あなたのカニは、私のカニよ! 第二章「乙女の食欲」その2

通用口の中はすぐに厨房になっていた。そしてそこには、戦争といって過言ではない光景が広がっていた。

「2番、ストロベリーとチョコバナナ4つずつ追加! 5番、きな粉と角煮2個ずつと、ノーマル6個追加!」

「3番のバニラ8個上がったよ、持って行って!」

「誰か、1番お勘定とテーブル片付けて!」

開店したての期待感のある店と言うものは、大体こんな感じである。ちなみに、今のやりとりは一行が厨房の戸を開けてほぼ同時に聴こえてきたものである。

「なにか凄い事になってますけど、いいんですか? 私達、入れてもらっちゃって。」

少し圧倒されながら支那実がやしほに訊いた。

「どうせ、控え室なんて使ってる状況じゃないから、いいんですよ。それより、ぶつからないように気をつけて。人も物もいっぱいだし、忙しく動いてるから。」

一行は一列になって厨房を抜けていく。

「ねえ、店長さんには挨拶しておいた方がいいんじゃないかしら?」

「気にする人じゃないし、後でいいと思います。あ、でもたぶん喜ぶと思うんで、日を改めてでもいいんできちんと挨拶しておいてもらえますか?」

「そう、わかったわ。じゃあ、落ち着いたらまたお礼に来ましょう。もう一回来る口実にもなるわね。」

どうにかこうにか厨房を抜け、関係者以外立ち入り禁止な区域に舞い込む一行。

「奥から3つ目の部屋を使ってください。一応控え室ってことになってるけど、誰もいないときは個室として使う事にするって、店長言ってたから気にせずにどうぞ。私は少しお手伝いしてきます。」

言うだけ言って、さっさと戻っていくやしほ。

「って、やしほちゃん。注文はどうするの?」

「少ししたら私が聞きに行きますんで、中にあるメニュー見て考えといてください。」

そして本当に厨房へ消えていく、やしほ。

「まあ、あの状況じゃ仕方ないわね。さ、入りましょう。」

扉の中は本当に控え室のような感じだった。テーブルが一つと、椅子が数脚、壁際にパイプ椅子が立てかけられ、コート掛けがあるだけである。壁には開店お知らせのポスターが数枚貼られている。テーブルの上にメニューが一つだけ置かれていた。

「今日はとにかく食べられる事に、感謝しないとね。さあ、食べるわよ。」

「真砂姐ぇのおごりなのよね?」

「ん? 私そんなこと言ったかしら?」

「ちょっと、真砂姐ぇ。自分の言った事忘れないで。」

「冗談よ、グラちゃん。」

どこまで冗談なのか分からないという、真砂の冗談の被害者は後を絶たないという。

「さ、座って。最初に何を食べるか考えましょう。」

メニューを開いて、一行は驚いた。

「凄い。…いったい何種類くらいんだろう?」

支那実の一言が全てを表していた。メニューには細かい字でびっしりと書き込まれていた。

「よし、じゃあとりあえず片っ端から全部いっとく?」

「あの、真砂さん。本当に全部食べるんですか?」

「そのつもりだけど?」

「そんなことは許さん。この私が断じて許さん。」

突然、ドアの向こうから声がした。

「今の声、なんか聞き覚えありましたけど?」

「間違いないわ、今のは…よんた様ね。」

「その通り。」

扉が開き、藩王よんたが姿を現した。

「この店のメニュー全制覇は私が最初にするのだ。私が食べ終わるまで、全メニュー制覇は許さん。」

「念のため聞きますけれど、どのくらい召し上がったんでしょうか?」

「昨日で半分は食べた。あと2・3日で食べ終わるだろう。それまで他の誰も全メニュー制覇はさせん!」

「よんた様。私は全部食べるつもりだとは言いましたけれど、『今日』全部食べるとは一言も言っておりません。」

呆れた感じの真砂。しかし、それもそのはず。この店のメニューはおよそ2千種を越える。組み合わせを変えるオーダーをすれば、6千種以上になる。没になったメニューも含めるとそれこそ1万種も軽く越える。『万饅亭』という名前は伊達ではないのである。

「かくたさん達が藩王様の事探してるようでしたけど、いいんですか? 戻らなくて。」

「うむ、何とか撒いて今到着したばかりだ。店長に頼んで奥の部屋を使わせてもらおうとしたら、全メニュー制覇の計画を話しているのが聴こえてな。思わず止めに入ってしまった、というわけだ。おっと、君達に先を越せれてはいけないのでな、私はこれにて失礼する。くれぐれも私より先に制覇しないように。」

藩王よんたは戸を閉めて、奥へと向かっていった。

「…と、とりあえず何食べるか、決めませんか?」

支那実の提案にメニューを見る一同。

「やっぱり最初はノーマルかしら。でも、ストロベリーなんかも捨てがたいわね。」

「きな粉とか抹茶、…わさびにサツマイモ、カニ、海老、ねぎとかまでありますね。」

「フィサリスちゃん、なにか食べてみたいのはある?」

「ええっと、じゃあこのミルク饅っていうの食べてみたいんですけれど、構いませんか?」

「いいわよ。今日は私のおごりなんだから、どんどん頼んでちょうだい。」

「わーい、じゃあ私はバニラとカスタードと角煮と磯海苔、あとチーズと明太子も。」

「グラちゃん、ほんとに遠慮ないわね。そんなに食べて大丈夫?」

「(夢の中で)食べ損ねたからいいの。」

わいわいと決めているうちに、やしほが2つの盆にたくさんのヨンタ饅を乗せてやってくる。

「はいこれ。適当に持って来たから、とりあえずこれ食べて待ってて。あとここに注文するもの書いといてもらっていい?」

片方の盆とメモを器用にテーブルに置くやしほ。

「そっちは?」

「これは奥のお客さん用。」

「奥って、よんた様?」

「知ってたんですか。メニューの順番通りに持ってくるよう言われてるんで、注文聞く必要なくて楽なんですよ。」

「ほほう、そっちは藩王の分なんか。」

壁に貼られたポスターの裏から、なぜか来が現れた。

「あんたは普通に登場できないの? フィサリスちゃんが驚いてるじゃない。それ以前にそんなところで何してたの? 返答次第ではただではおかないわよ。」

「それは私から説明させていただきます。」

来の後ろから、さらにかくたが姿を現す。

「藩王の行き先は分かってましたから。裕樹君、槙君に適当に追いかけながら撒かれたふりをしてもらい、私達がこちらで待ち構えるという作戦だったのです。」

「で、それがどうしてポスターの裏から出てくるわけ?」

「てっきりこの部屋に藩王が来るとおもて、ここに穴開けたんですわ。そしたら姐さん達がここ来るんで、どうしょうか相談しとったんです。何か藩王に持っていくヨンタ饅らしいですな、それ。」

不敵な光を宿した来の瞳に、引くやしほとフィサリス。真砂とグラジオラスは警戒を強める。支那実はメニューをメモに書き写すのに必死である。

「どれ、一つ味見させてもらいましょか。」

やしほの持つヨンタ饅の山に手を伸ばす来。

「だ、ダメです。藩王もお客さんなんですから。」

店員の鑑のような事を言って、かろうじて回避するやしほ。

「一個くらいええやないか、藩王のせいでロクに昼飯も食うてないんや。」

「それでもダメです。」

さっさと部屋を出て行くやしほ。奥の藩王のところへ急ぐ。

「まあ、仕込みは済んどるから構わんけどな。かくたさん、準備しましょ。」

「では、女性の皆様、これにて失礼します。」

壁の中に消えていく二人。

「あの…、あの人たちは?」

「関わらない方が身のためよ、フィサリスちゃん。特に関西弁の怪しい方には。」

真砂はため息混じりに忠告する。

「注文するのはこれで全部?」

今の騒ぎを無視して注文を書き続けていた支那実は、ようやく終わったようである。ハッキリ言って女性4人で食べるには多い気がする量である。すでにやしほが持ってきた分を合わせると、どう考えても食べ切れなさそうである。

「私はこれでいいわ、足りなければまた頼めばいいでしょう。」

「そうね、じゃあやしほちゃんにお願いしないとね。」

「じゃあ、私が行ってきます。よんた様のところに行ってるはずですから。」

支那実がメモを持って扉を開けると、そこは戦場だった。

「なんでや、なんであの『痺れ薬』入りのヨンタ饅作戦がばれたんや? あれは無味無臭、対犬士用の特別配合の軍用薬やで?」

「あの人は食べ物に関する事なら五感が異常に鋭くなるんです。恐らくヨンタ饅の微妙な匂いの変化を嗅ぎ取ったんでしょう。食の国、よんた藩国の藩王ですから。」

ドタドタとかくたと来が走っていった。支那実が呆然とそれを見送ると、奥の部屋からやしほがヨンタ饅を一つだけもって出てきた。

「やしほさん、どうしたの?」

「…なんか、これ、薬が入ってるらしいです。」

やしほの話を要約すると、どうも来が薬入りのヨンタ饅を藩王に持っていくヨンタ饅の中に混ぜたらしい。それに気付いた藩王が、その薬入りのよんた饅をやしほに渡し、山盛りのヨンタ饅を持って姿をくらませた、ということらしい。

「…どうしましょう、これ。」

薬が入っていると分かっている以上、食べるわけにはいかない。

「捨てるしかないんじゃないですか? もったいないけど。あ、ところでこれ、私達の注文なんだけど、おねがいしていい?」

「ああ…、はい、じゃあ少し待っててください。」

呆然としながらも、メモを受け取ってやしほは厨房へ入ってゆく。

「かくたさん達、手こずってるみたいですね。」

椅子に座りながら支那実は同情する。

「まあ、私達には関係ないわ。」

火の粉は降りかかる前に威嚇して避ける姐さんである。そうこうしているうちに、さっきより山盛りのヨンタ饅を持って、やしほが戻ってきた。(最初のヨンタ饅はすでに無くなっている。)

「お待たせしました。店が落ち着いたんでお手伝い終了なんです。私も一緒にいいですか?」

「もちろん、いいわよ。座りなさいな。」

パイプ椅子を用意する真砂。年長者としての心遣いである。

こうしてヨンタ饅を囲む乙女達の楽しいひと時が流れる。



(文:雷羅 来)