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昨年の冬頃から熊井は、自分が、勃起不全(impotence) なのではないかといった不安を抱えはじめた。 妻の茉麻への愛情は変わらないはずなのに、床を共にすると 不思議な感覚ではあるが、途端に情欲の入れ所を忘れてしまうのだ。 茉麻が夫を誘いにかける日の夜は、香の匂いが寝室を漂う。 恐らくは、夫婦の途絶えた営みを再開する試みに違いないが、 応えられる見込みのない熊井にとって、それは苦痛でしかなかった。 妻のほうは、今すぐにでも豊沃な肉体を夫の身体に重ね合わせ、 気持ちを確かめたいのに、相手の視線はよそを向いてしまっている。 ―――いっそ無理矢理のしかかってしまおうか、といった感情も湧いて、 既に寝入った夫の指を、肉厚の唇に咥えてしゃぶる夜もあった。 慰めも空しいまま、半年もの間、ふたりが交わる機会は訪れなかった。 そんな折、熊井は同社の友人の有原から、バーで女性を紹介された。 有原が取引先で知り合った社員という触れ込みの彼女は、 桃子と名乗り、質素な出立に黒髪を艶めかせていた。 魅力的ではあるが、有原が自分とこの女をひきあわせた理由がわからなかった熊井は、 桃子が有原の世話を焼く姿や、会話の端々でこちらに視線を絡めようとする様子を観察した。 小動物みたく、ちょこまかと行動する桃子に、熊井は、茉麻とは真逆の性質を見出していた。 「部長さんなんですか!」 「意外?」と、熊井は桃子の甲高い声に合わせず、悪戯っぽく返した。 「じゃあ~、あだ名はくまいちょーさんで」 桃子の思いがけない切り返しには有原も驚いたようであった。 熊井は笑いながらワインを口にして、腕時計を見た。 「なんだ、お店寄っていかないの?」有原が尋ねた。 「かみさん待ってるから。悪いね。二人は俺なんか気にせずどうぞ」 熊井は手刀を作って席を立った。 別れ際に有原が熊井を呼び止めて、桃子の連絡を渡した。 だが、熊井はまた会うつもりがなかったので、紙くずを丸めて捨てようと思った。 [[次のページ→>2]]
昨年の冬頃から熊井は、自分が、勃起不全(impotence) なのではないかといった不安を抱えはじめた。 妻の茉麻への愛情は変わらないはずなのに、床を共にすると 不思議な感覚ではあるが、途端に情欲の入れ所を忘れてしまうのだ。 茉麻が夫を誘いにかける日の夜は、香の匂いが寝室を漂う。 恐らくは、夫婦の途絶えた営みを再開する試みに違いないが、 応えられる見込みのない熊井にとって、それは苦痛でしかなかった。 妻のほうは、今すぐにでも豊沃な肉体を夫の身体に重ね合わせ、 気持ちを確かめたいのに、相手の視線はよそを向いてしまっている。 ―――いっそ無理矢理のしかかってしまおうか、といった感情も湧いて、 既に寝入った夫の指を、肉厚の唇に咥えてしゃぶる夜もあった。 慰めも空しいまま、半年もの間、ふたりが交わる機会は訪れなかった。 そんな折、熊井は同社の友人の有原から、バーで女性を紹介された。 有原が取引先で知り合った社員という触れ込みの彼女は、 桃子と名乗り、質素な出立に黒髪を艶めかせていた。 魅力的ではあるが、有原が自分とこの女をひきあわせた理由がわからなかった熊井は、 桃子が有原の世話を焼く姿や、会話の端々でこちらに視線を絡めようとする様子を観察した。 小動物みたく、ちょこまかと行動する桃子に、熊井は、茉麻とは真逆の性質を見出していた。 「部長さんなんですか!」 「意外?」と、熊井は桃子の甲高い声に合わせず、悪戯っぽく返した。 「じゃあ~、あだ名はくまいちょーさんで」 桃子の思いがけない切り返しには有原も驚いたようであった。 熊井は笑いながらワインを口にして、腕時計を見た。 「なんだ、お店寄っていかないの?」有原が尋ねた。 「かみさん待ってるから。悪いね。二人は俺なんか気にせずどうぞ」 熊井は手刀を作って席を立った。 別れ際に有原が熊井を呼び止めて、桃子の連絡を渡した。 だが、熊井はまた会うつもりがなかったので、紙くずを丸めて捨てようと思った。 [[次のページ→>2]]

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