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熊井はワインを口内に留め、間を置いてから呑み込んだ。
兎に角も、桃子との話を進めねばならなかつた。
「要件を聞かうか」
「ワインだけぢや難ですし、ブランディも如何?」
「話をしないか」
「こわい。お堅いんですこと」
「望みはなんだ?」
「聞いて下さるの?」
「内容による」
「貴方が私を愛してくれるまで、と申し上げたらどうされます」
「映畫に出てくる惡女みたいにはいかない。
俺には妻も子もゐるし、至つて圓滿だ。君の入る餘地はないよ」
「立川さんはね」
唐突に脱線する桃子の話を、熊井はそのまゝ聽き續けた。
「かうやつてわざと私を他の男性に貸し與へるんですよ。
どうしてかほ解り? ……」
恐らく默つてゐるだらう熊井の答へは待たず、桃子は續けた。
「それは」と、桃子が言ひ掛けると、急に熊井から言葉を打たれる。
「全部、彼が仕向けてゐる事なのか?」
率直過ぎる、熊井の質問に、考を廻らす桃子。
「こゝで私を拒んだら、彼の機嫌を損ねる事だけは確かね。
接待の一環だと思へば樂しいものぢやない? 仲良くしましよ」
桃子は、何處か凜烈な印象を與へる微笑を浮かべながら、水割りを含んで見せた。
―――罠に掛けられた動物は、遮二無二噛みつくか、諦めがちに縮こまる。
が、熊井の執つた行動は、そのどちらにも屬さぬ人間的對處法であつた。
「ママ」と、熊井から呼ばれた相手は、著物の女性。
領收書を求めず支拂ひを濟まさうとしてゐる熊井に氣づいた桃子は、
「私事にされても立川さんは拘りますよ」と、慌てゝ口を插んだ。