「あっ、つー……」石壁に背を預け、上がった息を整える。太陽は頂点に近く、壁際に出来る影は僅かで、身を隠し、涼ませるには足りない。簡素な衣服の胸元を引っ張ってぱたぱたさせ、汗ばんだ肌に風を送る。港まで足を運べば海風がさぞ心地よく身体を冷やしてくれるのだろうが、ぐるりを壁と観客席に囲まれたこの闘技場には風はそよとしか吹かない。壁際に乱暴に投げ置いていた荷物をごそごそ探って木筒を取り出すと栓を抜き、汲んでおいた水を喉を鳴らして飲む。「あんたも飲む?」傍らに佇む男に声をかける。男は、かつて長いこと王者として君臨し、今は荒れ果てていくばかりの地をじっと見つめながら石のように立っていた。先刻まで娘と剣を撃ち合わせていたというのに、男はさほど汗をかいた様子も無く、何処か涼しげだ。差し出された木筒にレーグがちらと目をくれる。「……貰おう」放り投げられた木筒を男は難なく受け止め、娘がさっき口をつけていた飲み口から水を含む。返された木筒を受け取り、娘が再び喉を潤していると、レーグが口を開いた。「……うぬに、頼みがある」「ん、何?」この男が頼み事とは珍しい。
あれはいつの夏だったか、仲間との旅が終わりを迎えた後、この闘技場にふらりと足を運んだ。共に旅をする始まりとなったいつかと同じように、レーグが立っていた。さして言葉を交わすこともなく、互いに当たり前のように剣を抜き、戦った。別に約束したわけではないが、以来、夏になる度、この場所を訪れ、心ゆくまで剣を交えている。娘は一度闘技場を勝ち抜き頂点に立った後は、面倒くさくなって翌年の防衛戦をすっぽかし、結果、レーグが返り咲いた。今はロセンに移された会場でレーグは毎年挑戦者を下し続け、試合が終わるとこのリベルダムにやってくる。そのタイミングを見計らって、娘もこの地を踏む。そうして訪れる夏ごとに会うようになって、何年過ごしただろうか。その間にレーグが頼み事などした覚えは一度も無い。そもそも言葉より剣で語ることを好む男だ。内容が何かは知らないが、この男が人を頼るのは余程のことだろう。出来ればその信頼に応えたい。「いーよ。私に出来ることなら」軽く請け合ってみせた娘に、レーグは普段と変わらぬ厳めしい面構えのまま告げる。
「……我の子を産んで欲しい」「へ?」
間の抜けた娘の返事は頭上高く拡がる空に飲まれ、じーわじーわと被さった蝉の声が無感動に流れていく。
こういう路線は予想外だった。にしても普通、好きだとか、付き合ってくださいとか、せいぜい結婚してくださいなら突然言われてもまあ有りかなと思うが、とにかくそういうの全部すっ飛ばしていきなり子を産んでくれとは。もうちょっと踏むべき段階が無いだろうか。遠回しなプロポーズの言葉と解せないでもないが、この男に限って、ひとつ屋根の下に住んでくれとか、自分の為に朝ご飯作ってくれとか、そういう修辞表現に明るいとは到底思えない。多分言葉通りの意味だ。「……えーと」単純に浮かんだ疑問をぶつける。「何で私?」これまでの会合の内、色恋を連想させるような雰囲気にはなった例しがない。「うぬとならば、強き子が産まれよう。我は、強い子が欲しい」「…………」成る程。強さを第一の価値に置くボルダンという種族ならではの応えである。分かりやすいっちゃ分かりやすい。「あー……」しばし悩みつつ頭を掻く。「……うん。いーけど」まあ、嫌いだったらわざわざここに足を運んで相手をしたりしていない。この男の子供なら産んでもいいかなと思う。「――そうか」安堵したような嘆息混じりの声と共に、伸ばされた手が娘を抱き寄せた。「え」片手で娘の腰を抱き、もう一方の手が肩口で結わえられた娘の服の結び目を解いていく。「ちょっ、――ここで!?」ぎょっとして叫んだ口は唇で塞がれた。この男にしては意外な程優しい、啄むような口付けが角度を変えながら繰り返され、身体がゆっくりと上気していくのが分かる。応えるように口付け返すと、僅かに開いた唇の間に肉厚の舌が差し込まれる。その間にも器用に動く男の指が肩紐を解き終え、ぱさりと落ちた布から、ふるりと豊かな乳房が零れた。その重さを確かめるように片方の乳房を手の平に受けて軽く持ち上げ、既に硬く立ち上がっている先端を指先が掠めるように転がした。腰に回されていた手が背をするりと撫で上げた感触にぞくりとする。唾液が軽く糸を引いて、唇が離れた。「あっ……」甘い吐息が零れる。身体から力が抜けていく。自力で立っているのがそろそろ辛くて、男の胸板に寄りかかった。男の手が、スカートを捲り上げ、下肢に伸びる。布地越しにもどかしげに触れていた指が下着の隙間から侵入し、花芽を摘み上げる。喘ぐ娘の耳元に注がれる男の吐息も荒い。男の両手が娘の背後に回される。盛り上がった尻を撫でつけると、股ぐらに指を差し入れるようにして尻肉を掴み、ぐいと持ち上げる。娘の身体がふわりと浮いた。「え、あ」地を求めて宙に浮いた足をばたつかせた拍子に、腰を抱え上げられた。足の間、濡れた下着越しに硬いものがぐっと押しつけられる。「え、ちょっ、ちょっと」察した娘がレーグの身体を引き剥がそうと手を突っ張らせるが、男は小揺ぎもしない。背を壁に押しつけられ、男の身体が迫る。「まだ早――!」男の手が急いたように娘の下着をずり下ろす。それを腿の辺りに残したまま、まだ充分に潤ってはいないその場所に、男の猛ったものが打ち込まれた。
「ぐ、う――」みし、と無理矢理押し開かれた孔が軋んだ。飲んだ息に、喉奧がひゅっと音を立てる。額に先程流したのとは違う、冷たい汗が噴き上げる。反射的に反らされ、伸び上がった裸の背が石壁に擦れて傷付きかけるのを、差し入れられたレーグの手が庇う。「は、」天を振り仰いで、痛みに沸き上がった涙を瞬いて散らす。息を一つ吸うと、軽く背を反らし、男の雄を受け入れるのに楽な姿勢を探す。男の盛り上がった頑健な筋肉、夏の陽を白く照り返すその浅黒い肌に目を落とし、肩口につと指を這わせる。娘はそのまま男の首にしがみつくと、くくっと忍び笑いを漏らした。じくじくとした痛みを堪えながら、中に埋め込まれたものの熱さやその脈打つ感触に意識を集中すると、じゅんと内壁から蜜が滲んでくるのが分かる。「いーよ……動いて」待ちかねたように男が動き始める。深く埋めては入り口近くまで引き抜かれる激しい動きに、蜜が掻き出されて零れ落ちた。「ん……あ、……はっ……ああ!」急いて、急かされて、共に登り詰めた。身体の奧深く、打ち込まれた杭が震え、熱を吐き出しているのを感じる。ずるりと力を無くして崩れた娘の身体を、レーグが支え、そっと地に横たえた。「済まぬ。少々、急きすぎた」「いいって」快楽の余韻に頬を上気させ、娘は艶やかに笑ってみせる。再び首を擡げ始めているレーグの雄にちらと目をくれる。「場所変えない? ここじゃ暑くてそのうち融けそう」
外は焦げるような暑さだが、中に入れば石造りのこの建物はひんやりとした空気を湛えている。ぎい、と軋む木の扉を押し開ける。この部屋には簡素ながら布団がある。レーグも娘も、この部屋の世話になったことは無い。医務室だ。参加者用の控え室にも一応寝台はあるのだが、あちらは木製のそれに枕が乗っているだけだ。使われなくなって久しい布団を軽くはたくと、舞い上がった埃が、半地下のこの部屋の天上近くに設けられた換気用の窓から差し込む陽に照らされ、白く光る。娘は寝台にどさりと身体を横たえると、レーグを手招いた。二人には手狭な寝台の上で、娘は横に詰めて、レーグを仰向けに寝かせる。天を衝いて立つ男の憤りに手を伸ばして触れると、それは娘の手の中でびくりと跳ねた。脈打つ肉茎に手を添え、娘は先端を口に含んだ。先走りを舐めとり、張り出した肉の形を確かめるように舌を這わせ、舌先で軽く押す。「…………」男は頭を上げ、己のものが娘の口の中に飲み込まれていくのを無言で見つめる。娘の歯が楔にややきつく立てられ、男が僅かに顔をしかめた。「……何処で覚えてきた、なんて野暮なこと聞くのはナシね」濡れた唇でにっと笑い、再び男のものを口に含む。レーグはその様をしばらく見つめていたが、やがて娘の腰に手を伸ばし、引き寄せた。熱い楔をくわえこんだまま、男の意図を得た娘は身体を反転させると、レーグの顔を脚で跨ぐ。娘の開かれた花心を頭上に仰ぎ、蜜を滴らせるその場所を眺める。滑らかな内股をすいと撫で上げた手が腰を掴み、落とさせる。男の唇が花心に触れた。男の昂ぶりに這わせた舌は休めぬまま、娘は吐息をついた。ちろりと動いた舌が、膨らんだ花芽の根本をほぐす。濡れそぼつ花心に指がつぷと沈んだ。娘は酔わされたように、男のものに奉仕を続ける。内壁を探る指の腹がある一点を通り過ぎたほんの一瞬だけ、娘の口の動きが止まった。それを見過ごすことなく、レーグの指が探り当てたその弱い一点を嬲った。「は、あ……!」たまらず、剛直から口を離して喘いだ。振り向いて、荒い息で問う。「……もしかして、意外と慣れてる?」先程から結構意外だった。性愛に興味は無かろうと思っていたのが、手付きは熟練した男のそれだ。「……うぬにも覚えがあろうが、試合の後は身体がたかぶる」「ああ、そっかもね」男のそれほどに激しくはないだろうが、娘にも心当たりはある。考えてみれば、お嬢様育ちのクリュセイスだって、闘技場には目が無かったのだから、闘技場の覇者として君臨しつづけたレーグなら、抱く相手には事欠くまい。むか。……むか?「え……それじゃ試合が終わった後で、いつも誰か誘って抱いてたってこと?」尋ねた後でしまったと思った。自分は相手に過去のことは聞くなと言ったのに。応えなくていいからと娘が前言を撤回するより早く、男の応えが返ってきた。「……妓館の女に限るが」「え」この男なら、誘えばよりどりみどりだろうに。「……何で」「寄ってくる娘達が求めるのは戦いでは無い。戯れだ。妓館の女達ならば心得ている」「はー……」これも戦いの一つだと言われれば、合点がいかなくもない。隙を見せればそこを攻められる。理屈は同じだ。納得したら、むっとした自分が可笑しくなった。何だ自分、結構この男に惚れてるんじゃないか。「それに、うかつに子を孕ませたくは無かった。子を為す相手は選びたい」「それが、私?」「……衝動を慰めながら、本当はずっと、うぬを抱きたかった」その言葉に、娘の中が熱く疼いた。この男のことだ。世辞ではなくこれは本心だろう。「ならもっと早く言ってくれればいいのに」「孕ませてしまっては戦えぬ。限界まで、うぬと戦っていたかった」「え――?」限界、って――?
「寿命だ。来年は、うぬの剣を受けきれるまい」「――!!」娘は弾かれたように身を起こし、呆然と男を見やった。そう、いえば――、ボルダンの寿命は人間に比して、大分短かった。ネメアと共に戦ったというこの男の年齢はいくつになるだろうか。もう――寿命が尽きても、おかしくはない年ではなかったか。思えば、今年の剣も少々生彩を欠いていた気がする。「……何それ」声が上擦る。「え? もうすぐ、死ぬってこと……? あんた、何でそれをもっと早く……!」「……済まぬ」「…………」レーグの謝罪が、余りに誠実で、静かで、娘はそれ以上、責める言葉を失った。「――――」レーグの声が、娘の名を呼ぶ。「あー……うん」くしゃくしゃと己の髪をかき混ぜ、息を吐いた。この男に、人を罠に填めるような狡猾さは無い。悪気があってしたことではあるまい。これまで剣を合わせるだけで娘に触れずにいたのも、今日になって漸く子が欲しいと言ったのも、全て彼の真実だ。責めることも、憎むことも出来ない。「仕方ないか。……我ながら男運悪いなあ。また、置いてかれるのか」己を残して去っていった男の姿が恨めしく脳裏を掠めた。「……いいよ、産んであげる」唇を再び彼の雄に寄せ、口に含んだ。
王者決定戦で娘がレーグを破った後、最初に、このリベルダムの闘技場跡で出会ったのは偶然だった。――だが、旅を終えた後に会ったのは、偶然ではない。闘技場の中心で、レーグは彫像のように立っていた。髪だけを、あるか無きかの風にそよがせて。懐かしさに脚が向いたとか、慣れたこの場所で鍛錬をしようとか、そんなことではない。あれは娘を待っていたのだ。その姿を、不意に思い出す。
「――だから、たくさん、頂戴」
レーグも、娘への攻めを再開する。互いに、競うように弱い部分を探り出し、そこを攻め立てる。脳が焼け付くような快楽にも、相手を攻める唇も指も休めない。それは、傷口を庇いもせずに剣を振るう戦に似て。娘が口にくわえたものが一回り膨らみ、終わりが近いことを知らせると、レーグが娘の身体を 持ち上げ、己のものから引き剥がした。「何? 遠慮しなくても飲んだげるよ? どうせ二回じゃ終わりそうにないでしょ」「……果てるなら、うぬの中が良い」男の言葉に上気した娘の頬が更に紅く染まり、その隙を付いて根本まで差し入れられたレーグの指が娘の内壁の尤も敏感な部分を強く擦った。「あ、っ……」しまった、やられたと思ったが、遅かった。「ああ! あ、……あーー!」口から漏れた声は止まらず、秘裂から溢れ出した蜜が男の唇を汚した。
ぐったりと脱力し、男の上に寄りかかっていた身体を、息を荒げながら起こすと、娘は今度は男の腰に跨る。ゆっくりと腰を落とし、まだ余韻にひくついているそこに、男の猛りを飲み込んでいく。達したばかりの場所は感じやすく、入っていく感触だけでまた高みへ昇りかける。奧まで飲み込んで、たまらず倒れ込んで男の身体に縋り付くと、男が“良い”と吐息混じりに零す。その声に娘の中が勝手に反応し、男を甘く締め付けた。それから、飽くことなく互いの身体を貪り、睦び合った。
言い争う声で微睡みから浮上する。「……床に伏す姿など好敵手に晒すものでは……」「……戦士としての礼儀を……」どか、ばきという不穏な音が響いた後、声は止み、静寂が訪れる。良く知った気配が近付いてくるのを感じ、レーグは目を開けた。「久しぶり」娘が溢れそうな生命力を漂わせて笑う。寝台に身を横たえたまま、レーグは口元を綻ばせた。娘の片手には、鞘に入れたままの剣がある。「外に居た、あれあんたの舎弟? 通ろうとしたらかかってきてさ、こっちも片手が塞がってるもんで加減出来なくて、肋の一、二本やっちゃったかも。ごめん」「ボルダンでは戦士が死ぬ際は種族の者達が看取る。強き戦士を送ることは誉れだ。 ……我の方こそ済まぬ。強者と見れば目のない連中だ」「あーそういやなんか最初っからやり合いたくてうずうずしてるみたいな感じだったな……」剣を置き、ベッド脇に椅子を引き寄せて、腰掛ける。「外の連中に床についた戦士には会っちゃいけないとかって言われたけど」娘のもう一方の手の中には、白い産着にくるまれた生命があった。「顔を見せておかなきゃと思って」レーグが、二周りほど細くなってしまった腕をゆっくりと掲げ、赤子に手を伸ばす。「――女の子だったけど、いい?」指先が紅葉のような小さな手のひらに触れると、赤子はレーグの指を握りこみ、上機嫌にきゃっきゃと笑った。レーグは目を細めた。「……良き子だ」「どうする? 戦士にするなら、ボルダンに育ててもらった方がいいのかな」「ボルダンの手では、女子を戦士に育てることは出来ぬ。 女は家に居るものという古い習わしがあるのだ」「ああ、そういえば聞いたことがある」ボルダンは女性も戦いへの希求を強く持っているけれど、それを抑えるのが美徳とされてるんだとか何とか。だから外では女性のボルダンを見かけないのだと。「女であっても猛き良き戦士は居るのだが。うぬの如くな。うぬの手で強く育ててくれ」「……ん、分かった」「それから、それを」レーグは、ベッド脇に立てかけれれた二振りの剣を視線で示す。剛刃と閃刃。かつて伝説の英雄イグザクスが所持したという剣。「持って行け。我には最早使うことが適わぬ」「この子が育ったら渡せばいいのね?」「……無理に使わせぬでも良い。この剣が、この幼子の手に馴染むなら使ってくれ」「分かった、貰ってく」枕元に手をつくと、娘はそっと屈み込む。レーグの顔に深く影が落ちかかり、肉の落ちた頬を娘の髪がさらりと撫でた。二人の狭間で、赤子は大きな瞳をぱちくりと瞬かせ、不思議そうにその光景を見ていた。
程なくして、娘の元に訃報が届いた。ロセンの闘技場の会計を担うフゴー家の使者は、しめやかに悔やみを伸べた後、レーグの遺児とその母親に養育費として遺されたレーグの財産を示した。どう見ても子一人の養育費としては何桁か間違えているその額を見て、娘はからからと笑い飛ばし、厳粛な面持ちの使者を仰天させた。考えてみれば金を使うことにはとんと関心が無さそうなレーグのこと、貯まりもするだろう。にしてもこんな甲斐性を見せるとは思わなかった。間に合ってるよと受け取りを拒否しようとしたが、使者もそれでは困ると引かず、ならばと、娘はその金をリベルダムの闘技場の修復にあてることを思いついた。フゴーの趣味が反映されたロセンの瀟洒な闘技場ではなく、リベルダムのあの武骨な闘技場をあの男は愛していた。
やがて復興の進んだリベルダムで、闘技場も修復され昔の面影を取り戻し、予選についてはロセンで行った後、8月の決勝と王者決定戦のみが開催される運びとなった。その修復後初のリベルダムでの王者決定戦を、小柄な体躯には不似合いな大振りの剣を両手に持ち、両親共に剣聖と呼ばれた闘技場のチャンプを持つ少女が制することになるが、それはまた先の話――。
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