初めから少女は警戒心に満ちていた。まるで信用できないと顔に書いてある。しかし、フリントはそんな少女に好感を持った。決して飼いならすことの出来ない気高さとでもいうのか、それとも必死に虚勢を張る健気さとでもいうのか。そう、主君を彷彿とさせた。そして野生の獣のような気高さを持ちながら、少女の瞳は赤ん坊のように無垢なのだ。知らず惹き付けられていた。
日が落ちかけた黄金色の畑は目を瞠るほどに美しい。たわわに実らせた穂が波打つ。その影にフリントは少女を横たえた。前髪がさらりと流れ落ち少女の額に影を作る。微かに開いた口唇がまるで何かを訴えているかのようだった。瞳はじっとフリントを見据えている。お前など恐れていないと言わんばかりに。
フリントはふっと笑う。そして素早く少女の脚を開かせ、体を割りいれる。少女の表情に微かな動揺が広がる。フリントは地に手をつき少女に覆いかぶさった。逃げようとする気配は無い。フリントは少女の頬を優しく撫でると、唇を重ねた。始めは触れるだけで、徐々に音をたてつつ深くなっていく。少女は目を閉じた。深くなっていく口付けを味わうように。合間に聞こえる吐息が、これが少女かと疑うほどに艶かしかった。
反乱は明日にでも起こりかねない雰囲気だった。他でもないフリントがそう仕向けたのだ。親しくなった宿の店主や道具屋らには申し訳ないことをしたとも思った。だが、それだけだった。それ以上の感情は当の昔に摩滅してしまった。妻が生きていた頃は、何も知らない彼女の笑顔を見るたびに胸が痛んだ。妻の死後は、それがルルアンタに変わった。心優しい彼女が自分のしていることを知ったら、どう思うだろう。考えても詮の無いことだった。この任務が終われば、もう権力という汚泥に関わらずにすむのだ。
今日、エリエナイ公がノーブルへ来たのを確認した。何かしらの手は打ってくると予想はしていたが、まさか、本人が来るとは思ってもみなかった。事態は急速に動くであろう。唯一の心残りは、反乱の中心人物である、かの少女だった。腕も良い。大の男を簡単に手玉に取る身のこなしは見事だった。このまま反乱者として処刑されるのは惜しい。フリントは本心からそう思っていた。しかし、任務を放棄するという選択肢はフリントにはありえない。
それに、と心中で呟く。川の流れを変えることは容易ではない。フリントは手に入れた密書を短剣の中に忍ばせる。部屋には微かな寝息しか聞こえない。昼間随分はしゃいでいたようで、ルルアンタは寝入っている。苦笑して肌蹴た毛布を掛け直してやる。そうだ、もうすぐ終わるのだ。この任務が終われば、偽りの無い人並みの幸せがようやく手に入るのだ。フリントはルルアンタの髪を梳くと、音をたてずに部屋を後にした。
階段を降りると、宿の店主が帳簿を覗いていた。フリントに気づくと帳簿から顔を離し、愛想笑いを浮かべた。フリントは明日、ノーブルを発つ旨を知らせる。
「そうですか。また機会があったら立ち寄ってください」
再び帳簿へ視線を向けようとした店主の顔が急に強張った。入口の方へ向けられた目を、ばつが悪そうに下方へそらす。あっと、思わず口を開ける。件の少女がそこに居たのだ。今朝、助けた時の警戒心などの微塵も無く、フリントに対して嫣然と微笑んだ。フリントは内心の動揺を覆い隠し、商人らしい作り物めいた愛想笑いを返す。その一方では、無意識に拳を軽く握っていた。
「何しに来たんです…? 貴女には自分の家があるでしょう…」
「安心して。この人にお礼を言いに来ただけだから」
手を振って店主の言を遮ると、迷惑そうに迎える店主を一顧だにせず、フリントに向かって歩を進める。
「これはご丁寧に。礼などよろしかったのに」
「それと尋ねたいこともあるの。いいかしら?」
少女の笑みに底知れぬものを感じながら、フリントは抗い難い好奇心がを覚えた。何を仕掛けてくるつもりだろうか。少女の瞳からは何の恐れも衒いも窺えない。限りなく死に近い少女の最後の足掻きを見たくなった。一瞬の逡巡の後、フリントは少女に促されるまま、宿を後にした。
日が大分傾き、家路へと急ぐ人の流れに逆らう。連れて行かれたのは黄金色の麦畑だった。畑の中には人の姿は見えない。ただ風に弄られるままさわさわと揺れている。畑の脇道にある木の根元に少女は座った。道すがら一言も喋らなかったフリントは、ここへ来てようやく口を開いた。「私に尋ねたいこととは何でしょうか?」フリントの長い影が座り込む少女にかかっている。内心はどうあれ表面上、少女は凪のように穏やかだった。目の前の麦畑を愛おしそうに見つめながら、ゆっくりと口を開いた。「ええ。単刀直入に聞くわね。ノーブルで何をしていたの?」真っ直ぐな少女だ、とフリントは心中で呟く。だがそれ故に、この少女は死の坂を転がり落ちていくだろう。フリントは笑顔を崩さず答える。「何、とは? 私は商人ですから商いをしておりましたが」フリントは懐にある小刀を意識しつつ、笑顔を崩さずに言い放った。少女は防具を身につけていない。その所為で女性らしい曲線を帯びた肢体がよくわかる。呼吸するたびに豊かな胸が上下する様は、男ならば抗い難い魅力を感じるだろう。まるで誘惑されているかのような錯覚を受ける。さぞやあの好色な代官から下品な視線を浴びただろう。顔を上げてフリントを見上げた瞳とかち合う。夕陽の橙色が瞳に新たな色を加えている。危うく笑顔を作ることを忘れる所だった。少女は美しかった。「そう。じゃあ代価を払えば教えてくれるのね」麦畑から鶉が飛び立った。同時にフリントの顔から笑みが消えた。少女のどこか諦観したような笑みは、主君であるかの女性とよく似ていたのだ。そしてそれは薄汚れた自分を迎えてくれた妻の笑みでもあった。
深く口付けを交わしながら、少女の胸元に手をかけ肌蹴させる。眩しいほどの白い肌は、夕陽に照らされ橙色に染まる。大きく、そして節くれだった手を滑り込ませ、先端を刺激する。柔らかい乳房は久しく忘れていた女の味を思い出させる。手の中で転がし、時折爪を立てては執拗になぶると、少女の潤んだ瞳が揺れ、背中が反り上がった。少女の口から漏れ出てくる声を閉じ込めるように口付けする。スリットから手を差し入れると、少女の肩が跳ね上がった。フリントは少女の表情が僅かに強張ったのを見逃さなかった。フリントは手を止めた。まるで夜の闇に脅える幼子のような表情だ。どこか白昼夢をみているようだった頭が、徐々に冷静さを取り戻していく。度の過ぎる強がりを包むように、フリントは努めて優しく少女へ語りかけた。「日も落ちましたし、どうしますか? 弟さんも心配しますよ」体を離したフリントに少女は首を傾げて言った。既に今さっきまで見せていた脅えは消え、体の強張りもとれていた。「いいの? やめても」男の太い首に少女の腕がからみつき、そのまま髭の残る顎に口付けした。少女の膝が別の生き物のように動き、フリントの内股を撫でる。徐々に上へと上っていくそれは、熱を帯びた男自身に触れた。くすくすと少女は笑う。「ルルアンタが心配するかもね」少女の声に血流が勢いを帯びていくのを感じた。自分は一体どうしてしまったのだろうか。フリントは自問する。少女の誘いに乗ったのはあくまで任務の為、御しやすくする為だ。それができないとわかればどこかで体よくあしらうべきなのに。そして、この少女の媚態は虚勢の上に成り立ったもので、砂上の楼閣に過ぎない。なのにこの体たらくは何だ。自分の半分も生きていない少女に翻弄されるままだ。「ん、ああ……」少女を押し倒し、愛撫を再開する。瑞々しい大腿に手を這わせ、下着をずらし秘所に指を差し入れる。異物感に顔を歪める少女の頬に唇を落とす。任務の為など欺瞞だ。観念しよう。自分はこの少女の惹き付けられたのだ。妻でもない、エリスでもない、面影など何一つ無いこの少女に。
柔らかい岩が動いているようだと少女は思った。ひどい異物感と時折感じる針で刺すような快感がすべてだった。ともすれば怖気ついてしまいそうになるのを、少女は思考を放棄することで踏みとどまった。体内から聞こえる淫らな水音が体を熱くする。本能に促されるまま、フリントを受け入れやすいようにと体を動かす。その度にせつない声を洩らした。
それにしても自分で決心したこととはいえ、なんと無様な姿だろう。弟を、村を守る。代官の圧制を打ち破ろう、と叫びながらこの体たらく。だらしなく口を開き、秘所から蜜を滴らせている。少女は自分を嗤いたくなった。ボルボラが約束を守る人間だったら、あの下種な代官に取引を持ちかけたかもしれない。力の無い自分にはこの方法しかないのだ。無様で、惨めで、そして愚かだ。
男の指は少女の奥を刺激する。少女はたまらず声を上げた。指は続けて同じ場所を刺激する。それが合図であったかのように、少女の内部は指を締め上げる。さながら堤防が決壊するのにも似て、先ほどから感じていた異物感は流され、快楽が少女を支配した。
少女はフリントの肩を掴んで必死に耐える。その間にも蜜は男の手をしとどに濡らしていく。指が引き抜かれた後もその残滓を引き摺り、自分が安堵しているのか、それとももっと男の指を欲しがっているのか、わからなくなった。どちらでもいい。それで何が変わるわけでもないのだから。「大丈夫ですか?」心底労わっているように見えるが、この男の本心はわからない。出会ったときから愛想笑いを貼り付けていた。その仮面が剥がれるたびに、いい様だと笑っていた。気の無い声で、大丈夫、とだけ呟いた。フリントは少女を抱き起こすと、子供をあやすように背中を撫で、髪を梳いた。少女は遠い昔に死んだ父の所作を思い出し、目を閉じた。フリントの胸に額を押し付ける。汗のにおいが心地良かった。少女の息が落ち着くまで、フリントはずっとそうしていた。
フリントは背中を木に預ける。そして、猛った自身を取り出し、少女の濡れた秘所にゆっくりと押し付けた。息を止めて体を固くする少女に囁く。熱い吐息が耳にかかる。「…もっと楽にしてなさい。それでは痛みが増すばかりですよ」「無理よっ…そんなの…あ、あ…」フリントの服を掴み痛みに耐える。涙が頬を流れ、それを掬い上げる。フリントは少女が声を押し殺す姿を黙って眺めていた。少女にとっては充分過ぎる質量を持ったそれを、受け入れるのは苦痛だった。膣内で壁に引っかかる度に少女は涙を流し、フリントは顔をしかめた。中まで入り、少女は荒く息を吐く。内側から痛みが広がっていく。「動きますよ。掴まっていて下さい」ゆっくりとした動きでも少女は痛みを感じた。フリントに痛みを訴えても動きは止まらない。だが宥める様に背中を撫でた。世界は完全に闇に落ちてしまい、昼間眩しいほどに輝いていた麦畑は消えた。風が麦畑を揺らすほかは、動くものは少女とフリント、ただ二人だけだった。首筋に舌が這う。背中に戦慄が走り、中のものを締め上げた。「や、ひゃあ」執拗に首を舐め上げた舌が引っ込んだかと思うと、歯が立てられた。下から突き上げられ、首筋を甘噛みされる。痛みと快感が交互に襲ってくるようで、頭が判別することを拒否してしまったようだ。不意にフリントは動きを止めた。散々に翻弄され疲れきった体をフリントに預け、少女は顔を上げた。フリントはこれまでにない厳しい表情で少女を見つめていた。「一つだけ教えてさし上げます。貴女はこのままここにいれば無事にはすみません。弟さんと共にどこかへお逃げなさい」少女は眉根を上げて憤りを露わにした。「そんなこと、わかりきっているわ。でも他に道は無いの。私たち農民は権力もないし、一人じゃ戦うことだってできない。でも意志を持った人なの。虐げられる為に生きているわけじゃない。貴方たちにとっては利用するだけの道具かもしれないけれど。誇りを失ったまま、黙ってなんかいられないわ」汗ばんだ顔を上気させ少女は訴える。真摯さの中に覆いきれない色気がある。「その為に、多くの命を道連れにしたとしても、ですか?」さらに表情を厳しくするフリントに対して、少女は笑みを浮かべる。「死ぬのは私一人よ」少女の穏やかな笑顔は、自身の命を諦めた上でのことだった。妖婦のように男を誘いながら、少年のような真っ直ぐな気質を持つこの少女を、フリントは世界の誰よりも哀れで小さく、そして無垢であるように感じた。どちらからかわからない。二人は繋がったまま唇を重ねる。唇を離すと、少女は眼を輝かせ、蕩けきった表情でフリントを見た。「フリントさんも、そんな顔をするのね。少し恐いけど…好きよ。チャカも――弟もね、私を守ろうとしてくれる時、そんな顔をするの。死んだお父さんもそうだった。私が危ないことをすると、いつもそんな顔をして叱ってくれた。ねえ、男の人って、皆そんな顔をするの…?」フリントは痛みに耐えているかのような表情で、少女を押し倒す。先ほどまでの労りが嘘であるかのように、性急だった。少女の脚を肩に乗せ、腰を動かし始める。少女は恍惚とした表情でフリントを抱き寄せた。秘所には乾いた血がこびり付き、今も新たに秘所を汚しているが、痛みよりも大きな快楽が少女を支配し、突き動かしていた。「ん、フリントさん…!」声は麦畑に吸い込まれるようにして消えた。達した少女に求められるまま、額に、頬に、唇に、フリントは口付けをしていく。少女は瞳を閉じて、それを受け入れた。
「逃げなさい。私が言えるのはそれだけです」まるで娘にそうするかのように、フリントは少女を後ろから抱く。少女は四肢を弛緩させ、体をフリントに預けている。「そう。ガードが固いのね」「商人は迂闊に商売の秘訣を話すものではありませんから」少女はくすりと笑った。この期に及んでまだそんなことを言うのか。「…私はフリントさんの方が心配だわ。あなたは優しいから、こんなことしているときっと早死にしてしまう」フリントは複雑そうな顔をして、言葉を詰まらせる。「ルルアンタも言っていたわ。フリントさんはとっても優しいって」太陽のような笑顔を浮かべるリルビーの少女が脳裏をかすめる。意識してのことではなかったが、少女の言葉はどんな呪いの言葉よりも、フリントの胸に突き刺さった。フリントは遮るように言う。「私は死ねません。まだやるべきことがありますし、やりたいことも残っています。ルルアンタを残して死ねません」少女はフリントの言葉を上の空で聞いた。取引のことなど、既に脳裏から消え去っていた。少女は闇色に染まった麦畑を退屈そうに眺めた。海王のいる深海とはこんなところだろうか。だとしたらひどく寂しいところだ。一人でいるなんて真っ平だ。私は、あの眩しいほどの黄金色の畑を見てから死ねるのかしら。少女はフリントの体温を感じながら、そう思った。
数日後、少女はノーブルを出て、大貴族リューガ家の末妹へと収まる。一方、王妃エリスの配下であるフリントは、何者かの手によってロストールへの道中暗殺される。少女は後に英雄と呼ばれる存在となり、多くの戦いを経て、歴史に名前を刻むこととなる。しかし、どれだけ年月を重ねようとも、別の男と愛を交わすようになっても、あの時感じたフリントの体温はいつまでも忘れることはなかった。
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。