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少しばかり遡る。熊井が歸つてからの、有原と桃子である。 殘つた2人は、料理を胃へ片づける傍ら密談めいたやりとりを交はしてゐた。 「本當にいゝのかな」と桃子が呟くや、有原は訝しげにその顏を覗いた。 「なんだよ、熊井の寫眞を見たときは乘り氣だつたぢやないか」 無機質とも思へる眼差しとは裡腹の、躍動的な口調の有原に面食らひつゝも、 桃子は、苦し紛れの返答を、白ワインに力を借りながら捻り始めた。 「そりや滅多にゐないくらゐ綺麗な男の人だし、してみたいことは確かだけど。……」 しかし有原の方も、不氣味な程の流暢さに任せて、追及するを止める氣配がない。 「彼は男としての自信を失ひかけてゐるんだ。半年以上もしてゐないんだ。 友人としてそんな彼を見過ごすわけには行かない、だからこそ君に頼んだんだよ? それとも君、今さら良心の呵責でも覺えてるの? らしくない」 「わたしだつて惡魔ぢやないんだから、抵抗感じるに決まつてるぢやない。 他人の家庭を壞してしまふかもしれないんだよ?」 「事態はむしろ逆だよ。桃子。この計畫を成功に導くつて事は、 かへつて家庭崩壞を防ぐチャンスに繋がるんだ。セックスレスは夫婦の絆をも蝕む」 相手の意見を、最後は聞くだけ聞いてから、桃子は、しばらく默つた後、輕く頷いた。 「なかなか手ごはいよ、彼」 溜息混じりの、桃子の一絞りだつた。 「ぢやあ食事を續けようか」かう述べてから、 有原は赤ワインをグラスへ注いだ。滿足げに目を細めながら。
少しばかり遡る。熊井が歸つてからの、有原と桃子である。 殘つた2人は、料理を胃へ片づける傍ら密談めいたやりとりを交はしてゐた。 「本當にいゝのかな」と桃子が呟くや、有原は訝しげにその顏を覗いた。 「なんだよ、熊井の寫眞を見たときは乘り氣だつたぢやないか」 無機質とも思へる眼差しとは裡腹の、躍動的な口調の有原に面食らひつゝも、 桃子は、苦し紛れの返答を、白ワインに力を借りながら捻り始めた。 「そりや滅多にゐないくらゐ綺麗な男の人だし、してみたいことは確かだけど。……」 しかし有原の方も、不氣味な程の流暢さに任せて、追及するを止める氣配がない。 「彼は男としての自信を失ひかけてゐるんだ。半年以上もしてゐないんだ。 友人としてそんな彼を見過ごすわけには行かない、だからこそ君に頼んだんだよ? それとも君、今さら良心の呵責でも覺えてるの? らしくない」 「わたしだつて惡魔ぢやないんだから、抵抗感じるに決まつてるぢやない。 他人の家庭を壞してしまふかもしれないんだよ?」 「事態はむしろ逆だよ。桃子。この計畫を成功に導くつて事は、 かへつて家庭崩壞を防ぐチャンスに繋がるんだ。セックスレスは夫婦の絆をも蝕む」 相手の意見を、最後は聞くだけ聞いてから、桃子は、しばらく默つた後、輕く頷いた。 「なかなか手ごはいよ、彼」 溜息混じりの、桃子の一絞りだつた。 「ぢやあ食事を續けようか」かう述べてから、 有原は赤ワインをグラスへ注いだ。滿足げに目を細めながら。 [[←前頁>伍]]  [[次頁→>漆]]

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