味で、い、嫌、とかどうかなんて……そんなの、わかんないよ……俺……」
 しどろもどろに呟いて、顔ごと目を逸らそうとする動きは途中でぎくりとしたように止められる。
 肩から滑り降りていった獣人の大きな手が、胸の真ん中から腹を撫で下ろしたその先で、いつの間にか再び頭をもたげ始めていたものにそっと触れていた。
「なら、いっぺん試してみるといい……こちらは、随分とその気になっているようだし」
 鋭い爪で触れないよう、気遣って伸ばされた指の腹が先端をふにふにとつつけば、半勃ちだった雄はやにわに硬さを増して奮い立ち、少年のなけなしの意地をもあえなく霧散させてしまう。
 些か悔しげに唇を噛んだ表情はそれでも首肯の形に小さく上下して、女の提案を受け容れた。

 >>>

「……そう、そこでいい。そのまま、入って……っ、ん……!」
 未成熟だがそれなりに嵩のある若茎を、しかし宛われた場所はさほどの抵抗もなくつるりと呑み込んだ。
 先程、口腔内に含まれたときよりも更に熱く、ぬめる体液を潤滑剤としてひたひたと柔軟に絡み付く粘膜の感触が、未だ経験したことのない快さの信号で頭の中を充たしてしまうことにシモンは僅かな怖れを覚え、小さく身震いする。
「あ、ぁあっ…!?」
 その震えが相手の体まで伝わった途端、自分の最も敏感な部分を咥え込んだところがきちきちと、独自の意志でも持っているかのように細かく蠕動し、まるで幾つもの柔らかい舌で舐め回すような淫らな刺激が与え返された。
 逃げ出したいという反射的な忌避感と、逆にもっと奥まで入り込んでこの快楽を味わいたいという欲求が体の中で拮抗し、ぎこちなく前後に動いた腰は結果として、更なる肉悦の渦に少年を引きずり込む。
「いい、か……? シモン…」
 シーツに背を預け、腰だけを浮かした形の女獣人はゆったりと下肢を揺すって自分よりも相手の快さを導くように動いている。仰臥していてもなお、充分に豊かな膨らみを誇示する二つの乳房がその動きに連れ、たゆたゆと蠱惑的に揺れた。
「…ん、……っ、う…ん……」
 心身の許容値を軽く超えた、圧倒的な感覚の奔流にもはや小さく呻く事しかできず、力の入らなくなったシモンの上体はかくりと前傾する。
 身を二つに折るような姿勢を立て直そうと動いた手は、咄嗟に触れた女の脚に縋り付き、結果としてより強く密着した肌の温度に、より深く繋がり合った秘部からの刺激に少年の理性はあっさりと陥落し、堰を切った欲望はどくどくと耳の奥に響きながら女の体の奥へ注ぎ込まれて行った。


「……ぁ…っ、あの…ご、ご…めん……っ!!」
 解放感に高揚していた意識も、己の現状を顧みれば背筋に冷水を浴びたかのごとく素に引き戻される。
 実体験は伴わなくとも、大人や少し上の世代の子供達が話す内容や家畜の繁殖に関わって聞き囓った知識は、たった今自分がした事の意味を理解できないほどに少なくはなかった。
 慌てて退きかけた体に従い、相手の中から半分近く抜け出した自分のものに掻き出されるよう、白濁した粘液がどろりと結合部からこぼれ落ちる。
 いくら獣人とはいえ、こんなにも人間に近い形をしているのなら、もしかして──

 途端に顔色を無くしたシモンの様子を不思議そうに眺めていたヴィラルは、あることに思い当たり口元に小さく笑みを刷いた。
 どんどん俯いて旋毛が見えそうな頭を、大きな手でふわりと撫でてやれば恐る恐ると顔が上げられ、大きな目がひどくもの言いたげな視線を投げてくる。
「……安心していいぞ、シモン。獣人の体には新しい命を生む機能はない」
 言いながら浮かした両脚を細い腰に絡めて引き寄せ、一旦出て行きかけたものを再び深くまで咥え込む。
 バランスを崩して前傾する上体はそのままに、おろおろと所在なさげな両手をそっと取って、ふるりと揺れる両の膨らみへと導いた。
「だから何も気にせず、愉しむために使えばいい」
「…っそ、そん、なの……」
 自らを道具のように言う女に、何か気の咎めることがあるのか一瞬辛そうに表情を歪めた少年も、ゆるゆると貪られる腰から、柔らかな感触を掴み締める手からの快楽に再び流され始める。
「何も問題はない、私も……これは好きだ……っ、んっ」
 その言葉が嘘ではないと証明するように、女の腰はこなれた動きでグラインドを掛けながら、またもや硬度を増しはじめた雄を食んでは淫らな水音を隠そうともしない。
 しがみつくように指を食い込まされた乳房の頂点では痛々しいほど鮮やかな色に染まった先端が、更なる蹂躙を待ち望んでぷくりと立ち上がっていた。


 温かくぬめる内側に撫で回される感覚は体の奥に熱くわだかまり、腰椎がどろりと溶け出しそうな快楽信号がひっきりなしに背筋を駆け上がってくる。
 指先が埋まってしまいそうなほど柔らかな、それでいてみっしりとした密度と弾力を具えた二つの膨らみはうっすら汗ばんで掌に吸い付くようだ。
 おっかなびっくりと腰を揺らし、同期するようなリズムで両手に掴んだものをこわごわ揉み立ててみるさなか、ふと金色の目が柔らかい光を湛えてこちらを見ていることに気が付いた。
「もっと好きなように扱ってかまわないぞ、元よりお前のものだ」
「……今の、俺のじゃ…ないから……ねえ、大人の俺って…いつもどんな風に……」
 言いかけて目を伏せるシモンの上体を、獣人の大きな手が壊れ物を扱うようそっと抱き寄せる。
 はっとして薄く開いた唇を、小さな音を立てて優しいキスが何度も啄んだ。
「…お前はいつも素直じゃなくて、何でも出来るくせ変に不器用で……他人に甘えるのがとても下手だ」
 薄い胸板に押し付けられる、柔らかで弾力に富んだ感触に思わず意識をほとんど持って行かれそうになりながらも、女の言葉を聞いた少年の顔には複雑そうな、泣きかけて不意に笑ってみたような表情が浮かぶ。
「……なんだ、俺…大人になってもそんなに変われてないや……」
 ゆるゆると吐き出される溜息は情けないと言わんばかりの、ほんの少しだけ安堵の色を交えた響きになった。
「そうだ、どんなに時間が経とうと、どれほど姿形が変わろうとお前はシモンで、それ以外の誰にもなりはしない。いつも自分で言っているだろう? 『俺を誰だと──」
「……『俺を、誰だと思っている』?」
 にこりと微笑んだヴィラルの指が、さらさらと髪を梳くようにして頭を撫でる。
「いつも、言ってるんだ……」
「ああ」
 てらいもなく返る肯定に、しかしシモンの胸中は再びじくじくと痛む。
 大人の自分はどんな気持ちで、カミナから貰った言葉を口にしているのだろう。
 大人になった自分に、カミナの言葉を背負う資格が果たしてあるのだろうか──少なくとも、ヴィラルに対する振る舞いという意味ではそんなものは無いように思える。だってカミナは、決して復讐心とかそんな昏い感情に駆られて戦ったりはしなかったし、無抵抗の相手を殴るような真似は自分にも他人にも許さなかったはずだ。

 自己憐憫の涙を呼びかねない、震えた呼吸を無理矢理に呑み込もうとした刹那、頬が大きな両手に挟まれたと思う間もなく鼻の頭がくっつくほどの近さからヴィラルが覗き込んでいた。
「シモン、今の──大人のお前は、昔のお前から見れば歪んだ道を歩いているのかもしれない。だけど、私はそれでも結構お前が好きだし、あの副官やリーロンも、この艦に乗っている者たちも皆、お前とお前の選んだ道を信じて共に歩もうとしているのは確かなんだ。だから──」
 金色の眼は優しく眇められながらも、いつか見たような意志の勁さを湛えて少年のそれを射抜く。
 静かな声音と温かな吐息が、今にも重なり合いそうな距離でそっと唇に触れた。

「怖がらないで、お前の明日へ来てくれ……シモン」

 >>>

 >>>

 ふと、水の底から浮き上がるような感覚と共に目を覚ます。
 もぞりと寝返りを打った体がシーツの上で動く感触、手足の重さとそれに比例する抵抗。
 片手を持ち上げて目の前にかざす。照明を落とした薄闇の中で辛うじて見て取れる輪郭は、骨張って大きな成人男性のそれだった。
「……大人の…俺、か」
 腕を下ろし、体の左半分にひたりとくっついている、柔らかくて温かいものへ触れる。
 そちらへ顔を向ければ鼻がくっつきそうな近さに、静かに目を閉じている女の顔。ぐっすりと眠っているのか、腰に腕を回して体を抱き寄せても僅かに身じろぐ程度の反応しか返さない。
「犬のくせに、随分と芝居が上手いじゃないか?」
 目元に落ちかかる金の髪を掬い取っては指先に玩ぶ。毛先が頬を擦るのがくすぐったいのか、女は小さく息を洩らして体を捩ろうとした。
 腰を抱いた腕の力を強め、逃げ掛かる体を押さえ込めば今度は従順に身を寄せてくる。
 甘えるように胸板へ頬を擦り付けた女の口元には穏やかな笑みが浮かんで、うすらと開いた唇が微かな、闇に溶けてしまいそうな音量で言葉を紡いだ。
「……シ…モン……」
 優しく、慈愛に満ちてさえ聞こえる囁きに却ってぎくりと身が竦む。

 子供の姿の自分に対するこの女はどう見ても正気だった。
 かつてそうだと知っていたのと変わらず、並みの人間よりも理知的で高潔で、それでいながら母親のように優しかった。

 両親やカミナを、大切な人たちを殺した獣人のくせに。
 数多の獣人を、そして螺旋王を殺した人間を許さないと言ったくせに。
 宇宙に破滅をもたらす元凶を討つと刃を向けたくせに。

 いつから、それともずっとそうだったのか。
 気の痴れた女のふりをして、身勝手な侮蔑と暴力を甘受してまで、どうして大人しく側に居続けるのか。
 その向こうにある気持ちが解らない──いや、解りたくない。
 本当のことを知るのが、真実を正視するのが怖くて堪らない。

 「それ」はきっと、自分をとてもいい気にさせるだろう。
 「それ」はきっと、自分を立ち上がれないほど打ちのめすだろう。
 絶望と憎悪を糧に戦ってきた自分が、幸福などというものに僅かでも触れればどうなるかなんて目に見えている。
 希望だの愛だのに心を許せば、罪と悔恨はその何千倍もの重さで背骨を折るに違いない。

 赦したくなんかない。
 だから。

「……お前も、俺のことを一生赦さなくていいんだ」
 掠れた声で呟き、眠る女の顔を覗き込む。

 そっと触れてみた唇はひどく柔らかで温かく、その温度も、どんな夢を見ているのか幸せそうに微笑んだ表情も、却って氷の棘のように胸の底へ突き刺さった。

 >>>

 >>>

 薄ぼんやりと開けた視界に、広い背中が映る。

 こちらに背を向けベッドに腰を下ろしている姿が誰のものなのか、一瞬戸惑った頭は数秒遅れで正解を見つけ出し、従ってその意味するところに遅まきながら気が付いたヴィラルは慌てて飛び起きた。
「シモン! よかった、大人に戻ったんだな…!」
「……何をわけの解らねぇ事言ってやがる、この馬鹿が」
 喜んでかけた言葉を一蹴するにべもない声音も、むっとして不機嫌そうな表情も数日前と同じ、元通りの成人した男のそれだ。
 しかしヴィラルがその次の行為を予期して身構えていても、いっこうに平素ならそう来るような打擲は訪れず、シモンはふん、と小さく鼻を鳴らしただけでさっさとベッドを後にした。

「…………」
 じろりと周囲を睥睨した男は足元やベッドの端に散らばった衣服、明らかに今の彼にはサイズが小さなそれらを目に留め、不審そうに眉根を寄せた表情でつまみ上げた後に全てを丸めてダストボックスに放り込み、クロゼットから自分の服を取り出しては身に付ける。
 その様子をどこかぼんやりと眺めているヴィラルの視線を遮るよう、敢えて大きな動作で黒いコートを纏った後で、ようやくまた口が開かれた。
「……目が覚めたら寝る前よりも何日分か日付が余計に過ぎてやがるんだが、俺はその間の記憶が無い。何があった」
 はっとしたように目を瞬かせ、次いでうろうろと視線を彷徨わせたヴィラルはほんの少しばつが悪そうな顔つきになる。
「な、なんだか螺旋力の暴走みたいなものが起きて……少しおかしな状態になっていた。私には難しい事はよく分からないけど、たぶん、お前の副官かリーロンに訊けばちゃんとした説明が聞ける、と思う」
「難しい事は分からない……か」
 確認するよう呟かれた言葉に、ヴィラルが僅かに身を硬くする。
「ま、お前はどうせ馬鹿犬だから仕方がないな」
 ぴん、と指先で白い額を軽く弾くと、一瞬目を丸くしたヴィラルは徐々にその表情を柔らげ、最後にくしゃりと泣き笑いに近い顔をした。
「……ああ」
「馬鹿呼ばわりされて喜ぶなんざ、本当に馬鹿だろう、お前」
「そうだな……」
 呟くように答え俯いた顔はいきなり男の手の中に頤を捉えられ、やや強引に上向かされると噛み付かんばかりの勢いで唇を塞がれる。
 驚きの反応も一瞬の間に溶け消え、抵抗らしい抵抗も無くむしろ招き入れるよう開かれたそこは無遠慮な侵入者に容易く征服され、息苦しさばかりとは思えない甘い喘ぎを一つこぼした。



「──はい、現在本艦は擬装形態で隠蔽停泊中です。ブリッジにお戻りになられ次第、通常航行へ移れますが……いえ、別にあと一日くらいはお休み頂いても構いません。どのみち、後ほど医局で一通りの検査と、この数日間の経過に関する報告を受けて頂く必要もありますから。それでは、お邪魔でしょうから失礼致します」
 口早に告げて通信を切り、副官は艦長席を囲む遮音シールドを解除した。
 通信端末を突っ込んだ制服のポケットの中で脈動するように光を放っているコアドリルや、メインコンソールで輝く超螺旋ゲージの埋まり具合で彼の調子が今や万全なことくらいは誰の目にだって明らかだ。
 だから別に通信内容を他のクルーから隠す必要はない。無いのだがそれでも音声を遮ったのは、まあ今現在やたらに元気を持て余しているだろう艦長の下で、派手に鳴かされている彼女への配慮というか何というかだ。

 昨日の明け方頃、突然に強い、それでいて不安定な明滅を始めたコアドリルにただならぬものを感じて彼の部屋へ駆け付けたもののドアのロックは固く閉ざされて艦長権限以外では解錠することも出来ず、リーロンともども一日中気を揉まされ通しだったというのに、今朝になってみれば向こうはけろりとした様子なのだからやっていられない。
 それでも、通信画面越しに見た久々のその表情は今までにないと言っても差し支えないくらいにすっきりとしていて、昨日の密室で起きた出来事が悪いものばかりではなかったのだろう、という見当くらいは付こうというものだ。

(まったく、面倒くさい人たちなんだから)

 色々と思うところはあるものの、表向きは絶対的に忠実なる副官であるところの彼はそれらを口にも表情にも出さず、専ら事務的な口調と態度でブリッジクルーたちへ隠蔽停泊は本日いっぱいまでとし、明日の本格的巡航再開に向け、各機関のチェック及び出航準備を怠りなくする事などを通達しただけだった。