私がそれを口に含むとき、私がそれを受け入れるとき、私は常に、こう思う――――何故、こんなに美しく清らかなこの少女の身体にこんな忌まわしく醜悪なものが付いているのか、と。
その時の私は疲れ果て、ひどい厭世観に嘖まれていた。かつて仲間として共に時間を過ごした人たちとも、もはや顔を合わせるのが苦痛になっていた。ロストールとディンガルは二度目の剣を交え――レムオン義兄様も、ゼネテスももう、この世にいない。私を義理の妹にして下さったレムオン様も、親愛なる相談相手であったゼネテスも、そして光を取り戻したアトレイア王女も、私は――救えなかった。竜殺し?無限のソウル?勇者様?笑わせないで――私はただ、運命に勝てずに翻弄され、自分の力のなさを噛みしめるだけのでくの坊だ。私は自分の無力さと人の目から逃げるように、気がつけばウルカーンの神殿へと向かっていた。ただ一人の少女に会うために。ただ一人の少女の命を繋げるために。
何度目の逢瀬になるだろうか。ウルカーンの神殿の中に飾られた花々はすでに枯れている。火山地帯のここでは、切り花の命は熱気ですぐに尽きてしまう。それでも私は彼女の住まう殺風景な神殿が悲しくて、何度も外から花を摘んできては飾り付けたのだ。最初に彼女に花を持っていったとき、彼女はそれを見て言った。「花は好きか、ですって?……わかりません……けれど、これは初めて見るものです。これはとても綺麗なものだと思います。どこか……あなたに似ています」私はその言葉が嬉しかった。フレア――火の巫女。かつて、火の精霊神を封印していた少女。長い冒険の間、私は見てきた、人々の愛憎を。ロストールの中で繰り広げられる醜い権力抗争、ディンガルとの衝突、欲と金に溺れた人間が作り出した哀しきモンスター、そして流される血と涙。その中に巻き込まれ、翻弄される無力な自分。愛した人たちの死。人々の愛憎と欲望に疲れ果てていた私はこの少女の中に、人の生臭さや欲望のない、清らかで純粋なものを見いだしたのかも知れない。フレア――ウルカーンの長老シェムハザによって作られた少女、闇の神器、束縛の腕輪なしでは命を保てない少女。私は無意識に救いを求め、彼女に縋っていったのかもしれない。その白磁のような肌と、どこまでも透き通った漆黒の瞳の中に。
ロストールとディンガルとの二度目の戦いの後、フレアの元へ再び私が訪ねたとき、彼女は自らの身体が崩れるのを必死で耐え、苦しんでいた。彼女の命は束縛の腕輪の魔力なしでは維持できない。束縛の腕輪を持つ私の来訪は、彼女の命を繋げる結果となった。「亡き長老の代わりに、あなたが私を束縛しようというのですか?あなたが私をこの世に縛りつけようとしているのですか?」フレアのその言葉には明らかな悲しみが含まれていた。けれど、私は――私にはこのままフレアが消えてしまうのには耐えられなかった。かつて、シャリがこの少女を誘拐したときのように、私は何としてでもそれを阻止したかったのだ。目の前でフレアが苦しむ姿など見られなかった。この少女を助けたかった。――この少女と生きたい。この少女を失いたくない。この少女の心の中に住んでみたい。この少女の漆黒の瞳に私を映したい。私はいつの間にか、苦しみから解放されたフレアの小さな身体を抱きしめて、心のうちに昂ぶる感情を繰り返し叫んでいた。「フレア……好き、好きよ、好き……!」「わかりません……私には、わかりません……」「あなたが好きなの……あなたが傍にいて欲しいの……!」「わかりません……私は道具である役目を失いました。今のあなたにとって、私はただ……」「もう何も言わないで!……フレア、好きなの、あなたが必要なの……!」フレアは何も抵抗せず、私の抱擁を大人しく受け入れてくれた。ただぼんやりと、私の気持ちをどう受け取っていいのか分からないような表情のない顔をして。
それから私はウルカーンに通い詰める事になった。出来ればフレアをこんな寂れた神殿から連れ出して、外の世界を見せてあげたかった。しかし、フレアはいつもただこう答えるばかりだった。「私はここにいるべきなのです。ここにしか、私の居場所はないのです。例えもう、私の役目は残っていないとしても……」それでも私の来訪がフレアの心の中に、徐々に感情の芽を芽吹かせていることに私は気付いていた。「教えて下さい……役目でもなく、価値でもない……なら、人とは、何のために生きるべきものなのでしょうか?……でも、あなたを見ていると……」何度目かの逢瀬の時、そう切りだしたフレアの顔は、心の中に生まれた何かに耐え、また、突き動かされているようだった。「胸の中で何かが芽生えているような気がします。言葉では現せない何かが……」そう打ち明けられた夜、私たちは初めて身体を重ねた。フレアの心の中に芽生えているもの、私はそれを開花させて、大切に育てたかったのだ。それまで幾度か、フレアの身体を私は欲した。フレアの身体が見てみたかった。愛しいフレアの身体を直に抱いてみたかった。しかし、フレアは私に身体を見せることを拒否し続けてきた。「それが、あなたにとって必要なことなのですか?……けれど、それだけは……必要とされても、できません……」私にはその言葉の意味が分からなかった。ただ、この感情の乏しい少女にも少女らしい羞恥があり、肌を見せるのが恥ずかしいのであろうと単純に思っていた。その夜が来るまでは。
私は例えフレアの身体にライラネートのように翼があっても驚かなかっただろう。むしろ、ライラネートの翼がフレアの清浄な身体に付いていて欲しかった。それこそが彼女にとって相応しいものだと思っていたから。しかし私は、巫女服を脱ぎ捨てたフレアの身体を見て息を飲んだ。巫女服の下から現れたフレアの身体に付いていたものは、美しさとは対極の位置にある、少女の身体には有ってはならないもの――なだらかな下腹部、薄くけぶる茂みの中にあるそれは、確かに醜悪な男性の器官だった。「長老が私を作ったとき、長老は私に言いました……」フレアは自分の身体を恥じ入るように下を向いたまま話し始めた。「自分の他に、誰も男が近づかぬようにと、誰も男が私の身体に触れぬようにと、私の身体にこのようなものを授けました……どんな男でもこれを見れば、顔を背けて去ってゆくであろうと……」フレアの身体はシェムハザの彼女への歪んだ愛と独占欲が具現されたものだったのだ。
「だから、このような身体をあなたに見られたくはなかったのです……」フレアはそう言いながら、自らの身体を両手で覆った。白い肌が震えていた。「あなたも……私から去ってゆかれるのでしょう?それで良いのです……私の身体を見て……こんな醜い、出来損ないの身体を持つ土くれの私を捨てて去っていってしまうのでしょう?」私は一瞬の躊躇の後、フレアの唇にそっと口付けを落した。そんな言葉は聞きたくない。片手でフレアの身体を抱きしめながら、耳元で、愛していると囁く。唇から喉元へと口付けを這わせ、右手でその醜悪な器官をそっと握ってみた。「あ……」フレアはかすかな吐息を漏らす。手の中のものが熱く、脈を打つ。口付けをさらに下に這わせ、そこは少女の証である上向きの小ぶりな綺麗な乳房に口付け、その桜色の先端をそっと舐めて、唇に含む。フレアは甘い吐息を漏らす。右手の中のものがびくびくと痙攣する。私はそれの包皮を向き、赤黒い中身を露出させてみた。そして、膝を折り身体を屈め、何の躊躇いもなくそれに唇を這わせた。啄ばむように口付けて、舌の先でその側面を舐めてみる。醜悪な器官を持つ清らかな少女が、鈴の鳴るようなか細い声を上げる。
私の額からいつの間にか汗が流れ落ちる。この神殿の中は、とても蒸し暑い。今私がしている行為が私自身の身体をさらに熱くさせる。――こんな醜いものは、私が飲み込んでしまえばいい。私はそれの先端を銜え、口の中に押し込む。雁首の部分に唇をあてがい、舌の先で鈴口をこじ開けるように舐める。ちろちろと舌を這わせ、右手では握っている器官の根元を優しくさすりながら。少女は、苦痛なのか快楽なのか分からない小さな悲鳴を上げ続ける。両手で私の頭を押さえ付け、しかしその力も弱く、身体を二つ折りにせんばかりに。やがて、舌の先に甘いような苦いような味が広がる。唇で何度も浅い部分を往復するように愛撫し、舌でまんべんなく唾液を亀頭に塗り付けてゆく。ずるずる、じゅるり、という卑猥な音がこの神殿の中に静かに響いている。右手で根元の部分を上下にさすりながら、左手でその下の袋を優しく握り、揉みしだく。すでに先端から伝い始めた私の唾液が袋の部分にまで達し、べとべとした感触がする。一旦銜えていたものを口から出し、熱を冷ますようにふっと息を吹きかけてみる。フレアの身体は一瞬、硬直する。もはや硬く剥き出し、なにか凶器のようになってしまっているそれをもう一度口に銜えて、今度は一気に咽の奥の方へと飲み込んでみる。根元を右手で上下に扱きながら、口腔全体を使ってそれを扱くようにする。舌では絶えず側面と亀頭を愛撫しながら。私の唇から、赤黒い棒状のそれが出たり入ったりする。「ああぁ……いけません、いけません……そんな……!」ちらりとフレアの顔を見上げると、彼女の顔は泣きだしそうに歪んでいる。こんなフレアの表情を見るのは初めてだ。感情の乏しいこの少女が、今、自分の身体の中に生まれている恐らく初めての感触に翻弄されているのだ。私の中に微かな嗜虐心が芽生える。そのまま休むことなしに、頭を猛然と振る。激しく口腔で彼女のそれを扱く。舌で粘膜を舐め上げ、わざと卑猥な湿った音が響くようにする。「あぁ……だめです……な、なにかが……わた、し……!」フレアは身体を完全に二つ折りにしてしまっている。前かがみになり、立っていられないのだろう、私の頭に両手を置き、かろうじて身体が倒れないようにしている。下を向いた彼女の唇から、透明な粘性のある液が滴っている。私は休むことなく、口腔でフレアのそれを扱き続けた。ぐちゅぐちゅと言う音が神殿内に響いた。飲み込んでしまうくらい、咽の奥へ、奥へとそれを押し込む。少女は耐えて耐えて呻き声を上げ、やがては堪え切れぬように短い悲鳴を上げる。それと同時に私の咽の奥に熱いしぶきが迸る。一瞬咳込み、えづいたが、私は口の中のものを吐き出すことはしなかった。男のものなど飲んだことがないが、私はフレアのそれを飲み込むのに何の躊躇もなかった。口の中のものを飲み込み、まだ口の中にある愛しい少女の震える器官を丹念に舌で舐める。それに付着した熱い迸りを舌で舐めとる。少女は身体を二つ折りにしたまま、声もなく震えていた。やっと私が唇を離すと、力尽きたように私と彼女はどさりと床に倒れてしまった。フレアの顔を覗き込むと、その顔は汗と涙で汚れていた。放心したような表情のない顔に涙がきらきらと光っている。「……いけません、こんな……どうして、あなたは……」倒れ込んだまま空を見つめているフレアが愛しくて、私はフレアの唇に口付けた。そして口の中に残っているフレアの残骸をそっと彼女の唇の中に舌で押し込んだ。「フレア……気持ち良かった?」フレアは何も答えない。ただ、無表情のまま首を微かに振るだけだった。そのまま私は彼女が落ち着くまでじっと彼女の首を抱きしめていた。
神殿の隅にはいつのまにか、簡素な寝台が設えられた。そこは私とフレアが睦み合うための、誰にも知られぬ秘密の場所だった。私は神殿に訪れるときは、いつも寝台の枕元には花を生け、飾り付けた。例えその花々が火山地帯の熱気で明日には枯れてしまうとしても、私はどうしてもその行為を止めることが出来なかったのだ。フレアは私のその行為に喜びを見せなくなった。それどころかフレアは時々、その花々を少し悲しそうな瞳で見ていた。
外ではまた炎竜山が小さな噴火をしているようだ。地響きが聞こえてくる。その地響きのように、私の心の中も穏やかではない。最初は優しかった自分の手つきも、今ではほとんど強引に、力づくのように私はフレアの巫女服を脱がせる。裸のフレアを目の前にするとき、私はいつでも僅かな苛立ちを覚えずにはいられない。かように美しいこの少女にグロテスクな男性器を作り付けたシェムハザに対して苛立つのか、それとも束縛の腕輪なしでは消えてしまうフレアの宿命に苛立っているのか。寝台の上で私とフレアは裸のまま対面で腰掛ける。そして私は内面の苛立ちをぶつけるように、貪るような口付けをフレアに与えるのだ。最初のうちは私のすることを無抵抗に受け入れるだけだったフレアも、今では僅かながら自分からも私を悦ばせようと努めてくれている。フレアはおずおずと私の首筋に唇を当てる。弱い力でそこを吸う。それから、両手で私の乳房をさするように揉みしだく、とても優しく。「んんっ……」私が溜息を漏らすと、フレアはさらにその行為を続ける。そして、私の乳房に頬を埋め、私の鼓動を聞くようにする。赤子が母親の乳房に顔を埋めるようにして、呟く。「あなたは……とても暖かいです……」フレアのみどりの黒髪から漂う微かな少女の匂い。私はフレアの頭を抱き、髪に何度も口付けする。そしてその髪の一房を銜え、ぎりりと噛む。フレアはたどたどしい手つきで私の乳房を弄び、不器用な口付けをそこに繰り返している。それは甘い刺激だったが、同時にひどく物足りなくもあった。フレアの身体を起こして、今度は私がフレアの乳房を愛撫する――火照った掌で円を描くように双丘をさすると、たちまちフレアの身体は反り返る。「ああっ……!」フレアの身体は日に日に淫らになっていっている。最初のうちはこんな敏感な反応はしなかった。ただ乳房を愛撫しただけなのに、フレアの脚の間にあるあの器官はすでに半分屹立し、反応を起こしている。乳房の先端を噛む。最初は軽く、次第に強く。フレアの甘い溜息を聞きながら私は、すでに硬く勃ち上がりはじめたそれに手を伸ばす。顔を下に向けると、すぐに私の口から唾液が溢れてくる。私は涎の雨をフレアの男性器に注ぎ、舌でそれを塗り付ける。ずるずるっと卑猥に音を立てながらそれを口腔で、舌で愛撫すると、フレアの身体は瘧病のようにぶるぶると震える。そして、その器官は歓喜に打ち震え、天を衝くのだ。私は右手でフレアのそれを愛撫しながら、左手では自らの乳房と女性の部分を激しく擦る。肉芽を指の先で弄ぶと、すでに泉からはねっとりとした蜜が流れ落ち、寝台のシーツに滴り、染みを作る。
両脚の間に腰を落とし、ぺたりと寝台に座り込んでいるフレアのその屹立した器官を指で支えるように持ち、私は膝立ちになり、自らの泉の入り口にそれをあてがう。両脚を広げ、すでに蜜が溢れているそこに、フレアの器官をゆっくり埋め込んでゆく。鈍い痛み。ゆっくりと腰を落す。フレアは微かな呻き声を上げる。私の唇からも溜息が漏れる。「ん、んんっ……あ……」「う、ふぅっ……はぁ……」楔を打ち込むように、私の中に埋め込まれてゆくフレアの醜悪な器官。深い深い溜息をつきながら、ゆっくりとそれを埋め込んでゆく。熱く、ひどく圧迫される感触。視界は黒く濁り、こめかみに響く鈍痛。根元までそれを打ち込んでしまうと、私たちは呼吸が落ち着くまで相手の身体を抱きしめていた。
ゆっくりと身体を前後に揺らす。フレアの首に腕を回したまま、やがて激しく腰を前後させる。肉のぶつかり合う音と、私の身体の中の凶器のようなそれが私の内部を抉る、ぐちゃりと言う音を聞きながら。二人の汗が飛び散る。フレアは激しく喘ぎながら彼女自身も腰を動かし、私の内部を突き上げるようにする。貫かれるような鈍い痛み。そして甘い、身体を捩りたくなるような感触。その動きと共に、私の視界に赤い点が広がり、幾つもぼやけた花を咲かせてゆく。やがて私は首を抱いたフレアの身体に体重を預ける。フレアは私を支えきれずに仰向けに倒れ込む。ぐらりと二人の身体が崩れ、私は天を仰いだフレアの乳房の中に顔を埋める。フレアの器官はさらに深々と私の中に突き刺さる。その感触に私は呻き、天を仰ぐ。
結合している部分の上の膨れ上がった肉芽が、フレアの恥骨と擦れる。その感覚が堪らなくて、私は腰をグラインドさせ、そこを擦り付けた。たちまちのうちに甘い感覚が脳天まで走り抜け、痺れたようになる。もっと、もっと、もっと。堪え切れずに喘ぎ、私は腰を激しく揺らす。汗の飛沫が飛び散り、フレアの身体の上に降り注ぐ。結合部分から湿った音が激しく響く。フレアはほとんど無意識に私の腰を掴み、自らも腰を突き上げてくる。フレアの器官が何度か私の最奥に突き刺さった時、膣が激しく収縮するのが分かった。私の膣内が、フレアの器官を締め上げる。戦慄が身体を駆け抜ける。「ああ、あぁ……わたしは、もう……!」フレアの悲鳴が遠くに聞こえた。
私の中に熱いものが迸る。満ち潮のように溢れて、広がる。私は今日もそれを私の中で受け取める。その熱い感触を感じながら、私も身体を震わせながら絶頂に達した。
眠りに落ちたフレアの身体を毛布で包んであげながら、私は夢想していた。私は自分の無限のソウルに嫌気が差して、フレアとの愛欲に逃げ込み、溺れた。しかし今の私は無限のソウルによってのみ、助けられている。もしも私が凡人であったなら、今ごろ私はシェムハザのように束縛の腕輪の魔力に支配され、奇怪な魔物に姿を変えているだろう。――旅の仲間達はどうしただろう。元気でいるのだろうか。ロストールはティアナ王女が難民の支援を始めたと言う。ディンガルは内部分裂が起こり、ネメアはあれきり時限の狭間から戻らず、ジラークが反旗を翻したという。すべて、風の便りに聞きかじったことだ。何もかもが、すべて遠い昔のことのように感じられた。
――醜い、不快な記録だ。かつての旅の仲間だった男が、シェムハザの日記を読んで漏らした感想だ。今の私たちの関係はどうだろうか。まさに醜い関係とは言えないだろうか。フレアは私なしでは生命を維持することができない。正確には束縛の腕輪なしではだが、この腕輪を持つことが出来るのは私だけなのだから。束縛――とは良く言ったものだ。私がフレアを束縛しているのではない。私はフレアに束縛されているのだ――ただ憧れていたときよりも今の方が、遥かに。一度肌を重ねてしまってから、私はあのフレアの清らかで、それでいてこの上なく忌まわしい身体に抗いようもなく魅せられ、囚われているのだ!醜悪でおぞましいと最初はひそかに嫌悪していたフレアのあの器官を、今の私はこの上なく愛している!私はフレアの身体に溺れている――これを醜い依存と言わずして、何と言おうか。
そんな考えを巡らせていると、いつの間にかフレアがじっと私の顔を覗き込んでいた。その漆黒の瞳に深い翳りの色を湛えて。「どうしたの?」「あなたは……辛そうです」「辛そう?どうして?辛い事なんかないわ」「あなたは、なにか……とても疲れてきているように見えます」そんなことないわ、と答えつつ、私は本当は身体の奥底から深い疲労感を覚えていた。無理もない――こんな気温も湿度も尋常ではない程高い火山地帯の神殿に一日中閉じこもり、フレアと愛しあうことに惑溺しきっているのだから。「あなたは……最初のあなたからは、涼しい風のような、咲いたばかりの花のような、そんな生き生きした感じを受けました。けれど、今のあなたは……まるで……」そこでフレアは言葉を濁した。或いは適当な言葉が見つからなかったのかも知れない。大丈夫よ、と私は答えて微笑んで見せた。「ここの熱気にちょっとあてられているだけよ。涼しいところに行けば治るわ。そしてまた、ここへ……フレアの許に戻ってくるわ」そう言ってもフレアの顔から心配そうな色は消えなかった。
「あの花々はまるで――あなたのようです」フレアは枕元に飾り付けている、枯れかけた切り花を指さしていった。「ここでは、花は長く咲いていられないのです。どんなに綺麗でも、見ていたくても、花は、ここにいてはいけないのです。あなたも――私の側に居る必要はないのです。あなたを必要とする人の元に行くべきなのです、あなたを必要とする人は他にいる筈です」「結局は私の存在はあなたを苦しめるだけなのです。……それなのに、何故、あなたはここにいるのですか?何故私を必要だと言うのですか?」私はフレアの細い身体を抱きしめた。最初に愛を打ち明けた時のように。「フレア、私にこうされるのは嫌い?」「……いいえ」「私が傍にいるのは、嫌なの?」「……いいえ!」「フレアをこうやって抱いていたいの……いつまでも、いつまでも……あなたが、必要だから……」フレアは身じろぎもせず、私の腕の中でじっとしている。
「私は……死ぬのが怖くなりました」いつのまにかフレアの瞳が潤んでいた。「あなたと出会うまでは……道具としての私の役目が終われば私は消えるのが当然だと思っていました。けれど、今では……私は死ぬのが怖いのです……醜い土くれに戻るのが、とても怖いのです……!」フレアは涙を流しながら、強く強く私を抱きしめ返した。「あなたは……私を縛りつけています、生へと……私は死にたくない……本当は、あなたを失いたくないのです……!」
「私たちは、何故、出会ってしまったのでしょう……」フレアはほろほろと涙を流しながらそう言った。シェムハザは本当のフレアに愛を拒まれ、彼女に手をかけて殺した。そのシェムハザの命を奪ったのは、私。そして私は束縛の腕輪を持ち、フレアの命を繋げている。フレアを愛し、その愛に溺れている。私は今、巡り巡って恐らくシェムハザと同じことをしているのだ。その事実が悲しくて、フレアがもう何も言い返せぬように私は唇を塞ぐ。「あなたを愛しているからよ、フレア」
「教えて下さい……愛とは、お互いを縛りつけるものなのですか?愛とは、こんなにも苦しいものなのですか?」フレアのその問いに私は答えられなかった。何も言えずに、ただフレアの身体を強く抱きしめていた。外からは今も炎竜山の静かな地響きのような音が響いていた。
翌日、私は決意を固め、一人ウルカーンを後にした。それから猫屋敷を訪れオルファウスさんにネメアの行方を聞かされた私は、闇の島の門へと旅立ちウルグと戦い、そして作られた神と闇とを退けた。ロストールとディンガルは和平条約を結び、バイアシオンは再び平和な時を取り戻した。しかし、ティアナ王女が治めることになったロストールにも、ザギヴが皇帝となり治めることになったディンガルにも私は戻らなかった。そこにはもはや私の居場所はないことは分かっていたから。そして、私は再びあの日のようにウルカーンの地へと戻った――もう以前のように、手折った花など持つこともなく、空手のままで。
ウルカーンの神殿から、火の巫女の姿は消える。私が、火の巫女を奪ってゆく。火の精霊神もシェムハザもいなくなった今、彼女を縛るものはないのだ。私とフレアの存在はやがてバイアシオンの人々の記憶から忘れ去られることだろう。――それでいい。それが私の選んだ道なのだから。束縛の腕輪、そんなものがなくても私たちはもう、ほどくことの出来ない絡まった糸のような硬い鎖で繋がれているのだから。フレアの命が儚い、束縛の腕輪がないと消えてしまうものなら、それが運命とあらば抗ってみよう。フレアにまことの命を与えるまでは、私は再びバイアシオンの地を踏むまい。そうすれば、フレアとの愛とは苦しいものにはなるまい。私はシェムハザと同じ轍を踏んではならないのだ。私はウルカーンの神殿への道を駆け上がる。私が束縛した、私を束縛したただ一人の少女の許へ。この上なく清らかな身体を持つ、ただ一人の少女を迎えに。
-終-
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。