時は支那実がカフェに入ったところまで、少し戻る。

空いている席に座り紅茶を頼む。

(裕樹さん、大丈夫かな? ずいぶん困った顔してたし…)

こう見えて実は人の心理状況をうかがう能力には長けている支那実。
裕樹が困っているのにはすぐに気付いていた、が、それが支那実に対する好意からきていることまでは考えが届かなかった。
この娘、自分に対する悪意(もっとも、彼女を嫌う人間も少ないのだが)には敏感に反応する。
その反面、好意に対してはめっぽう鈍い。
彼女の生まれに起因しているが、そのことについては深く触れないことにする。

香りのいい紅茶が出てくる。
カップを持ち上げ深く香りを吸い込む、幸せな気分。

(でも、真砂さんはなんであんなふうに言ってたんだろ?)

支那実はポケットから大切に折りたたまれた紙切れを取り出し、眺める。

「支那実ちゃんへ
  裕樹君が遅刻してくるらしいわ。迎えに行って来てちょうだい。
  仕事は大体片付いてるからゆっくりでいいわよ。
   真砂より

  P.S 今日は出来るだけ裕樹君のそばにいてあげてね。」

支那実が一番最初に来たにもかかわらず、机においてあったメモに従い支那実は裕樹を迎えにやってきたのである。
真砂に対しては疑うような事をしない彼女は、その状況に何の不自然も感じなかった(というか、無視した)が、
裕樹が連絡出来なかったことを考えると非常に不自然である。

(きっと、直接連絡来たんだよね、真砂さんのところに。)

大切そうにメモを眺め、にっこりする支那実。
人生前向き、真砂が彼女を可愛がるのはこのあたりに由縁があるのだろう。

そうこうしているうちに、裕樹の姿を見つける。
さっきのにっこりのまま、手を振る支那実。
「あ、裕樹さん。こっちですよ。」
「支那実ちゃん、すぐ出るけど、構わんか?」
(このまま出ると、お店の人に悪いよね。)
「せっかくだからお茶していきましょうよ。」
裕樹の顔色が悪いのは、御飯を食べてないのだろうと支那実は思った。

お茶の時間が済むと、二人は仕事場へと向かうことにした。
仕事場までは遠いわけではないが、今日の裕樹にはどうやら遠いようだった。
店を出てからも裕樹の不幸は続いていた。
突然飛び出してきた車に轢かれそうになり、通りの建物の上から雪が落ちてきたり、思いっきりすっ転んだりした。
ちなみに、全ての事故に支那実は見事なほど巻き込まれなかった。

「そんなところで、何をしているの? 支那実ちゃん。」
偶然通りかかったグラジオラスが出くわしたのは、足の生えた雪山の前で支那実がおろおろしている場面であった。
「グ…グラちゃん! お願い助けて!」
突然、支那実に泣きつかれ一瞬ひるむグラジオラス。

1分後・・・
「助かった…。ありがとうございます、グラさん。」
「それで、どうしてあんなところに生えていたのか、教えていただけますか?」
「なんかいきなり上から雪の塊降ってきてな。避けようかと思ったら足滑らして、ズボっと…。」
「私一人じゃ助けられなくて…、グラちゃんが来てくれて本当に助かりました。」
グラジオラスは、支那実の言葉を聞いて怪訝な顔をする。
「ねぇ…、さっきから気になってたのだけど、裕樹さんの横にいらっしゃる白衣の素敵なスーツのお姉さまはどなたかしら?」
今度は、支那実と裕樹が不思議そうな顔をする。
「だ、誰もおらん…よな、支那実ちゃん?」
「ええ、そのはずですけど…。」
キョロキョロと辺りを見回す裕樹。グラジオラスは何かを呟いている。
「え…めが……ひろ…ふー…あ、はい。」
グラジオラスは突然顔を上げ、にっこり笑う。
「ごめんなさい、気にしないで。ちょっと疲れてたみたい。」
疲れているとは到底思えないような笑顔で言う、グラジオラス。

「そういえばグラちゃんは、ここで何してたの?」
「…あら? そういえば、何をしていたのかしら? ちょっと待ってね。」
首から下げられたメモをパラパラとめくる、グラジオラス。
一番最後に書かれたものを見つける。
「えーと…、あ、そうそう。裕樹さんに伝言に来たんでした。」
「伝言? 誰からや?」
「真砂姐ぇから伝言。

 『悪いんだけど、桜の木の様子を見てきてくれないかしら。
  そろそろ木の芽が膨らみ始めるでしょうから、その気配があったら知らせてね。
  花見の準備を始めるから。

  P.S 支那実ちゃんをちゃんとエスコートしてあげるのよ。』

 以上、真砂姐ぇからの伝言は終わり。」
支那実が裕樹を見ると、なぜか赤い顔をしてなにやらブツブツ言っている。
「じゃ、行きましょうか、裕樹さん! あ、グラちゃんも一緒にどう?」
真砂をまったく疑わない支那実、即答で裕樹と行くことに決めた。
「私はまだやることが残ってるの、ありがとう支那実ちゃん。」
「あ…や…、俺…もやること、ある…」
しどろもどろに答える裕樹、この場から飛び去りたいようだ。

数分後。
支那実は裕樹の手を引いて、東地区にある公園へ向かっていた。


(文:雷羅 来)