※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

娘の2人ともが、父を出迎えると同時に、土産を強請った。
無論、熊井にそのような代物を用意できていたはずもなく、不興を買うのみだった。
熊井は、スーツを妻に預けがてら娘達を部屋へ押し戻してやり、リビングのソファへ落ち着いた。
後から茉麻がやってくる。
「あなたお酒はいる?」との問いを、熊井は手で払い除け、俄かに妻を抱き寄せた。
子供部屋を気にしながら、茉麻は、腰の引けた様子で夫の腋窩へ身を寄せる。
「急にどうしたの?」
自嘲気味の笑みを浮かべながら、茉麻が尋ねた。
「別になんでもないよ」と淡泊な口調の熊井は、リモコンからテレビを点けた。
夫婦の間に流れる無言の表面を、テレビの音声が滑ってゆく。
躊躇い沈黙ではない。もとより、言葉に被けたコミュニケーションを、
熊井は得意とはしていなかった。飽くまで肉体の距離を誤魔化す虚構に過ぎない。
桃子に奪われた唇の分を、取り戻さんとする気持ちで、熊井は妻の肩に腕を巻きつけた。
茉麻は、夫の腕に包まる様に、その鎖骨へ頭を凭れ掛けてみた。
長細く整った夫の指を愛でる。慣れ親しんできた夫の体温と体臭とが、茉麻を陶酔させた。
できるものなら、ずっとこのままで居たかった。
衣服を脱いで、皮膚も脱ぎ、茉麻は熊井の血肉と同化してしまいたいのである。
夢想や願望は膨張するばかりだが、気を抜けば肉体の現実が、限界を教えてくれる。
ぶふぅう、と放屁の音が響く。
無表情だった熊井が頬で笑った。
夫の方を向こうとしていた茉麻の瞳は己が尻へ。
「シャワー、浴びてくるよ」
腹を抱えながらリビングを出てゆく夫を、空笑いの茉麻が見送った。