ノーア・フラノ姫(ACE)


”ん?姫様になんでついてこうと思ったかって?”
”それはね・・・・・・”
冒険の空の下、ある日の会話

アイドレスデータ

L:ノーア・フラノ姫 = {
 t:名称 = ノーア・フラノ姫(ACE)
 t:要点 = 背筋が伸びた,憂いを帯びた,剣を持つ少女
 t:周辺環境 = 神殿


設定


古き時代のレムーリア、第五時代と呼ばれる時代。
未だ、神々の恩恵と災禍に包まれる世界。

北オアファリア全土を掌握したダビー王家に生まれ、その心に光を宿せし姫君がいた、名をノーアという。

裁きの塔の女主人であり、わがままで猫かぶりの正義に生きる王女である。
母である女王アナルールのひいては世界の異変に気づき、立ち向かわんとするその少女に、かの犬の姫の姿を見る者もいる。

学問の神とも称される*4【アブタマルの神殿】にて学問を修め、彼女自身の才能もあって、その知識は広く深い。
さらに、シオーネアーラの光を信ずる彼女は、正しいと思うことを行うのに迷うことはない。
女王アナルールが他世界の人々に迷惑をかけていると知った彼女は、出来うるすべてのことを行い、レムーリアに落ちた者たちを助けようとする。
その先に母を討つ結果が待ち構えていることに気づきつつも、心の光が衰えることはなかった。

そんな彼女であるからこそ、周りには彼女を慕うものが次々と集まってくる。
旅に出た時、3人くらいでパーティを組む予定だったのが、気が付くと人数が倍以上になっていることもあった。






chapter 1:思い出



サーキ・ヨーン、北オアファリア地方の辺境下級貴族の娘。

彼女は不機嫌であった。
貧乏の上にドがつく家柄であり、女でありながら立ってるのものはなんとやら、男仕事であることころの領地見回りや野盗討伐にも参加させられることとなり、身につける気もないのに剣や騎乗を習得するため日々居候の食客の親父にしごかれて、ロクに遊ぶこともできず欲求不満だったからだ。
今日も日暮れまでボロボロにしごかれ親父に帰ってよしと言われる頃には生傷だらけ泥だらけ。
オシャレ?なんですかそれ?食えるの?という風体でヨタヨタと稽古場から屋敷に帰っていく。
「・・・あのヒゲ。いつかコロス。乙女を何だと思ってんだか。こんな傷物にして嫁の貰い手なくなったらあいつのせいだ(ブツブツ」

刻楼から日暮れを知らせる木管の音が響いた。
夕餉の香りが町に広がり、同じ年頃の娘の声がきこえてくる。
夕飯の相談とか、ときおり町にくる吟遊詩人が美形だとか、あの草の汁がお肌にいいとか、そんなたわいもない会話。
本当なら自分もそこに混じっていてもおかしくないのに、今は・・・・・・。
羨ましいような妬ましいような、クサクサした気持ちを抱えて家路につき、家では母の指揮の下、女中とともに家事などに追われてそれが終わる頃には夜もとっぷりと暮れていた。
ヘロヘロな足取りで寝床に倒れこむ。
「あ゛〜。もう動きたくない・・・・・」
枕の上で意識が深い眠りへと沈んでいこうとしていた。
窓からはサーキの気持ちとは裏腹に澄み切った星空が広がり、星神の煌きにあふれている。
彼女にはそれが自分とは遠い存在に思えてならなかった。
王都におわす王女さまやそれを取り巻く煌びやかな侍女たちのように。
「・・・・・・わたしだって・・・・・いちおう・・・・・・おひめ・・・・・・さ・・・・・・ま」
呟き、眠りに落ちる。

それから暫くして、町の近くに野盗がきているという噂が領主であるサーキの父の元に届く。領主はただちに子飼いの食客や町の男衆を集め討伐に出向いた。
知らせを聞き、サーキはついに今日までのシゴキの成果をためせるのかという興奮と敵に対することへの恐怖とが混じった高揚に震えてる。

だが、彼女が戦場に行くことはなかった。
師匠である食客が未熟ゆえ戦場へは出すな、と領主を止めたからである。

この食客を信頼している領主は彼の言葉を聞き、サーキには留守を守るように伝え、領主自ら赴くこととなった。
そして、敵の規模はあまり大きなものでもなくあっさりと壊滅し、領主達の損害も少し怪我人が出た程度で無事に帰還する。
ささやかながら祝いの宴会が開かれ、戦いに赴いた男たちを労った。

サーキは今回の討伐には置いていかれたため、女集にまじって給仕に追われている。
やれ酒がたりない、肉を焼け、酌をしろだのあちこちから女を呼ぶ声が飛び交い、休む暇もなかった。
彼女も例外ではなく男たちの間を走り回る。
しかも領主の娘という立場上、サーキ自身も男たちを労う必要があり、ただ給仕をしていればいいというわけにはいかず、礼をいい愛想を振りまきと他の女たちより余計に心労を増やすはめに。

そうこうしていると、領主さまがお呼びです、と女中の一人がサーキの耳を打った。
父の元へ向かうとそこでは自分に稽古をつけている壮年の食客を横に置き酒を酌み交わしていた。
父はその食客がいかに強かったかをこんこんと語りそんな男に稽古をつけてもらって幸せ者だな、と締めくくった。
どうやら、自分はこのヒゲの食客を褒めるネタに使われたらしい、とわかると、そうですね、師匠に稽古つけてもらって嬉しい限りです。と領主の娘らしい笑顔で返す。
食客は無言で酒をあおる。
会話が途切れ、沈黙が場を支配しかけたとき、その食客はギロリとサーキを見て、「そのままでは一生戦場につれていくわけにはいかんな」とボツりと呟いた。
食客の言葉はサーキにザクリと刺さった。
年頃の女の子の楽しみを捨て、本来役割でないことまで負わされているという重圧に潰されまいと踏ん張る日々。
それを否定されたような気がした。
では、次の仕事がありますので・・・・・・。となんとか声を絞り出しその場を立ち去る。
サーキはそのまま仕事に戻ることなく、あてもなく歩き出した。
「わたし・・・・・・・なにやってんだろう・・・・・・」
今日も空には星々が煌々と瞬いている。
それはとても高く。
いつもよりさらに遠いものに感じた。

ふと気がつくと、町の外れ城壁の門のところまで歩いてきたらしい。
今日は戦に勝った後ということもあり見張りの数も少なく、酒を持って眠りこけていた。
よくみると門は閉まりきっておらず人くらいなら通れそうな隙間が開いている。
どうやら見張りたちは宴席に出られない間、行商人から干し肉などを買い酒を持ち込んで飲んでいたらしい。
彼らのそばで馴染みの行商人も潰れていた。
なんだかなあ、と思ったがこれは幸いとサーキはそのまま門を抜け外へと歩き出す。
町の外へは遠乗りの訓練のときくらいしかでたことがなく、夜の中を歩いたことなどなかった。
それゆえに見るもの全てが新鮮だった。
人の手が加わっていない自然のままの木々や植物。
夜闇の中でも月明かりに夜露が照らされ昼間の美しさを創造させる。
だから、つい師匠に止められていた夜の森へと足を踏み入れてしまった。
だってあまりにキレイで、もっと見ていたいと思ったから。

夜もすっかりふけた頃、サーキは一人森を彷徨っていた。
入るときと同じ道を通ったはずなのに決して森の外に辿り着くことなく通るたびに違う場所へとついてしまう。
歩けども歩けども出口が見えない。まるで今の心境のような森。
何刻歩いただろう?
訓練の成果が出ているのか疲れはそれほどでもなかったが、終わりのない迷路に心は磨耗を続けている。
と、そこに人影が見えた。
助かった!そう思い声をかける。
「このあたりの方でしょうか〜?迷ってしまっ・・・・・・あっ」
遅かった。
もっと注意深く見るべきだった。
人影はこちらへ向かって襲い掛かってくる。
野盗だ。それも一人じゃない。
撃退した連中の生き残りが潜んでいたらしい。
そこにマヌケな女が一人。
くそっ。いい餌だ。
つかまれば人質か?
いや、そんなまどこっこしいことはしまい。
慰み者にして殺すか、よくて奴隷として売られるだけだ。
サーキは一目散に駆け出した。
方角など考えない。ただただ走るだけ。
足が止まった時は死。そう覚悟して。
背後から男どもの下卑た声が響き、草を掻き分け枝を叩き折る音が止むことはない。
サーキも衣服が枝で裂け、肌を切ろうとも足を止めることなく走り続ける。
息が切れる。足がもつれる。目が霞む。
意識も朦朧とした時、森に切れ間が見えた気がした。
幻?
今はそんなものにでもすがるしかない。切れ間目掛けて走り込む。
抜けたっ!!
森の外だ。町へと続く街道のすぐそば。城壁は見えている。
あとは町まで走りこめば・・・・・・。
が、不意に肩に衝撃が走り地面に転がってしまった。
何?とも思う間に夜も明け始めた空が見える。そして薄汚れ、いかにもといった風体の男の顔。
野盗はサーキを押し倒し馬乗りに、荒い息を吐きながら獲物を捕まえた悦びで歯をむき出しに笑っている
抵抗しようにも腕も脚もガッチリを押さえつけられ女の力ではどうしようもない。
こんなやつらにいい様にされるくらいなら。
覚悟を決め、舌を噛み切ろうとしたその時・・・・・・。

/*/


そのとき助けてくれたのが偶然お忍びでそのあたりまで来てた姫さまご一行だったってわけ。
姫様の魔法とお供の人の剣でこうズババ〜ンとね。
いやあ凄かった。それにかっこよかった・・・・・・。
朝焼けに照らされて希望そのものって感じでさ。


姫様が剣を持って、大丈夫だった?って手をさしのべてくださって。
わたしが、「ええ」って返したら、そうよかったってお笑いになってさ。
すごく、ほっとして、救われた気がした。
こんな女の子でも戦うことはできるんだって、わたしもこうなりないなって。
まあ、そのときはどこかいいところのお嬢様って思ってて、まさか姫様だとは気付いてなかったんだけどね。

姫様だってわかったのは結構後。
わたしの町の近くに、アブダマル様をまつったそれなりに大きな神殿があってね。そこに姫様がこっそり来られてたって聞いたんだ。
風体聞いたら、助けてくれた女の子にそっくりでさ。それで、ああ、あの方が姫様だったんだなってね。
王都に住んでるお姫様っていうくらいだから、きっといかにも姫って感じの人想像してたんだけど、予想外だったなあ。

そのことがあったあとはあのクソヒゲの修行も楽しくなってきてね、いつか姫様の力になれるかもしれないって思ったから。
ヒゲもころっと手のひら返したみたいに褒めてきて、正直気持ち悪いくらいに。

で、そのあといろいろあって旅に出ることになって姫様の噂を聞きつけてお力になりないってあの街へ向かった、と。

これがわたしが今ここにいる理由。恩返せてるかどうかわかんないけどね。くすっ。


chapter 2:冒険



ノーアとその一行は旅を続けていた。
彼女にとっては2度目の大きな旅。女王である母アナルールを討つ旅。
アブダマルを祭った最後の神殿に始まり、詩死の丘を越えて、死の都へと辿りつく。
ここにくるのも2度目。
一度目に訪れたときには夜の闇のなかヘカトンケイルや死霊と戦い、地下へ潜りノーライフキングとの死闘を演じた。
今回は・・・・・・。
青天の下にいた。
一人の邪悪なる魔術師の力によって。
マーニ、詩死の丘を越えた先、巨人の白骨が並ぶ土地に済む魔術師。
彼は笑いの神を信仰するものであり、日夜笑いを追及していた。
石を積み、石塔を作り、死霊の住まう地で霊を慰め弔うことによって。
邪悪なる魔術師が善行を行う。それはとても笑えることじゃないか?と。
清浄な空気に包まれた墓地でかの魔術師の結界による加護にて夜を明かし都へといたったのである。

死の都は過去の戦いの傷跡が生々しく刻まれていた。とてつもない業火で焼かれでもしたろうだろうか。建物が溶けて先へと進む道となっている。
一行はその道を急ぐ。背後につねに付きまとう気配を気にしながら。
道の先には地下迷宮へといたる入り口があり、そこから抜けなければ女王を討つための力を得ることは出来ない。
ノーアは今一度、死者の領域へと足を踏み入れる。昼なのに夜のように暗い。日の光の射すことのない常世の世界。
そこには住人がいた。骨、骨、骨。カタカタと歯を鳴らし、生者を、自分とは違うモノを憎むように、あるいは輩(ともがら)を増やさんがために歓迎するようにたちあがる骸骨たちが。
その数1万。一行の行く手を塞ぎ立ちはだかる。
さらに背後の気配もその姿を表した。女王の僕たる大蜘蛛が。彼らはノーアの命を奪わうためにどこまでも追ってくる。
だが、彼らもまた生者であり、骸骨どもとは相容れぬ存在。死者である骨たちにとっては姿形など些細なことなのかもしれない。
生きている。
ただそれだけで”違う”のだから。
乱戦になった。
骸骨と蜘蛛が激突する。
砕け飛ぶ骨、吹き散る体液。
死者は自らと同じくせんと、蜘蛛は自身の目的の障害を排除せんがため喰いあった。
その隙をつき一気に突破を狙う一行。
だが、隙は付いたとはいえ道を阻む骸骨はあまりに多く、一人の女が身を投げ出し食い止めた。
すべては姫のため、と。
馬鳥を駆るその女、ホーシは骸骨の只中で突っ込み時を稼ぐ。命を代償に。
しかし、そんなことを許すノーアではなかった。
ホーシの動きに気が付くとすぐに取って返し、彼女の救援に向かう。
それに続いて、異世界よりやってきた戦士マイトとその伴侶水の巫女が続いた。
ホーシに群がる骸骨を蹴散らし、守り、亡者と対峙する。
詰め寄る間合い。
このまま命運尽きてしまうと思ったその時、足元がなくなった。
激しい戦いに耐え切れなかったのだろうか、床が崩れ去り4人はさらなる深遠へと吸い込まれていった。

ノーアが気が付くと、そこには骸骨も蜘蛛もいなかった。
そしてホーシもマイトも水の巫女も。
3人は無事だろうか?他の仲間は迷宮を抜けたのだろうか?一人迷宮をすすむ。
そこに声が聴こえた、ような気がした。
誰の声?耳を澄ます。
竪穴をみつけた?
助けに来る?
確かに聴こえた。迷宮をぬけた仲間だ。生きている。
ノーアは駆けた。もうこれ以上仲間を失いたくなかったから。
王都で神殿で戦場で幾人も幾人も死んでいった。もう奪われたくない。なくしたくない。
表情に憂いが浮かぶ。
声を頼りに細い道を、崩れかけた穴を、走り、潜り抜け、そこにいきついた。
そこには竪穴があった、地上からの光がか細く入ってきている。
そして、ホーシがいた。巨大な百足に襲われて必死に防戦している。
マイトと水の巫女もすでに駆けつけており、ホーシを救助しようとしているが百足とホーシの距離が近く魔法も使えない。
ノーアは背を伸ばし、剣を抜いた。
「こっちよ!来なさい!」
百足を挑発しホーシから少しでも気をそらそうとする。
死なせるものか。守ってみせる。
瞳が輝く。

それをみてホーシも覚悟を決め一か八かの賭けに出る。
意を決し、自身に襲い掛かる百足の頭を踏みノーアの元へと飛び込んだ。
抱きつくように飛んできたホーシをぎゅっと抱き締める、ノーア。
命を感じる、暖かく、規則正しく聴こえる鼓動。
無事でよかった・・・・・・。
温もりと生命のにおいを吸い込む。
マイトは無事を確認すると剣を抜いて百足と戦い出した。
ノーアたちもそれに続く。
と、竪穴からそそぐ光に陰ができた。同時に雄たけびが聞こえてくる。大きい。
仲間が降って来た。
全員いる。だがどうみてもこのままだと死んでしまうくらいにはここは深い。
あっと思ったときには水の巫女が魔法によって水を噴出させ彼らを受け止めた。
仲間がそろった一行の前に百足はすでに敵ではなく蹴散らしていく。
10もいた巨大百足は一行の前に倒れていった。
どうやらみんな大きな怪我もしてないらしい。無茶するなあ、と自分を棚に上げて考えたが、同時になんとなく嬉しくもあった。
もう、一人じゃない、と。
魔法の水でずぶ濡れな姿でノーアの憂いは晴れたような気がした。


chapter 3:出会い




/*/


———その日 空に穴があいた …… ような気がした———


/*/


目の前に広がるは一面の小麦畑。
風が吹くたび、穂面にさざ波が沸き立つ。
もう少し遠くに目をやれば、川の上をすべる船が起こすさざ波もきらめいている。
ここはよんた藩国の豊饒の大地。

「ねーちゃん、もうこのぐらいでいいんじゃないか?」
「そのセリフ何回目だと思ってるんだい? つまんないこと言ってる暇があったら、さっさと手を動かす、手を」

こき使われているのは、仮にもよんた藩国の藩王よんたである。
こき使っているのはよんた藩国民の憩いの場、北国食堂の女主人にして我らがおかみさんのゆみさんである。
今日も今日とて食堂で使う食材を調達するために、よんたを駆りだして収穫にきたゆみさん。
朝起きたらなんだか気分がよかったので、今夜は豪勢なメニューを振舞おうと思い立った、という理由ではあったが。

昼下がりまでかけてリヤカーいっぱいの食材を調達し、意気揚々と帰路につく二人。
ちなみに、荷物が山盛りなリヤカーはよんたが引いている。

「ねーちゃん、ちょっとは手伝ってくれよー」
「はいはい、うまい晩飯食いたきゃぐだぐだ言わず働く」


*3【そんな光景をやや呆然と眺める少女がいた。この国には珍しく、剣を携えている。】
艶やかな黒髪を風にたなびかせながら佇む少女は、*2【その瞳に憂いを湛えながら】も優しげに二人を見守っていた。
視線に気づいたゆみさんは、見慣れぬその姿を不思議に思いながらもなぜか懐かしさを感じていた。
何か思い立ったらしく、いい笑顔で近づく。

「お嬢さん、一緒に夕食でもどうだい?」

同性でなければ完全に勘違いされそうなセリフである。

「いえ、見ず知らずの方の夕餉にお邪魔するつもりはありません」

そう言いつつも、心は揺れていた。

——本当に全く知らない相手だと言えるだろうか…?

彼女はゆみさんの中に、かつて共に戦ったものの面影を見ていた。
この場所に見覚えはないけれど、なんとなく想像はついている。

たぶんノーリコ———ノリコの知り合いだと名乗った人達の国なのだろう。

理解すると同時に、先日変わった二人組に呼び出された時のことを思い出す。
変わった場所、確かよんた藩国とか言っていた。
私の都合次第でもいいから、時々国を見てくれと不思議なことを言う人たち。
彼らがノリコの知り合いなら、ノリコに会いに行くこともできるだろうな。

そこまで考えて、かつて自分のために身を投げた者を想う。

姿形は全く変わっていた。私が見たことも聞いたことも無いような場所にいた。
けれどあれはノーリコだった、ノーリコだと思った。
今でも、間違えたとは思わない。夢幻であったとも思わない。
それなら、目の前にいる人々が知らない相手だとは限らないのではないだろうか。

彼女が考えを巡らせている短い間に、ゆみさんは彼女の手を取り、誰にも有無を言わせずリヤカーの上に乗せていた

「見ず知らずとか気にすることないよー。食事は大勢でした方が楽しい、それだけなんだからさ。
 そーだ、自己紹介がまだだったね。あたしはゆみ。食堂やってんのよ。で、そっちのぼんくらがよんた」

いい笑顔のゆみさん、彼女はつられて少し微笑む。

「ノーアです」
「ノーアちゃんか、いい名前だね。おねーさんが腕によりをかけて料理するから、楽しみにしておいてね」
「……もう『おねーさん』なんて歳じゃな——」

鈍い音とともに、とても遠くへ旅に出るよんた。
その日、(いろんな意味で)どうやって帰ってきたのかはゆみさんとノーアのみぞ知る。


 //*//


その数日後、よんた藩国で盛大に宴が催された。
本来であればその日の夜に行われるはずだったのだが、料理に凝りすぎて下準備に数日かかったと後々まで語り草になったという。

その数日の間に噂が噂を呼び、宴の規模が大きくなっていたため、急遽祭りなんかで使う広場で行うことになった。
参加者もいろいろなものを持ち寄り、宴会が始まる頃には広場を食べ物と人が埋め尽くしていた。
わいわいがやがやと騒がしい中、唖然とその光景を見ている少女がいた。
主賓であるはずのノーア姫、その人である。

宴に招かれたとあって、襟を正し*1【背筋を伸ばして】やってきたのだが、いざ来てみるとただの飲み会状態の宴会であった。
はっきり言って拍子抜けしたのである。

そのまま回れ右して帰ろうかと思った矢先に、

「あ、ノーアちゃんやっと来たね。待ってたよー」

彼女を誘った張本人、ゆみさんに捕まる。

「ほら、そんなとこに突っ立ってないで、こっち来て一緒に食べる」

ゆみさんはノーア姫をぐいぐい引っ張って椅子に座らせた。
近くにあったよんた饅てんこ盛りの皿を、彼女の目の前にどーんと置く。

「とにかく一口食べてみて。特製よんた饅だよ」
「は、はぁ…」

勢いに押され食べ始めるノーア姫。
一つ食べ終えると、ゆみさんが笑顔で待っていた。

「どうだった?」
「とても美味しかったわ。ありがとう」

ノーア姫はそう笑顔で答えたが、ゆみさんはその瞳に*2【憂いを帯びている】のを見逃さなかった。

「…なにか心配事かい?」

ノーア姫はゆみさんの顔をじっと見てから、口を開いた。

「もしかして、あなたは私を以前から知っていたんじゃない?」

突然のことに、きょとんとなるゆみさん。

「なんで、そんなこと思ったんだい?」
「そう思ったから。で、どうなの?」

ゆみさんは、んー、と数秒考え笑顔になる。

「どうだろうねぇ」
「はぐらかさないでちゃんと答えなさい。こっちは真剣なんだから」
「今はノーアちゃんのこと知ってる。それが答えじゃダメ?」

ノーア姫はゆみさんをにらみつける。

「はぐらかさないでって言ってるでしょ」

もはや意地になってる様子のノーア姫。

「どうかな?ふふっ」

一方、なぜか楽しげなゆみさん。全く答える気はなさそうである。

「そんなことより、宴会楽しまないと。さあさあ、どんどん食べて、どんどん飲んで」

以前のように短い時間で元の場所に帰されるわけではないことに気づいていたノーア姫は、次は聞き出してやるんだからと渋々宴の輪に混ざり始めた。
楽しめたのかどうかは彼女だけが知っているが、他の参加者は大いに盛り上がり、楽しいひと時を過ごすこととなった。

ちなみにこの宴会、三日三晩続いたという。



要点・周辺環境
*1【背筋が伸びた】
*2【憂いを帯びた】
*3【剣を持つ少女】
*4【神殿】



文章:よんた、雷羅 来
イラスト:竿崎裕樹、坂下真砂、小野青空

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最終更新:2009年05月24日 02:49