「よんた藩国見聞録1」



焚き火の前では、犬も猫も沈黙する。

ただし、何事にも例外はあるのだ。

           ~植物学者の手記より~


パチパチと音をたてる焚き火を見つめながら、私は渡された琥珀色の液体を寒さで縮こまった喉に流し込んでいた。

熱く喉を焼く感覚と芳醇な香りが内臓にまで広がり、萎縮していた感覚が活動を始める。こうして飲むと分かるが、この国の酒は本当に美味い。

それは狩人達も同じようで、皆一様に顔をくしゃくしゃにして飲み干した後、ざわざわと今日の猟の成果を口にし始めた。

「どうだぃ、先生ぇ。俺らの国のモルトは美味いだろう?」

「えぇ、本当に美味い酒ですね。多分、いえ。今まで飲んだ中でも最高の酒ですよ。絶対に。」

そう言うと、角刈りの猟師は可愛らしい笑顔をみせた。

「このモルトはよ、硬質の水と黄金の麦、最高のオークが取れるここでしか作れねぇんだ。この国は小せぇがよ、藩王様のお陰で酒と食いモンだけは他の国に引けをとらねぇぜ」と笑いながら言うと、焚き火の中からレラの葉の包みを投げてよこした。

「・・・これは?」

「ウチのかぁちゃんお手製の‘よんた饅だ’。美味ぇぞ。なんせ・・・俺の嫁!美人!サイコー!なかぁちゃんお手製なんだからなぁ!!」

そう言って、ダァッハッハッハと笑いながら背中をバシバシと叩かれる。

周囲の狩人は まぁた始まったよと言いながら、その光景を見ている。みな呆れ顔だが、その表情はどこか優しい。

      • だが、痛い。

そろそろ痛い。

ホントちょ、やめっ、

「あ~あ~あ~、チキロ。先生に何ぁにやってんだ。このバカ。お前と違って先生は貧弱なんだから、バシバシ叩くんじゃねぇよ。」

「貧ッ・・・・・」硬直する私。

「おおっと、すまねぇな先生。つい何時もの癖でよぉ。まぁ、兄貴もそう怒るなよ。な?ダァッハッハハッ!」

「全く・・・先生?顔色が悪いですよ。ウチの奴がすいませんね。ホントに。」

「いえホントに、その、大丈夫です。弟さんの方は。」

一瞬キョトンとする長髪のチキロ兄。駄目だ・・・この兄弟に皮肉は通じない。

「んで、どうでした?なんか珍しい草は見つかりましたかい?」

「ええ!それはもう!素晴らしいですよ。この国は。寒冷地特有の針葉樹林は未開の状態で保存されてますし、地熱のせいでしょうかなんと寒冷地にありながら一部の温泉付近には亜熱帯の亜種植物ともいえるタムキモ属の(5分ほど中略)、なのです!ともかくこの地の学術的価値は計り知れないのですよ!!」

一気に喋ったせいで、ぜーはーと肩で息をする私。

いつしか狩人たちは黙り込み、ただ焚き火の爆ぜる音だけが時折響いていた。

頭の血と酔いが急激に引いていく感覚。しまった。夢中になりすぎて、また余計な事を・・・

「あ、あの・・・すいま」

と私が言い終わる前に

沈黙を踏み倒すような豪快な笑い声が響いた。

「ダッハッハッハハ!!オレぁ先生の難しい話はよく分かんねぇけどよ。要するに先生はこの国が‘いい国だ’って言ってんだろ?気に入った!!これから山に入るときは何時でも言ってくれ!俺達がキッチリ案内してやるからよ。そうだろ?オメェら!!」

「おうよ!」「勿論だぜ!」「しょーがねぇなぁ」

チキロのその声に方々から威勢の良い声が飛んでくる。

それは、いつしか焚き火を囲んで喧々囂々の大騒ぎとなっていた。


これが、私がこの国で生活を始めるきっかけとなった出来事。

語るべき話は尽きないが、今日はここまでとしよう。



焚き火の前では犬も猫も沈黙する。

ただし、良き狩人と熱心な植物学者を除いて。

                      おわり

(文:槙 昌福)