崩れかけた廃城。賢君、後に魔王と呼ばれることとなった、ひとりの王の墓標。 かつて国の要であった筈の建物には魔物が徘徊し、堅牢かつ秀麗な建築技術を用いられた壁や床は、随所で崩れ落ちている。 その隙間より差し込まれる陽光が、城内にわだかまる闇の陰影を深め、陰鬱で不気味な雰囲気を醸し出す。 闇が威圧感を放つ最深部。床には四大精霊、周囲の柱や壁には大陸の神々をモチーフとした彫刻が、天井には緻密な絵とステンドグラスで色どられている。 かつてここが、様々な行事を行っていただろう名残が残っていた。 奥まった場所に、作らせた者の性格が表れているのか、威厳を示しつつも豪華に成り過ぎない作りの玉座が鎮座している。 玉座に一人の青年が座ってる。眠っているかのように頭を垂れ、沈黙している。 その青年の膝に両手と頭を乗せ、光を薄めたような金色の髪を持つ少女・・・ロストール国の王女が、穏やかな表情を浮かべ、瞳を閉じている。 割れたステンドグラスから多様な色彩が落ち、深い闇色の中、二人を幻想的かつ神々しく浮かび上がらせている。 最高級の絵画にも匹敵するその光景に、大剣・・・自分の身の丈ほどもあるものを持つ少女は足は汚すことを躊躇うかのように佇む。 その気配に気がついたのか、光に照らされた王女のまぶたが上がり、赤い瞳をこちらに向けた。可憐な唇が、甘く滑らかな声を紡ぐ。「お待ちしておりました。もう一人の無限のソウルを持つ者よ」 その言葉に、大剣を持つ少女の手が微かに震えた。
「ウフフフ・・・良くぞいらっしゃいました無限の魂、小さな勇者ノエル様。このような場所なので、たいしたおもてなしは出来ませんが」 不気味な大きな音がすぐ近くから響き、ノエルは飛び跳ねるように振り向いて戦闘態勢をとった。 朽ち始めているが、ディンガル国の紋章が緻密に掘り込まれていた様相がかろうじて判る扉が、ぎしぎしと軋みを上げながら大きく開く。 ノエルは飛び跳ねた心臓を落ち着かせるよう大きく深呼吸すると、覚悟を決めて部屋の中に踏み込む。 敵と対峙する間合い・・・武器が届く位置まで歩を進めた。床の掘り込みに足を取られないよう、慎重に足元を見定める。 その間に王女はゆっくりと、名残惜しげに立ち上がる。と、可愛らしい仕草で首を傾げた。「あら・・・今日はお一人ですか?」 その問いには答えず、長く使い込み、体の一部と思えるまで扱えるようになった天動地鳴を正眼に構える。「シャリから話を聞きました・・・破壊神復活なんて馬鹿なことは辞めてください、ティアナ様。そして、その人を解放してください」 ノエルは苦々しい思いと共に、喉から声を搾り出す。 名を呼ばれた王女は、くすくすと可笑しそうに笑った。友人と談笑しているかように。 だが、本能は危険だと告げている。こうして向かい合っているだけで、全身から汗が滲みだしている。 心の奥底で恐怖している自分に気づき、慌てて首を振り、恐怖を追い出そうとする。 ・・・竜王様より授かった使命を果たす為、いつもの四人でエンシャントに潜入していた途中、変わった格好の少年と出会った。 シャリと名乗った少年は、行方不明の青年の居場所と王女の目的を話し、背を向けて去ろうとした。 その言葉に動揺していたのか、ノエルはつい、その肩をつかんでしまった。 仲間の静止が僅かに聞こえ、視界が暗転したかと思うと、それまでいたところとは全く違う場所・・・かつての謁見の間の前に、一人で立っていた。 ・・・ナーシェスと竜王様が、シャリは危険だと教えてくれていたのに・・・ 胸中を後悔が走る。同時にレイヴンとカフィンの心配そうな顔も。 ごめんなさい。ここにはいない二人に、声を出さずに謝る。
ティアナは形の良い唇を三日月型にする。その笑顔は、光の王女と呼ばれていたころと変わらないように見える。 目の前の王女とは、一度だけ会ったことがあった。 その時、この少女は一人だけで夜のスラムの酒場前に佇んでいた。貴族の格好をした、しかも女性が治安の悪いスラムにいたのだ。 普段無いことなので警戒するレイヴンを尻目に、相手が女性だからだろうか、同意のカフィンと声をかけた。と、濡れた相貌がこちらを見上げた。 少女は泣いていたのだ。 理由を問うと、きめ細かく、白磁のような頬から涙を擦り上げて笑顔を作った。 ・・・失恋をしてしまっただけですから・・・もう、大丈夫です・・・ そうこちらを気遣いながら微笑んでいた。酒場から流れてきた、明るい音楽と歌とは正反対な笑み。 名前を知ったのは、送り届けようと道すがら自己紹介していた時だった。 広場に出たあたりで、失恋したなら男を引っ掛けると紛れる。遊びに行こう。と言い出したカフィンに、レイヴンが容赦ないツッコミ。 夜だと言うのに大喧嘩を始めた。そんな二人を見てティアナが大笑いを始めた。何かが吹っ切れたように。 ・・・その時は、この人はもう大丈夫だ。痛手を乗り越えられると思った・・・ 胸中を悟られないように、表情を押し殺したまま沈黙する。謁見の間に、変わってしまった王女の笑い声が響く。 ・・・竜王様に、闇に落ちた者はその理由に固執し、発狂する。それまでの記憶は強い感情に押しやられ霞んでしまう。 そして、二度と光の世界の元には戻れない・・・そう言われた。でも・・・「・・・ティアナ様・・・きっとまだ間に合います。どうか一緒に来てください。竜王様なら何か方法をしっているかも」 感情は僅かな望み捨てきれていなかった。 ノエルの懇願に、ティアナは笑顔のまま目を細めた。「過去に囚われ、変化を拒絶する竜王がそんなことをするとは思えませんが?」 笑顔のまま、しかし声に力が篭る。「ウフフフフ、戻れないと判っているにもかかわらず、そのようなことを言われるのですか ・・・そのような台詞でわたしがのこのこ無防備で寄ってゆくと思いまして? 手にある剣でわたしの命を奪う為の戯言に。 ああ・・・勇者様は哀れな狗と成り下がってしまわれた・・・竜王は調教がとてもお上手だこと・・・ウフフフフ・・・」 自分が泣きそうな顔になっているのが判った。表情を慌てて引き締める。そんな姿にティアナは意地の悪い微笑を送ってきた。「教祖様にソウルイーターの情報を流したのは、竜王だと言うのに」「・・・?!」 思考が一瞬、停止した。 ティアナは大剣に、このような物を持ったことが無いであろう指を当てる。そのままゆっくり、感触を確かめるようになぞった。
「あら、お聞してないのですか? 貴女とご一緒の御方。 ・・・竜王の意思の代弁者たる妖精が、救世主様にシルヴァ村と祭られている大剣、封じられている魔物のことをお話されたのですよ」 こちらを挑発するのが目的なのだ、と自分に言い聞かせる。が、それを無視して聞き入っている自分がいた。 ノエルは抱え込んでしまった矛盾で、身動きが出来なくなってしまった。 ティアナはそれが判るのか満面の笑みを浮かべる。「貴女がソウルイーターを倒された場所・・・確か・・・竜王の住まう島、その断崖・・・ではなかったでしょうか?」「・・・!」 心音が聞こえる。耳障りな音が鼓膜に打ち付けられる。そしてそれは確実に速度を上げている。「そのような場所で、なぜ竜王は戦いが終わるまで静観されていたのでしょう・・・? 不思議ですね?」 その言葉は・・・あの日、二人を蘇らせる代償として仕えることとなった日より、密かに抱えてきた疑問だった。「シルヴァ村の熱心な信者である貴女と竜王の忠実なる僕、黄金の賢者ナーシェス。そんな人達がいらっしゃった筈なのに、何故なのでしょう?」 ティアナの言葉は秘密の問いを正確になぞってゆく。目を背けていた、考えないように逃げていた、その問いを。 口の中はからからに乾き、唇がひび割れる。肺が酸素を求め活発に動き、呼吸が荒くなる。なのに、頭の奥は重い。 剣を持つ手が震える。そのたびに、ティアナの指がぶれる。「無限のソウルは竜王にとっても魅力的のようですね・・・ウフフフ」「・・・言わないで・・・」 知らず、声が漏れた。聞きたくない・・・その先を。 耳を塞ぎたくなる衝動。しかし、体は硬直したように動かない。 こちらの懇願を無視して、闇の王女は言葉を紡ぐ。こちらの意思を砕くように。「シルヴァ村惨事と二人の死・・・全ては無限のソウルを手駒にする為に竜王が仕組んだこと・・・!」「・・・ああぁっ!!」 全身から力が抜ける。大剣が、膝が床に落ちる。硬い金属音が周囲に響いた。
ずっと一人抱え込んでいた疑問。 竜王と賢者が自分を良く思っていないことは、言葉を交わしていれば判る。レイヴンとカフィンがそれで文句を言っていたりもした。 何故なのだろう。と、幾度も思った。竜王の御所での、レイヴンとカフィンの死。 考えないようにしていたのは、自分を気遣ってくれる優しい二人に余計な心配をかけない為だった。 だが、ティアナによって疑問のパズルは最後の欠片を与えられ、完成することによって確信へと変わった。 ・・・自分の存在が、二人を死に追いやってしまったということを・・・「あらあら、可哀想に・・・」 台詞とは裏腹に、ティアナの声は明るい。 気配がすぐ横でした。うな垂れた視界の端に、ティアナのドレスの裾が入る。それはさらさらと優しい衣擦れの音を立てた。 今動いたら確実に死ぬ。全身が緊張し汗が噴出す。流れ落ちた汗が重力に従い滑り落ち、鼻や顎の先から滴り落ちる。「貴女方の目的・・・それも判っていますのよ。竜王は本当に酷なことをさせますのね・・・」 その台詞に、ノエルの体がびくり、と震えた。「ノエル様・・・貴女あれ程までに彼のことを慕っていたのに、殺せ・・・といわれたのでしょう?」 途中、王女の言葉に微妙な力が入った。その理由は・・・理性では判っているが、感情は理解を拒絶した。「ウフフフ・・・シャリが見せてくれましたの。貴女と彼の繋がりを」 くすくすくす。と、笑う音に違和感を感じる。ゆっくり頭を持ち上げ、ティアナを見上げる。「でも、彼はわたしが先に手に入れましたの。誰にも渡さない・・・わたしの物だから」 その表情に、ノエルの背筋を恐怖が走り抜ける。 先程から感じていた違和感の正体・・・それは嫉妬・・・ 理性が感情に打ち勝つ。しかしそれは、ノエルを打ちのめしただけに過ぎない。 ・・・玉座で眠る青年と絆を結んだ、全ての者に対する嫉妬・・・ そう思考が言葉を刻んだ直後。ステンドグラスをすり抜け、青白い光が降りてきた。
光は数を増しながら、玉座の上に集まる。闇が光に淘汰され、柱や瓦礫の物陰に身を潜めた。「ゆっくりしすぎてしまいました・・・始まってしまいましたわ」「これは一体・・・?」 疑問が口をついて出る。どこかで見たことがある・・・とても嫌な記憶。焦燥感が募ってゆく。「始まる前に、貴女のを先にいただきたかったのですが・・・ノエル様、折角ですから目撃者になっていただきましょう」 ティアナが手を振ると、青年を囲むように灰色の球体が現れた。それらは呼応しているかのように点滅を始める。 その間に光は集まり続ける。あぶれた一部の光が周囲を彷徨い、闇の居場所をさらに小さくする。 ノエルはのろのろと記憶を手繰る・・・そうだ、あれはシルヴァ村で、村の皆がソウルに替えられた時の光と一緒・・・「見たことありますでしょう? 愚かな救世主様が自ら神になる為に、信者・・・生贄を呼んだのです。・・・最も、神にはなれないでしょうが」 思考を読んだのか、と思えるタイミングでティアナが語りかけてきた。そしてそのまま言葉を続ける。「何故なら、エルファス様共々ここで破壊神復活の糧となるのですから・・・ウフフフ・・・」 押し殺していた笑いが、突然大きくなった。「さぁ、破壊神、永劫の殺戮者よ! この人の魂を引き裂いて降臨するのです! そうすればこの人は永遠にわたしの物・・・アハハハハハハッ!!」 壊れたかのように声を張り上げる。王女の美しい顔には狂気だけが張り付いていた。 頭上の光が青年へと降下し、包み込む。数多のソウルが急速に光を失い、闇が部屋を手中に収めた。闇の神器が床に当たって転がった。 自ら闇に下り、破壊を至上の喜びとする神・・・・ウルグが復活する。 古より生き、神の揺り篭をを守る者が危惧ていたことが起きてしまったのだ。と、ぼんやりと心のどこかで理解した。
「・・・なぜ・・・?」 ティアナの口から、そう言葉が漏れた。 視界は闇に制圧され、ノエルには王女の動揺した声だけが響く。 衣擦れの音がし、気配が移動した。「・・・何故目覚めない・・・? まさか、失敗したと言うのですか・・・?」 ぼんやりと王女の後ろ姿が見えた。王座の前で腰を落としているのが見える。目が暗闇に慣れてきたのだ。「目覚めなさい、そして破壊するのです・・・この人がわたしの物である為に・・・この世界すべてを!!」 竜王の言葉通り、王女は狂気に取り付かれていた。 元には戻せないことは判った・・・止めなければいけない。その為には・・・ 思考が決定権を行使する前に体が自然に動いた。落ちている愛剣を拾うと、ノエルはティアナにぶつかっていった。 手に伝わる、大剣が何かに食い込む感触。何度経験しても、慣れない感覚。「・・・あ・・・」 ティアナが身じろぎする。ゆっくりと振り返り、ノエルを・・・己の体につき刺さった大剣を凝視する。巨大な刀身は、半ばまで貫通していた。 ノエルはそのまま、全体重を剣に乗せて押し込もうとする。その先に、眠る青年がいる筈だ。 このまま・・・姿が見えないままならば・・・! 衝撃が脇腹を襲った。ティアナが体を弾き飛ばしたと理解した時には、床を何度も転がり、瓦礫と埃を巻き上げながら柱にぶつかって止まっていた。 痛みと回転で目が回り、舞い上がった埃にむせる。 煙が収まった時、王座の前で膝をつく闇の王女の姿があった。背に天動地鳴が刺さったまま・・・「ウフフ・・・フフ、油断をしてしまいましたわ・・・」 可憐な唇から、大量の血を吐き出す。血の色は普通の人間と変わらない。「・・・わたしは・・・あぁ・・・もう終わりのようですね・・・」 ティアナは荒い呼吸の中、一人独白する。「悔しい・・・貴方を完全に壊せたか判らぬまま・・・」 よろよろと立ち上がり、血を垂らしながら青年へと向きなおる。鮮血で染まった両手を、青年の頬にあてがった。「・・・わたしは・・・死ぬのです・・・ね・・・」 ずるりと見えない力で引きずられるように、大剣が少女の体から抜ける。大量の血が噴き出し、二人と王座を染め上げていく。「・・・わ・・・たし・・ソウル・・・捧げ・・・」 ティアナは紅く濡れた唇を青年の唇と合わせた。それを合図としたかのように少女が霞み、無数の光へと変じる。 僅かな間それは空間を漂うが、ひとつ、またひとつと、落ちた雪が解けるように、青年の中へと消えていった。 ・・・それが、狂気の闇に落ちた女性の最後だった。
ノエルは痛む脇腹を抱えながら、ゆっくりと身を起こした。 左手で鎧をなぞる。と、僅かに変形していた。 攻撃が生身の部分だったら・・・と考え、慌てて首を振ってそれを頭の隅に追いやる。今はそれどころではない。 重い足取りで王座まで歩いていく。血塗られた愛剣を拾い、王座を見る。剣と同じように血に塗られた青年が目を閉じて鎮座している。 が、先程までとは違う。何か・・・強力な気配を感じる。 装飾は無いが上質な布で作られた服から、血がぽたぽたと下に落ちて王座と床の染みを広げてゆく。その音が、何かを急かすように聞こえた。 ・・・殺すなら・・・今の内・・・ 天動地鳴を首筋にあてがう。一押しすれば金属の刃が動脈を、喉を切り裂く。頚椎を折り、首を落とすことが出来る。 眠っている間ならば・・・青年に苦痛を与える事なく殺せるだろう。 ノエルのどくんどくんと心臓が脈打ち、鼓膜を打つ。肺から酸素が足りなくなり、呼吸が荒くなる。 緊張で手が震え、巨大な刃に添えた手・・・手甲が、ぶつかり合ってかちかちと鳴り響いた。 心を落ち着かせる為に深く深呼吸をする。そして、自分の大切な者の事を考えた。 青年は・・・助けられて以来、ずっと憧れていた。弱い人を守ろうとする、頑張ろうとする、その姿に惹かれた。 しかし今は・・・自分には、守りたい人々がいる。 村で帰りを待ってくれている両親。いつも明るく楽しい村の人々。 共に歩んでいきたい仲間がいる。 格好は見ているこっちが恥ずかしいくらい大胆で、無類の男好き。だけど面倒見が良く、何でも相談できる姉のようなカフィン。 カフィンとしょっちゅう喧嘩しているが、普段は物静で、でもいつも第一に自分のことを考えてくれている。頼りになる兄のようなレイヴン。 皆と一緒にいる為には、破壊神は復活してはいけない。 ゆっくりと緊張が解け、呼吸が落ち着いてきた。震えが収まる。 ノエルは覚悟を決めた。 目を瞑った。これから伝わるであろう感触に、心が抵抗する為に。 両腕に、渾身の力を込めて押し込んだ。
・・・剣が・・・動かない。 ぎょっとして目を開ける。すると青年の腕が持ち上がっていた。視線でそれを追ってゆく・・・と、天動地鳴の刃を掴んでいた。 恐る恐る視線を上げてゆく・・・青年の双眸が開かれていた。紅く変化した瞳がノエルを貫く。 蛇に睨まれた蛙のごとく全身が硬直し、動けなくなった。 そんなノエルを青年は無表情に見上げていたが、周囲を見回すように首を左右に振る。 視線が外れた為か、硬直が解けた。剣を引くと青年の手からあっさりと抜ける。そのまま後に下がって、我知らず間合いを取った。「はぁっ、はぁっ・・・そんな・・・」 再び跳ね上がった呼吸の中、青年はゆっくりと玉座から立ち上がる。乾きはじめた血が、幻であったかのように消えてゆく。 ・・・破壊神ウルグが復活した・・・ 竜王・・・否、ノエルが最も恐れた事態に陥ってしまったのだ。 ノエルは唇を噛み締めた。胸中に後悔が残る。もっと早くに決断をしていれば・・・ しかし、同時にどこかほっとしている自分に気がついた。首を振ってその考えを追い出す。「・・・無限のソウル・・・か」 青年のものとはまるで違う、低音量だが通る声。「・・・こちらの世界にしては、寂しい場所だな」「・・・?」 ノエルはその言葉の意味を図りかね、沈黙する。 青年・・・破壊神はその顔に暗い笑みを浮かべた。「先程まで、我が居た場所に比べれば上等だとしか言えぬがな」 ここよりも酷い世界に居たと言うのだろう。闇に落ちた者が住む、光の当たらない世界・・・一体どんな世界なのか想像がつかない。 青年から発せられる圧迫感に、知らず大剣を持つ手に力が入る。それを見、破壊神は楽しそうだが凄みのある表情を浮かべた。「この体・・・慣れておらぬ故、少し相手をしてやろう。慣らすには動くのが一番良い」 ゆっくり右腕を持ち上げる。その手の中に、青年が愛用していた長剣が納まった。
先に仕掛けたのはノエルからだった。 大きく前に踏み出す。構えすら終わっていない破壊神に、体を捻り、剣の重さと回転力を利用した重い斬激を放つ。 破壊神は手首を返し、片手でそれを受け止めた。部屋に大剣と長剣がぶつかり合う金属音が響きわたる。 力では敵なわない。 ノエルはその一太刀で判断すると、刃と刃がかち合った点を軸にして前に跳び出す。踏み込んだ勢いと体重を乗せ、柄頭を腹に叩き込む。 破壊神は倒れこそしなかったが、鎧を着ていないこともあり、堪らず体をくの字に折り曲げた。 力の反発を利用しながらその横に移動すると、体の回転とは反対方向の足に力を入れて踏ん張る。体を逆回転させて再び斬激を放つ。 破壊神は軽業師のように大きく跳ぶと、王座の背もたれの上に着地した。空を切った刃が、勢い余って王座を斬りつけた。 ・・・ここでは王座が邪魔で、思うように動けない。 ノエルはそう判断し、大きく後ろに飛びのいた。 その動作に、破壊神が合わせて斬り込んで来た。跳躍してこちらの目前に着地。立ち上がる動作を利用して下から上へ、流れる動作で振り上げてくる。 ノエルは着地したばかりで体勢が整っていなかったこともあり、斬激の反対方向に倒れるように体を傾けて難を逃れる。 右手を床につき、腕で衝撃を吸収させながら軸にして体を半回転。相手との距離を稼ぐ為に後ろに大きく跳ぶ。 跳んだ先で大剣を構え直す。と、破壊神は面白そうに笑っていた。「中々良い動きをする・・・並の人間ならば、逃げることも出来ず斬られていただろうに」 その賛辞に答えず、ノエルは荒い息の中相手の隙をうかがう。どのように戦うか、めまぐるしく思考が回転していた。 息を整えつつ、状況を整理する。相手は長剣。力技は体格的にも、こちらが圧倒的に不利だ。 相手の攻撃を真面目に剣で受けるわけにはいかない。 速さ。先程の攻撃で、相手が避けた瞬間を思い出す。王座が邪魔していたので、体の流れを強制的に変えた時間があった。 もしそのまま流れに乗って斬りつけることが出来ていたら当たったかもしれない。 技。重い武器・・・天動地鳴が大剣であることは、現状では不利。しかし自分と相性の悪い相手でも戦えるよう、闘技場で身につけた技がある。 先程の柄の攻撃もそのひとつ。頻繁には使えないが、斬激の流れに織り込ませれば使えるかも知れない。 あとは・・・相手が体に慣れていない、つまり、動きが悪いと言う内に・・・「掛かって来ないのか? では、今度はこちらからゆくぞ」 破壊神の膝が深く沈む。移動しながら速さのある攻撃を仕掛けてくると判断。両脇を引き締め、柄をしっかりと握る。 相手は身を低く沈め、獣のごとく踏み込んでくる・・・速い! 長剣の位置と体勢から、瞬時に軌道を予測する。右方向からの振り。 自分は左前に向かって回避しつつ、相手の行動を制限する為に脚を攻撃。 と、相手が進んでいた方向とは逆に跳ぶ。目前に、紅い光が立ち塞がった。 移動先に回り込まれた。そう理解した時、ノエルの動作が一瞬遅滞する。 破壊神は跳び終えた先で長剣ごと一回転する。その攻撃に、体を捻りながら回避を試みようとするが・・・僅かに遅い。 金属の悲鳴と共に、鎧の破片が飛び散った。
「くぅ・・・!」 背中から落ちつつも、相手の足首を狙って蹴りを放つ。威力は弱いが相手の次の行動を遅らせることには成功した。 大剣を抱えるようにして転がり、距離を取った所で体中の筋力を使って跳ね起きる。 左腕と打った背中が痛むのを堪えながら、天動地鳴を構えなおす。 相手が追い討ちをかけてこないのを確認し、攻撃による被害状況を確認する。 左上腕部から肩にかけての鎧が斬り取られていた。が、腕そのものは無事だ。もう少し捻りが甘かったら、腕を持っていかれたに違いない。「鎧をかすっただけか・・・腕一本位は落とせると思ったのだがな・・・」 言葉に反し、破壊神の表情は嬉しそうだった。 猫が獲物を殺さずに遊ぶように、破壊神は遊んでいるだけなのかも知れない。先程の言葉の通りに。 ノエルは悔しさと共に、これは好機だと思った。相手が油断している。自分が負ける筈が無いと思っている。 心を落ち着けて精神を集中する。その間も破壊神は見ているだけであった。 すぐには殺さないで、じわじわと弄るつもりなんだ・・・背筋に嫌な感触が滑り落ちる。 魔法が発動した。風が全身を取り巻き、全身が羽のように軽くなる。 ・・・レイヴンとカフィン、心配しているだろうなぁ・・・ ほんの一瞬、二人を想った。その暖かい気持ちを胸の奥に押し込める。 長引かせてはいけない。一気に勝負をつけないと!「いきます!」 掛け声と共に、破壊神めがけて脚を踏み出す。不思議と恐怖は無かった。 最初の上段からの斬りは、移動してから放った為か軽い足捌きでわされた。 ノエルは相手が移動した方に向かって、脚をさらに踏み込こませる。その足を軸にし、天動地鳴を下から振り上げる。 再度かわされる。が、こちらは三度、懐に潜り込む。そのまま体を回転させながら少し身を屈める。脚を狙って攻撃。 破壊神は長剣を地面に垂直にし、それを受ける。僅かに剣が傾ぐ。ノエルの勢いが破壊神の力より上回ったのだ。 回転が止まる。と、腕の力を抜き、屈めておいた脚のばねを使って右肩からの体当たりを当てた。 この攻撃は予想外だったのか、相手は大きくバランスを崩す。 反発を利用して自身のバランスを取ると、破壊神の膝を狙って踏むように足を繰り出す。 ぐしゃりっ、と湿った音を立てて左膝があらぬ方向に曲がった。破壊神の顔色が変わった。 破壊神の体が大きく傾ぎ、崩れ落ちる。その転倒に巻き込まれないよう、大きく後ろに跳んだ。 倒れなかったものの、破壊神は左脚と左手を床についた。表情が苦痛で歪んでいる。 相手が剣を持っていない左側から、振り下ろすように渾身の力を込めて斬激を繰り出す。 勝てる。と、確信を持って。 ・・・その確信は外れた。 破壊神はついた手で逆立ちをすると、左腕のばねだけで跳躍したのだ。 天動地鳴が大きな音と共に床を抉り、食い込んで止まる。その上に破壊神が片足で降り立った。続くように風を斬る気配。 避けようにも、一撃に力を込めすぎた。 長剣が、ノエルを切り裂いた。
揺れた視界に、崩れかけている天井が入る。そのまま受身を取ることも出来ずに床に叩きつけられた。纏っていた風の精霊の力が霧散していった。「残念であったな。無限のソウルを持つ人間よ」「・・・!」 片足で悠然と立つ破壊神に覗き込まれ、再び紅い瞳に拘束される。「膝を砕くとは、中々良い案であった。が、それで安心してしまったのは甘かったとしか言えん」 相変わらず楽しげな声が降ってくる。くつくつと哂う音もする。 ノエルは身を跳ね起こす。「痛いっ・・・!」 否。起こそうとして激痛に阻まれる。見ると、左肩から胸にかけて大きく切り裂かれ、生暖かいものが流れ出していた。 肺や骨は無事のようだが・・・出血が酷い。流れ出る血と共に、体中の力も抜けてゆく。「人間というものは、実に脆い。肉体も、精神もな」 そう言うと、破壊神は剣先をノエルの喉にそっと当てる。金属特有のひやりとした感覚が、全身を硬直させた。「もう一押し。我が力を込めれば・・・汝の首は落ち、死を迎えるであろう」 首の皮膚が一枚切れる。 死への恐怖と相手の圧迫感が、ノエルの魂を砕こうとする。だが・・・「・・・良い目をしている・・・」 ノエルは破壊神を睨んでいた。 ・・・まだレイヴンとカフィンと一緒に居たい・・・二人に会いたい!! その想いが恐怖すら上回り、ノエルの中で荒れ狂っていた。 歯を食いしばり、涙を溜めながらも視線を逸らさない。 行動を封じられてしまったノエルが出来る、唯一の抵抗・・・それを見ていた破壊神から、すうっと嘲る笑みが消えた。「どこまで精神が持つか・・・試してみるのも一興」 両足で床を踏みしめると、破壊神は優しげに微笑んだ。 ゆっくりと切っ先が肌に食い込む。裂かれた皮膚から、少しずつ血が流れはじめる。「・・・ひっ・・・!」 ノエルは上げそうになる悲鳴を、必死で押さえ込んだ。 殺される・・・怖い・・・! 迫り来る刃に・・・痛みに、理性が悲鳴を上げる。目から涙が溢れ、視界が歪む。それでも紅い瞳から視線を逸らさない・・・
破壊神が視線を逸らし、剣を引いた。 死への恐怖から開放され、精神と肉体両方に疲労が襲い掛かってきた。が、それに鞭打って這いずるように破壊神から離れた。 肩からの傷が激しく痛む。腰につけているポーチから元気の秘薬を取り出し、一気に飲み干す。出血が止まり、やんわりとだが確実に痛みが引いていった。「・・・まだ残っていたか・・・」 独白が聞こえた。見ると、破壊神が額に手を当て、苦痛を堪えるような顔をしていた。隙だらけだった。 慌てて武器を探す。天動地鳴は破壊神の足元・・・ ポーチのベルトに縫いこんである細い短剣を引き抜く。闘技場で修行していた頃、ノエルの武器が大剣だけであることを危惧した青年が贈ってくれた物だ。 見た目は細く頼りないが、その刃は鋭く鋼をも貫いた。事実、これで幾度も窮地を切り抜けることが出来た。 何故剣を引いたか判らない・・・でも、今の内に・・・ 短剣の柄に両手を沿え、ノエルは身を構える。と、額を押さえたまま破壊神がこちらを見やり・・・「この人間が気になるか?」 片手で両手首を掴んだ破壊神の吐息が、顔にかかった。「・・・えっ!?」 身を引く暇も無く、そのまま両手ごと体を持ち上げられる。破壊神の残った手が、壊れた鎧の隙間にかかる。「やめろ・・・か・・・ククク」 一気に手が引かれ、鎧が無理やり引き剥がされた。鎧が床に落ちる音が聞こえない内に、宙に放り投げられた。「あぐぅっ!」 背中から激しく柱に叩きつけられ、破片と共に床に転がる。胸甲部分の鎧を失ったこともあり、激突のダメージが直接体を蝕んだ。 激しく咳き込みながら身を起こす。と、気配がすぐ前にあった。 衝撃。喉を掴まれ、床に押し付けられた。「げほっごほっ・・・ぅっ」 息苦しさと痛み。この両方に攻め立てられ、ノエルは一瞬目を閉じた。開けるとこれで何度目だろうか、紅い瞳と目が合う。 今度は瞳孔が細部まで確認できるまでに近い。が・・・先程までの、合わせただけで萎縮させられる圧力が無かった。 追い詰めている筈の破壊神の表情が苦いものになっていた。が・・・ 引き締められていた唇が酷薄な笑みを刻んだ。
首から圧迫感が無くなり、息苦しさから開放される。と、相手の瞳がさらに大きくなり、唇に何かが当たる感触。「・・・!?」 思考が真っ白になった。唇から何かが進入して口内を動き回る。 思わず口を閉じようとして何かを噛み締め、口の中に血の味が広がった。が、それでもそれは動きを緩めない。 相手を突き飛ばそうと手を伸ばすが、手首を掴まれて封じられた。 口の中に血と唾液がたまり・・・飲み込んでしまった。「んぐっ!」 吐き出そうと口を開けた拍子に破壊神も離れる。首を横にし、口の中のを吐き出す。泡が頬を伝い落ちる感触が気持ち悪い。 破壊神の両手が首元の鎖帷子を掴んだ。と、左右に引き裂かれた。その下にある、鎧から肌を守る服も一緒に。 そこで、止まっていた思考が動き出した。否定したい・・・が出来ないその行動。 ・・・私を・・・犯す気だ!!「い・・・嫌っ!!」 がむしゃらに手を、足をばたつかせる。が、体格差を生かされて容易く封じ込まれてしまった。 破壊神が胸の膨らみに沿って血に濡れた舌を這わす。・・・憧れていた青年の顔で。 力では敵わない・・・とは判っていても、なんとか振りほどこうと暴れる。・・・やはりびくともしない。 悔しさと無力感で目に涙が溜まってきた。相手はそんなノエルを嘲笑うかのように、その肌を陵辱してゆく。 少女らしい、キメ細やかな肌に幾つもの唾液と血の筋が付いてゆき、乾ききっていない血が舐め取られていった。 やがて、膨らみの頂点にある敏感な突起に舌が触れた。 くすぐったい感触と共に、今まで感じたことのない奇妙な感覚が混ざる。 その感覚を感情は認めたくなかった。悲鳴が口をついて出る。「ヤダ・・・止めてっ!!」 破壊神は丹念に突起・・・乳首を舌で弄び、吸い付く。だんだんと感覚が明確になってくる。「ぁっ・・・あぅっ・・・!?」 漏れ出た自分の喘ぎに、涙がこぼれ落ちて頬を濡らした。体はノエルの意志に反して感覚に反応していたのだ。 その事実に愕然とし、抵抗していた力が緩む。 体にかかっていた圧力が消えた。破壊神の手が両手から離れ、肩を掴んだ。鈍い痛みと共に視界が回転した。 視界に、自分が叩きつけられたばかりの柱が飛び込んできた。 体を反転させられた。とノエルが思う間も無く四つん這いにされ、背後から抱きすくめられる。 首筋を舌が這い回り、小さな膨らみが鷲摑みにされ、布の上から最も敏感な場所を撫ぜられる。動こうにも、完全に押さえ込まれてしまっていた。 ぞくぞくとした感覚が背筋を伝って脳髄に運ばれてきた。漏れ出そうになる声を止めるだけで、激しく体力と精神力を消耗していった。
「あぅん・・・くぅ・・・」 心臓が破裂するかと思うほど、どくどくと脈打っているのが聞こえる。 残っていた鎧も既に無い・・・手が、舌が体を這い回り、弄ばれている・・・それがすでに快楽と化していた。 既に喘ぎを堪える力も尽きてしまっていた。 胸を弄んでいた指がつぅと肌を離れ、するりとズボンの裾を潜り抜け、茂みの中に滑り込んできた。指先が肉芽を捉える。 その感触にノエルの体がびくりと反応し、仰け反った。「ゃぁ・・・!? ・・・あぅっ・・・はぁっ・・・!」 指が肉芽に優しく触れ、擦り、摘む。そのどれもが、びくんびくんと反応する程の快楽を送ってくる。 そのたびに下の服がしっとりと濡れ広がってきているのが判った。 ノエルの耳たぶを食みながら、破壊神はそれを知っているかのように指をうねらす。と、その先端が蕾の口にかかり、押し広げた。「あぁぁぁあっ! 駄目・・・そこは・・・!」 ずぶりと指が中に入ってきた。それは中の感触を確かめるように動き回る。内部を刺激され、蕾から体液が溢れ出す感触。「・・ぁう、はぁぅ・・・うぅ・・・」 指が蠢く。思考が止まり、喘ぐ唇から涎が滴り落ちる。体ががくがくと震え、芯が燃えるように熱くなった。 破壊神はゆっくり優しく中の壁の感触と蜜を弄んでいたが、唐突にそれを引き抜いた。押さえつけられていた力も無くなった。 前めりに倒れそうになり、ノエルは反射的に柱に抱きついた。柱はノエルが両手一杯に抱えてもまだ余裕があるほどに大きかった。 腰に手がかかる感触・・・ズボンが一気に引き下げられた。その下に着けていた下着も一緒に。 再び蕾に指が進入してきた。・・・今度は2本・・・!「はぁっ・・・ぁぐ・・・んぁっ・・・」 先程までは聞こえていなかった、ぴちゃぴちゃという濡れた音が聞こえてきた。それは指の動きに合わせて淫乱に響く。 指が壁を撫ぜ、押し開いたかと思うと、奥深く浅くと移動する。中でぐるりと回転し、蜜を泉の如く大量に湧かせた。「・・・ゃああああぁっ!!」 快楽にノエルの腰が大きく痙攣し、大きく背が仰け反る。腕が一緒に痙攣しながら、ぎゅうっと柱を抱きしめた。
「・・・う・・・ぅん・・・」 絶頂に達し、ずるずると柱から落ちたノエルの蕾から、にちゃりと音を立てて指が離れた。 蕾がひくひくと蠢きながら蜜を吐き出し、内股を流れ落ちる。 絶頂に至ったことにより、ノエルの思考は白濁していた。床に押し付けた頬に、荒い呼吸で閉められない口の涎が伝い落ちてゆく。 腰に手が添えられた。疲れきった筈の体がびくんと反応する。 ひくつく部分に何かが当たり・・・押し広げ、進入してきた。指とは比べ物にならない程大きく、奥深く。そして、強烈な痛み・・・!「はぁっ・・・あああぁぁっ・・・!!」 喉から悲鳴が漏れる。処女の証である膜が引き裂かれ、激痛が全身を支配する。身を捩じらそうにも、両手が腰でしっかりと固定されいた。 それは激痛を伴いながらゆっくりと最奥まで進み、壁に突き当たった。「初物は・・・少々きつい・・・」 苦しげな破壊神の声も、ノエルの耳に入ったかどうか・・・「・・・あぁぁぁ・・・はうっ・・・ぐぅ・・・・」 ゆっくりと、だが確実に。それは生き物のように動き始めた。出来たばかりの傷を擦られる。知らず歯を食いしばり、痛みを堪えようとする。 それはノエルの中を大きく擦り、突き上げる。回数が増えるごとに、痛みが快楽に取って代わっていった。 進入速度に強弱をつけ、時折中で乱暴に、優しく動く。 そのたびにノエルの口から悲鳴ともつかない喘ぎ声が上がり、何かに叩きつけられる音と濡れた音と混じり、周囲の静寂を犯してゆく。 腰が揺れ、蜜が赤いものと一緒に飛び散り、内股だけでなく下ろされた服と床をも汚していった。 再びノエルの腰が痙攣。それを中に残したまま、ぐったりと横に倒れ込んだ。
「休んで良いと言ってはいない」 激しい呼吸の隙間から、そう声が聞こえた。その意味を理解しようと思考を働かせる前に、体を上向きにされた。 脚に残されていた服も、靴と一緒に取り払われた。 中をかき回される感触と共に、僅かに上気した破壊神と向き合う。 ・・・そして、交わった場所が視界に入り込んできた。ノエルの体液と純潔の名残で、そこは淫に汚れていた。「・・・ああぁ・・・」 湧き上がる感情に堪えきれず、目頭から涙が溢れ出してきた。 不意に、青年が好きなら告白しちゃいなさい、でないともらっちゃうよ。とカフィンに言われ、憧れているけど好き・・・愛しているとは違う。 と慌てて返した光景が蘇った。なんでもない、何時もの日常の一齣・・・だった。 性行為に興味が無い訳ではなかった。只、その相手として青年を見てはいなかった・・・ 青年は目標だった。その後姿を見ながら・・・人から聞きながら、自分のなりたい姿を思い浮かべた。 ・・・レイヴンと自分を助ける為、敵わないと判っている筈の敵に立ち向かっていった、その姿を重ね合わせていた。しかし・・・ 唇を僅かに動かし、呟いた。 ・・・青年はもう居ない・・・ その独白に、快楽に屈していた思考が息を吹き返す。 同じ手、同じ顔、同じ姿でも・・・頑張れ、と優しく笑いかけてきていた彼では無くなってしまっていた。・・・今、目の前に居るのは・・・! 破壊神が腰を動かし始めた。ノエルの膣をそれ・・・肉棒が再び擦る。「・・・はぁっ! やだ・・・止めて・・・!!」 ノエル自身、何処に力が残っていたのかと思う程、両手足を激しくばたつかせた。そのたびに腰が動き肉棒が膣を掻き回す。が、その快楽に耐える。 破壊神が動きを止めようと、ノエルの上に覆いかぶさってきた。首筋に舌を這わせ、胸を弄る。 反射的に顔を破壊神の反対方向に背けた。その視界に、外界から入ってきた、僅かな光を反射している短剣が映り込む。 手を伸ばすと・・・届いた。柄をしっかりと握る。そしてそのまま、刃を破壊神に突き立る!「!? ・・・ぐがぁっ!」 刃は胸の横・・・肺に刺さった。そのまま背中に向かって切り上げる。 血を口から吐き出し、破壊神が身を起こした。傷口から溢れ出た血がノエルに降りかかり、刃が体から抜ける。 ノエルは苦痛に歪んだ破壊神・・・『青年』の変わってしまった瞳目掛け、短剣を突き出した。
短剣が皮膚を裂き、肉を抉り、骨を砕く感触。 ノエルはその感触を認識する前に柄を離し、相手を膝で蹴り上げて横倒しにする。倒した拍子に交わっていた場所が解れた。 『青年』は目と・・・手の平を短剣で串刺しにされ、床に転がった。「ぐぅ・・・人間がぁっ・・・!」 ごぼりと血を吐きながら、『青年』は憎悪を剥き出しにした。共に刺された手を引き、目から刃を抜く。血がその顔を覆い隠してゆく。 ・・・刃は手に阻まれて、脳には達しなかった。 そう判断すると、ノエルは陵辱によって傷ついた体を気力だけで動かし、這うように離れる。そして・・・天動地鳴にたどり着いた。 床に転がっていたそれを・・・柄を握り締める。が、持ち上がらない。 何時も使っていた自分の分身とも言える大剣。だが、体力が限界に近い今では、持ち上げることすら叶わなかった。 後ろを振り向く。流石に肺の傷は大きかったのか、『青年』は吐血を繰り返している。 しかし、見開いた片目が、こちらを射殺さんばかりに見ていた。 力が・・・力があれば・・・! ノエルは必死に持ち上げようとするが、体は思うように言うことを聞いてくれない。 大剣を持ち上げ、動けないであろう『青年』に突き刺す。それだけで倒すことが出来る・・・なのに! 歯を食いしばる。否、食いしばろうとして、歯ががちがちと噛み合わないことに気が付く。 歯だけでなく、全身が震えていることを認識するのに、そう時間はかからなかった。「力が・・・力が欲しい・・・!」 震える手で天動地鳴の柄に縋り付きながら、ノエルは強く願った。『青年』を上回る、強い力が欲しいっ・・・!(力が欲しいか?) 声が聞こえた。聞いたことのある、強大で傲慢な声。「竜王・・・さま?」 ぽつりと呟き、慌てて周囲を見渡す。が、当然その姿は見える筈もない。(力が欲しいか? 無限のソウルを、大いなる力をその小さき身に秘めたる者) 大剣を見るとぼんやりと光っていた。天動地鳴を通して語りかけてきているのだと判った。(我ならば、その願いを叶えることが出来る) 願い。ノエルはその言葉に反応した。今願ったこと・・・力が・・・『青年』を倒す力が手に入る・・・(力が欲しいか? ノエルよ) 目を閉じる。自分が最も大切にしたいと思っている姿が、閉じたその暗闇に浮かんだ。「・・・欲しい・・・」 ゆっくりと、だが明確に。ノエルは言葉を搾り出した。目を開け、大剣を凝視する。「彼を倒す力が欲しい。・・・レイヴンとカフィン・・・二人が居るこの世界を守る為に」(その願い叶えよう・・・来るが良い、我の元へ) 竜王の哂う声が聞こえたが、ノエルは全く気にならなかった。 天動地鳴から発せられる光が強まり、全身を包み込む。体がうわふわと浮くような感覚。 ノエルは目を閉じ、その光と浮遊感に身を任せた。
光が消えた後、そこに少女の姿は無かった。 破壊神は血で濡れた口元を拭うと、手に刺さったままであった短剣を引き抜く。血が噴出すが、すぐに肉が盛り上がり、傷を塞いだ。「・・・出て来い、虚無の子よ」 そう言うと、部屋の横に開いた穴に向かって投げつける。 きんっ澄んだ音がし、短剣が床に落ちる。と、それは無数の粉に変じ、床の上に積もった。「危ないじゃないか、そんなの人に投げたりしたら」 穴からひょっこりと出てきたのは、この大陸では見かけない異国の衣装を身につけた、人形のような少年だった。「折角あの子を連れてきたのに、二人してソウルは取らなかったんだね。というか、取れなかった?」 くすくすと笑いながら少年は破壊神に近寄ってゆく。と、無造作にその顔を覗き込んだ。傷つけられた目は、未だ閉じたままだった。「一先ず復活おめでとう。中の人が消えるまでもうちょっと時間かかりそうだね。そろそろ獅子帝ネメアが来るのに。 まぁ、その位なら僕が時間稼いであげるけど」 破壊神は血を消し、服を整えて立ち上がった。と、面白くなさそうな表情を浮かべた。「何時から見ていたのだ?」「何時からだったかなー?」 少年の返答に眉間に皺を寄せた破壊神は、転がっていた長剣を踏みつける。踏まれた場所から刀身が溶けるように崩れ、消滅した。「やだなぁ、そんなに怒ると早く禿げるよ。・・・あの子が、体乗っ取りほやほやで、動けなかったウルグ様を殺そうとした時に、ね。 ・・・禿ないのはちゃんと判ってるから、本気で怒っちゃ駄目だよ。僕の死の舞台はここじゃないし」 少年は無邪気に、しかもからかいながら言葉をかけた。流石は道化・・・といったところであろうか。 無言で目を細めた破壊神に、少年は悪戯を見つけられた悪い子供のように、ぺろりと舌を出した。「実はね、竜王も願ってやまないことがひとつあってね。それを後押ししちゃったんだ。ウフフフ」 疑問符を浮かべた相手に対し、虚無の子は作り物のような顔を、狂人が浮かべる笑顔にした。
「竜王はね、ずーっと人の姿に心惹かれていたんだ。 他者が恋しかったみたい。長い間一人で断崖に閉じこもっていた影響かな? でもさ、普通の人間乗っ取っても、精神を破壊するだけで入ることすら出来ないし。万が一入ったとしても、力は殆ど失っちゃうしね。 ・・・おやや? どっかの誰かさんみたい」 くつくつと笑いながら、歩き始めた破壊神の後ろを付いて歩く。 破壊神は無表情に王座まで歩むと、手を軽く振る。転がっていた闇の神器が黒い霞となりひとつの塊となって、その体を包んだ。「獅子帝でも良かったんだろうけど、猫賢者に阻止されちゃったからねぇ。まぁ、『竜殺し』が手に入ってたから問題は無かったけど」 霞が実体化した。それは黒い鎧となり、破壊神の身を包んだ。閉じられていた片目が開かれる。「さっき、何気に頑張ってたのは本当に予想外。流石は無限のソウル、かな? その腹いせであの子が犯されちゃったけどね」 王座に腰を降ろした闇の神の横に立ち、虚無の子・・・シャリは意地の悪い笑みを投げかけ、「そのお陰であの子は力を欲しがった。竜王はその願いと引き換えに、その魂と体を手に入れる。 本来なら神に大きく劣る竜王も、彼女の協力があれば、ソウルの力・・・世界の根本を統べる至聖神の力を手にすることが出来る。 ・・・ウフフフ、魂を吸収しただけの神とどっちが強いのか、考えるだけでもワクワクしちゃうよ」 大袈裟な格好で、自己陶酔するように手を胸に抱く。「・・・虚無の子よ。お前の望みは願いの生まれない世界にすること・・・ではなかったのか?」 気だるげに目を閉じながら、ウルグはシャリに問いかける。その問いに、「その通りだよ。確実さを増す為の保険はもうかけてあるんだ。 ウルグ様のお姉さん・・・聖母神ティラ復活の準備はもう終わってる。 だから本気でこれから来る人達と竜王と戦っておいで。まぁ、その前に中の人だろうけど」「・・・つまり、我が人間を滅ぼすことが出来るはこの体で最後になる。後は無い。ということだな・・・」 独白のように呟くウルグを、シャリは満足そうに見ていた。「そう。ウルグ様が死ねば、その波動を伝ってティラ様が復活するからね。 神との連戦は、至聖神の力を手に入れた竜王でも辛いだろうね。ウフフ・・・ どちらにしても世界は終わり、僕の願いは叶えられる。 ・・・残念なことを言うとしたら、僕はこれから死ぬから、この目でそれを見られない位かな」 日が翳ったのか、隙間から差し込んでいた光が消え、周囲が完全に暗闇に包まれる。その中、場違いな明るい笑い声が響く。「面白い・・・今度こそ必ず、我は人間を滅する。歯向かう者のソウルを食らいながら・・・な・・・」「ウフフ、頑張ってもらわないと・・・あ、いけない。ジュサプブロスが討ち取られたみたい。 流石にゾフォルが居なくなると、円卓の騎士が召還でき無くなるからねぇ。まぁ、太陽の下で死んだから良し」 シャリは王座の闇の反応を伺う。「僕はちょっと死んでくるから・・・って、もう入ったみたいだね」 深淵の中。反応が無くなった闇に背を向けながら、虚無の子はそっと呟いた。「バイバイ。人間への憎しみが強すぎて、その憎む理由を忘れてしまった戦いの神様」
終
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