※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

驛に到著する。熊井は、職場までビル街を行きながら祕書と連絡を取つた。
部下からの報告や日程を確認、出社を果たす頃には、丁度よい按配に汗ばんでゐる。
エントランスでガードマンに社員證を掲示し、部下や同僚等と挨拶を交はしてゐると、
正面からやつて來た有原と遭遇する。彼から屆いたメールへ返信しそびれてゐたが、
彼の方は氣にした樣子もなく、あつけらかんとした聲で件のメールと同じ内容の事を言つた。
「昨日はどうしたんだい、せつかく例の店豫約してゐたのに。あれからどうだい?」
「うん、もういゝんだ。惡いね折角よくしてもらつたのに」
「いゝ? 疲れてるんだらう、疲れはとれたの?」
社の生え拔きの部長である熊井と、中途採用で課長待遇の有原とでは立場は違ふが、
同い年といふ事もあり、親睦會等で懇意になつてからは氣さくに話せる仲であつた。
とはいふものゝ、昨晩の桃子――今思ひ出したが苗字は嗣永といつた――との係はりについては、
お互ひ觸れずに置かうとする、暗默の了解が知らぬ間に出來てをり、一言も彼女の名は出なかつた。
「まぁ、また疲れたと思つたら頼むよ」
「豫約はすぐに取れるから、いつでも」と有原が言つて、2人は別れた。
熊井が、個室デスクの椅子へ座ると、先ほど携帶電話越しに話した、祕書の徳永も入室した。
美人祕書といふには些か器量に缺けるものゝ、彼女の脚線美は典型的なバービー人形タイプであり、
社内でも頗る評判がよく、當人もそれを意識してかしないでか、好んでミニスカートを穿いてゐるやうだ。
徳永は「シュガーも入れておきました」と、熊井に紅茶を差し出して、その花開く笑顏を注いだ。
朝禮を終へ、熊井は會議に取り掛かつた。