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娘の2人ともが、父を出迎えると同時に、土産を強請った。 無論、熊井にそのような代物を用意できていたはずもなく、不興を買うのみだった。 熊井は、スーツを妻に預けがてら娘達を部屋へ押し戻してやり、リビングのソファへ落ち着いた。 後から茉麻がやってくる。 「あなたお酒はいる?」との問いを、熊井は手で払い除け、俄かに妻を抱き寄せた。 子供部屋を気にしながら、茉麻は、腰の引けた様子で夫の腋窩へ身を寄せる。 「急にどうしたの?」 自嘲気味の笑みを浮かべながら、茉麻が尋ねた。 「別になんでもないよ」と淡泊な口調の熊井は、リモコンからテレビを点けた。 夫婦の間に流れる無言の表面を、テレビの音声が滑ってゆく。 躊躇い沈黙ではない。もとより、言葉に被けたコミュニケーションを、 熊井は得意とはしていなかった。飽くまで肉体の距離を誤魔化す虚構に過ぎない。 桃子に奪われた唇の分を、取り戻さんとする気持ちで、熊井は妻の肩に腕を巻きつけた。 茉麻は、夫の腕に包まる様に、その鎖骨へ頭を凭れ掛けてみた。 長細く整った夫の指を愛でる。慣れ親しんできた夫の体温と体臭とが、茉麻を陶酔させた。 できるものなら、ずっとこのままで居たかった。 衣服を脱いで、皮膚も脱ぎ、茉麻は熊井の血肉と同化してしまいたいのである。 夢想や願望は膨張するばかりだが、気を抜けば肉体の現実が、限界を教えてくれる。 ぶふぅう、と放屁の音が響く。 無表情だった熊井が頬で笑った。 夫の方を向こうとしていた茉麻の瞳は己が尻へ。 「シャワー、浴びてくるよ」 腹を抱えながらリビングを出てゆく夫を、空笑いの茉麻が見送った。
娘の2人ともが、父を出迎えると同時に、土産を強請った。 無論、熊井にそのような代物を用意できていたはずもなく、不興を買うのみだった。 熊井は、スーツを妻に預けがてら娘達を部屋へ押し戻してやり、リビングのソファへ落ち着いた。 後から茉麻がやってくる。 「あなたお酒はいる?」との問いを、熊井は手で払い除け、俄かに妻を抱き寄せた。 子供部屋を気にしながら、茉麻は、腰の引けた様子で夫の腋窩へ身を寄せる。 「急にどうしたの?」 自嘲気味の笑みを浮かべながら、茉麻が尋ねた。 「別になんでもないよ」と淡泊な口調の熊井は、リモコンからテレビを点けた。 夫婦の間に流れる無言の表面を、テレビの音声が滑ってゆく。 躊躇い沈黙ではない。もとより、言葉に被けたコミュニケーションを、 熊井は得意とはしていなかった。飽くまで肉体の距離を誤魔化す虚構に過ぎない。 桃子に奪われた唇の分を、取り戻さんとする気持ちで、熊井は妻の肩に腕を巻きつけた。 茉麻は、夫の腕に包まる様に、その鎖骨へ頭を凭れ掛けてみた。 長細く整った夫の指を愛でる。慣れ親しんできた夫の体温と体臭とが、茉麻を陶酔させた。 できるものなら、ずっとこのままで居たかった。 衣服を脱いで、皮膚も脱ぎ、茉麻は熊井の血肉と同化してしまいたいのである。 夢想や願望は膨張するばかりだが、気を抜けば肉体の現実が、限界を教えてくれる。 ぶふぅう、と放屁の音が響く。 無表情だった熊井が頬で笑った。 夫の方を向こうとしていた茉麻の瞳は己が尻へ。 「シャワー、浴びてくるよ」 腹を抱えながらリビングを出てゆく夫を、空笑いの茉麻が見送った。 [[←前のページ>4]]   [[次のページ→>6]]

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