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お笑いコンテスト用」(2010/06/02 (水) 21:59:48) の最新版変更点

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あんぐら食通コロシアム 「君は腹が丈夫な方か?」  そう尋ねられたら、危険信号。  どこの場所にでも都市伝説と言うものはある。  その問いかけから始まるものも地下都市で語られる都市伝説の一つで、信憑性なんて欠片もない、ただの根も葉もない噂の一つ――と、極最近までは言われていた。 「不思議な食材を使った料理を出すレストランがある」  それは、当初は都市伝説であった。  不思議な食材、ではなくても珍しい食べ物があると聞けば、人間、一度くらいは食べてみたいと思うものだ。まして、値段がリーズナブルであると聞けば、尚更。  美味しいもの好きの藩国の人々は、噂の段階であった頃、そのレストランを探して街を歩いたものである。  だが、最近はその店をあえて探そうなどという人間は一人もいない。 「そこは食をする者のコロシアム。楽しく美味しい食事をしたい者は去れ」  そのレストランの料理長のコメントがある雑誌に掲載された時、噂は真実の域まで一気に押し上げられた。 「食物連鎖から外れ、食物に自らが食われる覚悟で挑め!」  これは、レストラン支配人のコメントである。  食事をしに行って自分が食べられるのか、生きて帰っても食中毒か――  そして、雑誌に載った地図を頼りにそのレストランに出かけた好奇心の旺盛な者、食通を自称する者が何人も帰って来なかった。  と、ここまで全てが噂である。  その雑誌が幾ら廃刊になっているとはいえ、誌名もわからないし、他に幾つもあるグルメガイドにも掲載されていないので、やはり噂。  そう考える人の方が圧倒的に多かった。  そんな都市伝説が語られる街のとある会社の、とある上司と部下。 「今日の企画書、よく出来ていた。夜遅くまで頑張ったかいがあったな」  上司が部下の肩を叩いた。 「ありがとうございます、副課長補佐係長兼主任! なんとか今回は次期部長期待課長候補を苦笑いさせることに成功しました!」 「ああ、あの1万とんで234枚の企画書は勿論、資料として提出された12万とんで58枚の書類、あれを全部持ち運んでチェックする方の苦労も考えていないこと以外は、よく書いたなと褒めていいと個人的には思っている。あれなら赤ネクタイも根負けだ!」 「上司を堂々とあだ名で呼んでいいものなんですか……」  次期部長期待課長候補は、どこで買って来たのか真っ赤なネクタイをいつも締めていることで社内でも有名であった。それが目立つことと似合っていないことで、大半が赤ネクタイと陰で呼んでいる。  眉根を寄せた笑顔と言う、本音と建前が鬩ぎ合う様を表情であらわした副課長補佐係長兼主任は部下に地の奥から響くような低い声で、 「俺は知っている、お前の携帯に俺がかけると、ディスプレイに『バーコード』と表示されることを」 「副課長補佐係長兼主任と同姓の方、何人もいらっしゃいますからね! あだ名は親愛の情の現れですし!」  部下は思いっきり笑顔でそう言い、しばらく副課長補佐係長兼主任(以下長いのでとりあえず上司)を沈黙させることに成功した。 「誤魔化しもせず、悪びれもせず、開き直りでもないその態度、気に入った。今日は俺が食事を奢ってやろう」 「今日は予定があるので」  間髪入れずに部下は断わりの言葉を入れた。  恐らく悪気はないが、悪いだろう。しかし、それで一々怒っていては上司の血管などもっと前に破裂していたに違いない。  大袈裟にためいきをつき、 「仕事の付き合いは重要だがな。まあ、仕方ない。美人のお姉さんに囲まれる上、経費で全てが落ちる豪華な席は、俺一人で堪能させてもらおう」 「急に友達が病院に運ばれたので、偶然今日の夜はたった今予定が開きました!」 「……露骨だな、お前」  机の上に放置されたままの部下の携帯は、最初から最後まで静かだった。 「肉ですか? 肉ですか?」  若い部下は若いだけあって肉が好きなようで、何度も繰り返し聞いていた。 「まあ、肉だな」 「何の肉ですか? 豚ですか? 牛ですか? あ、鳥も好きですよ!」 「何の肉って……」  興奮している部下に圧倒された、ように上司の態度は見えた。  しばらく上司は考え込み、 「とりあえず、君は腹が丈夫な方か?」 「はい! 丈夫ですし、たくさん食べる方ですよ!」 「そうか……」  そんな会話をしつつ、普段の通勤で通る道から離れ、部下の知らない通りへと進んで行く。  やがて、年代を感じさせる建物が現れた。 「この地下にある」  若い世代が来るような雰囲気ではない、落ち着いた、というか、渋い、というか、古臭い、というか……いつ崩れてきてもおかしくないような、ちょっとスリリングな雰囲気の漂う建物の地下。 「穴場だからあんまり人が知らない店だぞ。特にこの店の美人のメイドさんは格別だ」  戸惑いを越えて恐怖を覚えていた部下だったが、ついその言葉で上司の後について店に向かってしまった。  薄暗い階段を下りると、看板もなくドアだけがあった。  通い慣れているのか、自然な様子で上司がドアを開けると、そこは上と変わらぬいつ崩れてきてもおかしくないような、ちょっとスリリングな感じの内装であったが、 「いらっしゃいませー」  美人の明るい声に迎えられると、ぱっと周囲が照らされたように雰囲気は良いものになった。 「二人だが、席は開いているかな?」 「はい、いつでも空席はありますから!」  メイド……というか、この場ではメイドではなくウェイトレスは、常連の上司に向かって笑顔で答えた。  どうやら全く流行ってはいない店である、と部下は思ったものの、素直に『穴場だからあんまり人が知らない店』という上司の言葉を普通に信じていたので、特には気にしなかった。  席に通され、おしぼりや水は出てきたが、 「では、お待ちください」  それだけ言ってウェイトレスは店の奥に引っ込んでしまった。 「……メニューは?」 「ああ、ここではメニューなんてないよ。基本的にシェフのお任せ」 「へー……」  思えば、経費で全部落ちるなんてことを聞いていたから、感覚が微妙に麻痺していたのだろう、と部下は後々そう振り返る。おかしい点は山ほどあるのに、おかしいことをおかしいとも思わなかった。 「で、囲まれるほどの美人は?」  ドキドキしつつそれを聞いてしまうのは、部下の給料では美人に囲まれるような店になどそう行けるものではないからだ。 「まあ、少し待て。向こうにも時間が必要だからな」 仕事以外でこの上司と時間つぶし程度でも会話が続けられる気がする話題もなかった部下は、早々に話をする方向は諦め、興味のわくままに周囲を軽く見まわした。 今時には珍しく室内音楽も流れていない店の中、席は全部で50席ほどであり、その内の半分ほどに人がいた。連れと来ている者は少数で、喋っている者は更に少数。 「結構独特な雰囲気だろう」  部下の心に別の言葉が思い浮かびかけていたところに、やはり心を読んだかのような上司の言葉だった。 「そうですね……」  独特と言えば、独特だ。  硬い面持ちで席についている人々。静か、とも言えるが、張りつめた沈黙は―― 「あれ? 先に来ている人のテーブルにも水とおしぼりしかないですね」 「時間になると料理が出て来るシステムだからな。こういう形は一般受けはしないが、たまには面白いだろう」 「はあ……」  色々変わっている。  それだけしか部下が思わなかったのは、何度も来ているっぽい上司が当たり前のような顔をしていたからだ。いつもは『この上司の言うことは絶対に信用してはいけない』とまで警戒していたのに、今回はあっさり騙されてしまったのは、結局部下も常識的な範疇で生きていたからであった。  突如、照明が消えた。  それに驚く方が早いか、紫色のサーチライトが付いて、何かを照らし出した。 「おお、登場だ!」  どこか怪しげなミュージックが始まり、見えにくいライトの先で何かが動いた。 「ぶしゅうううううう……」  煙が立ち上った、と気付いたのは部下が夜目がきく方だったからだ。  とっさにおしぼりで口を塞いで息を止めた。 「ぶしゅうううううううううう……」  あっという間に煙が店中に充満した時には、部下はもう駄目だと思ったが、それはほんの一瞬で、煙が消え去るのも一瞬であった。  苦しくなるまで部下は頑張って息を止めていたが、 「さあ、料理が出て来るぞ」  上司の声に振り返ると。 「本日もありがとうございますー」  声だけは萌え的な女性の声の、二足歩行型のキノコが上司の隣にいた。  ……え……何?……見えて…………? 「いやあ、今日も美人だね。うちの部下が言葉をなくしちゃっているよ」 「あらあら、そうなんですかぁ。もう、恥ずかしいー」  どん、と二足歩行型キノコに背中を叩かれると、手の感触とはちょっと違う柔らかめの菌類的な、まさしくキノコを叩きつけられたような感覚がした。 「キノコ……?」 「あれー? 匂いますかぁ? うち、キノコ料理店だからー」  暗い中で上司を見る。 「肉、違う」 「おいおい、美人を前に緊張しているからって、ちゃんと言葉は正確に喋れ。度量が疑われるぞ」  暗い、とにかく暗い中、どうして上司は隣にいるのが美人と断言できるのか。  萌え声だから、美人と判断できるなんて……少し、上司の人柄を疑った部下の前で、 「まさに空洞って感じの虚ろな目、口と見せかけて本気で開いているだけの穴、ふかふかする感触は普通の女性では味わえない触り心地だよね」 「んもう、そんなに褒めると私、寄生しちゃうから」 「もう手には君の胞子がいっぱいついているさ」  ……何だろう、微妙に微妙な会話じゃないのか?  人柄を疑うところではなかったのだ。恐らく、上司は違う感性の持ち主なんだ――。  だが、だから仕方ない、とは部下も思えなかった。 「お気に召しませんか。初めての方」  近付いてくる靴音に振り返ると、そこにはスーツ姿の初老の男性がいた。 「……」  気に召さないも何も。  無言で部下は二足歩行型キノコを見る。 「おや、この子はお気に召さないと。では、お好みなのは? レアでもミディアムでもいかようにも準備いたしますよ」 「……?!???!?!?」  ふと、ここがキノコ料理店だと思い出した部下は慌てた。 「た……食べ……?!」 「大丈夫、うちの店のキノコは新鮮ですよ。ほら、このように生きておりますから」  生きて?  もう部下は口をパクパク動かすのが精一杯で、言葉を発することはできなかった。 「いやだー、支配人。初めての方には、刺激が強過ぎるって、私、いつも言っているでしょう!」  そこへやって来たのは、先程水とおしぼりを持って来たウェイトレスだった。  支配人という響きに強烈な不安を感じる部下であった。支配人って、支店の店長とかに使うよね……。  想像外のことが立て続けに起きて、部下がずれたことを考え始める一方で、支配人とウェイトレスはこのレストランの経営上における思想の違いについて討論を始める。 「この店に足を踏み入れる方は、当然覚悟持っていることと、生命保険をかけている必要があるのです」 「行方不明では死亡しても保険はおりませんって、これだって何回も説明しているでしょう! 全く、必要なのは得物の方ですよ!」 「真の弱肉強食は、素手で戦い勝利することに意味があるのです。若くて女の貴女には理解しがたいことでしょうが」 「男でも分かりませんよ……」  ようやく部下は主張がたどたどしくもできるようになった。  黙っていたらどうなるか、そっちの方が恐ろしい気もしたのだ。 「しかし、珍しい。本当に久し振りでしょうか。最初のとれびあんさんの幻覚攻撃を躱すとは、貴方なかなか骨のある若者ですね」 「いい出汁になると、支配人は申しております」 「今の言葉、むしろ支配人さんの仰った言葉の方が、普通です。でも、つまりはウェイトレスさんの言う言葉通りの意味なんですよね」 「あ、私のことはテルるんと呼んでください!」 「では、私はポポろんと」  ウェイトレスのテルるんはさておき、便乗するように自己主張した支配人の呼び方については部下は意図的にスルーすることにした。 「……ちなみに、とれびあんさん? って言うのは」  どす、と重い音がした。  どす、どす、とゆっくりながらも近付いてくる音。  暗い中、限界まで目を凝らして見ると、 「これは幼生体です」  手足の生えたでっかいキノコが暗闇の中にいた。  大きさだけなら上司の隣の二足歩行型キノコよりも縦も横もあり、まさにキノコ。 「……不気味な顔がないだけ、こっちの方が」 「ふむ、ロリータな感じがお好みとは」 「ロリか?! これがロリなのか?!」  思わず部下は叫んだ。 「とれびあんさんは、これでも一応曲がりなりにも少女ですよ。思春期真っ只中! 本当は夜の仕事には向いていないんですけど、サービス精神がこの年から旺盛で。私はちょっとこんな変な支配人がいる店では働きたくないなあ、と常々思っているんですよね」 「おや、私が気に入らないと。では、キノコ畑に」 「支配人が行ってください」  にっこりとテルるんが言うと、支配人は黙って踵を返し、店の奥に姿を消した。 「邪魔者はこれでいなくなったわね」 「……この店の上下関係ってどうなっているんですか?」 「意見を強く言った者が勝つのよ。ここじゃなくても、この世界のどこででも」  ここは、自分が今まで生きて来た世界の延長線上には存在していない。  部下はそう、別世界に迷い込んだときの気分を実体験していた。 「で、どうします? 折角なら、とれびあんさんにしておきます?」 「何を?」 「食材に決まっているじゃないですか!」  そう、ここはレストランだった。 「……………………気分が優れないので、食欲が」 「体弱いんですか? なら、やっぱりキノコですよ! 菌類食べると体が丈夫になりますよ。歯ごたえならレンレントさんが一番ですけど、さっぱり感ならブルマウさんかな。ああそうだ、現実逃避したいなら幻覚系のビビエレレさんがいいですよ」  ネーミングは微妙ではもう済まない。 「生きてますよね……どの方も」 「活け造りにします? ああ、マルカジリでも、踊り食いでも大丈夫ですよ!」 「止めるって選択はないんですか?」 「食べないのなら、食べられるコースしか残ってません」  とれびあんさんの体がざわざわと蠢き出した。上司の隣の二足歩行型キノコも何か、様子がおかしくなった。 「……食べられるキノコなんですよね?」  食べられたくはないので、話題を変えようとして、自分の方が恐怖で上手くいかなかった。 「キノコはどのキノコでも食べられるじゃないですか。ちょっと派手な当たり外れがあるだけで」 「命があるかも当たり外れなんですね」 「かの有名な残機が増えるかもしれない的なキノコも紛れているかもしれないですよ。来世に期待って感じで!」 「それ死んでます!」  ついそのままテルるんと言い争っていると、 「全く、落ち着いて食べろよ、上司として恥ずかしいだろう」 「料理なんて――……?!」  明らかに二足歩行型キノコは細くなっていた。  口を動かしている上司は、ただ動かしているのではなく、ちゃんと食べている。  手で二足歩行型キノコの体をむしり取って、食べている。 「いつもレアですよね。ほんと、お好きですねー」 「素材の味が生きているからな」  その素材、まさしく生きている気が、いや、気なんかじゃなくて、本当に生きている。  乾いた笑いが部下の口から洩れた。 「キノコ畑から直送の美人達はどうでしょう?」 「支配人、キノコ畑はこの店の地下でしょう。ありがたみがないですー」  キノコ畑……地下……本当に言葉通りキノコ畑に行っていたんだ。  現実に戻るポイントが、部下には見つけられなくなっていた。 「にひるなキノコ、なういキノコ、紅茶キノコ、しびれるキノコ、さあ、お好きなものをどうぞ」  わさわさとキノコが、迫る。 「ちょ……食べると言うか、食べられる雰囲気なんじゃ?」 「そういうことも、ままあります」  暗闇の中、絶叫が響いた。 「え、まだ俺は捕食されてないのに?!」 「他の方が残念なことに……」  余りの出来事に忘れていたが、他にも客はいた。確かにいた。 そこは食をする者のコロシアム。 食物連鎖から外れ、食物に自らが食われる自己犠牲が尊ばれる。 「ということで、食べ物を残しちゃいけないのよ。キノコ人間に食べられちゃうからね」  この都市伝説の締めくくりとして、どこの家のお母さんも子供にそう語る。 「お母さん、今のどこに食べ物を残してはいけないという教訓があったの?」 「だって、部下の方はキノコを残したから、キノコに食べられたのよ」  子供心にも、ああいうキノコは食べたくない、と思ったが、 「お母さん、私、キノコ人間見たよ! スーパーでたくさん!」  妹の言葉に兄はぎょっとし、母親は笑う。  スーパー地下都市では、今、安全なキノコフェアを開催中!  今なら『二足歩行形式のキノコの着ぐるみと思われるもの』と写真が撮れるよ!
あんぐら食通コロシアム 「君は腹が丈夫な方か?」  そう尋ねられたら、危険信号。  どこの場所にでも都市伝説と言うものはある。  その問いかけから始まるものも地下都市で語られる都市伝説の一つで、信憑性なんて欠片もない、ただの根も葉もない噂の一つ――と、極最近までは言われていた。 「不思議な食材を使った料理を出すレストランがある」  それは、当初は都市伝説であった。  不思議な食材、ではなくても珍しい食べ物があると聞けば、人間、一度くらいは食べてみたいと思うものだ。まして、値段がリーズナブルであると聞けば、尚更。  美味しいもの好きの藩国の人々は、噂の段階であった頃、そのレストランを探して街を歩いたものである。  だが、最近はその店をあえて探そうなどという人間は一人もいない。 「そこは食をする者のコロシアム。楽しく美味しい食事をしたい者は去れ」  そのレストランの料理長のコメントがある雑誌に掲載された時、噂は真実の域まで一気に押し上げられた。 「食物連鎖から外れ、食物に自らが食われる覚悟で挑め!」  これは、レストラン支配人のコメントである。  食事をしに行って自分が食べられるのか、生きて帰っても食中毒か――  そして、雑誌に載った地図を頼りにそのレストランに出かけた好奇心の旺盛な者、食通を自称する者が何人も帰って来なかった。  と、ここまで全てが噂である。  その雑誌が幾ら廃刊になっているとはいえ、誌名もわからないし、他に幾つもあるグルメガイドにも掲載されていないので、やはり噂。  そう考える人の方が圧倒的に多かった。  そんな都市伝説が語られる街のとある会社の、とある上司と部下。 「今日の企画書、よく出来ていた。夜遅くまで頑張ったかいがあったな」  上司が部下の肩を叩いた。 「ありがとうございます、副課長補佐係長兼主任! なんとか今回は次期部長期待課長候補を苦笑いさせることに成功しました!」 「ああ、あの1万とんで234枚の企画書は勿論、資料として提出された12万とんで58枚の書類、あれを全部持ち運んでチェックする方の苦労も考えていないこと以外は、よく書いたなと褒めていいと個人的には思っている。あれなら赤ネクタイも根負けだ!」 「上司を堂々とあだ名で呼んでいいものなんですか……」  次期部長期待課長候補は、どこで買って来たのか真っ赤なネクタイをいつも締めていることで社内でも有名であった。それが目立つことと似合っていないことで、大半が赤ネクタイと陰で呼んでいる。  眉根を寄せた笑顔と言う、本音と建前が鬩ぎ合う様を表情であらわした副課長補佐係長兼主任は部下に地の奥から響くような低い声で、 「俺は知っている、お前の携帯に俺がかけると、ディスプレイに『バーコード』と表示されることを」 「副課長補佐係長兼主任と同姓の方、何人もいらっしゃいますからね! あだ名は親愛の情の現れですし!」  部下は思いっきり笑顔でそう言い、しばらく副課長補佐係長兼主任(以下長いのでとりあえず上司)を沈黙させることに成功した。 「誤魔化しもせず、悪びれもせず、開き直りでもないその態度、気に入った。今日は俺が食事を奢ってやろう」 「今日は予定があるので」  間髪入れずに部下は断わりの言葉を入れた。  恐らく悪気はないが、悪いだろう。しかし、それで一々怒っていては上司の血管などもっと前に破裂していたに違いない。  大袈裟にためいきをつき、 「仕事の付き合いは重要だがな。まあ、仕方ない。美人のお姉さんに囲まれる上、経費で全てが落ちる豪華な席は、俺一人で堪能させてもらおう」 「急に友達が病院に運ばれたので、偶然今日の夜はたった今予定が開きました!」 「……露骨だな、お前」  机の上に放置されたままの部下の携帯は、最初から最後まで静かだった。 「肉ですか? 肉ですか?」  若い部下は若いだけあって肉が好きなようで、何度も繰り返し聞いていた。 「まあ、肉だな」 「何の肉ですか? 豚ですか? 牛ですか? あ、鳥も好きですよ!」 「何の肉って……」  興奮している部下に圧倒された、ように上司の態度は見えた。  しばらく上司は考え込み、 「とりあえず、君は腹が丈夫な方か?」 「はい! 丈夫ですし、たくさん食べる方ですよ!」 「そうか……」  そんな会話をしつつ、普段の通勤で通る道から離れ、部下の知らない通りへと進んで行く。  やがて、年代を感じさせる建物が現れた。 「この地下にある」  若い世代が来るような雰囲気ではない、落ち着いた、というか、渋い、というか、古臭い、というか……いつ崩れてきてもおかしくないような、ちょっとスリリングな雰囲気の漂う建物の地下。 「穴場だからあんまり人が知らない店だぞ。特にこの店の美人のメイドさんは格別だ」  戸惑いを越えて恐怖を覚えていた部下だったが、ついその言葉で上司の後について店に向かってしまった。  薄暗い階段を下りると、看板もなくドアだけがあった。  通い慣れているのか、自然な様子で上司がドアを開けると、そこは上と変わらぬいつ崩れてきてもおかしくないような、ちょっとスリリングな感じの内装であったが、 「いらっしゃいませー」  美人の明るい声に迎えられると、ぱっと周囲が照らされたように雰囲気は良いものになった。 「二人だが、席は開いているかな?」 「はい、いつでも空席はありますから!」  メイド……というか、この場ではメイドではなくウェイトレスは、常連の上司に向かって笑顔で答えた。  どうやら全く流行ってはいない店である、と部下は思ったものの、素直に『穴場だからあんまり人が知らない店』という上司の言葉を普通に信じていたので、特には気にしなかった。  席に通され、おしぼりや水は出てきたが、 「では、お待ちください」  それだけ言ってウェイトレスは店の奥に引っ込んでしまった。 「……メニューは?」 「ああ、ここではメニューなんてないよ。基本的にシェフのお任せ」 「へー……」  思えば、経費で全部落ちるなんてことを聞いていたから、感覚が微妙に麻痺していたのだろう、と部下は後々そう振り返る。おかしい点は山ほどあるのに、おかしいことをおかしいとも思わなかった。 「で、囲まれるほどの美人は?」  ドキドキしつつそれを聞いてしまうのは、部下の給料では美人に囲まれるような店になどそう行けるものではないからだ。 「まあ、少し待て。向こうにも時間が必要だからな」  仕事以外でこの上司と時間つぶし程度でも会話が続けられる気がする話題もなかった部下は、早々に話をする方向は諦め、興味のわくままに周囲を軽く見まわした。 今時には珍しく室内音楽も流れていない店の中、席は全部で50席ほどであり、その内の半分ほどに人がいた。連れと来ている者は少数で、喋っている者は更に少数。 「結構独特な雰囲気だろう」  部下の心に別の言葉が思い浮かびかけていたところに、やはり心を読んだかのような上司の言葉だった。 「そうですね……」  独特と言えば、独特だ。  硬い面持ちで席についている人々。静か、とも言えるが、張りつめた沈黙は―― 「あれ? 先に来ている人のテーブルにも水とおしぼりしかないですね」 「時間になると料理が出て来るシステムだからな。こういう形は一般受けはしないが、たまには面白いだろう」 「はあ……」  色々変わっている。  それだけしか部下が思わなかったのは、何度も来ているっぽい上司が当たり前のような顔をしていたからだ。いつもは『この上司の言うことは絶対に信用してはいけない』とまで警戒していたのに、今回はあっさり騙されてしまったのは、結局部下も常識的な範疇で生きていたからであった。  突如、照明が消えた。  それに驚く方が早いか、紫色のサーチライトが付いて、何かを照らし出した。 「おお、登場だ!」  どこか怪しげなミュージックが始まり、見えにくいライトの先で何かが動いた。 「ぶしゅうううううう……」  煙が立ち上った、と気付いたのは部下が夜目がきく方だったからだ。  とっさにおしぼりで口を塞いで息を止めた。 「ぶしゅうううううううううう……」  あっという間に煙が店中に充満した時には、部下はもう駄目だと思ったが、それはほんの一瞬で、煙が消え去るのも一瞬であった。  苦しくなるまで部下は頑張って息を止めていたが、 「さあ、料理が出て来るぞ」  上司の声に振り返ると。 「本日もありがとうございますー」  声だけは萌え的な女性の声の、二足歩行型のキノコが上司の隣にいた。  ……え……何?……見えて…………? 「いやあ、今日も美人だね。うちの部下が言葉をなくしちゃっているよ」 「あらあら、そうなんですかぁ。もう、恥ずかしいー」  どん、と二足歩行型キノコに背中を叩かれると、手の感触とはちょっと違う柔らかめの菌類的な、まさしくキノコを叩きつけられたような感覚がした。 「キノコ……?」 「あれー? 匂いますかぁ? うち、キノコ料理店だからー」  暗い中で上司を見る。 「肉、違う」 「おいおい、美人を前に緊張しているからって、ちゃんと言葉は正確に喋れ。度量が疑われるぞ」  暗い、とにかく暗い中、どうして上司は隣にいるのが美人と断言できるのか。  萌え声だから、美人と判断できるなんて……少し、上司の人柄を疑った部下の前で、 「まさに空洞って感じの虚ろな目、口と見せかけて本気で開いているだけの穴、ふかふかする感触は普通の女性では味わえない触り心地だよね」 「んもう、そんなに褒めると私、寄生しちゃうから」 「もう手には君の胞子がいっぱいついているさ」  ……何だろう、微妙に微妙な会話じゃないのか?  人柄を疑うところではなかったのだ。恐らく、上司は違う感性の持ち主なんだ――。  だが、だから仕方ない、とは部下も思えなかった。 「お気に召しませんか。初めての方」  近付いてくる靴音に振り返ると、そこにはスーツ姿の初老の男性がいた。 「……」  気に召さないも何も。  無言で部下は二足歩行型キノコを見る。 「おや、この子はお気に召さないと。では、お好みなのは? レアでもミディアムでもいかようにも準備いたしますよ」 「……?!???!?!?」  ふと、ここがキノコ料理店だと思い出した部下は慌てた。 「た……食べ……?!」 「大丈夫、うちの店のキノコは新鮮ですよ。ほら、このように生きておりますから」  生きて?  もう部下は口をパクパク動かすのが精一杯で、言葉を発することはできなかった。 「いやだー、支配人。初めての方には、刺激が強過ぎるって、私、いつも言っているでしょう!」  そこへやって来たのは、先程水とおしぼりを持って来たウェイトレスだった。  支配人という響きに強烈な不安を感じる部下であった。支配人って、支店の店長とかに使うよね……。  想像外のことが立て続けに起きて、部下がずれたことを考え始める一方で、支配人とウェイトレスはこのレストランの経営上における思想の違いについて討論を始める。 「この店に足を踏み入れる方は、当然覚悟持っていることと、生命保険をかけている必要があるのです」 「行方不明では死亡しても保険はおりませんって、これだって何回も説明しているでしょう! 全く、必要なのは得物の方ですよ!」 「真の弱肉強食は、素手で戦い勝利することに意味があるのです。若くて女の貴女には理解しがたいことでしょうが」 「男でも分かりませんよ……」  ようやく部下は主張がたどたどしくもできるようになった。  黙っていたらどうなるか、そっちの方が恐ろしい気もしたのだ。 「しかし、珍しい。本当に久し振りでしょうか。最初のとれびあんさんの幻覚攻撃を躱すとは、貴方なかなか骨のある若者ですね」 「いい出汁になると、支配人は申しております」 「今の言葉、むしろ支配人さんの仰った言葉の方が、普通です。でも、つまりはウェイトレスさんの言う言葉通りの意味なんですよね」 「あ、私のことはテルるんと呼んでください!」 「では、私はポポろんと」  ウェイトレスのテルるんはさておき、便乗するように自己主張した支配人の呼び方については部下は意図的にスルーすることにした。 「……ちなみに、とれびあんさん? って言うのは」  どす、と重い音がした。  どす、どす、とゆっくりながらも近付いてくる音。  暗い中、限界まで目を凝らして見ると、 「これは幼生体です」  手足の生えたでっかいキノコが暗闇の中にいた。  大きさだけなら上司の隣の二足歩行型キノコよりも縦も横もあり、まさにキノコ。 「……不気味な顔がないだけ、こっちの方が」 「ふむ、ロリータな感じがお好みとは」 「ロリか?! これがロリなのか?!」  思わず部下は叫んだ。 「とれびあんさんは、これでも一応曲がりなりにも少女ですよ。思春期真っ只中! 本当は夜の仕事には向いていないんですけど、サービス精神がこの年から旺盛で。私はちょっとこんな変な支配人がいる店では働きたくないなあ、と常々思っているんですよね」 「おや、私が気に入らないと。では、キノコ畑に」 「支配人が行ってください」  にっこりとテルるんが言うと、支配人は黙って踵を返し、店の奥に姿を消した。 「邪魔者はこれでいなくなったわね」 「……この店の上下関係ってどうなっているんですか?」 「意見を強く言った者が勝つのよ。ここじゃなくても、この世界のどこででも」  ここは、自分が今まで生きて来た世界の延長線上には存在していない。  部下はそう、別世界に迷い込んだときの気分を実体験していた。 「で、どうします? 折角なら、とれびあんさんにしておきます?」 「何を?」 「食材に決まっているじゃないですか!」  そう、ここはレストランだった。 「……………………気分が優れないので、食欲が」 「体弱いんですか? なら、やっぱりキノコですよ! 菌類食べると体が丈夫になりますよ。歯ごたえならレンレントさんが一番ですけど、さっぱり感ならブルマウさんかな。ああそうだ、現実逃避したいなら幻覚系のビビエレレさんがいいですよ」  ネーミングは微妙ではもう済まない。 「生きてますよね……どの方も」 「活け造りにします? ああ、マルカジリでも、踊り食いでも大丈夫ですよ!」 「止めるって選択はないんですか?」 「食べないのなら、食べられるコースしか残ってません」  とれびあんさんの体がざわざわと蠢き出した。上司の隣の二足歩行型キノコも何か、様子がおかしくなった。 「……食べられるキノコなんですよね?」  食べられたくはないので、話題を変えようとして、自分の方が恐怖で上手くいかなかった。 「キノコはどのキノコでも食べられるじゃないですか。ちょっと派手な当たり外れがあるだけで」 「命があるかも当たり外れなんですね」 「かの有名な残機が増えるかもしれない的なキノコも紛れているかもしれないですよ。来世に期待って感じで!」 「それ死んでます!」  ついそのままテルるんと言い争っていると、 「全く、落ち着いて食べろよ、上司として恥ずかしいだろう」 「料理なんて――……?!」  明らかに二足歩行型キノコは細くなっていた。  口を動かしている上司は、ただ動かしているのではなく、ちゃんと食べている。  手で二足歩行型キノコの体をむしり取って、食べている。 「いつもレアですよね。ほんと、お好きですねー」 「素材の味が生きているからな」  その素材、まさしく生きている気が、いや、気なんかじゃなくて、本当に生きている。  乾いた笑いが部下の口から洩れた。 「キノコ畑から直送の美人達はどうでしょう?」 「支配人、キノコ畑はこの店の地下でしょう。ありがたみがないですー」  キノコ畑……地下……本当に言葉通りキノコ畑に行っていたんだ。  現実に戻るポイントが、部下には見つけられなくなっていた。 「にひるなキノコ、なういキノコ、紅茶キノコ、しびれるキノコ、さあ、お好きなものをどうぞ」  わさわさとキノコが、迫る。 「ちょ……食べると言うか、食べられる雰囲気なんじゃ?」 「そういうことも、ままあります」  暗闇の中、絶叫が響いた。 「え、まだ俺は捕食されてないのに?!」 「他の方が残念なことに……」  余りの出来事に忘れていたが、他にも客はいた。確かにいた。 そこは食をする者のコロシアム。 食物連鎖から外れ、食物に自らが食われる自己犠牲が尊ばれる。 「ということで、食べ物を残しちゃいけないのよ。キノコ人間に食べられちゃうからね」  この都市伝説の締めくくりとして、どこの家のお母さんも子供にそう語る。 「お母さん、今のどこに食べ物を残してはいけないという教訓があったの?」 「だって、部下の方はキノコを残したから、キノコに食べられたのよ」  子供心にも、ああいうキノコは食べたくない、と思ったが、 「お母さん、私、キノコ人間見たよ! スーパーでたくさん!」  妹の言葉に兄はぎょっとし、母親は笑う。  スーパー地下都市では、今、安全なキノコフェアを開催中!  今なら『二足歩行形式のキノコの着ぐるみと思われるもの』と写真が撮れるよ!

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