懐かしく、そして呪わしいあの場所。
あたしの家は豊かな農家だった。村は肥えた大地のおかげで毎年豊富に麦が収穫でき、ロストール王国にあるエリエナイ公の荘園地、ノーブルと並び称されるほどだったから。
戦争がはじまるという噂があったが、帝都に程近いこの村を襲うほどの愚挙は犯さないだろうと皆一応は安堵していた。あの時、かあさんは鼻歌を歌いながらお昼ご飯を作っていた。私はその日の午前中に収穫した農作物を机の上で仕分けしながら父が畑から戻るのを待っていた。
「ああ、バイアスとレイティアよ。美味しい食物を私たちにお与え下さることに感謝します」母は美味しくできたスープにご機嫌で、毎日の生活の喜びを祈りとして声に出した。そして母は振り返り、父を畑から呼んでくるようあたしに言いつけた。
立ち上がりかけた時に、外で男たちの奇声と女の悲鳴が聞えた。母は何事かと外に出ようとするあたしを押し留め、窓からこっそりと様子を伺った。振り返った時は顔色が変わっていた。
母はあたしの手首を掴み、問答無用で寝室のベッドの下に無理やりに押し込めた。「何があってもしばらくの間は目を瞑り、耳を塞いでいなさい。絶対に声は出さないで。いい? 絶対によ。約束して」怯えてうなずくあたしを母は安心させるように微笑んで言った。
「大丈夫。何も恐いことはないのよ。さあ、いますぐに目と耳を塞ぎなさい」
言われた通りにした。それを確認した母が立ち上がった気配がした。その瞬間、家の粗末なドアが大きな音をたてて破られた。どかどかと寝室に入り込む男たちの足跡。あたしは耳をぎゅっと塞いだ。
下卑た男たちの声がかすかに聞える。母のくぐもった声、男たちの哄笑。塞いだ耳から容赦なく聞える破壊の音。
激しい振動を感じて、思わず目を開いた。ベッドと床の隙間から目を凝らす。母が床によつんばいにされている。その頭は男の一人に無遠慮に押さえつけられて苦痛に歪んでいた。
それでも母はなんとか頭を動かして、私を一瞬見た。その目は必死で私に何かを訴えている。スカートは捲り上げられ、男が母の背後で尻をなで上げて仲間とともに哄笑している。男が母を突き動かし始めた。
あたしの心臓は跳ね上がった。(母さんを助けなければ。父さんはどこ? まだ帰ってこないの?)
気持ちを察したのか、母があたしの私の視線を捉える。
「だ い じ ょ う ぶ」
母は唇を微かに動かして、言葉を伝えあたしの動きを制した。
母の強い視線に押し留められてなんとかその場に踏みとどまった。あたしは必死で耳を抑える。目を固く閉じる。それでも男どもの奇声と笑い声は無情にも耳に侵入して来る。床からは絶え間なく続く振動が伝わる。止んだと思えばまたすぐに揺れる。
恐怖と苦痛に満ちた闇の中で、ふと気配を感じた。目を開けると、隙間から男の顔がこちらを見ていた。見つかった。
「おい! ここにも一人隠れてるぞ!」湧き上がる男たちの歓声。母が悲鳴をあげる。
必死で抵抗して奥に逃げ込もうとしたが、男はあたしの髪を捉え力まかせに引きずりだした。「やったぜ。娘ッ子だ」まだ子供じゃねえかと別の男が諌めた。しかし男はおかまいなしだ。「それがいいんだよ。最初は俺が味わうことにするぜ。次は誰がやるかお前ら決めとけ」それを聞いて周りの男たちが何人か名乗りを挙げ始めた。諌めた男は頭を振りながら出て行く。
「お願いだから、その子は許してあげて!私が何でもするから!私だったらその子にできないこともしてあげられるから!」母は半狂乱になって叫んでいる。
男は涙を流す母の頬を張り飛ばし、部屋の隅に払い飛ばした。それでも這いずりながら私に手を伸ばして守ろうとする母。お余りにありつこうとしていたらしい下っ端の男たちが数人群がって母を押さえつけ組み敷く。「かあさん!」私は汗と酒臭い男にかつがれ、ベッドの上に放り出される。
腕を滅茶苦茶に振り回し、のしかかる男の体臭と酒臭い息、重い体から必死に逃れようとした。「畜生! この小娘が!」男は私の頭を掴み、壁に思い切り打ちつけた。意識が朦朧とする。母の声が遠くで聞える。脚が開かれ、その奥に乱暴に侵入してくる男の体を感じながら気を失った。薄れる意識はむしろ僥倖だった。その後の果てしなく続く苦痛はとても正気で耐えられるものではなかっただろうから。
気が付くと、誰もいなくなっていた。外からは数人の声が聞えるだけ。ふらつく頭を抱えると、ぬるりと血が手についた。体を起こすと脚の間は血と生臭く奇妙な体液が半乾きになり、不快な感触を与えていた。
部屋を見回す。開け放たれた寝室の扉の隙間から見える台所は荒れ果てていた。。目を下に向けると倒れた母が目に入る。頭から血が大量に流れている。顔をこちらに向け、目を見開いたまま、涙を流して息絶えていた。
「かあさん…。かあさん、かあさ……」痛む体を引きずりながら母の傍らにひざまずき、ぐったりと力ない体を起こして抱きしめた。冷たくなった体はただの脱け殻となり、あたしを抱きしめる魂はもはやそこにない。
母の衣服を整えてベッドに横たわらせた。窓から外を覗くと、そこには剣で背中を斬られた父が倒れていた。遠目からでも死んでいるとわかる。その時、あたしはすべてを失った。
男たちは村を略奪したのだろう。通りは奇妙な静寂に包まれている。生きている人間には到底できないような異様な体位で倒れている男たち、裸に剥かれて放置された女、血を流して横たわる子供。
略奪者たちは村をうろつきながら食料を集めていた。倒れた村人たちを目にしながら、彼らは笑っていた。あたしはそいつらの顔を目に焼き付けた。
(絶対に忘れない。生き抜いて、お前らをいつか殺す。この世に産まれてきたことを後悔するほど残虐に)
あの時からロセン王家はあたしの不倶戴天の敵だ。
一連の出来事が記憶の中で終わりを告げるとカルラはトランス状態からゆっくりと抜け出した。「あーあ…。またかあ。カルラさんも意外に軟弱だねぇ」
がくりと垂れていた頭を挙げて、執務室の椅子から立ち上がった。ここはロセン王宮の一室。部屋は悪趣味なまでに豪奢で、無意味なまでに広い。青竜将軍としてロセンを陥落してのち、カルラはここに常駐して街を建て直すための執務をこなし、帝都からの命令を待っている。
ここに移ってきてからロセン王最大の愚挙、のちにランバガン略奪戦争と呼ばれるあの戦の記憶が時々フラッシュバックを起こしてカルラを襲う。昔からあったことなのだが、その頻度はさらに多くなっていた。
このままロセン王国に留まることは、彼女の精神を揺さぶり危うくするだけだ。しかしカルラは自分の弱さを認めない。
この王国を蹂躙してやる。街の中央のあの像のように、はるか高みからぺウダを侮辱しあざ笑ってやる。死んでも平安を得ることは許さない。
ドアを叩く音でカルラの黙考が破られた。急いで笑みをつくり、いつもの余裕を身にまとう。「んー? 誰かな? 入っていいよ」
生真面目な表情で入ってきたのはアイリーンだった。「カルラさま。本日の兵士の業務、すべて終了いたしました。街と王宮の警備以外の者は、すべて兵舎に引き下がらせます」
「うーん、ごっくろう! じゃアイリーンも下がっていいよ」アイリーンの目に映るのは、いつもの不敵なカルラだ。不安定さは微塵もない。アイリーンは報告を続ける。「カルラさま。もうひとつ報告があります。先ほどディンガルより密使が参りました。ロストール攻撃はアンギルタン将軍に任命されることが決定しました。カルラさまは、ロセンから近いリベルダム陥落の任命が下されるようです。これは決定事項ではありませんが、ベルゼーヴァ閣下のご意向ということで任命はほぼ間違いないと思われます」
カルラは内心打撃を受けていた。しかし表情を変えることなくアイリーンを下がらせた。誰もいなくなった部屋で、カルラは机に手を叩きつけた。「あのトンガリ頭!」ベルゼーヴァの考えが理にかなっていることは理解している。これはただの八つ当たりに過ぎない。
しかしカルラは平静でいられない。自分でも思いがけないほどの失望と怒りを感じていた。ロストールもロセンと同様に大粛清するのがカルラの悲願だったからだ。
ぺウダの腐れ馬鹿を唆した女狐エリス。あの女の娘ともども処刑するつもりだった。処刑するのはまず娘。娘の死を見つめながら絶望とは何か思い知るがいい。そう思っていた。
カルラは乱れる思考をまとめようと努力した。
とにかく落ち着こう。あたしはいつでも笑っていないといけない。
カルラは執務室の赤いソファに腰掛けて目をつむった。そしてロセン攻略時の戦闘を思い浮かべる。精神的に不安定になったときは、彼女はいつもそうしていた。勝利の記憶は彼女の精神を鼓舞させる。ぺウダを捕獲した時を思い出してほくそえんだ。猛り狂った兵士たちをデスサイズでなぎ払った感触を思い出して哄笑した。
彼女の体は次第に熱くなってきた。股間がしっとりと濡れ始めるのがわかる。体を少し動かすだけで軽いエクスタシーを感じた。
カルラは力を行使することでエクスタシーを感じる。下級兵士になってすぐ、彼女は自分の天性の強さを発見した。剣での練習試合でも負けを知らなかった。ある時、自分よりも倍以上の体格を誇る男を打ちのめした時彼女は強いエクスタシーを感じた。
それ以来カルラの性衝動は暴力や権力と分かちがたく結びついている。男を相手に寝たことはないが、他者を叩きのめすことや、権力でひざまずかせることを夢想しながら自慰行為を行うのが常だった。それがあの時ロセン兵から受けた仕打ちに起因するものだということは無意識のうちに自覚していた。だからカルラは行為のあと、深い嫌悪感に襲われる。それでもやめることはできない。
執務室の中、カルラの気持ちは高まっている。怒りも不満も収まってきた。濡れた場所を指で確かめる。ショーツの部分を少し引っ張り、敏感な部分に食い込ませる。体に軽い電流が走る。
もっときつく引っ張ってみる。さらに食い込み、尻にも刺激を感じた。そして手をショーツの中に滑り込ませる。繁みの中は充分に熱く濡れている。
カルラは部屋に鍵を掛けた。ソファに戻る時、手すりに敏感な部分を擦りつけた。クリトリスは効果的に刺激され、さらにカルラを興奮させる。再びソファに腰を掛ける。
衣服も鎧も脱がない。無防備になるのは眠るときだけでいい。
ショーツの上部から手をすっぽりと差し込み、人指し指と薬指で女陰のひだを抑え、中指でくりくりと突起部分を刺激する。今日はいつもより敏感なようで、一撫でするごとに急激に昇り詰めていく。あの場所から湧き出る泉は尽きることを知らず、股間は濡れてショーツの大部分に染みを作る。もう片方の指を、秘部に差込み奥まで入れる。そして出したり入れたりを繰り返し、同時に突起部分もくるりくるりと撫で続ける。
軽くのけぞる。甘く声をあげる。頂上が近くなり、脚が震えはじめる。はやく、はやく、指をもっと早く。そしてもっと深く。いい、いい、いい。もっと、もっと、もっと。そして息が詰まるような甘く強い快感が体を走り、カルラはぐったりと体を伸ばす。
気だるい気分の中で、カルラは再び考える。
まあ、いい。リベルダムの陥落は簡単だろう。民主主義だの自由都市だの奇麗事を並べながらその実は武器商人が牛耳る背徳の街。思う存分破壊してやろう。
しかしカルラは不安だ。自分のこの破壊衝動は何なのだ、と。
自分はネメア様を尊敬している。歯向かうことなど念頭にない。しかし懐疑心の塊であるトンガリ頭と、堅物の玄武将軍はもう自分を警戒し始めている。
あたしは生き残れるか?あたしはいつでも笑っていられるか?ネメア様という歯止めがなくなったらあたしはどうする?力と破壊を求めるこの心を抱えて、どういう道を辿る?
答えは見つからない。カルラは考えを求めながら、そのまま少し眠りにつく。明日も笑っていられることを願いながら。
(終わり)
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